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19話 孤島より続く縁

『まずは、言わせてもらうニ』

妖猫ケットシーの王、チシャはクーガの肩に着地し、目を細めた。

『お主へと先に手を出した同胞達に対する温情、感謝するニ』

(……え)

油断なく身構えていたクレンは、その言葉に軽く拍子抜けする。

『ワシらは隠れ里を守りたいだけニ。なのに愚かな人間共は、事あるごとに蛮勇を披露しようとするニ』

やれやれと言わんばかりの顔をするチシャ王に、クーガも頷く。

「勝手に侵入して幻覚で狂い死んだり谷底へ落ちたり──傍迷惑な話です」

『山地を覆う魔霧の幻術自体、ワシの前にこの地を治めていた土地神様の能力だニ。ワシらにできるのは、悪戯に死人を出さぬよう噂を広めることと、死者を弔うことくらいだニ』

「だからお前が幻術を破って侵入した時には焦ってな……早合点で巻き込んでしまい、すまない」

一通り彼らの言い分を聞き終えたクレンは、ただ感嘆していた。

生きとし生けるものを尊重し、無益な殺生は好まず、どんな相手であろうと死後は祈りを捧げる──そんな価値観は、自分にとって大いに共感できるものだったのだ。

「皆さんは、とても誠実で心優しい人──いや妖猫ケットシー様ですね」

微笑むことはできなくても、万感の思いを込めてチシャ王を見詰める。

すると妖猫王は家臣の肩から飛び上がり、クレンの方に顔を近付けてきた。

『お主、名は何というニ』

ふわりふわりと宙に浮かんだまま、にんまりと笑う妖猫王。

「……レンです」

『嘘が下手ニ。ワシを欺くなど300年程早いニ』

「…………クレン。クレン・スレイヴです」

偽名を貫くのは早々に諦め、素直に名乗っておく。

『お主から、グラン様の匂いがするニ。西の孤島から来たニ?』

その判断は正しかったようで、即座に故郷まで言い当てられてしまった。

だがまずクレンは、聞き慣れない名称に首を傾げる。

「グラン様?」

『先に話した、元は列島の西部一帯を守る土地神様“だった”御方ニ。お主、グラン様から何か賜ったのではないかニ?』

(神様? 賜り物? ──あ)

それらの情報に該当する相手に漸く思い当たり、クレンは白鉱山デッドマインの魔獣から頂戴した爪を取り出した。

「これでしょうか?」

その鋭利さにより所々裂けたハンカチに包まれる、眩い白金の爪。

クレンの手元を興味深げに覗き込むと、妖猫王は笑みを深めた。

『いかにもニ。ワシにこの地を任せた虎神グラン様の物で間違いないニ』

(あの魔獣、虎だったんだ……)

全身真っ白で縞模様など皆無だった姿が脳裏に浮かぶ。

ついでに一見ふわふわした毛足の長い体表に騙されて痛い目に遭ったことを思い出し、クレンは微妙な気持ちになった。

(地味に悔しかったし、痛かった……)

『そんなお主がオルブライトの地へ何用ニ。里帰りという訳じゃ無さそうニ?』

くるりと宙返りした妖猫王が、ようやく玉座に収まる。

(……やっぱ俺、公国の民じゃないのか)

白鉱山の主にも言われたが、妖精や精霊等といった類の上位存在は、自分ですら視えない事実を色々と識っているらしい。

(意外と信頼、できそうだし──妖精の王相手に話すのは、ギルも許してくれるよな)

腹を括ったクレンは、これまでの出来事を包み隠さず打ち明けてみることにした。

 



 

そうして妖猫王に相談したものの、結論から言えば大した成果は得られなかった。

『幻術の仕組みはワシも知らぬニ。ただ、ワシの庇護下に居るものは効かぬようだ二』

(他の魔物も全然いなかったもんな)

確かにここまでの道中で魔物の幻覚は見えたが、実際に出会ったのは妖猫ケットシー達と獣人のクーガだけだった。

(本当に、何も知らないのか……?)

『それに、シビルという女人の名も初耳ニ』

「……そうですか」

相槌を打ちつつ、クレンはチシャ王の顔色や表情を窺う。 

(多分……嘘吐いてる訳では無さそう、かな)

『疑っても無駄ニ。知らぬものは知らぬニ』

「……すみません」

つい魔眼で顔色から発言の真偽を“視て”いたと見抜かれてしまい、クレンは身を縮める。

『仮にもグラン様の見込んだ人間ニャ、協力してやるニ。列島中の同胞に、手掛かりがあれば報せるよう命じておくニ』

「! 心より感謝申し上げます、妖猫王チシャ様」

とはいえ、強力な助っ人が得られたことには変わりない。

絵本上の知識でしかないが、妖猫ケットシーは猫社会に紛れたり飼い猫を装ったりして様々な情報を得ていたはずだ。

謝辞と共に玉座の前へと跪けば、チシャ王は踏ん反り返ったまま口元を緩める。

『お主は、呪いを孕んだ寝惚け眼の割に、澄んだ瞳をしてるニ』

「!」

つい勢い良く顔を上げてしまい、ばつの悪さに目を泳がせるクレン。

「……この眼のこと、分かるんですか?」

そんな自分を見下ろす三日月形の双眸は、どこか幼子を見守る老人のような温かさを宿していた。

『グラン様が黙していたことを、ワシの口からは言えんニ。自分で探って、真実を識るべきだニ』







翌朝は宣言通りクーガと手合わせをし、ついでに色々とアドバイスをしてもらった。

「すごいな。人間と獣系魔物のハイブリッド戦術って感じかも」

昨日の戦闘時にも思ったが、これまでの視覚記憶による経験測を駆使しても、クーガ相手だと若干後手に回ってしまっていた。

要は、眼で視て認識できていても、獣人特有の動きには身体の反応がまだ追い付いていないのだ。

「クレンは視えすぎるからな。深く考えず、野生の勘に頼るのも大事だぞ?」

軽く息を切らせて一休みしていたクレンに、クーガが手を差し伸べてくる。

「俺、苦手分野かも。急ぎでなければ暫くクーガに弟子入りしたかったな」

「ならば列島各地の妖猫ケットシー達を通して、いつでも呼べばいい。長らく歯応えのある相手に出会えなくてな、正直退屈していたんだ」

すっかり親しくなった黒豹団長と握手を交わしていると、昨日の妖猫2体が練兵場を訪ねてきた。

『『おはようございます団長! クレンの兄貴!』』

「……はい?」

謎の呼称に振り返れば、妖猫達は背筋を伸ばして敬礼する。

(なんか可愛いな)

見た目は普通の黒猫なので、ほのぼのしていたクレンだったが。 

『人間でありながら、王に見込まれ、何より剣の腕と漢気に惚れました!』

『『兄貴と呼ばせてくださいっ!』』

「え、嫌です」

いきなり舎弟宣言をされ、つい反射的にお断りしてしまう。

『『何故ですか兄貴ぃ!』』

「弟分はもう間に合ってますので」

『『兄貴ぃぃ!』』

(泣き落としかよ、意外とあざとい……)

だが、うるうる瞳を潤ませた妖猫達に詰め寄られ、結局は折れることとなってしまった。

「さて、そろそろ行くか」

練兵場を出るなり、クーガが四つん這いになる。

予想外の移動方法に、クレンは目を白黒させた。

「え……送るって、そういう感じ?」

「峡谷の向こう側は徒歩だと相当険しいぞ。馬を使わなかった判断は正しい」

(そりゃ、俺は平気でも馬は幻術効くだろうし……)

『ここらの山岳地帯では我らの案内が不可欠ニ!』

『任せるニ! 早速出発するニ、レンの兄貴!』

胸を張って張り切る妖猫達はやはり可愛らしい。

つい彼らの頭を撫でようとしたクレンだが、相手は妖精で上位存在だと思い直して手を引っ込める。

因みにあまり名前を連呼されるのは困るため“レン”呼びで妥協してもらった。

「よろしくお願いします──わっ?」

妖猫達にひょいと両脇から持ち上げられ、服の間から黒く艶々した毛並みが覗く広い背中に乗せられる。

『よし、準備完了ニ!』

クレンの手前に妖猫達も飛び乗ると、クーガは首をもたげて不敵に笑う。

「乗馬感覚で舐めてると即座に谷底行きだ。しっかり掴まってろ」

「了解」

手綱は無いため彼の上着をしっかり掴めば、頷いたクーガは前を向き、力強く地面を蹴った。

(──本当に、野生の獣みたいだ)

岩場や崖を一息に駆け上がり、あっという間に谷の向こう側へと到達する。

振り返れば、昨日の夕焼け色とはまた趣の違う、朝の日差しに照らされた美しい峡谷が広がっていた。

(俺の眼で視たものが)

ふと、一緒に来たがっていたギルバートの顔が浮かぶ。

(他の人に、見せられればいいのに)

そんな有り得ない思考を振り払い、クレンは手元の上着を握り直した。

『こっから下りが続くニ!』

『途中狭くなるニ! 洞窟内で顔を上げたら駄目ニ!』

『一気に跳び越えるニ、しっかり掴まるニ!』

深い霧を切り裂くようにして、険しい山岳地を物ともせず進んでいくクーガ。

激しいアップダウンに合わせて強く掴み続けていたためか、クレンは徐々に左手の感覚が無くなってきた。

「う、っ……」

それでも振り落とされまいと力を込めた途端、左肩に痛みが走る。

「クレン? どうした、一度止まるか?」

僅かに漏れた呻き声が聞こえたのか、クーガが声を掛けてきたが、クレンは首を横に振った。

「……大丈夫。このまま行ってくれ」

右手で自身の左袖ごとクーガの上着を握り締める。

(この程度で、立ち止まってる場合じゃない)

幸せだった頃の思い出。

壊された日常。

喪った人々。

そして、今を生きる皆。

(あの平穏な日々を、取り戻すまでは──)

自分が壊してしまった分まで。

喪ってしまった分まで。

──そんな贖罪の念を胸に、クレンは自身へと言い聞かせる。

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