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冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


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15話 小さな異変

 澪が正式に雑用係と認められてから一週間が過ぎようとしていた。



 午前五時半。

 

 いつも通り起床した澪は、そのまま動きを止めた。


 「なんだか、体が熱いような……風邪?」


 そう呟いて、すぐに打ち消すように首を振った。 


 ――せっかく慣れてきたのに、ここでお休みするなんて。

 でも、無理して仕事をして倒れたり皆さんに移したりしたら、

それこそ迷惑じゃ……


 澪の頭の中で考えが渦を巻く。

 数分悩んだ挙句、ゆっくりと立ち上がった。


 「気のせい気のせい……」


 少し熱い頭を押さえながら身支度を済ませると、澪は台所に向かった。 



 午前六時半。


 普段通りの朝食の準備。

 初日に担当したからか、澪は味噌汁を任されることが多くなった。

 

 しかし、熱さのせいで包丁を持つ手が震え、人参に狙いを定められない。

 どうにか切れても、厚さが均等ではなかった。


 ――これ、料理として出せるのかしら? やり直し?


 まな板から鍋に移そうとして、躊躇する。

自分たちはともかく、桂木家の人々も口にするのだから、

こんなにも不格好な食材は提供できないだろう。


 鍋から噴き上がる湯気が、さらに澪の気分を悪くさせる。


 「柏木さん? 立ち止まってどうしたんだい?」

 

 澪の様子を不思議に思った榎田が声をかけた。


 「榎田さん……。ご、ごめんなさい。今日は厚さにムラが出てしまって……」


 澪はおずおずと、いちょう切りにされた人参が乗ったまた板を差し出した。

 榎田は目を細めて確認すると、表情を変えずに口を開く。 


 「確かにそうだね……。

でももう人参はないし、とりあえずこのまま茹でちまいな」


 「はい……。すみません……」


 「まぁ、桂木家の皆様はこんなことで怒鳴り込んできたり、文句を言ったりしないから安心しな。

 ところで、柏木さん……いつもより顔色悪くないかい?」


 「え!? だ、大丈夫です。いつも通りなので!」


 本当は体調が悪いことを伝えた方がよかった。

だが、澪は先に口が動いてしまっていた。

 榎田は怪訝そうに澪を眺めていたが、諦めたように言う。


 「そうかい? 変だと思ったら誰でも良いからすぐに言うんだよ」


 「はい。ありがとうございます……」




 午後一時。 

 

 普段通りなら、澪は榎田達と談笑するような穏やかなひととき。

 しかし今日は少し違っていた。


 「……ふぅ」


 澪は縁側の影に腰を下ろし、額をそっと撫でた。

 目の前が少し霞んでいるように感じたのは、ただの疲れではないと、

うすうすわかっていた。


 ――やっぱり体調を崩してしまっているみたい。

榎田さんも変だったら教えてくれって言ってくださったけど……


 やはり言い出す勇気はなかった。

 皆に迷惑をかけること、何より桂木律の期待に背くのではないかと不安に駆られていたからだ。


 ――夜しっかり休んだら治るよね……


 ぼんやりと中庭を眺めていると、誰かが軽く澪の肩を叩いた。

 澪が驚いて振り向くと、藤咲がニコニコと笑みを浮かべている。


 「ここに居たんだ〜、柏木さん」


 「藤咲さん……」


 以前年齢を尋ねられたこともあり、澪は警戒しながら答えてしまった。 

 藤咲はそんな澪の様子を全く気にせずに話を続ける。


 「姿が見えなかったからさ〜、どこにいるんだろうね〜って」


 「あ、ごめんなさい……。誰にも伝えないまま来てしまって……」


 「いやいや、それは気にしなくていいよ〜。自由時間だし。

 ところで柏木さん……本当に大丈夫?」


 「え?」


 また何か突拍子もない事を聞かれるかと思っていた澪は、気の抜けた返事をした。 


 「いや、榎田さんも心配してたから。調子悪そうだよねって」


 ――やっぱり隠せてなかったんだ


 必死に隠し通そうとした自分を恥ずかしくなったのと同時に、申し訳ない気持ちが胸に広がった。 


 澪は藤咲の茶色い目をしっかりと見ると、勇気を出して言った。


 「藤崎さん……ごめんなさい。実は朝から調子が良くなくて……」


 「やっぱり!? うん、顔色悪いものー」


 「すみません……」


 隠していたことを咎めるわけでもなく、明るく話す藤咲に澪は安心した。


 「どうする? もう今日は帰らせてもらう?」


 「えっと……」


 澪はぼうっとする頭で考える。


 休むとなると、自室。

しかし、今は藤咲達と同じ立場なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ――なら、仕事を減らしてもらえるかどうか聞くしかないわ


 「いえ、今日は頑張ります。本当にきつかったら言いますので。

それで……申し訳ないんですけど、仕事の量を減らしてもらうことってできますか?」


 「榎田さんに頼んだらやってもらえるとは思うけど……。本当に帰らなくて大丈夫?」

 

 「大丈夫です……」


 「わかった! じゃあ榎田さんに伝えてくるね!」


 藤咲は笑顔で言うと、走って厨房の方へ向かってしまった。

 澪はその後ろ姿を見送りながら、小さくため息をついた。 

 

 「……隠し通すって難しい」 


 


 午後九時。

 

 

 澪は着替え終えて、布団を敷きながら今日何度目かのため息をついた。


 藤咲と榎田の配慮のおかげで、午後の仕事は掃除と夕餉後の洗い物だけで済んだ。


 「結局迷惑をかけてしまったわ……」


 布団に横になった。

 まだ、体はぼんやりと熱く、視界が霞んでいる。


 ――明日には治っていますように


 澪は強く願いながら目を閉じた。

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