15話 稲妻の地と呪術
水面下で力を蓄えつつ準備を整え、間者クレン・スレイヴの公王暗殺により国家叛逆の狼煙を上げた、貴族派集団による反乱軍。
父の死を乗り越え、能力主義に賛同していた少数貴族や平民達を束ね上げて、ヴォルティガの民を守るべく立ち上がった、ギルバート・グレイリー率いる公王軍。
5年の内乱を経て公王軍が勝利し、ギルバートはヴォルティガ公爵兼次期公王として、名実ともに英雄となった。
──だが彼の覇道は、未だ路半ばで。
ハッピーエンドを迎えるどころか、未だ敵のボスにすら辿り着いていないのだ。
◆
「では、本題の“呪術”について話そう」
クレンが大きな動揺もなく落ち着いた様子で耳を傾けているのを確認し、ジェーソンは静かに語り出す。
「ヴォルティガ公国が“稲妻の地”と呼ばれるように、魔術に秀でた貴族達は大半が雷属性の家系だが……」
ちなみにギルバートも雷属性だが、アンナは水、ガイは火属性だ。
また、ただ“光るだけ”だった自分も含め、平民は生活魔術程度しか扱えない者が殆どである。
「ご存知の通り、雷魔術は放電や磁力、各種魔道具への応用など、非常に汎用性が高くてね。そんな雷魔力を悪用して一部の貴族派が編み出した、代償行為と引き換えに自然の摂理を曲げる禁術──それが呪術だ」
呪術のことは以前シドから簡単に聞いていたが、雷魔術の派生であることは自分も初めて知った。
そして話が進むにつれ、じわじわと得体の知れない不安が胸の奥に蟠っていく。
「貴族派の術士達が多用していた呪術は、“屍術”と催眠術。前者は死体、後者は魔物を操るために使っていた」
「屍術……それって、前にシドが言ってた屍人……?」
「ほぼ間違いなく屍術だろーぜ」
苦虫を噛み潰したような顔で、ギルバートが吐き捨てる。
「マジで胸糞悪くてよー。一度ぶっ殺した敵兵や魔物が、今度はゾンビ化して襲って来やがるんだ」
「特にあのゾンビ騎士軍団な、ですね! 知ってる顔も結構いたし、もうやりにくいの何の……!」
(そっか、騎士団員は大半が貴族だから──)
「……クレン?」
共に鍛錬や任務をこなした顔ぶれを思い出しかけたクレンは、アンナに声を掛けられると同時に思考を打ち切った。
「顔色悪いよ。大丈夫かい?」
「あぁ。……ジェーソン様、俺が正気を失ってたのは、催眠の術が原因ですか?」
「いいや、催眠術は魔物用だよ。人間は思考が複雑だから、長くは効かないそうだ」
「じゃあ、屍術──実は俺、屍人とか?」
「ぶっ!?」
途端、幼馴染3人が盛大に噴き出した。
「っぐわははは! んな訳ねぇだろ!」
「ゾンビがご飯食べたり背ぇ伸びたりしないから!」
「だよな。じゃ、仮死状態みたいな感じだったのかも」
だがクレンが一人納得するなり、ぴたりと止まる笑い声。
「要は、どちらも脳への電気信号で操るんですよね?」
「……驚いたよ。噂に違わぬ聡明さだ」
「だろ? アニキはマジで神童なんだぜ!」
(もう神童って歳じゃないけど……)
無駄にドヤ顔だったギルバートが、ふとクレンの左肩に目を向けて顔を顰める。
「アンタの魔眼と剣の腕前は、敵に回るととんでもねー脅威だったぜ。なるべく無傷で救けたかったけどよ……」
「いいって。元はといえば俺が──なんか、悪の手先にされたせいだろ」
段々視線を落としていく彼を宥めるように言いつつ、そもそも何故自分が敵の手に落ちたのかを知らされていないと気付く。
だがまずは、主を元気付けることが最優先だ。
「お陰様でほぼ五体満足だし。本当、感謝してるよ」
(どんなに謝っても足りないし……せめて一生、償うから)
顔を上げたギルバートに頷いてみせながらも、内心は罪悪感でいっぱいだった。
大切な家族を失い、それでも叔父や幼馴染達の力を借りて懸命に前を向き続けた彼の心中を思うと、胸が痛む。
「……ユリアを、成長したアンタに会わせたかったぜ」
「!」
まるで心を読んだようなタイミングの呟きに、クレンは軽く瞠目する。
「父上が死んでアニキも居なくなった後、ユリアには随分助けられた。内乱中に命を落としちまったが……」
寂しげに呟くギルバートへと、クレンは首を横に振る。
「俺は、この眼でいつでも“会える”から。むしろ立派になったギルをユリアさんに見てほしかったな」
「っ、そーかよ。ったく、便利な眼ぇしてんな」
漸く笑顔の戻ったギルバートに安堵したのも束の間。
直後、彼は衝撃の一言を口にした。
「実はオレサマも半年ほど前、母上に会ってきたんだぜ。今際の際ってヤツだけどな」
「……え?」
「忘れたのかよ? 病弱で自宅療養してた公妃、ジゼル・グレイリーだっての!」
記憶の奥底で、何かが引っ掛かる。
考え込むクレンに、ジェーソンが1枚の肖像画を差し出した。
「これは晩年の肖像だが……彼女の母君は公国一の名医でね。私も若い頃に弟子入りして──」
(……これ、誰だ?)
受け取った額縁を食い入るように見つめる。
黒髪にブラウンの瞳をした女性の肖像は、自身の映像記憶に残るジゼル・グレイリーとは全く重ならない。
身内なのか多少は似ている所もあるが、絵画であることを除いても、目鼻立ちを含めて全くの別人だった。
「……どーした?」
「ギル、ごめん。先に謝っとく」
できることなら、これ以上ギルバートを傷付けたくはない。
だが彼が実母に欺かれている可能性を知った上で、黙っている訳にはいかなかった。
「俺の知ってる公妃様は……ダークグレーの髪で瞳は黒、あと口元に黒子があった」
「「……!!」」
産まれたばかりの息子を抱き、優しく微笑んでいた公妃の顔が脳裏に浮かぶ。
今はギルバートの顔を直視できそうにないため俯いたまま、だがきっぱりとクレンは言い切った。
「この絵の人とは、別人だ」
◆
その後、即座に元公妃の実家であるモーガン伯爵家を調査した所、半年前にギルバートが面会した女はジゼル・グレイリーで間違いなかったものの、クレンの“視て”きた公妃──つまりギルバートの母親は、ジゼルの姉シビルだったことが判明した。
老伯爵夫人の証言によれば、一族きっての強大な魔力をもっていたシビルは、雷魔術を応用した幻術を使い、病弱な妹に成り代わっていたという。
つまり、数年間公妃を演じ続けていた彼女こそが真の“公爵邸の間者”だったのだ。




