閑話 興味か庇護欲か
規則正しい寝息を立て始めた澪を眺めながら、
律は口元を緩めた。
「俺に寝顔を見られたくないらしいな……」
横を向いたせいでずり落ちた布を、そっと澪の額に乗せる。
布に触れた時、少し温くなっているのを感じて思わず両手で確認した。
「そこそこ熱があるな。
緊張で無理が祟ったか……」
五大名家という、ただでさえ格式の高い家での使用人従事。
同僚達も厳しいわけではないが、澪にとっては落ち着かない日々だろう。
小さく息を吐いて、先程の会話を思い出していた。
「安心……か。
五大名家に自らの足で入ったというのに、誇りよりもまず安心とは。
やはり、あの夜会で言い寄ってきた誰とも……違う……」
律は当主として、形式と義務の塊のように振る舞っている。
だが心の奥底では──
形式も肩書きも関係なく、素の自分を見てくれる人を渇望していた。
しかし、律はそれを「渇望してる」とすら自覚できていなった。
なぜなら、そんな考えは「甘え」だと教え込まれてきたからだ。
幼い頃から次期当主として期待され、厳しく育てられてきた。
そのおかげで、若くして当主につくことはできたが、まだ心の奥底に子どもっぽさが残ってしまっている。
「朝比奈澪は、誇るどころか『私なんかで』と、
自分の価値を過小評価している」
少なくとも、夜会で出会った令嬢達とは見られなかったその反応に、
律の価値観は静かに揺さぶられていた。
「中堅名家だというのに、謙遜の塊……。
俺に対してもまだ恐怖があるみたいだ。当主という立場だからだろうが……」
以前、井戸で洗濯をしていた澪を思い出す。
声をかけた時、小さく飛び上がり顔が少し引きつっていた。
その後も会話を続けて恐怖心は薄れたようだったが、仕草や言葉一つ一つに戸惑いがあった。
「もう少し、恐怖や警戒を解いてくれると有り難いのだが……難しいだろうな。俺だけでなく、話しかける者全てが変に気を遣ってしまう」
律は、無意識に澪の頬に伸ばしかけていた指先を慌てて引っ込めた。
「……俺は何をしようとしているんだ……」
少しだけ早くなった自分の鼓動を聞きながら、右腕に力を込める。
数回深呼吸した後、悲しげに目を伏せた。
「もう、興味という感情だけでないのかもしれないな……」
別の感情を認知した律は、ため息をついた。
当主である以上、令嬢以外に特別な感情を抱くわけにはいかないことを頭では理解していた。
五分ほどそのまま澪を眺め、ようやく律は立ち上がる。
「いつまでも、ここにいるわけにはいかない。
そもそも俺が気軽に訪れて良い場所ではないからな。
藤村に見つかったら、こっぴどく叱られるな……」
自分に説教する藤村を思い浮かべて、律は薄く笑った。
幼い頃が仕えてくれている藤村は、律にとって気の置けない人物だった。
それから静かに襖を開け、一度だけ澪を振り返る。
寝息が乱れていないのを確認すると、音を立てずに部屋を後にした。
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