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冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


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20/24

17話  落ち着かない午後

  午後三時半。


  あれからからずっと眠り続けていた澪は、ゆっくりと目を開けた。

 顔は赤いままだが、目は朝よりもハッキリしている。

 体を起こすと、膝の上にバサリと何かが落ちた。

 それは中心がぬるくなっていて、端の方だけほんのりと冷たかった。


 ――額を冷やすために……。私が眠っている間に桜井さんが持ってきてくれたのね


 澪は桜井の気遣いに感謝してもしきれなかった。

 仕事の合間をぬって、他の人達に怪しまれないように澪の部屋を訪ねてくれている。


 ――見つかってしまったら問い詰められるのに。

それを覚悟の上で……


 ふと、枕元に目を向けると、桜井が持ってきてくれたお盆がそのまま置かれていた。 

 澪は朝から何も口にしていなかったことを思い出す。

それに今は気分も良くなっていたので、半分ほどなら食べられそうだった。 


 「お粥、食べようかな……」


 澪は器に手を伸ばした。

お粥はすっかり冷めてしまっていたが、澪は気にせずに口に運んだ。

 全て平らげた澪は、小さく息を吐いた。


 ――全部食べちゃった。僅かに入れてあったお塩がいい味を出していて……


 病人でありながらも完食したことに恥ずかしさを覚えた澪は、一人なのにただでさえ赤い顔をますます赤くさせる。


 その時、襖が軽く叩かれ、澪は体を強張らせた。

 

 ――桜井さん? それとも藤村さん? まさか他の人じゃ……


 「は、はい……」


 澪が恐る恐る返事をすると、襖がすっと開いた。

そこに居た人物に澪は目を見開く。

 淡い青の着流しに、少し癖のある黒髪。そして凛々しい顔つき。


 「律様!?」


 ――どうして!?


 澪の頭の中は驚きと疑問で埋め尽くされた。

自分が体調を崩してしまったことは桜井や藤村から聞いたのだろうが、それを知って何故訪ねようと思ったのか。


 桂木律は戸惑っている澪を余所に、素早く部屋に入り込むと襖を閉めてしまった。

それから澪の側に胡座をかく。

 澪は失礼だとは思いながらも、恥ずかしさで律から顔を逸らした。


 「声は少し掠れているが、喉が原因ではなさそうだな?」


 「り、律様。どうかご退室ください……。

うつしてしまったら、大変です……」


 「心配は要らない。俺は病には強いからな」


 どこかいたずらっぽく答えた律に、澪は思わず動きを止めた。


 ――今は子どもっぽい律様? 

いや、そんなことを考えている場合じゃないわ。

 どうにかして退室していただかないと


 澪の頭は二つのことでいっぱいだった。

一つは、律に風邪をうつしてはいけないこと。

もう一つは、二人きりになってしまっていることだ。


 当主である律が、気軽に使用人の部屋を訪れて良いはずがない。

もし、他の使用人に見られれば、せっかくつかみ取った居場所をなくしてしまう。


 「どうか、ご退室ください……」


 「不服か?」


 「い、いえ。そういうことではなく……その、お務めもあるでしょうし……」


 オドオドと目を伏せて言う澪を見て、律は納得したように声を漏らした。


 「ああ、そのことなら心配は要らない。期限が間近の務めはないからな」


 ――駄目だわ。全く退く気が感じられない


 朗らかに答えた律に、澪は諦めに近いものを覚えた。

 その間に律は枕元にちらりと目を向けると、澪に尋ねる。


 「食事はとったのか?」


 「は、はい……、桜井さんがお粥を持ってきてくださったので、いただきました」


 「そうか。食欲があるのは良いことだ」


 律の小さめの静かな声が響く。相変わらず凛としているがそこに威圧感はなく、僅かに安堵が含まれていた。


 ――気軽に訪ねては行けない場所であることは自覚されている。

以前、井戸の側でお会いした時のように声が小さいもの


 澪は少しだけ律の方に顔を向けた。

律の迷いのない真っ直ぐな双眼が自分を見つめている。 


 「律様……。恐縮ながら、一つだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


 「何だ」

 

 「律様は何故、私のことを気にかけてくださっているのでしょうか?」


 澪はそう尋ねずにはいられなかった。

自分は中堅名家の長女で、五大名家の当主である律とはどう考えても釣り合わない。

しかも今は雑用係という立場であるため、律の気遣いは異常だった。


 澪の問いかけに、律は驚いたように瞬きを数回繰り返した。

 そして少しの間目を閉じて考え、すぐに見開くと静かに言い放つ。


 「お前に興味があるからだ」


 「興味……ですか?」


 澪は恥ずかしさも忘れて、律を見つめ返した。相変わらず律は真っ直ぐ澪を見つめている。


 「そうだ。

 初めて会った時、お前は常に怯えていたな? そのまま問答が続き、話が終わろうかとした時、最後の最後でお前は()()()()()()()()()


 「そ、その件は、大変失礼致しました……。つい、口走ってしまいまして……」


 ――初対面の話を持ち出してくるなんて。恥ずかしくて忘れてしまいたいのに


 咄嗟だったとはいえ、当主である律に直談判してしまったこと。

今思えば、大それた行動だった。


 「あの行動で俺は気分を害したわけではないぞ。むしろ、さらに興味がわいた」


 「は、はあ……」


 「ついでに俺から一つ聞こう、()()()()

 お前は、正式に雑用係と認められた時、どう思った?」


 律の目が鋭くなる。

 澪は小さく震えながら、必死に声を絞り出した。


 「ほ、本当に、私なんかで良いのかと……。こんなに簡単に、受け入れてもらえるものなのかと、疑ってしまいました。

 ですが、それと同時に少し安心しました……」


 「やはりな……」


 律は意味深に呟くと、目を閉じた。それを見た澪は不安に駆られる。


 ――やはり? 何かおかしかったかしら?


 そのまま律の反応を待ってみても、どこか満足そうに口元を緩めているだけだった。


 「体調不良の中、喋らせてすまなかったな。

もう、休め」


 「で、ですが……ご退室を……」


 「心配するな、俺は病には強い」


 澪は僅かな希望をかけて退室を促したが、最初と同じ答えで流されてしまった。


 ――このまま眠れということ!? 寝顔を見られたくないのに!


 恐る恐る律に目を向けるが、どっしりと胡座をかいたまま微動だにしない。 

 

 澪は熱のせいなのか、それとも別の理由なのか、心臓が静かに跳ねるのを感じていた。

そして、徐々に落ちてくる瞼を上げていられなくなった。

次回の更新は11月22日です

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