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7話 決意と償い

小高い丘の上から、自分に呼びかける声。

『おーい、クレン!』

『待ってたよ。早くおいで、クレン!』

鍛冶屋の倅ガイ。

商会の娘アンナ。

『オレサマの舎弟達がお呼びだぜ。さっさと行けよ』

そして、公子ギルバート。

主に背中を押されて丘を登り切れば、抜けるような青空の下で、赤い花弁の小花が一面に咲き乱れていた。

『うわぁ……!』

思わず感嘆する自分を得意気な笑顔で見ていた、あの幼馴染達は。

「……ガイ?」

「おぅよ」

「アンナ……?」

「あぁ。気分はどうだい?」

今やすっかり大人びた姿となり、重傷で寝たきりのクレンを痛ましげに見下ろしていて。

(……夢じゃ、ないんだ)

まるで自分が、世界から置いてけぼりにされたような心地だった。







公王の容体が悪化し、もう長くは無いだろうと覚悟しつつあった11歳の頃──公爵邸の夜間見回りをしていた記憶を最後に、クレンは何も思い出すことができなくなっていた。

「5年も、内乱が……?」

「そう。公国軍が貴族派の反乱軍を倒して、先月ようやく若様も成人の儀を終えられた所だよ」

「成人か……道理でみんな、大人になってる訳だ」

どうやらここは、公爵邸の外れに増設された医務室らしい。

病院さながらの設備が揃った部屋でアンナの治療を受けながら、漸く上体を起こせるようになったクレンは自身の身体を見下ろす。

(全然慣れないな……皆の姿も、自分の声や身体も)

肉が削げて骨と皮だけに近い身体は大小無数の傷を負っていて、左腕に至っては未だに指一本すら動かせない。

先日鏡で見せてもらった顔は血の気がなく、5年前よりくすんだ亜麻色の髪から覗く生気の無い金眼と上手く機能しない表情筋も相まって、まるで屍人ゾンビのようだった。

「左腕は特に傷が深くて、切断寸前でね。ただ神経はぎりぎり繋がってるから、動くようになるかは今後の訓練次第かな」

無意識に利き手を見ていたらしく、アンナが言葉を選ぶように続ける。

「その……剣を扱うのは、厳しいだろうけど……」

「……うん」

何となく、そんな気はしていた。

これまでの鍛錬が無駄となる事実に落ち込まない訳ではないが、クレンは意外と冷静に現状を受け止める。

「左手は魔術も当分禁止だよ。一度断たれた魔力を無理に流すと、暴発の可能性があるらしいんだ」

(文字通り、爆弾抱えてる感じか……)

内心でそう称したのは、実は左腕のことだけではない。

意識を取り戻した直後、そして“空白の5年”で起きた出来事を大まかに知った時、クレンは一つの仮説を立てていた。

「──俺、反乱軍にいたのか?」

「!」

(ビンゴか)

あえて唐突に尋ねれば、アンナは息を呑む。

その反応に確信を得たクレンは、彼女の医療道具の陰にさり気なく置かれている小さな四角い魔道具を一瞥すると、自身の考えを口にした。

「多分……俺、誰かに記憶を消されてる。5年前、その人が見られたら困る物を“視た”のかも──」

「……!」

「でなきゃ、ギルの敵に回るなんて有り得ないし」

驚くアンナの顔を真っ直ぐ見据え、クレンは迷いなく言い切る。

目覚めた直後の再会後、ギルバートは一度も自分へ会いに来なかった。

一度無くした信頼を取り戻すのは生半可なことではないだろう。

それでも、今も昔も自分の仕えるべき相手は唯一人だから。

「敵の捕虜なんて信用できないだろうし、身体もずたぼろだけど……右腕と脚と、この眼はまだ動く。だから」

(身に覚えが無いとはいえ、裏切った罪は、償わないと)

内乱で家族を亡くしたアンナは、実家の商会を親戚に託して公王軍の医療班に志願したという。

仕えるべき主君を裏切り、裕福な家庭の一人娘だった彼女をはじめとする公国の民を襲った“敵”である自分。

そんなクレンを生かすよう命じたと思われるギルバートや、日々治療してくれているアンナ、仕事の合間を縫って度々顔を出す傭兵騎士のガイ──彼らの為に、できることは。

「使い捨ての駒で構わない。公王殿下の目指す野望の為に──」

この身一つを捧げることだけだ。




 

『──俺を、利用してほしい』

自室で事務仕事をしていたギルバートは、デスクの傍らに置かれた小さな四角い魔道具を無言で見詰めていた。

「…………」

5年前、当時まだ存命だったシルベスターと2人でメカ弄りに興じつつ開発した、通話用魔道具“Eコール”。

その試作品が完成する頃、父が何者かに殺害され、同時に自分の最も信頼する兄貴分兼従者は行方を眩ませてしまった。

当時10歳だったギルバートは絶望のどん底に突き落とされたものの、養母や幼馴染達に励まされながら貴族派と戦い続け、ようやく父と同じヴォルティガ公爵の地位まで上り詰めたのだ。

(……馬鹿アニキが)

Eコールのスイッチを切り、どすんと背もたれに身を預ける。

(けど、オレサマも大概か……)

思い出すのは、戦場で対峙した彼の姿。

ぼろぼろの幽鬼さながらに不健康そうな姿と、妖しい紫色に染まった瞳。

飛び掛かってきた彼は、ギルバートに斬り付ける寸前で短剣を止め、自ら命を絶とうとしたのだ。

あと一瞬気付くのが遅れたら、迎撃しようとした自身の手で、最愛の兄貴分を殺してしまう所だった。

(っ、何年一緒に居たと思ってんだ。アンタの意思じゃねーってことくらい、百も承知だっての)

手元の紙束をぐしゃりと握り潰す。

反乱軍幹部クレン・スレイヴの死刑を要求する嘆願書をゴミ箱に投げ捨てると、ギルバートは5年間伸ばし続けてきた銀髪を掻き毟った。

(アニキは……利用されただけの、被害者だ)

医務室で目覚めたクレンが──その懐かしい金眼が自分を映した時の感情は、筆舌に尽くし難いもので。

『っ、やっと目覚めやがったか』

驚愕する彼の顔を見て、安堵の次に怒りが込み上げてきた。

『っ何で、あんな胸糞悪ぃことしやがった……!』

昂る感情のまま彼の胸倉を掴めば、その瞳にチリッとノイズのような物が映ったように見えたのだが。

『吐け。反乱軍のボスは誰だ』

死人のように真っ青な顔色。

乱れた浅い呼吸の合間、途切れ途切れに聞こえてきた掠れ声。

『……わから、ない……なにも、みえない……!』

ギルバートが異変に気付いた時には、彼の眼には絶え間なく鈍色のノイズが走っており、がくがくと痙攣するように震える身体からは、左腕を中心に焼け付くような熱が立ち上ってきた。

『おい……!?』

『ご、めん……ごめん、なさ……っ』

『っちぃっ! 医療班!』

そのままクレンが意識を失った時には自分も生きた心地がしなかったものだが、再び目覚めた後は順調に回復しており、今のところは妙な術や発作、錯乱などの兆候も特に無いという。

アンナの報告書に一通り目を通していたギルバートは、徐に使用人を呼んで命じた。

「……ガイを呼べ」

間もなくドアを潜るようにして現れたのは、5年前の時点で大柄だったものの、今や国一番の大男となったガイだった。

「オレっちに何か用……お呼びすか? 若様」

無言で一睨みすれば、幼馴染は慌てて背筋を伸ばした。

今は公爵邸の守衛と傭兵騎士の頭を任せている彼だが、幼い頃からどうにも礼儀がなっておらず、未だに敬語が下手くそである。

「一つ、頼みがある」

声を潜めつつその内容を伝えれば、ガイはにっかり笑って力強く自身の胸を叩く。

「そういうことなら任せとけ! です!」

「加減を誤るんじゃねーぞ脳筋クソ馬鹿デカ男」

「暴言酷ぇっ!」

ドスドスと喧しい足音が遠ざかると、ギルバートは嘆息した。

(ったく……けど、ガイとアンナなら問題ねーだろ)

椅子から立ち上がり、屋敷の裏手にある丘を見上げる。

昔はよく幼馴染達と遊び、内乱後には死者の鎮魂を込めて石碑を建てたあの場所には、今年も美しい花々が咲き誇るのだろうか。

(アンタの思惑通りにゃ、させねーよ)

窓に映る不敵な笑みは、かつての傍若無人な我儘公子の面影をしっかりと残していた。

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