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14話 重役会議

あの後、気付けばクレンは坑道の入口前に立っていた。

そして自分が姿を消した直後にうっかり飛び石を踏み外し、ゴゥレムと激闘の末に脱出してきたというギルバート達と鉢合わせたのだ。

正直自分よりよっぽど満身創痍だった彼らだが、クレンの両足を見るなり大慌てで下山し、そのまま公爵邸の医務室に直行したのだが。

「アンタは無茶しすぎふぁ! いくら希少鉱石でも、こんな大怪我と引き換えじゃ全然嬉しくねーっての!」

「え?」

何故かクレンの鞄には、採掘した覚えの無い白金鉱ピュアメタルの原石が10個ほど入っていた。

「治療費代わり、なのかも……?」

「あん?」

魔獣の言葉は終始よく分からなかったが、何やら最後は認めてくれた様子だったので、ひとまずそう解釈しておく。

「で、何があった。詳しく話せ」

「あぁ、勿論」

話を聞くまで帰らないと言わんばかりにベッドへ齧り付いていたギルバートは、傷の治療が終わるなりアンナを部屋から追い出してしまった。

ちなみにガイは父親に工具を返すため、実家の鍛冶屋へ行っている。

後日クレンも謝罪に加え、ピックハンマーに危機を救われた感謝も告げなければと思いつつ、まずは主に事の顛末を一通り伝えた。

「…………」

終始難しい顔で黙って耳を傾けていたギルバートは、クレンの報告を聞き終えると、言葉少なに立ち上がった。

「明日、叔父上と出直す」

「え……?」

「大人しく寝てろよ」

そうして主は部屋を出て行き、入れ違いにアンナが戻ってくる。

「……身体は大事にしなよ」

そして心底呆れたようで、どこか哀しげにも見える顔で言った。

「傷だらけのあんたを見る若様の気持ち、少しは考えな」

「……そうだな。ごめん」

クレンは素直に謝罪を口にした。

命に関わる怪我ではないからと軽視していたのは事実だし、何より自分が意識を取り戻して以降、ギルバートがやけに過保護で心配性な言動をする理由には、一つ心当たりがある。

(多分、俺を捕らえた時、ギルが──)

アンナが去った後、クレンは座ったまま襟元を寛げて軽くストレッチした後、左肩を揉む。

黒いグローブに半分覆われた肩と、襟元から覗く首の付け根の、丁度真ん中に辺りに走る傷痕。

(あいつの魔導剣、最近見てないな……)

強烈な斬撃を受けたと思われる傷の周りには、僅かに電紋の痕が残っていた。



 


翌日、医務室には摂政殿下と公爵殿下、そして未だベッド上のクレンも含めた腹心の部下3人という錚々たる顔触れが揃っていた。

「周囲の警備は万全か?」

「ドア前はフォードの奴がいるし、庭園内にも一個小隊配置したぜ!」

「薬品関係は?」

「麻酔と各種鎮静剤、いつでも投与できます」

(何この物々しい雰囲気……)

てきぱきと答える部下達へと大仰に頷いたギルバートは、鋭い視線をクレンへと向ける。

「で、アニキの体調は」

「元気だけど、足痛いのと寝不足気味かな」

「空気読めや、仮にも緊急重役会議だぜ?」

(や、聞いてないんですけど……)

いきなり駄目出しされてしまい、クレンは肩を竦める。

更にジェーソンからも苦笑されてしまった。

「クレン。自覚が無くても無理はないが、君はギルバートの部下である以前に、反乱軍の重要参考人でもある」

「……申し訳ありません、殿下」

(仮にも俺、敵の捕虜だもんな……)

彼の言葉に、クレンは内心反省しつつ謝罪した。

これまで幼馴染達から普通に仲間扱いされていたことで、少々気が緩んでいたらしい。

「そういう意味じゃなくてね」

……と思ったのだが、摂政殿下はどこか気遣わしげに続ける。

「君の魔眼に秘められた記憶──それが、敵の全貌を暴く唯一の鍵なんだ」

「……敵?」

それを聞いたクレンは、軽く困惑した。

「内乱は、公王軍の勝利で終わったんですよね?」

「幹部連中は粗方捕らえたが、首謀者は行方どころか未だに正体すら不明でよ」

「な……!」

「しかも、国外に逃げやがった線が強ぇ」

ギルバートの言葉に、ガイとアンナも表情を曇らせる。

同時に、もう1人の幼馴染が国外にいる理由にも合点がいった。

(それで、シドが……)

「コイツは敵の幹部に“Eコール”を仕込んだ際、盗聴した内容なんだが……」

主から差し出されたメモは、ミミズののたくったような酷い字で。

「暗号ですか。流石は若様」

(いや多分、字が汚いだけ)

「ぐはは、全っ然読めねぇ!」

ベッド脇から覗き込んできた幼馴染2人の言葉に、ギルバートは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「うるせー! オレサマは──」

「言葉を聞き逃さないよう、ギルなりに頑張ったんだよな。けど解読できなきゃ無意味だし、書き直していい?」

「アンタ相変わらずストレートだなオイ!」

勝手にしやがれ、といじけた顔で吐き捨てるギルバートに首を傾げつつ、クレンは紙とペンをアンナから受け取る。

自分にとっては見慣れた癖字なので、特に苦もなくさらさらと別の紙に文面を書き写した。

『こちらの戦況は芳しくない

 よって“B”は暫しこの地を離れ

 “A”の庇護下に入ることとなる

 我らは“C”の力を信じ攻め続けるべし』

クレンの書いたメモを、皆が一斉に覗き込む。

「クレンは無駄に綺麗な字だね……」

「読めても意味分かんねぇけどな!」

「この脳筋が……恐らくコードネームだ。Aは国外の協力者、Bは首謀者で“ボス”または名前の頭文字だと踏んでる」

出遅れたギルバートはガイをどつくように押し退けると、紙面を指で示しながら順に解説していった。

だが何故か途中で説明が止まり、クレンは首を傾げる。

「──え、Cは?」

「……。アンタに決まってんだろ。クレンのCだ」

「いや冗談だろ。どんだけ安直?」

険しい顔で腕組みしている彼から至極真面目に返されたが、俄には信じ難い。

だが、そんな話はまだ序の口だった。

「貴族ですらない十代の子どもが、そんな重要ポジションな訳──」

「貴族派幹部クレン・スレイヴ。没落貴族の元スレイヴ子爵家跡取りで、公爵家に潜入していた間者だとよ」

「……はい?」

今度こそ、開いた口が塞がらない。

自分の名前以外は欠片も身に覚えのない肩書きに、しかし周囲の面々は揃って頷いた。

「まさかそれ、信じたのか?」

「んな訳あるか。だが、世間にゃその悪名が広まっちまった」

(……道理で、公爵邸内でもあんな目を向けられた訳だ)

使用人達の態度には合点がいったものの、根も葉もない噂で敵幹部に仕立て上げられていたなんて、流石にすんなりと受け入れられるはずがない。

当然それはギルバートも同様のようで、不快そうに鼻を鳴らす甥っ子の肩へと、ジェーソンが優しく手を置いていた。

「君の養母は、未亡人だそうだね。スレイヴ子爵と結婚後、夫と息子を流行り病で喪ったと」

「はい。その後、孤児の俺を拾ってくれたらしいです」

そちらは養母から聞いた話と相違なく、クレンも頷く。

彼女はスレイヴ子爵家の断絶後も姓を変えず、やがて赤子の自分を引き取った後、紆余曲折を経て公爵家でギルバートの乳母となったらしい。

(スレイヴ家の跡取りは俺じゃない。ユリアさんの、亡くなった息子なのに……)

自分が死者に成り代わり、しかも反乱の片棒を担がされていたなんて、いくら何でも不愉快極まりない。

その苛立ちから、半ば無意識に過去を探ろうとしてしまったらしく、突如バチィッと強いノイズが視界に走った。

「っ、うっ」

「アニキ!?」

「大、丈夫……」

左手で素早く目を覆い、大きく深呼吸する。

幸いすぐに治まったためそっと目元から手を外せば、皆が心配そうな顔でこちらを見つめていた。

「その眼について、色々調べてみたんだが……結局詳細は分からなかった。ただ、何らかの呪術が絡んでいるのは間違いない」

アンナにカルテを手渡したジェーソンが、眉を寄せる。

「内乱時の出来事についても、君への影響が心配で伏せていたんだ。目覚めた直後のように錯乱する可能性もあるし……」

(あ……)

5年分の出来事について幼馴染達が頑なに口を閉ざしていた理由を、クレンは漸く本当の意味で理解した。

だが同時に、だからこそ知りたいと思う。

「もし、話の途中で暴れたら……麻酔でも拳骨でもぶち込んでください」

そして、知るべきだと思う。

かつて自分がどうなって、どんな過ちを犯したのか。

空白の5年間で、一体何があったのか。

「概要で構いません。教えてください、お願いします」

深く頭を垂れれば、ギルバートがぼそりと呟く。

「……言うと思ったぜ」

「ギル……敵の俺を“止めて”、救ってくれたのは感謝してる。けど」

左肩の傷痕に触れつつ、クレンはグレーの瞳を真っ直ぐに見据え、懇願した。

「過去を乗り越えなきゃ、前に進めない。お前の力になるために、知っておきたいんだ」

「……クソッ。アンタにそう言われちゃ、断れねー」

目元を手で覆い、どかりと椅子の背凭れに身を預けたギルバートは、吐き捨てるように言った。

「ショックで気ぃ狂ったら許さねーぞ。……叔父上、頼む」

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