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12話 白鉱山の主

白鉱山デットマインは、他では滅多に入手できない希少な魔石や鉱石が採れることで有名な、いわばレアメタルの宝庫である。

だが“鉱山”という名前も付いていながら、白鉱山へと採掘に訪れる者は滅多にいなかった。

何故なら『白鉱山に挑めば白骨も残らない』と云われるほど、宝の山である以前に“死の山”であることは、公国の民にとって周知の事実だからだ。

「流石は“死の山”だな……すっげー圧を感じるってか、息苦しー空気っつーか……」

「オレっちも思ってた。……ました、です」

そんな言葉を交わす2人は若干顔色も悪いように見えて、クレンは首を捻る。

(俺、全然なんだけど)

いかにも坑道っぽい入口はあるものの、そこに棲み着いているのはあらゆる物理・魔術攻撃の効かない無敵の魔物、金鋼巨人アダマスゴゥレム

出くわせば100%殺されて土に還り、鉱石の糧となる──言葉で聞けばお伽話のようだが、時折命知らずな者が白鉱山へと挑み、同時に山から戻らなかった行方不明者数も更新され続けているそうだ。

(2人共、霊感でもあるのか……?)

「……何してんだ?」

「いや。ここで沢山亡くなったのかなって」

「クレンは真面目だなぁ、幽霊なんている訳ねぇじゃん!」

「アニキのそーいう所、ガキの頃から変わんねーな!」

(お前達こそ祈った方が良くないか……?)

一応死者への祈りを捧げていたら2人に笑われてしまい、クレンは内心ちょっぴりむくれた。

「……。こっちだ」

さっさと気持ちを切り替え、坑道入口を素通りして歩き出す。

そのまま少し山裾を歩き、低い崖を登った先狭い横穴が見えてくると、その中に足を踏み入れた。

「シルベスター様の置いた飛び石、踏み外すなよ」

洞穴の地面に点々と続く艶々した大きな円い黒石を踏みながら、クレンは身軽にひょいひょいっと先へ進んでいく。

「父上め、視察のふりしてこんな冒険してたのかよ」

不思議とぼんやり明るい洞穴内を、ギルバートがやや慎重な足運びでついて来た。

(多分、シルベスター様も記録してると思うけど)

彼は生前息子に伝えていなかったようだが、代々ヴォルティガ公国を治めてきたグレイリー家には、先祖から伝わる攻略のヒントが遺されていたようで。

古い書庫で見付けたという情報を興奮気味に語る悪戯っ子のような笑顔が、つい昨日のことのように思い出せた。

「ここの鉱巨人ゴゥレム達は、浸鉄鋼ダイドメタル──今足場にしてる石には触れないんだって」

「え、じゃあもし踏み外したら……?」

「壁が一斉に襲ってくるな」

「ひえぇっ……!」

大きな図体を精一杯縮めながら殿を歩くガイが、ビビった様子で壁を見やる。

一見ただの白い岩肌は、よく見るとゴゥレム型に見えなくもない──というか、実際そうやって動き出すのをクレンは幼い頃に目撃しているのだが。

『わははっ、すまんクレン! やらかした!』

『え……うわぁ! いっぱい出てきた!』

『しっかり掴まれよ! あとお前の眼で最短距離かつ最適ルートをナビゲートしてくれ!』

シルベスターが幼いクレンをおんぶしながら飛び石を並べていて、1つ石を踏み外した途端に壁と一体化していた鉱巨人達が大量出現した時には戦慄したものだ。

ギルバートと同様に優秀な魔剣士だった彼は、左右の敵を薙ぎ払いながら猛スピードで洞穴を駆け抜け、クレンの道案内もあってどうにか無事に脱出したのである。

「ここまで1本道だし、最悪の時は全力で引き返そう」

「けど手ぶらは流石によー……」

「あ、この辺で電気石トルマリンは採れるぞ」

以前も採掘を行ったポイントを示せば、2人は揃って目を輝かせる。

「すげぇ! 塊でけぇ!」

「ほぉー、見事なもんだぜ……!」

「なぁ、採っていいか!? 実はオレっち、父ちゃんの工具一式借りてきたんだよな!」

(無断で持ってきたっぽいな……)

ガイが鞄から取り出したピックハンマーは、素人目でも相当の名品で、僅かに魔力も込められているようだった。

少なくとも、腕の良い鍛冶屋である彼の父が、度々武器を破壊する馬鹿力の息子へと気軽に貸し出すような物ではない。

「偶には気が利くじゃねーか! オレサマにも貸せ!」

「了解っす! ほい、クレンも使うだろ?」

(ま、今更か……帰ったら俺も一緒に謝ろう)

差し出されたハンマーは見た目より軽く、じんわりと熱を帯びていた。

先端は鋭く、それでいて強度はしっかり備わっているようで、早速作業に取り掛かったガイも手際良く鉱石を採取していく。

「へっ、腐っても鍛冶屋の息子か」

「酷くね!?」

「ここは任せて大丈夫そうだな。足だけ浸鉄鋼から離さないように──あ、向こうは雷魔石ヴォルツストーンか」

「魔石だと!?」

それを聞いたギルバートが興味津々でついて来たため、魔石の採掘は彼に頼むことにした。

雷魔石ヴォルツストーンは微弱な電気を纏っているため、雷属性の魔術士でないと手袋越しでも結構ビリビリするのだ。

「すげーな、マジで宝の山じゃねーか!」

「それ、シルベスター様も言ってた」

ご機嫌で作業に取り掛かった主から無邪気に笑いかけられ、クレンは笑顔を返す代わりに一つ頷く。

そして残りの素材、白金鉱ピュアライトを探すため、更に先へと足を進めた。

自身の映像記憶によれば、もう少し奥でクレンが見つけ、前公王もごく少量を採掘するので精一杯だった、まさに幻のレアメタルだ。

(ここの奥だったはず──え?)

しかし、そろそろ目指す地点が見えてくる辺りに来た所で、以前は無かった岩壁が立ち塞がっていた。

(落盤か? 困ったな……)

ガイの怪力やギルバートの魔導剣なら破壊できるかもしれないが、手荒な真似をすれば即座にゴゥレム軍団のお出ましだろう。

(……ん?)

白い岩肌を何となく眺めていたクレンは、ふと視界の隅で微かな煌めきを捉えた。

よく見ると、岩壁の少し高い位置に米粒大の鉱石が混じっている。

独特の光沢をもつそれは、間違いなく白金鉱ピュアライトだ。

(小さいけど、一応……)

周辺の岩も含めて形を確かめるように、そっと指先で触れてみる。

「! なっ──」

瞬間、立ち塞がっていた筈の壁をするりと手がすり抜け、クレンは声を上げる間もなく壁の向こう側へと倒れ込んでしまった。

「クレン、こっちは済んだぜ!」

「オレサマも完了だ。後は──おい、アニキ?」

その直後、ガイとギルバートも壁の方へとやって来る。

だがクレンの姿は、希少鉱石の粒と共に忽然と消えてしまっていた。

 




つんのめるようにして壁をすり抜けた先には、これまでと全く別の光景が広がっていた。

(ていうか、前にもこんなことあった気が……いつだっけ)

思い出そうとすると、途端に視界を邪魔する鈍色のノイズ。

(……まぁいっか。見辛くて疲れるし、面倒臭い)

謎の現象といえど、1年も経てば慣れてくる。

デジャヴの正体を確かめるのは早々に諦め、思考を打ち切ったクレンは改めて辺りを見渡した。

(この白い壁、まさか全部ピュアライト……?)

透き通っているように見えて不思議と不透明な白い光沢。

希少な鉱石が水晶柱のように立ち並ぶ空間は、まるで荘厳な神殿のようだった。

(あの魔獣っぽい岩を、祀ってるのかな……)

自分の立ち入って良い場所なのかは不明だが、来てしまったものは仕方がない。

巨大な動物らしき形をした白い塊に近付いて見物していると、不意にゴトリと岩の“瞼”が持ち上がる。

そして露わになった白銀の双眸が、こちらを見下ろしてきた。

「……え」

『我を目醒めさせた、無垢なる幼子よ』

これまで見てきた魔物とは全く異なる、どこか神聖な気配。

呆然と立ち尽くすクレンに、白鉱の魔獣は静かな声で問う。

『答えよ。御主は何を信とする』

(信、か……俺の、信じるものは)

脳裏をよぎるのは──友人、そして“家族”。

自分を受け入れてくれた、自分が護りたかった、大切な人達。

そして、自分の存在意義でもある、彼の願い。

「ヴォルティガの民を守らんとする、未来の公王を」

それは、ギルバート・グレイリーの治世を、支えることだ。

『…………』

「…………」

互いに無言で見つめ合う。

自分は真摯に答えたつもりだが、所詮はちっぽけな人間の信念。

神聖な空気を纏う白鉱山の主が相手では、下らないと鼻で笑われて終わりかもしれない。

『──、な』

だが、漸く沈黙を破った魔獣の反応は、自分にとって全く予想外のものだった。

『──なんと、不敬な!』

「…………はい?」

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