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存在しない山田さん

作者: 椎名正

 教室にて


 五年二組、小林えり子です。

 私のクラスはみんな仲良しです。

 私の腕と足の包帯ですか?

 階段で転んじゃって。

 クラスのみんなは優しくて、いろいろ助けてくれます。

 私のクラスに山田さんなんていません。




 校舎前にて


 五年二組、佐藤佳奈子です。

 山田さんは、私達のクラスでした。

 小林さんは、山田さんにいじめられていて。無視とか陰口とか生温いものじゃなく、殴る蹴るの暴力です。

 小林さんが何度も骨折したのも、山田の暴力のせいです。

 私はクラス委員の立場から、小林さんにアドバイスしました。親や先生に相談したほうがいいって。

 小林さんは、私のアドバイスを聞きませんでした。そして、こう言いました。

 嫌なことは見なければいい。存在がなかったことにすればいい。

 だから、山田なんていないのよ、と。

 持ち物を捨てられ、暴力を受けても、小林さんの頭の中では、いじめはなかったことになったんです。

 小林さんは、小林さんの空想の中で、幸せな学校生活を送ることを選択した。

 そして、山田は小林さんの反応が薄くなったので、いじめのターゲットを変更することにした。

 それが私です。

 自分がいじめの標的になって、薄っぺらいアドバイスをしていたことを思い知らされた。

 親や先生に相談?できるわけがない。自分がいじめられるような弱い人間だとばれたくない。

 私は選択することにした。

 嫌なことは見なければいい。存在しないことにすればいい。

 私はいじめられている事実を、頭の中でなかったこととすることに決めた。いじめている山田なんかいない、と。

 だから、私達のクラスに山田さんなんていません。




 体育館にて


 五年二組、須藤美恵子です。

 うちのクラスに、山田さんなんていないです。




 住宅街にて


 はい。転校する前は、五年二組でした。

 山田と友達だったか?まあ友達でしたよ。

 転校の理由?親の仕事の都合で。え?私がゴネて無理矢理に転校したこと調査済なら、先に言えよ。これだから大人は。

 私があの学校・・・あのクラスから逃げたのは、カウントダウンが始まったからよ。

 山田はクラス中の人間をいじめまくった。それはもうひどい方法でね。私も手を貸した。

 私達のグループは、山田を含めても三人。山田がいじめのターゲットにしていたのは二十人。

 冷静に考えたら、私達の方が圧倒的に弱い立場。しかも、山田自身メンタルが強いほうじゃない。いや、ゲキ弱。

 なにかのきっかけがあれば、私達の地位は奈落に落ちる。立場が逆転すれば、クラス中から殴る蹴るは当たり前になる。

 そのカウントダウンはもう秒読みだった。「山田って、実はたいしたことないんじゃないか」誰かが言葉にすれば終了になる。

 私はなりふり構わず、転校した。そのあと、山田ともう一人がどうなったかなんて、知りたくもない。




 プールにて


 知らない。私は何も知らない!

 確かに私は五年二組よ。

 山田と友達だった。でも山田がいじめをしていたなんて、知らない。私は関係ない。

 ・・・山田はいじめをしていた。それは認める。でも、私は手を貸していない!私は関係ない!

 ・・・殴る相手を羽交い絞めしたりしていたけれど、私は悪くない!

 私は怖かったのよ。山田のやつはどんどん暴走していくし。私は被害者よ!

 落とし穴を掘る手伝いなんかしていない!

 ・・・確かに山田と一緒に、落とし穴を掘った。でも私は山田に逆らうことが怖かった。

 その落とし穴は、いたずらではすまない深さで、その落とし穴を覗いて笑う山田がとてつもなく恐ろしくて。

 してない!

 そんなことするはずがない!

 私は突き飛ばしてない!

 山田を落とし穴に突き飛ばしていない!

 そんなわけないんだ!

 あのとき私が突き飛ばしたわけないんだ!




 警察署にて


 調査報告書

 聞き取り調査の結果、本件は事件性なし、事故であることが明白だと結論づけられる。

 児童が軽いイタズラで落とし穴を掘っていた途中で、誤って転落してしまい死亡。

 なお落とし穴を掘った人物は、死亡した児童の山田紀子のみ一人で、他に手助けした者はいない。

 「先輩。いいんですか?」

 「何がだ?」

 「これ隠蔽行為でしょう」

 「真実書いたって、誰も幸せにならないだろうが。子供を突き飛ばして殺したのが、友達の子供なんてよ。事故だよ、事故」

 「そっちもですが、解剖結果と落とし穴の位置図をわざと添付しないのは問題です」

 「うっかりだよ。うっかり、つけ忘れるだけだ」

 「解剖結果から死因は餓死。落とし穴に落ちてから一週間生きていた。落ちたときに右腕を骨折したため自力では脱出できなかった。大声で助けを呼ぶことはできた」

 「・・・」

 「落とし穴の位置は、学校内の巧妙な場所が選ばれていた。五年二組の生徒は通るけど、それ以外は利用しない通路」

 「・・・」

 「落とし穴は一見わかりづらく、死体の発見が遅れたのも納得された。でも、落とし穴に落ちた子供は、穴から助けを叫んだはず。五年二組の生徒は、一週間の間、聞こえてくる助けの声を無視して、見殺しにしたことになる」

 「そりゃあ、山田はいないことになっているからな」

 「え?」

 「いや。お前の言っているのは、そういう可能性があったってだけだ」

 「しかし・・・」

 「あの子の言っていたことは正しかったな。嫌なことは見なければいい。存在しないことにすればいい。いいか。暴力でクラスを支配していた山田はいない。真実や、お前の意見なんてどうでもいい。いじめをしていた山田を認めると、嫌な結論がでる。五年二組の生徒全員が、山田が死んでいく声を一週間聞きながら、助けられるのに助けなかった。俺はそんな事実に向き合うつもりはない。嫌なことは見なければいい。存在しないことにすればいい。あのクラスに山田なんかいない」




おわり

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