祠クエスト ~雨の魔女~
息抜きのつもりで数時間使って()書いた、雛形ありきで開始しても全然違う物語になる典型です。
さっと読める内容のつもりです。お付き合い頂ければ幸いです。
「小僧、あの祠を壊したんか」
村から出ようとしたところで、そこまでハゲちゃいねぇけど全部白髪、ま、見るからにジジイ、ってジジイに声をかけられた。
ジジイは目を見開いて、まるで世界一のアホでも見つけたような顔をしてる。
「十個は壊したぜ、それがどうした?」
俺はニヤリと笑って答えた。ああ、もちろん、立ち並んでた祠をなぎ倒してやったさ。十年前、どっかのバカのせいで故郷の村が祟られた、その恨みを晴らしたんだ。霊媒師に言われた通り、お守り十個装備してな。
いくら長い大学の夏休みでも無限ってわけじゃない。さっさとオサラバってとこだったんだが――
「小僧、祠は壊したら増える、知らんかったのか?」
「あ、どういうことだ?」
予想外の返答に、思わず訊き返しちまった。
「あの祠はのう、人の悪しき感情――小さな悪戯心から大きな恨み辛みまでをも喰らって増殖する、魔王祠なんじゃ」
「魔王祠」
「魔王祠じゃ」
「……で、それがどうしたよ。増えたらなんか問題あんのか?」
「馬鹿もんが。祠が増えたらその分だけお供えが必要になろう」
「お供えなんてしてんのか? 魔王祠に?」
「魔王祠にじゃ」
「……ま、それはワリィけど、俺は知らねぇから」
明後日の方を見ながら踵を返す。正直、付き合ってられねぇ。
「良いのか小僧。おぬしの好きなYちゃんに禍が降り掛かっても」
「なっ……どうしてそれを……ってか禍ってなんだよ!? Yちゃん関係ねぇだろ!?」
Yちゃんは隙あらば天使のウインクをしてくれる最高に可愛い芸能人の女の子だ。天使なのに小悪魔系。たまんねぇ。いやそうじゃねぇ。
「ジジイ、てめぇが何かしようってんなら許さねぇぞ」
大体、マジでなんで知ってやがる。おかしいだろ。
「それは違う。おぬしがやったことは、おぬしの周りに返ってくる。それだけじゃ。Yちゃんのお守りをしてきたのは失敗じゃったな」
「なっ……そういうことか」
シャツの胸元から見えてたらしい。目ざといジジイだ。
「で、禍って、なんだよ」
落ち着いたところで、改めて訊く。
「その者の特性……Yちゃんで言うならそうさな、可愛さが万倍になるんじゃ」
「可愛さが万倍」
「可愛さが万倍じゃ」
「それで何の問題があるってんだ」
可愛い分には困らねぇだろ。
「家から出られなくなる」
「家から……?」
「可愛さ万倍ともなるとのう、後光が溢れ出て、一般人にも見える水準になる」
「一般人でも見える水準の後光」
「一般人でも見える水準の後光じゃ」
「だからって、なんで家から……」
「ひとたび目に入れば誰もが引き寄せられて、Yちゃんの周りに集まってしまうじゃろう」
「行き過ぎたファン、みてぇなもんか」
「そうじゃ。生活出来るわけもあるまい」
「そりゃ……そうだけどよ。なら、俺はどうすりゃいいんだ?」
お守りじゃダメだったってんなら、俺に出来ることなんて……。
「お供えを用意すれば良い」
「お供えを」
「お供えをじゃ」
「魔王祠に」
「魔王祠にじゃ」
「……すげぇアホっぽくて嫌だけど、万が一にもYちゃんに何かあったらもっと嫌だから、聞いてやる。具体的には?」
「今日は八月二日。……八月中に、『ネズミの歯型が付いた果実』と『カラスの折れ羽』、『雨の魔女の涙』を用意するんじゃ」
「『ネズミの歯型が付いた果実』と『カラスの折れ羽』は良いとして……いやあんま良くはねぇけど……『雨の魔女の涙』ってなんだよ?」
「知らぬ」
「は?」
「これまでそれを用意出来た者が居らんから、魔王祠は増え続けておる」
「お手上げじゃねぇか」
「探すんじゃな。Yちゃんのために」
「Yちゃんのために……なら、ああ、そうだな。やらねぇと」
万が一があっちゃいけねぇ。天使のために頑張るってのもなんか燃えるしな。
「これを、渡しておこう」
ジジイが、やけに古びた数頁しかない本(?)を渡してきた。
「これは?」
「魔王祠についての最も古い文献じゃ。『雨の魔女の涙』についても書かれておる」
「なんだよ最初から言えって!」
「じゃが具体的な説明の頁は破れておる」
「なんだそれゴミじゃねぇか!」
「ゴミは言い過ぎじゃろ」
「……ああ、すまん、けど」
「わかっておる。その破れた頁は、グンマにあると言われておる」
「グンマ? Yちゃんの故郷じゃねぇか」
「『聖地巡礼』を誰にも迷惑かけずに成し遂げれば、おぬしに話しかけてくる者がおるじゃろう。頁の守り手じゃ」
「……なんでそんなことまで知ってやがる」
「あの祠を六十年前に壊して八つに増やしたのは、儂じゃからな」
「てめぇが元凶か!」
「魔王祠自体はもっと昔から既に複数あったんじゃ! 元凶ではない!」
「似たようなもんだろうが!!」
「それはそれとして」
「強引に話題変えんな。っつうかてめぇは禍をどうにか出来たのか!?」
「グンマには妖精の国があるという。頁の守り手に従い、そこを目指すのじゃ」
「聞けよ。てかメルヘンかよ」
「儂では辿り着けなかったところまで、おぬしなら行けよう」
「なっ……ってことは……ジジイ……」
犠牲が出た、ってことか。
「……わかったよ。じゃあ、行ってくる。せいぜい達者でな、ジジイ」
「おぬしもな、小僧」
俺はグンマへ向かった。
グンマは山深く、広い。
『聖地』にはある程度見当がついたから順次回っていった。どこぞの学校、公園、ファストフード店、山……もちろん誰にも迷惑はかけちゃいねぇ。そこは最低限だ。
途中で迷ったのもあって十五日はかかったが、朝になって、頁の守り手……っぽい奴と出会うことには成功した。
「おいで」
夕日を背負った、でけぇ女だ。俺も小さい方じゃねぇが、俺より十センチはでけぇし他にも色々でけぇ。なのに、清楚な白いワンピースがやけに似合ってやがる。
「おう」
いろんな疑問は呑み込んで、素直について行くことにした。なにしろここまではジジイの言った通りになってるしな。拒否したところで何が進むわけでもねぇ。
なんで低いとは言えヒールでそんなに歩けんだよと思いながら五時間は歩いた。汗は滝のようだし、足は棒のよう。熱中症対策も何もあったもんじゃねぇ。冗談抜きでそろそろ死ぬぞ。……ってとこで、不思議な場所を歩いてることに気付いた。
何十メートルあるかわからねぇ大木に囲まれた山の中。木々の間を何本もの小川が流れ、苔むした岩がそこら中に転がってる。
雨の魔女――もし本当にそんな奴がいるんなら、確かに、こんなとこに住んでんのかもしれねぇ。
頁の守り手はそんな景色の中でもズンズカ歩いてく。声をかけても無駄なのはもうわかってたから、俺も急いで追いすがった。
まだ昼過ぎなのに薄暗い部分もある中、鳥の囀りが清涼な空気に明るい色を付ける。更に三時間は続いた旅の、せめてもの慰めだった。
そろそろおやつの時間、って頃。
「どうぞ」
頁の守り手がこっちを振り向いて、右手で促す。
見れば、木の蔦が絡まって出来た、扉っぽいもんがあった。大きさ的にはどこぞのホビ○ト庄って感じだ。人が入るには、明らかに小さい。
「……おう」
正直、まともに会話する余力はねぇ。言われるがままにどうにか扉をくぐってみると、
「曲者っ!」
そんな小さな声と共に後頭部へ衝撃が来て、俺は――
「ごめんね、魔女様のお客様とは露知らず」
目覚めた俺に、小さな――本当に小さな、食塩の瓶の蓋よりも小さな女の子が頭を下げた。多分金髪、か? 所謂妖精、って感じの羽が生えてる。
「そうそう、冗談ってわけじゃないけど、あたしの名前は『つゆ』。朝露も夜露もあたしの姉妹。誰がお姉ちゃんかは論争中なの」
ジジイは妖精の国って言ってたな。じゃあ、コレが、そうか。
「俺はアキラ。よろしくな」
そういやジジイには名乗ってねぇな。ま、いいだろ。ジジイも名乗らなかったし。
「うん、よろしくね、アキラ。改めて、ごめんね、か弱いのに殴っちゃって」
「いいよ、死ななかったし」
小指の爪並しかないつゆに『か弱い』扱いされるのもどうなんだって感じだけど、人間じゃない相手に人間の常識を当てはめても仕方ない。
「で、俺は……」
「あ、いいのいいの、多分わかってるから。ちょっとだけ、待ってくれる?」
「おう、わかった」
ここまで来て焦っても、やっぱり仕方ない。おとなしく大きな葉っぱのベッドで休ませてもらった。
木がわざわざその形になったみたいな椅子や机も気になったけど、疲れすぎてて、無理だった。
次に目を開けた時、目の前には銀色に輝く花があった。
口があるわけでもないのに、その花から声が聞こえた……いや、テレパシー? わからんけど、何かが頭に響いた。
「――――――」
鈴が鳴るような、美しいことは間違いないんだけど、何の意味があるのかはわからない声。
ほんの数秒の間に、つゆが駆けつけた。
「アキラ、調子はどう?」
「ああ、大丈夫……少なくとも痛みはねぇよ」
「そっか、良かった。ヴィオラも、ありがとね」
「――――」
鈴の音色の弦楽器、ってよくわからん話だけど、人間の常識(以下省略)。
「じゃあアキラ、良かったら、魔女様に会う?」
「ああ、頼むよ」
いよいよ、か。
つゆに連れられて小さな扉を三つくぐった先は、スカイツリーよりも高いんじゃないかっていう大木の手前、十メートル四方くらいの、ちょっとした広場だった。
「これからあの世界樹に登るんだけど、その前に腹ごしらえしないとね!」
広場にはやはり木が勝手にそうなったような大きな円卓――切り株状ではなく木が渦を巻くようにして形作っている――があり、そこにウサギやリス、フクロウが葉っぱのお皿にのせた料理を運んできてくれている。
焼いた木の実に樹液を和えたもの、鹿の乳に砂糖をたくさん入れて冷やし、シャーベット状にしたもの、はちみつに林檎と桃を漬け込んだもの……。
「全部美味しいんだけどよ、その、なんか、全部甘くね?」
「ダメだった? あたし達にとってはこれがごちそうなんだけど……」
「ああ、いや、ダメってわけじゃねぇんだ。ごめんな、ありがとう」
「ううん、ダメだったら遠慮せず言ってね、気にいるもの、なんとか用意するから!」
詫びのつもりもあるのか、ちょっと必死そうなつゆを見てもなお、下手なことを言うつもりにはなれなかった。
「うん、美味い美味い」
「でしょ~えへへ、この林檎はねぇ、つゆの姉妹がしっかり品質管理してて――」
つゆのお喋りを聞きながら、腹を満たした。
世界樹を登るのは、凄まじく大変だった。
昇る、と言うべき箇所もたくさんあったし、単純に距離として長すぎた。
けど、どうにかのぼりきって。
「とうちゃ~く、お疲れ様、アキラ」
「ああ、ありがとう、つゆ」
そんなわけはないのに、体感だと何ヶ月も経ったような気がする大冒険だった。つゆには何度も助けられ、俺もつゆのことを助けた。協力しないといけないようなところがいくつもあったんだ。ここの住民なのに、つゆでも苦労するなんて、魔女様ってのも意地悪だな。……とかなんとか思いながら、毎度の如く、小さな扉をくぐって。
「いらっしゃい、アキラ。よく来てくれたね」
艷やかな長い黒髪、サファイアよりも澄んだ青い目、まっすぐな鼻筋、小さな花のような愛らしい唇。
雨の魔女、その人(?)だろうと一発で思った。
「私が魔女、雨の魔女。正確には、そう言われた者の末裔だ。……つゆも、ご苦労だったね、ありがとう」
「い~え、魔女様~♪」
つゆは魔女の周りを飛び回っている。鬱陶しくなりそうだが、あれで慣れてくると可愛らしいもんだ、ってのを俺はもう知ってる。つゆなりの親愛表現なんだ。
「お招き頂き(?)ありがとうございます」
一応、敬語。
「いいんだよ、アキラ。楽にしてくれ。私は別に、偉いわけでも、凄いわけでもないからね」
「あー、いえ、でも」
「アキラ?」
台詞に見合わない凄みと共に名を呼ばれ、
「わかったよ。魔女……魔女でいいのか?」
「嗚呼、どうとでも呼んでくれ。ここの魔女は私だけだからね」
他のとこには居る、ってことか。
「そうか。じゃあ、魔女。雨の魔女の涙、って何か知ってるか?」
まさか目の前の魔女に涙を流してもらえばいい、ってわけじゃないだろう。
「嗚呼、やはりそれか。いいよ、たっぷり流してあげよう。久々のお客さんだからね」
「ありがとう、だけど本当にそれでいいのか!?」
何かの比喩かと深読みしてたんだが。
「魔王祠の件だろう? アレに必要なのは魔力だからね。自分で言うのもなんだけど、魔女の涙は誰もが欲しがる触媒さ。他の何かに宿る魔力を、何万倍にも出来る」
涙だけでそれって、所謂バランスブレイカーじゃ……っていうか祟りもそのせいなんじゃ……いやそれ以上に魔王祠って正式名称なんか……。
「そうだよ、全部、もちろんだとも。――だから魔女は、普通姿を見せない」
「さり気なく心読むのやめてもらっていいか?」
「ん~、そうだね、そうしてあげよう」
にっこり笑う魔女。誰かに似てる気がした。
「ただし、条件がある」
「……どっちの?」
「うーん、せっかくだから、どっちも、としておこうか」
やぶ蛇だったか。
「ふっふっふ……条件は、私を三日間楽しませること。それで、心を読むのはやめてあげよう」
ならもう読んでくれてもいいよ。
「そう言うなよつれないなぁ。もう一つといっしょに達成出来るから、是非とも目指してくれたまえよ」
言ってねぇんだけどな。ま、いいや。
「それで、もう一つは?」
「私と恋に落ちること、だ」
「は?」
「私と恋に落ちること、だ」
「いや聞こえてんだよ。心読めんならわかってんだろ」
「嗚呼、もちろん。好きそうだから言ったんだ」
「確かにそういうネタ好きだけど!」
「だろう? 良かった良かった」
「でもよ、それ、いいのか、魔女は?」
どう見ても、美女。恋に落ちれるもんなら落ちたいと思うくらいには、美女。それがこの魔女だ。
「いやぁ、照れちゃうなぁ」
「……事実だからな」
「で、どうなの? 恋、しちゃう?」
「つっても、こっちにゃ」
「期限がある。実質的には十日以内、かな」
「あん? そう、か? そう、かもしれん」
寝てた時間と世界樹大冒険(!)のこともあって、日付感覚が狂ってるかもしれん。
「ここを出るのにも時間がかかるからね」
「そう……いうことか」
「そういうことだよ。ってことで、どうぞ、恋に落ちて、いいよ?」
熱っぽい目で、魔女が俺を見つめる。
何度も言うが、美女だ。普通に考えて、女の子を好きなら、たまらないものがある。
いや、女の……子?
「それは考えない方がいいんじゃないかな?」
さっきの熱は霧散した、恐ろしいまでに冷たい視線で射抜かれた。
「はい」
「よろしい。じゃ、どうぞ?」
「おう。……っても、何すりゃいいんだ」
「恋に落ちればいいんだよ」
「恋に落ちるって、なんだ?」
「……あ、そっか、初恋、まだなんだ」
「読まれるってわかってても、なかなか慣れねぇな」
「あははっ……じゃ、まずは恋について、探っていこうか」
「探るったって、どうやって?」
「お互いのことを知っていくことから、でどうだい?」
「自分のことを知りさえすれば恋に落ちる、って意味か?」
「ん~、どうかな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「教える気、ねぇだろ」
「おやおや、なかなか言うねぇ」
「誤魔化そうとしてるな?」
「ほうほう、そんなに私のことが知りたいと?」
悪戯っぽい笑みが、やけに胸の奥まで届いた気がして。
「っ……必要、だからな」
「そうだね、そういうことにしておこう。それじゃあまずは、私の好きなものについて語っていこうか」
「おう、そうしてくれ」
「例えば……妖精。つゆもそうだね。可愛い可愛い私の妖精。大好きだよ」
「魔女様、あたしも大好き!」
つゆが魔女の指にとまる。魔女は細く白い指でつゆを優しく撫で、
「うん、ありがとう。ずっと一緒に居てね?」
「はい魔女様!」
「うんうん、ありがとう。……それと、お花も好きだ。木も草も好きだし、雨も雲も、雷も好きだ」
「ここにあるものなんでも、ってことか?」
「お、鋭いね。……そう、妖精の国にあるものは、なんでも好きだよ。虫も鳥も、川も空も、なんだって。私は妖精の国で育ったからね」
故郷、ってことか。……その気持ちは、わからなくもない。
「あのバカのこと以外は、って?」
「おう。……あのバカのせいで、俺の村は――」
でも、そのバカと同じことを、俺もやっちまってる。
「大丈夫、きっと上手くいくさ。私と恋に落ちること。もう、何割かは進んでるだろう?」
「……そうなら、いいけどな」
「強がるところも可愛いね、アキラ」
「うるせぇ」
「私は君のこと、好きになってるよ?」
「なっ……っ……尻軽魔女!」
「嬉しいくせにぃ」
「やっぱ反則だろその能力!」
「魔女だからね、仕方ない、仕方ない、ふふっ」
魔女は、この上なく楽しそうに、笑った。
口の減らない魔女と、何日か、過ごした。
何日だかは、よくわからん。世界樹の上は、昼夜の別が無い……ような気がする。少なくとも俺には何がなんだか見当もつかん。
「妖精の国全体がそうさ。人間の国とは、概念からして違う」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
言ってる間にも、日が照ったり、星が瞬いたりした。なのに、違和感が全然ない。
「じゃ、『恋』ってのも違う概念だったりすんのか?」
「おや、本当に鋭いね。そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」
「誤魔化すなよ」
「誤魔化してはいないよ。ただ、私にもわからないんだ」
「ん? まさか……」
「そう、私も、初恋がまだなんだ」
「魔女なのに?」
「魔女なのに、だ。……魔女、関係なくないかい?」
「長生きだろ?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」
「そうやって」
「繰り返しになるけど、誤魔化してはいないよ。妖精の国では、寿命って曖昧なんだ」
「そういう……もんか」
「そういうもんだよ、ふふっ」
何かを誤魔化されてる。
それはわかってるけど、なぜか、それでいいような気がした。
「アキラ、おはよう。良い朝だね」
朝、ってのが何を指すのかもよくわからんけど、とりあえず、
「おはよう」
「うんうん、今日も可愛いね、アキラ」
「お前程じゃねぇよ」
「おや、これは嬉しいね、嬉しいな、嬉しいったら! はちみつと薔薇のお茶を淹れてあげよう」
「ありがとう」
「うんうん、いいんだよ。私がしたいことだからね」
「それでも、ありがとう」
「ふふっ、しっかりお礼が言える子は好きだよ」
「ああ……ありがとう?」
「どういたしまして、と言ってはおくが、気にしなくていいんだよ。私が勝手に好きなだけだからね」
「そうかよ。俺も、おもしれー女は好きだよ」
「ふっふっふ、ありがとう」
「自分が『おもしれー女』って自覚あんだな」
「もちろんだとも! 魔女なんてのは、『おもしれー女』の筆頭が名乗るものじゃないか!」
「それは……どうなんだ?」
「そういうものなんだよ」
「そう……か。そういうもんか」
「そうそう。そういうものさ」
「お、このお茶うっめぇな」
「そうかい、ありがとう、みんなも喜ぶよ」
「みんなってのは……薔薇とか?」
「嗚呼、そうだとも。みんなは私達のために少し力を分けてくれているんだ」
「力ってか、身体だろ?」
「身体は、力さ」
「それは、そうだけど」
「なに、多少分けてもらっても消えてなくなるわけじゃない、みんなが納得の上でやってることなんだ」
「そうか……なら、いいか」
「うんうん、いいんだよ、アキラ。しっかり味わっておくれ」
「おう、そうする……うめぇ」
「良かった」
魔女が、目を細めて、笑った。
「アキラ、好きだよ」
「そういうこと軽々しく言うなって」
「ふふっ、ごめんね」
「……おう」
「アキラ、可愛いね」
「オマエモナー」
「変な言い方だ♪」
「そりゃそうだ、コピペだし」
「コピペってなんだい?」
「あー、説明すると若干長くなるんだけどさ――」
「アキラ、ぶどうがあるよ」
「おっ、いいな。ぶどう、好きなんだ」
「良かった、一緒に食べようじゃないか」
「ああ、そうだな」
「アキラ、楽しいね」
「ああ、楽しいな」
「アキラ、綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」
「アキラ、気持ちいいね」
「ああ、気持ちいいな」
「アキラ、好きだよ」
「ああ、俺も好きだよ」
「アキラ、恋に落ちたね」
「ああ、恋に……恋ってなんだっけ?」
「私しか、見えないでしょう?」
「ああ、魔女しか、見えない」
「それが、恋だよ」
「そうか、これが、恋か」
「だから、アキラは、私と恋に落ちたって言っていい」
「ああ、そうか、俺は、魔女と恋に落ちた……落ちて、落ちたら、何か、あったような……」
「ううん、何もないよ、アキラ。私とアキラが居るだけでいい、そうでしょう?」
「ああ、うん、そうだな、魔女と俺が居れば、それだけでいい」
「ありがとう、アキラ。ずっと一緒に居ようね」
「ああ、魔女、ずっと、一緒に……痛っ」
胸元に、何かが刺さった。
ボロボロになった、袋。『Y明神』って文字が、微かに読み取れて……Y? Yちゃん?
「Yちゃん、天使、俺は、そう、俺は、Yちゃんを護らないと、だから、だから俺は……」
「アキラ、だったら、ちゃんと恋に落ちないとね?」
魔女が笑顔を向けてくる。
澄んだ青い目が、なぜか冷たく見えて。
「でも、魔女、魔女は、俺のこと」
「好きだよ。ちゃんと、恋に落ちてる。アキラのことしか見えてないし、アキラのためにとっても頑張ってる。アキラが一緒に居てくれればそれだけでいいし、アキラが居てくれないと寂しくて死んじゃう。ほら、これって、恋でしょ?」
「恋……恋、かもしれないけど、でも、それは……」
「なに?」
「俺じゃなくても、いいんじゃないか?」
一瞬、魔女の表情が凍りついて、その青い目から、涙がこぼれ落ちて――
「なんで、なんで、なんでそんなこと言うの? 私はアキラを、アキラは私を好きだって、あんなに一緒に過ごしたのに、愛し合ったのに、それでも私のこと、好きじゃないって言うの? そんなのおかしいじゃない、おかしいよ、おかしいだろう? 私はアキラと、恋に落ちていたいのに!」
魔女の口調が、乱れ乱れて、一瞬戻り、また乱れる。
「アキラは私じゃダメなの? アキラの『好き』は嘘だったの? アキラは、アキラは、私と恋に落ちるべきなのに!」
魔女が乱れれば乱れる程、なぜか頭がスッとさめていって。
「恋って、したいからするとか、そうするべきだとか、そういうことじゃ、ないんじゃないか?」
「じゃあどうすればいいって言うの? 私は、私には、もう、アキラしか居ないのに!」
「魔女様……?」
いつの間にか、つゆが魔女の指にとまっていて。
「あたしたちは、居ないの?」
「あっ、つゆ、違うよ、居る、つゆたちは居るんだ。私とずっと一緒に、妖精の国で、ずっと……」
「あたし、達、魔女様と、ずっと……」
だんだん細くなる声と共に、つゆの身体が、消えていって。
「あっ、ああっ、ごめん、ごめんよつゆ、みんな、私がこんなに弱いから、私がこんなに魔女らしくないから、だからっ……!」
膝をついて涙を流す魔女。
「うっ……ううっ……ああ、そうだ、そうだったね。涙なら、あげるよ、アキラ。これで満足かい?」
どこから出したのか、魔女は小瓶に涙を流し入れ、木片で蓋をして寄越した。
「いや、俺は……」
「いいよ、いいよ、出ていっておくれよ。私は、また、一からやり直すから」
「魔女っ! うっ!」
魔女が手を振り、一瞬真っ暗になったかと思えば、世界樹も消え、妖精の国も消え、ただ暗い、雨の森の中に、一人で立っていた。
手の中の小瓶だけが、夢じゃなかったんだ、と言える材料で。
「あ、そうだ、帰らねぇと」
まだ、他のお供えが、要る。
結論から言えば、祟りは防げた。
っつうか、魔王祠が、消えてた。
あのジジイも居なけりゃ、村自体も無くなってた。
祟られたと思ってた俺の故郷の村も、帰ってみれば「そんなこと無かったよあっちゃん」と母に言われる始末。
俺は、いつから、とらわれていたんだ?
最後までお読み下さりありがとうございました!