表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/28

22話 練習の成果①

 それから一週間。

  

 澪は桜井から、仕事の合間にみっちりお茶の作法を叩き込まれた。

 

 そもそも実家とはやり方が違っていた。

 実家では急須に茶葉とお湯を入れてそのまま湯呑に淹れていたが、

正式な淹れ方は一度湯呑にお湯を入れ、それを急須に戻してから再び淹れるやり方だった。


 それ以外にも、茶さじではなく西洋のティースプーンを使っての茶葉の測り方やお盆の持ち方等の細かい所作を澪は必死に覚えた。



 その日の午後二時。

 二人はいつも通り澪の部屋で練習し、そのお茶を飲んだ桜井はふぅと息を吐いた。


 「柏木さんは飲み込みが早いですね。

これなら、一度藤村様に見て頂いても良いかもしれません」


 「藤村さんに?」


 「はい。

 お茶出しの練習に慣れてくると、まず藤村様に確認していただきます」


 「まず……?」


 澪は桜井の言葉に一抹の不安を覚えた。

 

 ――次があるような言い方。まさか律様にも見て頂くとか仰らないよね?


 「はい。

 藤村様に見て頂いて批評をもらった後、再び七日間練習し、仕上げに律様に見て頂きます」


 嫌な予感が当たってしまい、澪は持っていたお盆を取り落とした。

一気に不安と緊張が押し寄せて、過ごしやすい春の季節だというのに汗が出てくる。

 慌てて拾う澪を見ながら桜井が小さく笑った。

  

 「柏木さん……そんなに動揺されなくても大丈夫ですよ。

藤村様も律様も上手くできなかったからといって、同行を中止するとは仰いませんから」


 「で、でも……」


 ――そうは言われても。

心の中で大きなため息を吐かれたらどうしよう……。

それに連れて行ってもらえたとしても、律様から「何もしなくていい」なんて言われたら……


 次から次へと悪い考えが澪の頭と心を支配してゆく。

すると桜井が静かに立ち上がって、澪の手を軽く擦った。


 「どうか自信を持ってください。

練習を始めてからまだ一週間。しかも仕事の合間で、一通りの作法を行えるようになりました。時間にしては一日も経っていないでしょう」


 「それでもまだ早いのではないかと……」


 ――桜井さんの仰る通りではあるけど、茶葉を蒸らす時間が統一できてないし……。

藤村さんの確認が無しにならないかな。


 澪は時間を計るのが苦手だった。

実家でいつも急かされていたこともあり、気持ちがどんどん焦って平均的な蒸らし時間より早く淹れてしまうのだった。

そのため、最初に桜井が淹れてくれたお茶よりも苦味や渋みが出てしまい、

なかなか改善できていなかった。


 「大丈夫です。柏木さんが思っている以上に上達されていますよ。

 さて、私は今から藤村様に伺ってきますね。

もし都合が合わなくても、近日中に行いますので」


 桜井は澪の心を見透かしたように言うと、素早く退室した。


 澪は湯呑みを片付けながら小さくため息を吐いた。


 今、練習のために出しっぱなしにしてある少し小さめの座卓。

長い間使われてきたようで、色()せたり傷が入っていたりしている。

この家の人間が一人で使用していたような形跡があった。


 「きっと先祖代々使われているのね。

こんな立派な物を使わせてもらってなんだか申し訳ない……」

 

 澪が濡れ布巾で座卓を拭いていると、桜井が帰ってくる。


 「澪様、藤村様に確認が取れました。

今からでも向かって大丈夫だそうです」


 「今からですか!?」


 つい声が大きくなりながらも、急いで布巾をお盆の上に置いた。 

 

 「はい。

 私は部屋でお待ちしておりますね。藤村様の評価を受けたら戻ってきてください」


 「わ、わかりました……」


 ――桜井さんは来てくださらないの!?


 澪は不安に駆られて思わず桜井に目を向けたが、桜井はニコニコと微笑んでいるだけだった。

しかし尋ねる勇気もないので、澪は諦めて静かに立ち上がる。


 「では、行ってきます……」


 「はい。お気をつけて。どうか気負わずに肩の力を抜いてくださいね」


 澪は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせるてから退室した。

それから藤村の部屋に向かい、小さく体を震わせながら襖をノックする。


 「柏木です。あの……」


 「お入りください」


 藤村の凛とした返事が澪のいつもより小さな声を打ち消した。

澪がおそるおそる襖を開けるといつもの黒い燕尾服を着た藤村が正座していた。その前に四角い机が置いてあり、お茶道具一式と急須一つが揃えられている。

 藤村は頬を緩ませて、優しい声で澪に声をかける。


 「桜井から伺いましたぞ。

私、毎度この時間が少々楽しみでございましてな」


 「……批評できるから、ですか?」


 「いえいえ、とんでもございません。

皆様が真剣に淹れてくださったお茶の味は格別でしてな」


 「格別……」


 「はい」


 ――金蘭亭のお話の時も、こうやって穏やかな声で話してくださってたわ


 目を細めて笑う藤村に澪の緊張が少しだけほぐれた。

 藤村は改めて背筋を伸ばすと、静かに口を開く。


 「では、お手前拝見といきましょう」


 「はい! よろしくお願いします!」


 澪は一度礼をしてさっそく取りかかった。



 ――急須が二つあるわ。こういう時は……


 これは桜井の教えだった。

一つは茶葉、もう一つはお湯が入っている。

 家内での接待の場合お湯は薬缶(やかん)から移すことが多いが、夜会等の催しの場では予めお湯が用意されている。

  


 まず、澪は急須の中身を確認してからお湯の方を手に取り、一度湯呑みに注いだ。

次に、いつもより気持ち長めに待って、茶葉の急須の方にお湯を戻した。

最後に、湯呑みにお茶を淹れ、最後の一滴まで注ぐ。


 「前から失礼いたします……」


 藤村から見て右の位置に茶托と湯呑みを置いた。

それから一礼し藤村の側に控える。


 「では、頂きます」


 藤村は無駄のない動きで湯呑を手に持ち、お茶を一口すする。


 「ほう……これは……」


 藤村が小さく唸って低く声を漏らした。

少し眉間に皺が寄っていて、良くない表情だと察した澪は両手でお盆を握りしめた。


 ――もしかして苦味が!? やっぱりお湯を戻す時間が早かったかしら?


 澪はドキドキしながら次の言葉を待つ。

 藤村は残りのお茶を一気に飲み干すと、小さく息を吐いた。


 「い、いかがでしょうか……」 

 

 「温度は良好。味は、私にとっては飲みやすいお茶でしたぞ」


 「少し苦味があったのですね。

いつもより長く待ったつもりだったのですが……」


 澪が目を伏せると、藤村はゆっくりと首を振る。


 「ほんの誤差でございます。

仮に他の方に出されたからといって、苦すぎて顔をしかめる、等ということはないでしょう。少し待つ練習をしなければなりませんな。

  しかし、十分及第点超えですぞ。また七日練習に励み、今度は律様にお出ししてください」


 「あ、ありがとうございます!」


 澪は嬉しくて深々と頭を下げた。

及第点以上だと言われ胸が温かくなったが、ふと冷静になる。


 ――七日後は律様に……


 せっかく藤村から好評をもらったにもかかわらず、

 澪の心は次の段階のことで埋め尽くされていた。

更新が一週間遅れてしまい、すみませんでした。


次回は2/28に更新予定です。

よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ