表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷酷と噂の名家当主に嫁ぐことになりましたが、私はただの雑用係です  作者: 月森 かれん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/24

12話 初仕事③

 午後一時。


 さっきまでの忙しなさが嘘のように、厨房には静けさが戻っていた。

 昼食をとり、後片付けを終えた澪は厨房の隅で藤咲達と話していた。

桂木家の毎日のこの一時間ほどは、ちょっとした休息になっている。


 澪は少し年上の明るい藤咲と、寡黙な桐谷の二人とわずかに打ち解けてきたところだった。

 桐谷は動いていないと落ち着かないのか、指をつつき合いながら耳を傾けている。

 

 ふと、澪は少し周囲を見回して小さな声で尋ねた。


 「あ、あの、(かわや)はどこにありますか?」


 「私が案内してあげるよ。ついてきて〜」


 藤咲が黒い眼鏡をかけ直して笑顔で言った。

 厨房から廊下に出て北の裏庭に降りる。

草履で砂利を踏みしめながら、藤咲が話しかけた。


 「そういえば初日はごめんねー、柏木さん」


 「初日……?」


 澪は首を傾げながら答える。

すると藤咲はハッとして付け加えた。


 「あっ、昨日のこと! ほら、榎田さんに挨拶してたでしょ?

その時に思い出し笑いしちゃったの、私なの」


 「藤咲さん、だったんですか?」


 昨日のことを思い出していた。

確か、自分が挨拶した後に誰かが笑い、榎田の怒声が飛んだ。


 「本当にごめんなさい。

よりにもよって、あの時に藤村さんが屋敷内を走り回ってる姿を思い出しちゃって……ふふふっ」


 「藤村さんが、ですか?」


 「そうなのっ!」


 藤咲は、笑いをこらえながら話す。

 澪は藤村が走り回っている姿を想像できなかったが、この家に招かれた初日に律を探し回って息を切らしていたのを思い出した。


 「藤村さん、お年だけどとても元気でね。

しかもビシッとしてるから、走る時もほとんど直立で走っててっ……」


 「そ、それは、思い出しますね……」


 また思い出してしまったのか、藤咲が肩を震わせる。

悪気がなかったことは澪にも伝わった。


 すると藤咲はふと前を見て、立ち止まった。


 「さ、着いたよ! ここが厠」


 澪の眼前には二畳ほどの長方形の小さな小屋。灰でも撒いているのか、鼻をつくような匂いはほとんどしていない。

最近建て替えたばかりらしく、板壁は新品のように傷一つついておらず、扉は節目の目立つ杉で作られていた。


 「藤咲さん、ありがとうございます」


 「いやいや、お礼言われるほどじゃないよ〜。柏木さん、初めてなんだし。何でも聞いてもらっていいんだから」


 笑顔で応える藤咲に澪もつられて微笑む。


 ――藤咲さんなら、聞きやすいかも


 しかし、藤咲は真面目な顔つきになると澪に向き直る。


 「あのさ、答えられたらでいいんだけど……柏木さんて、何歳?」


 「え? 年齢ですか?」


 「そう。見た限りだけど20前後じゃない?

こんなに若いのに使用人なんて少し珍しいからさ〜」


 その言葉を聞いて、澪の背中を嫌な汗が一筋流れ落ちる。


 ――ど、どうしよう。疑われてる。でも本当のことを言ったら……


 本来、使用人は家庭を持って生活が落ち着いた人や年配の人が従事する。

 しかしここで年齢を言ってしまえば、桜井や藤村、桂木律の配慮が無駄になってしまう。


 澪は落ち着かない様子で瞬きを繰り返すことしかできなかった。

 すると藤咲は笑いながら澪の肩をポンと軽く叩く。

 

 「って、ごめんね〜。いきなり年齢聞くなんて失礼よね〜! 忘れていいよ〜」


 「は、はあ……?」


 ――な、何が聞きたかったんだろう?

粘り強く聞かれるよりは良いけど……


 澪は安心しながら心に()()がかかったような気分になった。

今の自分の反応で、悟られたのではないかと不安になってしまう。


 しかし、藤咲は人懐っこい笑顔を浮かべていた。


 「ごめんね〜、私って失礼なこと平気で聞いちゃうことがあって〜。

答えられなくても気にしなくていいからね。だって、私が失礼なだけだから!」


 藤咲の勢いに押されて、澪は思わず小さく頷いた。


 「じゃあ、終わったら厨房に戻ってきてね〜」 


 「は、はい。ありがとうございました」


 澪は深々と頭を下げる。

藤咲は「大袈裟〜」と、軽く笑いながら厨房に戻っていった。 




 午後五時。


 厨房は再び忙しさに追われ、榎田の威勢のいい声が響いている。


 「桐谷さんは炊飯! 藤咲さんはほうれん草のお浸し! 

柏木さんはあたしと味噌汁の準備に取りかかるよ!」


 「わかり、ました」


 「わかりました〜、榎田さん!」


 「わ、わかりました! 榎田さん、よろしくお願いします!」


 澪は榎田の側に駆け寄って挨拶する。

榎田は少しだけ口元を緩めたが、すぐに一文字に結ぶ。


 「今から、大根と油揚げの味噌汁を作るからね。

あたしは出汁をとるから、柏木さんは大根をいちょう切りにしておくれ」


 「はいっ!」


 澪は返事をすると流しに向かった。

そこには太い大根が一本、水につけてある。


 ――まずは汚れを落として、次に皮を剥く


 朝の人参の時と違って数が少ないので、すぐに汚れを落とし終わる。

それから、一度半分に切って、包丁で薄く皮を剥いていった。 


大根のいちょう切りを終え、味噌汁の仕上げを見届けた頃には、

もう空は薄暗くなっていた。

 その後も配膳や後片付けに追われ、気づけばあっという間に夜が更けていた。

 


 そして今、澪は与えられた部屋の布団の中にいた。


 「あっという間の一日だった……」


 薄い掛け布団の中、今日の出来事をゆっくりと反芻する。


 ――聞きやすそうで、少し怖い。そんな人、いるんだ


 藤咲の顔が頭に浮かんで、澪はほんの少しだけ笑みを浮かべた。

彼女は澪に緊張させまいと、明るく振る舞ってくれたのかもしれない。


 「……ふぅ」


 ――明日も、頑張ろう


 澪は息を吐いて、瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ