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1話 魔眼の神童剣士

『……何故だ』

有り得ない。こんなことは、絶対に有り得ぬはずだ。

『答えよ』

決して人の目では捉えられぬ、我が居城。

一介の人間如きが、辿り着けぬ領域。

『貴様は、何者だ』

常人には破れぬ壁。斃せぬ敵。

識れぬ理。得られぬ力。

其れ等を、此奴は──。

「俺は……いや」

地に膝を付いた我の前へ、ゆっくりと歩んでくる“人間”。

其の者は口元を微かに緩めると、酷く静かに、そして厳かに名乗りを上げる。

「……我は、覇王が右腕──」

其の眩い金眼に射られた瞬間、我は総てを理解した。


 


 



オルブライト列島最西端の島国、ヴォルティガ公国。

数百年前に本島オルブライト帝国から独立したこの国は、かつて周辺諸国と同様、家柄及び魔術至上主義の上流階級が権力を握っていたらしい。

だが現公王シルベスター・グレイリーが即位すると、彼は魔術に限らず文武に長けた能力主義を宣言した。

そのため即位の直後は、貴族派による内乱やら謀略やらで国内が荒れに荒れたそうだ。

──とはいえ、ここ10年ほどは比較的平穏な治世が続いているため、現在11歳のクレンにとってはあまり馴染みのない話だが。

「それでは、行ってきます」

だからといって、何も問題が起こらない筈もない。

最近は魔物による人里の被害が頻発していて、王都を護るグレイ騎士団も、度々近隣の町や村へと駆り出されている。

そんな魔物の討伐任務に、今回クレンは初めて参加することとなったのだ。

「ダメだ。絶対許可しねーぞ」

「一晩で戻りますから」

「嫌だ! オレサマもアニキと一緒に連れてけ!」

(幼児かよ……)

だが玄関先で駄々をこね続けている10歳児を前に、クレンは今日何度目かの溜め息を吐いたのだった。

ヴォルティガ公王の一人息子ギルバートは、稀代の名君主かつ人格者として知られる父親とは真逆の意味で有名人だ。

傍若無人で人を見下した態度と我儘発言の数々は、下心だだ漏れの貴族達は勿論、屋敷の使用人達までもが日頃から散々苦汁を嘗めさせられているらしい。

そんな生意気すぎる問題児が素直に慕う相手は、父親と乳母のユリア、あとは彼女の養子で乳兄弟として育った従者の自分くらいなのだが……。

「すみませんが、若様。任務ですので」

「従者モードやめろ、余計ムカつく!」

「……ギル。俺はお前の国を守るために、少しでも役に立ちたいんだ」

「国なんざ知るか! 常にオレサマの隣にいるのがアニキの仕事だろーが!」

(支離滅裂だな……)

父親譲りの銀髪を振り乱したギルバートが、クレンの左腕をがっしりホールドしてくる。

因みに彼の母である公妃は、クレン達が幼い頃に実家へ戻って以降滅多に姿を見せず、そんな母親の分まで愛情を注いでいる公王はというと、ここ最近は体調を崩していて臥せりがちだ。

なので、余計に自分へ甘えたくなる気持ちも分からなくはないのだが……。

「おいクレン、あまり若を甘やかすなよ?」

集合時間も迫ってきて困り果てていると、騎士の制服を纏った栗毛の青年が門の方から颯爽と歩いてきた。

どうやら、この状況を見越して迎えに来てくれたようだ。

「シド……レンデル隊長」

第3隊長のシド・レンデルは、クレンより6つ年上の幼馴染であり、また親しい友人の一人でもある。

一見すると中肉中背の好青年なのだが、制服の下は逞しい筋肉で覆われた屈強な身体をしており、騎士団内でもトップクラスの実力を誇る天才剣士だ。

「おいシド! 何でオレサマが討伐隊に選ばれねーんだよ!」

尤もギルバートにとっては、ただの八つ当たり相手でしかないようで。

「分からないか?」

だが幼い次期公王殿下に噛み付かれても、成人済みの彼が余裕たっぷりの笑みを崩す筈もない。

「オレサマとアニキは歳も1つしか違わねーし、同じ訓練生だろーが!」

「技量不足。つまり弱いからさ」

「な……っ!」

無駄に爽やかな笑顔のまま一蹴され、言葉に詰まるギルバート。

そんな彼に、シドは遠慮なく言い募る。

「先日俺から一本取ったクレンと、新人騎士にすら手も足も出ない若。その差は歴然だろ?」

「っ……!」

怒りと羞恥で顔を赤くしたギルバートが、捨てられた仔犬のような視線でフォローを求めてくる。

シドの言い分は正しいのだが、ここで彼に味方しなければ後が面倒だ。

「……シド、言い過ぎだ」

「っ、そーだそーだ!」

「ついて来ても足手纏いなのは確かだけど、あんまり直球だと流石のギルも傷付くぞ」

「いやアニキも大概ストレートぉ!」

しかし嘘の苦手なクレンは、フォローどころかうっかり止めを刺してしまったらしい。

シドは盛大に噴き出し、ギルバートに至ってはショックで崩れ落ちている。

「ははは! だとさ若、潔く諦めろ」

「チックショ……もういい! さっさと行っちまえ!」

半ベソで公爵邸に駆け込む彼を見送っていたシドが、ふと感心したように呟いた。

「あの我儘公子を相手に、お前も中々やるな」

(別に凹ませる気は無かったんだけど……)

程なくして、訓練服に着替えた銀髪頭の後姿が裏口から飛び出していくのを視界の片隅で捉える。

能力は高いのにサボり癖のある彼なので、ある意味結果オーライかもしれないが……。

「何で急に張り切ってんの?」

「早くお前の隣に並びたいのさ。“神童”クレン・スレイヴにな」

「げ、その呼び方やめて……」

思わずげんなりすれば、再度笑い声を上げた年上の友人に、ぽんっと軽く背を叩かれた。




 

今でこそ能力主義社会が謳われているとはいえ、長年続いてきた貴族派の思想は未だ根深く残っている。

例えば15歳に満たない未成年の騎士訓練生が、貴族出身者が大半のグレイ騎士団で正式な任務に参加することなど、特例どころか本来ならばあり得ない話なのだ。

「未成年のガキをお守りとか、完全に外れクジだぜ……」

「あぁ。レンデル隊長も何考えてるんだか」

目的の村に到着し、与えられた指示に従って森の入口付近にある大木の上で息を潜めていると、ほぼ真下にある茂みから騎士達の陰口が聞こえてきた。

「しかも運良く公爵家に潜り込んだ孤児だろ。結局は家柄かよ」

「あのツラで得してるよなー」

(顔はどうでもいいから、筋肉欲しいなぁ)

適当に聞き流しつつ、自身の生っ白い細腕を見下ろす。

金髪金眼で貴族より貴族っぽいと言われる見た目は、悪目立ちするため正直あまり好きではない。

しかも自分は同世代の訓練生達よりも細身で、人一倍食べても鍛えても一向に改善しないため、逞しい体躯への憧れは募るばかりだった。

「いいなぁ、マッチョ……」

「「!?」」

(あ、声に出てた)

周囲が静まり返っているため、何気ない呟きがやけに響いてしまい、慌てて口を噤む男達。

自分は全然気にしないのだが、公子殿下のお気に入りであるクレンを侮蔑したと知られたら最後、公爵家及び公国を敵に回すことになると専らの噂らしい。

ちなみに“神童”なんて大層な呼称も、ギルバートの発言が元である。

(神童どころか、凡人なのにな……)

クレンは真っ暗な森の奥に目を凝らす。

今夜は三日月かつ曇天のため、月明かりによる視界の確保はあまり期待できない。

とはいえ、ここで何か見えたら合図するという仕事を任された以上、できるだけ役には立ちたいと思う。

(筋力も魔力も、並程度だし)

そもそもクレンは、決して武芸の才能がある方ではない。

だから、腕力が無い分技量を高めるために人一倍鍛錬を重ね、脚を活かした素早い立ち回りと手数で相手を翻弄する刺客アサシンスタイルを磨き続けてきた。

しかしそれだけでは、弱冠17歳で隊長を任された天才剣士シドとの模擬戦で、一本どころか一撃すら入れられなかっただろう。

(ただ、人より少し“目がいい”だけで──)

ふと金の瞳が、森の奥で蠢く影を捉える。

クレンは短剣を抜いた左腕を頭上に掲げ、魔力を込めた。

剣先に灯った光を軽く振り、周辺で数ヶ所に潜んでいる騎士達へと10秒ほど合図を送ると、大木の下へと身を踊らせる。

「──来ます」

「「っ!?」」

先程の騎士達が潜む背後へと音を立てずに着地すれば、びくっと彼らの肩が跳ね上がった。

「正面から岩猪ロックボアの群れ、1時の方向に赤衣狐レッドフォクス5体です」

「お、おぉ……」

「力自慢の騎士様は、正面の大物をお願いします。小物は──」

「俺が行く。案内しろ」

「了解です」

マッチョ騎士達に後を任せ、クレンは痩身の平騎士一人と共に森を駆け抜ける。

「お前は訓練生だから、手柄は貰うぞ!」

「あ、はい。どうぞ」

「っ、はぁ!?」

いかにも貴族出身者らしい上から発言に秒で頷けば、平騎士の男は目を剥いた。

「少しは野心持てよ! 男だろ!? 」

(面倒臭……)

クレンが騎士団の門戸を叩いた理由は、ただ若き主を護れる力を身に付けるためだ。

だから手柄も名誉も正直どうでも良かったし、ぶっちゃけ騎士に特別なりたい訳でもない。

赤子の自分を拾い育ててくれたユリアや、居場所を与えてくれた公爵家の人々に恩返しすることが、自分にとっての喜びであり生き甲斐なのだ。

「左、来ます」

「うぉえっ!?」

一歩右へ踏み込み、魔物の奇襲を回避しながら指示を出す。

ワンテンポ早めに伝えたお陰で、男の方もどうにか避けられたらしい。

「尻尾が光ったら火炎攻撃です」

「はぁ? 尻尾どころか姿すら全く見えないぞ!」

(え、そんな暗いのか……?)

気付けば頭上に幾重も生い茂る枝のせいで、月明かりが遮られていた。

“目がいい”クレンは視界に困らないものの、彼の肉眼では魔物の姿を捉えられないようだ。

(まさか、誘い込まれた?)

「そこで動かず、待っててください」

「何とかしてくれ、“魔眼の神童剣士様”!」

(……その呼び方は勘弁して)

盛られすぎて若干ダサい二つ名に嘆息しつつ、剣先に光を灯す。

無論、魔物達をこちらに誘導するためだ。

(“光るだけ”の魔術も、意外と役に立つな)

5体すべてがクレンに向かってきたのを確認し、目を凝らす。

(《映見リーヴィジョン》)

自身の双眸に、魔力が灯る感覚。

クレンの金眼は人並み外れた視力と視野をもっているが、それだけではない。

この眼の真骨頂は、一度視た物を決して忘れない“視覚記憶”能力だった。

(──よし)

今まで生きてきた11年間の中で記憶・蓄積されてきた様々な経験の“映像”と瞬時に照らし合わせ、相手の癖やパターンを読み取ることで、最短距離の最適解を導き出す。

(“視えた”)

そうすれば、相手が何をしてくるか、自分がどうすればいいか──積み重ねた経験から、自然と身体が動くのだ。

飛び掛かってくる1体の真下へと滑り込んで斬り上げ、身を翻して2体目の死角から短剣を一閃、同時に右へ跳んで魔物の牙を背後の幹へと食い込ませれば、あっという間に3体が片付いた。

(来たな)

残った大小2体の尾が朱く光り出すのを見るなり、クレンは右前方へと地を蹴る。

直後、火球が放たれると同時に左へ切り返せば、2つの魔術がぶつかって相殺され、弾け飛んだ火の粉が木陰で縮こまっている平騎士の姿を照らし出した。

「どわぁっ!?」

「一応、鎮火お願いします」

言いつつ大柄な1体を薙ぎ払い、残るは小さな子狐のみ。

こちらを見上げる円らな瞳が、家で留守番している弟分が甘えてねだる時の顔と重なる。

(ごめんな)

それでも容赦なく斬り飛ばし、子狐はただの骸と化した。

そしてすぐに辺りを確認するが、他に魔物の気配は無さそうだ。

(お前達も、必死で生きてたんだろうけど)

クレンは魔物達の死骸に向き直ると、刃に付いた血を拭う。

そのまま顔の前へと短剣を立て、静かに祈りを捧げた。

(村の人達を──国を、守るためだ)

命を“いただく”こと。

死を乗り越えて進むこと。

亡き人の意思を受け継ぎ生き抜くこと。

それらは自分が騎士団の訓練生になると決めた時、公王シルベスターから告げられた心構え。

『大きくなったら、ギルを──この国を、頼むぞ』

クレンのことを息子同然に可愛がってくれている公王は、そう言って笑顔で頭を撫でてくれたものだ。

(せめて、ゆっくり眠ってな)

以降、クレンは死者を前にした時は欠かさず祈るようにしていた。

(……よし)

「お、おい……? クレン? 片付いたのか?」

しかし、後方から聞こえてきた情けない声のせいで、色々と台無しだったが。

「火ぃ消えたら真っ暗だし! お前どこだよ!?」

「…………」

「黙ってないで返事しろ! ……おい、生きてるよな!?」

「……はぁ」

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