16話 魔戦士適性
足の傷が完治したクレンは、恒例の黒いローブ姿で鍛冶屋への道を歩いていた。
「……で、ご公務は?」
「帰ったらやるっつーの」
そして今日も当然のようにギルバートが同行している。
彼は今も城下町に度々繰り出しているらしく、行く先々で声を掛けられるため、覚えのない悪名により素性を隠したい自分としては、極力離れて歩きたいのだが……。
「謝罪くらい、俺1人で行くのに……」
「うるせー! アンタがもーすぐ隣国行っちまうからだ!」
何より、往来の真ん中で騒ぎ出すのは本当に勘弁してほしい。
目立ちたくないクレンは足早に歩き出すが、ギルバートもきっちり遅れず付いてきて、引き続き愚痴をぶちまける。
「追加のEコールも完成したのに! 国外じゃ使えねーし!」
「まぁ、俺が適任だしな」
「せめて手紙書けよ! 帝国にゃ伝書鳩ならぬ伝書燕とかいう魔物がいて、たまにシドのヤローが──」
無駄に大声で騒いでいる主に嘆息しつつ、せめて足早に大通りを歩きながら、クレンは数日前の第2回緊急重役会議を思い出していた。
◆
『レンデル隊長の代わりに、隣国の調査任務を頼めないか?』
『承知いたしました。殿下のお役に立てるよう、精一杯務めさせていただきます』
公爵邸に呼び出されたクレンは、ジェーソンの言葉に二つ返事で頷いた。
公爵家を欺き、中立派を装って反乱軍に参加していたモーガン一族は処刑されたそうだが、今や反乱軍首領の最有力候補となったシビルの行方は未だ判明していない。
何より魔眼で幻術を見抜いた自分以外は誰も彼女の顔を知らないので、クレンが適任であると判断したのは至極自然な流れだろう。
『……オイ』
『シビル夫人の行方も勿論だが……魔術大国と呼ばれる帝国ならば、君の眼に起きている異常について何か分かるかもしれない』
『はい』
『実際、君が帝国出身の可能性は高いと思う。公国内に魔眼能力者がいたという記録は皆無だし、元が孤児ならば──』
『オイ、叔父上! オレサマの話も聞けや!』
先程から意図的に甥っ子を無視していたジェーソンは、穏やかな笑みをクレンに向けたままぴしゃりと言い放つ。
『これは私とクレンの契約だ。君の意見は必要ないよ』
『あ、んだとぉー!?』
『どうせ反対するか、逆に自分もついて行くとか言うんだろう? 我儘も大概にしなさい、公爵殿下』
『──っ!』
ぎりぎりと歯軋りしたギルバートは、悔しげに口を噤む。
『それに、これは君やクレンの為でもある。公国内では元革命軍のレッテルにより迂闊に動けないが、国外で功績を立てれば汚名を晴らし──』
『堂々とオレサマの側近に据えられるってか。チッ、わーったよ』
未だ不満げながらも一応納得した甥っ子に見えないよう、摂政殿下が軽くウインクしてきた。
(ジェーソン様、意外としっかりギルの手綱を握ってるなぁ)
そんな国のトップ2人を、クレンはしみじみと眺めていたのだった。
◆
ガイの父で鍛冶屋を営むビル・ゴルドスミスは、公国生まれでありながらオルブライト帝国に長期滞在していた経験のある数少ない人物である。
列島各地を旅して修行を積んだというビルは広い見識をもち、各国の歴史や魔術等にも明るい。
そのためクレンは無断で工具を借りた謝罪に加え、個人的に相談したいこともあったのだ。
「ビルさん、ご無沙汰してます。これ、お土産です」
扉を潜って顔を合わせるなり賄賂を差し出せば、ガイより小柄だが岩のような体躯をした厳めしい男は、鳩が豆鉄砲を食ったように瞠目した。
「お前──公子様の従者坊主か?」
(あ、そっち? 確かに6年ぶりか……)
「はい。……あ、俺が反乱軍の幹部って話は──」
「公爵様から話は聞いている。うちの馬鹿倅が世話になってるようだな」
商談用の椅子を勧められ、思わずギルバートを振り返れば、ドヤ顔で親指を立てられる。
「根回しも完璧だぜ。出来る公爵様だろ?」
「あ、うん……助かる」
(いや若干過保護すぎる気が……)
内心軽く引きつつ礼だけ口にすれば、益々踏ん反り返る公爵殿下。
ツッコむのも面倒なので一先ず着席すれば、ビルが炭酸水と共に米菓を持ってきて、寝不足気味の金眼が僅かに煌めいた。
「煎餅だ……!」
「あん? アンタそんなの好きなのか?」
「だって美味いし。アンナに貰って食べた時、感動してさ」
「ふっ、はは……相変わらずの仲良し兄弟分だな!」
幼少期にギルバートと2人で遊びに来ていた頃を思い出したらしく、ビルが強面の顔を歪めて笑い出す。
(ビルさんも、変わんないな)
クレンも昔を懐かしんでいると、ビルは先程渡した白金鉱入りの布袋片手に髭もじゃの口角を上げた。
「──で、何がお望みだ? しっかり者の従者坊主?」
息子とは違い頭も回る男にはこちらの意図がしっかり通じていたらしく、クレンは頷く。
(話が早くて助かるな)
「まずは、一級品の工具を無断でお借りして申し訳ありません」
「ありゃ馬鹿倅の独断だろうが。お前さんが謝る必要はねぇ」
「それと、感謝を。あのピックハンマーに窮地を救われました」
白鉱山の主に襲われた話を一通り伝えれば、ビルは興味深そうに顎髭を撫でた。
「ヴォルティガ島にそんな魔獣が居たとは。俺の知識もまだまだだな」
「公爵家の記録にも全く残ってなかったし、無理もねーよ」
「……それで、この爪なんですけど」
クレンは丁寧に布で包んだ白金の爪を机上に置く。
魔獣から頂戴したそれは、先端に軽く触れるだけで布が裂けてしまうほど鋭利で、ぶっちゃけ扱いに困っていたのだが。
「こりゃ普通の白金鉱とは訳が違う。俺の手にも負えねぇな」
「そうですか……」
「お前さん、帝国に行くんだろ? 南部ファバード領の僻地に俺の師が住んでるんだが……もし寄れれば、見てもらえ」
「分かりました。ありがとうございます」
ビルが紹介状を書いてくれたので、とりあえずこの件は良しとして次の話に移る。
「あと……俺、左利きで魔術も左手でしか扱えなかったんですけど──」
「左肩に重傷負って、今は術を禁止させてる」
無表情で淡々と告げるギルバートに、ビルも同意した。
「それがいい、体内魔力の流れは想像以上に複雑だ。だから“浸鉄鋼”入りのグローブか」
「その効果って……?」
「魔力及び魔術の無効化だ。暴発を防ぐには打ってつけだな」
(……道理であの魔獣が嫌がってた訳だ)
人間にとっての体力は、魔物の場合は魔力である。
魔力を無効化するグローブで触れられるなど死活問題だろう。
「あの、仮に利き手と逆で魔術を扱えても、使用は控えた方がいいですか?」
「逆?」
「この前、お借りしたハンマーを右手で持ってたら、魔力が通った気がして……」
今日、クレンが最も知りたかったのはこのことだった。
あの1回限りだったため気のせいかもしれないが、もし可能性があるのなら、右手でも魔術が使えるに越したことはない。
「……生命の危機や、臨死体験──そういった経験で、後天的に体質が変わる場合も稀にあるらしいが」
暫く考え込んでいたビルが、やがてゆっくりと噛み砕くように言葉を紡ぎ出した。
「利き手と逆で、しかも武器に付与された魔術を発動したとなれば──お前さん、魔戦士適性に変わったのかもしれんぞ」
「「──!」」
自分と同じく目を丸くするギルバートを視界に捉えながら、クレンは前のめり気味に尋ねた。
「体質変わったってことは、マッチョ体型にもなれます?」
隣でギルバートが派手にずっこけたが、ビルは真顔で即答した。
「無理だ。骨格まで大きく変わるが訳なかろう」
(くっ、駄目か……)
逞しい体躯を夢見る一抹の希望を打ち砕かれ、クレンは項垂れる。
「っ、そこじゃねーだろぉ! 大体アンタは昔っから──」
遅ればせながらツッコんできたギルバートの小言を聞き流し、クレンは米菓を1つ手に取ると、無言で貪った。
◆
“先輩”魔戦士のギルバート曰く、武器に宿る魔力及び魔術が自分に合うかどうかは、触れてみた感覚ですぐに分かるという。
許可をもらい、クレンが納品前の魔導武器に触らせてもらった所、おおよその傾向が分かってきた。
「火と、雷属性が合うっぽいな」
「そーいや、あのハンマーも火属性っつってたぜ」
遠方任務の餞別にとビルがくれた試作品の短剣をありがたく頂戴し、公爵邸へと戻ってきたクレンは早速丘で鍛錬することにしたのだが……。
「……公爵殿下」
「わーってる。すぐ帰るっての」
結局丘の上までついて来たギルバートに呆れつつ、クレンはふと彼が腰に差している愛剣に目を留めた。
「折角だし……ギルの剣も、持ってみていい?」
「あ……?」
何となく渋る素振りに気付きながらも、あえて言葉を重ねる。
「俺を救ってくれた剣だし。それとも、他人に触れさせるのは嫌か?」
「……。ほらよ」
観念したようにすらりと抜いた魔導剣を差し出され、クレンはその柄を右手で握った。
指先が温まって魔力が通うと、淡い雷光を纏い輝く金色の剣身。
(昔と変わらず、綺麗な剣だな……)
10歳になったギルバートが誕生祝いに父親から貰い、目を輝かせていた様子が昨日のように浮かぶ。
「……そうだ」
魔導剣を返してから、クレンは鍛錬用の木剣を一本手渡す。
「あん?」
「ついでに一戦、頼めるか?」
「──なっ」
「今のギルと、手合わせしたい。あくまで模擬戦でさ」
「…………」
俯き黙ってしまった主を見て、クレンは何となく物悲しい気持ちになった。
(……仕方ないか。昔とは状況も立場も全く違うんだし)
「なんてな。ごめん、つい出来心で──」
「手は抜かねー。本気でいくぜ」
だが直後、気迫を纏ったギルバートが挑むような眼差しで剣を構えたため、クレンも素早く身構える。
「ご温情、感謝いたします」
「2人ん時はタメ口でいいっつーの」
悪戯っ子のような笑顔を見たクレンは、ひどく懐かしい遊びに興じてみることにした。
「……“覇王”ギルバート・グレイリー。あんたに決闘を申し込む」
「!」
一瞬、大きく見開かれたグレーの吊り目が、猫のように細められる。
「──我が右腕の分際で、生意気な……来やがれ、“魔眼の神童剣士”!」
二人同時に地を蹴れば、足元でちらほらと咲き始めていた赤い花弁が、飛沫のように舞い上がった。




