表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

祠クエスト ~雨の魔女~

作者: 源なゆた

息抜きのつもりで数時間使って()書いた、雛形ありきで開始しても全然違う物語になる典型です。

さっと読める内容のつもりです。お付き合い頂ければ幸いです。

小僧(こぞう)、あの(ほこら)を壊したんか」

 村から出ようとしたところで、そこまでハゲちゃいねぇけど全部白髪、ま、見るからにジジイ、ってジジイに声をかけられた。

 ジジイは目を見開いて、まるで世界一のアホでも見つけたような顔をしてる。

「十個は壊したぜ、それがどうした?」

 俺はニヤリと笑って答えた。ああ、もちろん、立ち並んでた祠をなぎ倒してやったさ。十年前、どっかのバカのせいで故郷の村が(たた)られた、その(うら)みを晴らしたんだ。霊媒師(れいばいし)に言われた通り、お(まも)り十個装備してな。

 いくら長い大学の夏休みでも無限ってわけじゃない。さっさとオサラバってとこだったんだが――

「小僧、祠は壊したら増える、知らんかったのか?」

「あ、どういうことだ?」

予想外の返答に、思わず()(かえ)しちまった。

「あの祠はのう、人の悪しき感情――小さな悪戯心(いたずらごころ)から大きな恨み(つら)みまでをも()らって増殖する、魔王祠(まおうほこら)なんじゃ」

「魔王祠」

「魔王祠じゃ」

「……で、それがどうしたよ。増えたらなんか問題あんのか?」

「馬鹿もんが。祠が増えたらその分だけお(そな)えが必要になろう」

「お供えなんてしてんのか? 魔王祠に?」

「魔王祠にじゃ」

「……ま、それはワリィけど、俺は知らねぇから」

 明後日(あさって)の方を見ながら(きびす)を返す。正直、付き合ってられねぇ。

「良いのか小僧。おぬしの好きなYちゃんに(わざわい)が降り掛かっても」

「なっ……どうしてそれを……ってか禍ってなんだよ!? Yちゃん関係ねぇだろ!?」

 Yちゃんは(すき)あらば天使のウインクをしてくれる最高に可愛い芸能人の女の子だ。天使なのに小悪魔系。たまんねぇ。いやそうじゃねぇ。

「ジジイ、てめぇが何かしようってんなら許さねぇぞ」

 大体、マジでなんで知ってやがる。おかしいだろ。

「それは違う。おぬしがやったことは、おぬしの周りに返ってくる。それだけじゃ。Yちゃんのお守りをしてきたのは失敗じゃったな」

「なっ……そういうことか」

 シャツの胸元から見えてたらしい。目ざといジジイだ。

「で、禍って、なんだよ」

 落ち着いたところで、改めて訊く。

「その者の特性……Yちゃんで言うならそうさな、可愛さが万倍になるんじゃ」

「可愛さが万倍」

「可愛さが万倍じゃ」

「それで何の問題があるってんだ」

 可愛い分には困らねぇだろ。

「家から出られなくなる」

「家から……?」

「可愛さ万倍ともなるとのう、後光(ごこう)(あふ)()て、一般人にも見える水準(レベル)になる」

「一般人でも見える水準(レベル)の後光」

「一般人でも見える水準(レベル)の後光じゃ」

「だからって、なんで家から……」

「ひとたび目に入れば誰もが引き寄せられて、Yちゃんの周りに集まってしまうじゃろう」

「行き過ぎたファン、みてぇなもんか」

「そうじゃ。生活出来るわけもあるまい」

「そりゃ……そうだけどよ。なら、俺はどうすりゃいいんだ?」

 お守りじゃダメだったってんなら、俺に出来ることなんて……。

「お供えを用意すれば良い」

「お供えを」

「お供えをじゃ」

「魔王祠に」

「魔王祠にじゃ」

「……すげぇアホっぽくて嫌だけど、万が一にもYちゃんに何かあったらもっと嫌だから、聞いてやる。具体的には?」

「今日は八月二日。……八月中に、『ネズミの歯型が付いた果実』と『カラスの折れ羽』、『雨の魔女の涙』を用意するんじゃ」

「『ネズミの歯型が付いた果実』と『カラスの折れ羽』は良いとして……いやあんま良くはねぇけど……『雨の魔女の涙』ってなんだよ?」

「知らぬ」

「は?」

「これまでそれを用意出来た者が居らんから、魔王祠は増え続けておる」

「お手上げじゃねぇか」

「探すんじゃな。Yちゃんのために」

「Yちゃんのために……なら、ああ、そうだな。やらねぇと」

 万が一があっちゃいけねぇ。天使のために頑張るってのもなんか燃えるしな。

「これを、渡しておこう」

 ジジイが、やけに古びた数(ページ)しかない本(?)を渡してきた。

「これは?」

「魔王祠についての最も古い文献じゃ。『雨の魔女の涙』についても書かれておる」

「なんだよ最初から言えって!」

「じゃが具体的な説明の頁は(やぶ)れておる」

「なんだそれゴミじゃねぇか!」

「ゴミは言い過ぎじゃろ」

「……ああ、すまん、けど」

「わかっておる。その破れた頁は、グンマにあると言われておる」

「グンマ? Yちゃんの故郷じゃねぇか」

「『聖地巡礼』を誰にも迷惑かけずに成し遂げれば、おぬしに話しかけてくる者がおるじゃろう。頁の()()じゃ」

「……なんでそんなことまで知ってやがる」

「あの祠を六十年前に壊して八つに増やしたのは、儂じゃからな」

「てめぇが元凶か!」

「魔王祠自体はもっと昔から既に複数あったんじゃ! 元凶ではない!」

「似たようなもんだろうが!!」

「それはそれとして」

「強引に話題変えんな。っつうかてめぇは禍をどうにか出来たのか!?」

「グンマには妖精の国があるという。頁の守り手に従い、そこを目指すのじゃ」

「聞けよ。てかメルヘンかよ」

「儂では辿(たど)()けなかったところまで、おぬしなら行けよう」

「なっ……ってことは……ジジイ……」

 犠牲(ぎせい)が出た、ってことか。

「……わかったよ。じゃあ、行ってくる。せいぜい達者でな、ジジイ」

「おぬしもな、小僧」



 俺はグンマへ向かった。

 グンマは山深く、広い。

『聖地』にはある程度見当がついたから順次回っていった。どこぞの学校、公園、ファストフード店、山……もちろん誰にも迷惑はかけちゃいねぇ。そこは最低限だ。

 途中で迷ったのもあって十五日はかかったが、朝になって、頁の守り手……っぽい奴と出会うことには成功した。

「おいで」

 夕日を背負った、でけぇ女だ。俺も小さい方じゃねぇが、俺より十センチはでけぇし他にも色々でけぇ。なのに、清楚な白いワンピースがやけに似合ってやがる。

「おう」

 いろんな疑問は()()んで、素直について行くことにした。なにしろここまではジジイの言った通りになってるしな。拒否したところで何が進むわけでもねぇ。

 なんで低いとは言えヒールでそんなに歩けんだよと思いながら五時間は歩いた。汗は滝のようだし、足は棒のよう。熱中症対策も何もあったもんじゃねぇ。冗談抜きでそろそろ死ぬぞ。……ってとこで、不思議な場所を歩いてることに気付いた。

 何十メートルあるかわからねぇ大木に囲まれた山の中。木々の間を何本もの小川が流れ、苔むした岩がそこら中に転がってる。

 雨の魔女――もし本当にそんな奴がいるんなら、確かに、こんなとこに住んでんのかもしれねぇ。

 頁の守り手はそんな景色の中でもズンズカ歩いてく。声をかけても無駄なのはもうわかってたから、俺も急いで追いすがった。

 まだ昼過ぎなのに薄暗い部分もある中、鳥の(さえず)りが清涼(せいりょう)な空気に明るい色を付ける。更に三時間は続いた旅の、せめてもの(なぐさ)めだった。


 そろそろおやつの時間、って頃。

「どうぞ」

 頁の守り手がこっちを振り向いて、右手で促す。

 見れば、木の(つた)が絡まって出来た、(とびら)っぽいもんがあった。大きさ的にはどこぞのホビ○ト庄って感じだ。人が入るには、明らかに小さい。

「……おう」

 正直、まともに会話する余力はねぇ。言われるがままにどうにか扉をくぐってみると、

曲者(くせもの)っ!」

 そんな()()()声と共に後頭部へ衝撃が来て、俺は――



「ごめんね、魔女様のお客様とは露知(つゆ)らず」

 目覚めた俺に、小さな――本当に小さな、食塩の(びん)(ふた)よりも小さな女の子が頭を下げた。多分金髪、か? 所謂(いわゆる)妖精、って感じの羽が生えてる。

「そうそう、冗談(じょうだん)ってわけじゃないけど、あたしの名前は『つゆ』。朝露(あさつゆ)夜露(よつゆ)もあたしの姉妹。誰がお姉ちゃんかは論争中なの」

 ジジイは妖精の国って言ってたな。じゃあ、コレが、そうか。

「俺はアキラ。よろしくな」

 そういやジジイには名乗ってねぇな。ま、いいだろ。ジジイも名乗らなかったし。

「うん、よろしくね、アキラ。改めて、ごめんね、か弱いのに殴っちゃって」

「いいよ、死ななかったし」

 小指の(つめ)(なみ)しかないつゆに『か弱い』(あつか)いされるのもどうなんだって感じだけど、人間じゃない相手に人間の常識を当てはめても仕方(しかた)ない。

「で、俺は……」

「あ、いいのいいの、多分わかってるから。ちょっとだけ、待ってくれる?」

「おう、わかった」

 ここまで来て焦っても、やっぱり仕方ない。おとなしく大きな葉っぱのベッドで休ませてもらった。

 木が()()()()()()()()()()()みたいな椅子や机も気になったけど、疲れすぎてて、無理だった。



 次に目を開けた時、目の前には銀色に輝く花があった。

 口があるわけでもないのに、その花から声が聞こえた……いや、テレパシー? わからんけど、何かが頭に響いた。

「――――――」

 鈴が鳴るような、美しいことは間違いないんだけど、何の意味があるのかはわからない()

 ほんの数秒の間に、つゆが()けつけた。

「アキラ、調子はどう?」

「ああ、大丈夫……少なくとも痛みはねぇよ」

「そっか、良かった。ヴィオラも、ありがとね」

「――――」

 鈴の音色の弦楽器(ヴィオラ)、ってよくわからん話だけど、人間の常識(以下省略)。

「じゃあアキラ、良かったら、魔女様に会う?」

「ああ、頼むよ」

 いよいよ、か。

 つゆに連れられて小さな扉を三つくぐった先は、スカイツリーよりも高いんじゃないかっていう大木の手前、十メートル四方くらいの、ちょっとした広場だった。

「これからあの世界樹(せかいじゅ)に登るんだけど、その前に腹ごしらえしないとね!」

 広場にはやはり木が勝手に()()()()()ような大きな円卓――()株状(かぶじょう)ではなく木が(うず)()くようにして形作っている――があり、そこにウサギやリス、フクロウが葉っぱのお皿にのせた料理を運んできてくれている。

 焼いた木の実に樹液を()えたもの、鹿の乳に砂糖をたくさん入れて冷やし、シャーベット状にしたもの、はちみつに林檎(りんご)(もも)()()んだもの……。

「全部美味しいんだけどよ、その、なんか、全部甘くね?」

「ダメだった? あたし達にとってはこれがごちそうなんだけど……」

「ああ、いや、ダメってわけじゃねぇんだ。ごめんな、ありがとう」

「ううん、ダメだったら遠慮せず言ってね、気にいるもの、なんとか用意するから!」

 ()びのつもりもあるのか、ちょっと必死そうなつゆを見てもなお、下手なことを言うつもりにはなれなかった。

「うん、美味い美味い」

「でしょ~えへへ、この林檎はねぇ、つゆの姉妹がしっかり品質管理してて――」

 つゆのお(しゃべ)りを聞きながら、腹を満たした。



 世界樹を登るのは、凄まじく大変だった。

 (のぼ)る、と言うべき箇所(かしょ)もたくさんあったし、単純に距離として長すぎた。

 けど、どうにか()()()きって。

「とうちゃ~く、お疲れ様、アキラ」

「ああ、ありがとう、つゆ」

 そんなわけはないのに、体感だと何ヶ月も経ったような気がする大冒険(だいぼうけん)だった。つゆには何度も助けられ、俺もつゆのことを助けた。協力しないといけないようなところがいくつもあったんだ。ここの住民なのに、つゆでも苦労するなんて、魔女様ってのも意地悪だな。……とかなんとか思いながら、毎度の(ごと)く、小さな扉をくぐって。

「いらっしゃい、アキラ。よく来てくれたね」

 (つや)やかな長い黒髪、サファイアよりも()んだ青い目、まっすぐな鼻筋、小さな花のような愛らしい唇。

 雨の魔女、その人(?)だろうと一発で思った。

「私が魔女、雨の魔女。正確には、そう言われた者の末裔(まつえい)だ。……つゆも、ご苦労だったね、ありがとう」

「い~え、魔女様~♪」

 つゆは魔女の周りを飛び回っている。鬱陶(うっとう)しくなりそうだが、あれで慣れてくると可愛らしいもんだ、ってのを俺はもう知ってる。つゆなりの親愛表現なんだ。

「お招き頂き(?)ありがとうございます」

 一応、敬語。

「いいんだよ、アキラ。楽にしてくれ。私は別に、(えら)いわけでも、(すご)いわけでもないからね」

「あー、いえ、でも」

「アキラ?」

 台詞(せりふ)に見合わない凄みと共に名を呼ばれ、

「わかったよ。魔女……魔女でいいのか?」

嗚呼(ああ)、どうとでも呼んでくれ。()()()魔女は私だけだからね」

 他のとこには居る、ってことか。

「そうか。じゃあ、魔女。雨の魔女の涙、って何か知ってるか?」

 まさか目の前の魔女に涙を流してもらえばいい、ってわけじゃないだろう。

「嗚呼、やはりそれか。いいよ、たっぷり流してあげよう。久々のお客さんだからね」

「ありがとう、だけど本当にそれでいいのか!?」

 何かの比喩(ひゆ)かと深読(ふかよ)みしてたんだが。

「魔王祠の件だろう? アレに必要なのは魔力だからね。自分で言うのもなんだけど、魔女の涙は誰もが欲しがる触媒(しょくばい)さ。他の何かに宿る魔力を、何万倍にも出来る」

 涙だけでそれって、所謂バランスブレイカーじゃ……っていうか祟りもそのせいなんじゃ……いやそれ以上に魔王祠って正式名称なんか……。

「そうだよ、全部、もちろんだとも。――だから魔女は、普通姿を見せない」

「さり気なく心読むのやめてもらっていいか?」

「ん~、そうだね、そうしてあげよう」

 にっこり笑う魔女。誰かに似てる気がした。

「ただし、条件がある」

「……どっちの?」

「うーん、せっかくだから、どっちも、としておこうか」

 やぶ(へび)だったか。

「ふっふっふ……条件は、私を三日間楽しませること。それで、心を読むのはやめてあげよう」

 ならもう読んでくれてもいいよ。

「そう言うなよつれないなぁ。もう一つといっしょに達成出来るから、是非(ぜひ)とも目指してくれたまえよ」

 言ってねぇんだけどな。ま、いいや。

「それで、()()()()は?」

「私と恋に落ちること、だ」

「は?」

「私と恋に落ちること、だ」

「いや聞こえてんだよ。心読めんならわかってんだろ」

「嗚呼、もちろん。好きそうだから言ったんだ」

「確かにそういうネタ好きだけど!」

「だろう? 良かった良かった」

「でもよ、それ、いいのか、魔女は?」

 どう見ても、美女。恋に落ちれるもんなら落ちたいと思うくらいには、美女。それがこの魔女だ。

「いやぁ、照れちゃうなぁ」

「……事実だからな」

「で、どうなの? 恋、しちゃう?」

「つっても、こっちにゃ」

「期限がある。実質的には十日以内、かな」

「あん? そう、か? そう、かもしれん」

 寝てた時間と世界樹大冒険(!)のこともあって、日付感覚が狂ってるかもしれん。

「ここを出るのにも時間がかかるからね」

「そう……いうことか」

「そういうことだよ。ってことで、どうぞ、恋に落ちて、いいよ?」

 熱っぽい目で、魔女が俺を見つめる。

 何度も言うが、美女だ。普通に考えて、女の子を好きなら、たまらないものがある。

 いや、女の……子?

「それは考えない方がいいんじゃないかな?」

 さっきの熱は霧散(むさん)した、恐ろしいまでに冷たい視線で射抜かれた。

「はい」

「よろしい。じゃ、どうぞ?」

「おう。……っても、何すりゃいいんだ」

「恋に落ちればいいんだよ」

「恋に落ちるって、なんだ?」

「……あ、そっか、初恋、まだなんだ」

「読まれるってわかってても、なかなか慣れねぇな」

「あははっ……じゃ、まずは恋について、探っていこうか」

「探るったって、どうやって?」

「お互いのことを知っていくことから、でどうだい?」

「自分のことを知りさえすれば恋に落ちる、って意味か?」

「ん~、どうかな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「教える気、ねぇだろ」

「おやおや、なかなか言うねぇ」

「誤魔化そうとしてるな?」

「ほうほう、そんなに私のことが知りたいと?」

 悪戯(いたずら)っぽい笑みが、やけに胸の奥まで届いた気がして。

「っ……必要、だからな」

「そうだね、そういうことにしておこう。それじゃあまずは、私の好きなものについて語っていこうか」

「おう、そうしてくれ」

「例えば……妖精。つゆもそうだね。可愛い可愛い私の妖精。大好きだよ」

「魔女様、あたしも大好き!」

 つゆが魔女の指にとまる。魔女は細く白い指でつゆを優しく()で、

「うん、ありがとう。ずっと一緒に居てね?」

「はい魔女様!」

「うんうん、ありがとう。……それと、お花も好きだ。木も草も好きだし、雨も雲も、雷も好きだ」

「ここにあるものなんでも、ってことか?」

「お、(するど)いね。……そう、妖精の国(ここ)にあるものは、なんでも好きだよ。虫も鳥も、川も空も、なんだって。私は妖精の国(ここ)で育ったからね」

 故郷、ってことか。……その気持ちは、わからなくもない。

「あのバカのこと以外は、って?」

「おう。……あのバカのせいで、俺の村は――」

 でも、そのバカと同じことを、俺もやっちまってる。

「大丈夫、きっと上手くいくさ。私と恋に落ちること。もう、何割かは進んでるだろう?」

「……そうなら、いいけどな」

「強がるところも可愛いね、アキラ」

「うるせぇ」

「私は君のこと、好きになってるよ?」

「なっ……っ……尻軽(しりがる)魔女!」

「嬉しいくせにぃ」

「やっぱ反則だろその能力!」

「魔女だからね、仕方ない、仕方ない、ふふっ」

 魔女は、この上なく楽しそうに、笑った。



 口の減らない魔女と、何日か、過ごした。

 何日だかは、よくわからん。世界樹の上は、昼夜の別が無い……ような気がする。少なくとも俺には何がなんだか見当もつかん。

「妖精の国全体がそうさ。人間の国とは、概念からして違う」

「そういうもんか」

「そういうもんだよ」

 言ってる間にも、日が照ったり、星が(またた)いたりした。なのに、違和感が全然ない。

「じゃ、『恋』ってのも違う概念だったりすんのか?」

「おや、本当に鋭いね。そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」

「誤魔化すなよ」

「誤魔化してはいないよ。ただ、私にもわからないんだ」

「ん? まさか……」

「そう、私も、初恋がまだなんだ」

「魔女なのに?」

「魔女なのに、だ。……魔女、関係なくないかい?」

「長生きだろ?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるね」

「そうやって」

「繰り返しになるけど、誤魔化してはいないよ。妖精の国(ここ)では、寿命(じゅみょう)って曖昧(あいまい)なんだ」

「そういう……もんか」

「そういうもんだよ、ふふっ」

 何かを誤魔化されてる。

 それはわかってるけど、なぜか、それでいいような気がした。



「アキラ、おはよう。良い朝だね」

 朝、ってのが何を指すのかもよくわからんけど、とりあえず、

「おはよう」

「うんうん、今日も可愛いね、アキラ」

「お前程じゃねぇよ」

「おや、これは嬉しいね、嬉しいな、嬉しいったら! はちみつと薔薇のお茶を淹れてあげよう」

「ありがとう」

「うんうん、いいんだよ。私がしたいことだからね」

「それでも、ありがとう」

「ふふっ、しっかりお礼が言える子は好きだよ」

「ああ……ありがとう?」

「どういたしまして、と言ってはおくが、気にしなくていいんだよ。私が勝手に好きなだけだからね」

「そうかよ。俺も、おもしれー女は好きだよ」

「ふっふっふ、ありがとう」

「自分が『おもしれー女』って自覚あんだな」

「もちろんだとも! 魔女なんてのは、『おもしれー女』の筆頭が名乗るものじゃないか!」

「それは……どうなんだ?」

「そういうものなんだよ」

「そう……か。そういうもんか」

「そうそう。そういうものさ」

「お、このお茶うっめぇな」

「そうかい、ありがとう、みんなも喜ぶよ」

「みんなってのは……薔薇とか?」

「嗚呼、そうだとも。みんなは私達のために少し力を分けてくれているんだ」

「力ってか、身体だろ?」

「身体は、力さ」

「それは、そうだけど」

「なに、多少分けてもらっても消えてなくなるわけじゃない、みんなが納得の上でやってることなんだ」

「そうか……なら、いいか」

「うんうん、いいんだよ、アキラ。しっかり味わっておくれ」

「おう、そうする……うめぇ」

「良かった」

 魔女が、目を細めて、笑った。



「アキラ、好きだよ」

「そういうこと軽々しく言うなって」

「ふふっ、ごめんね」

「……おう」



「アキラ、可愛いね」

「オマエモナー」

「変な言い方だ♪」

「そりゃそうだ、コピペだし」

「コピペってなんだい?」

「あー、説明すると若干長くなるんだけどさ――」



「アキラ、ぶどうがあるよ」

「おっ、いいな。ぶどう、好きなんだ」

「良かった、一緒に食べようじゃないか」

「ああ、そうだな」



「アキラ、楽しいね」

「ああ、楽しいな」



「アキラ、綺麗だね」

「ああ、綺麗だな」



「アキラ、気持ちいいね」

「ああ、気持ちいいな」



「アキラ、好きだよ」

「ああ、俺も好きだよ」



「アキラ、恋に落ちたね」

「ああ、恋に……恋ってなんだっけ?」

「私しか、見えないでしょう?」

「ああ、魔女しか、見えない」

「それが、恋だよ」

「そうか、これが、恋か」

「だから、アキラは、私と恋に落ちたって言っていい」

「ああ、そうか、俺は、魔女と恋に落ちた……落ちて、落ちたら、何か、あったような……」

「ううん、何もないよ、アキラ。私とアキラが居るだけでいい、そうでしょう?」

「ああ、うん、そうだな、魔女と俺が居れば、それだけでいい」

「ありがとう、アキラ。ずっと一緒に居ようね」

「ああ、魔女、ずっと、一緒に……(いて)っ」

 胸元に、何かが()さった。

 ボロボロになった、(ふくろ)。『Y明神』って文字が、(かす)かに読み取れて……Y? Yちゃん?

「Yちゃん、天使、俺は、そう、俺は、Yちゃんを(まも)らないと、だから、だから俺は……」

「アキラ、だったら、ちゃんと恋に落ちないとね?」

 魔女が笑顔を向けてくる。

 澄んだ青い目が、なぜか冷たく見えて。

「でも、魔女、魔女は、俺のこと」

「好きだよ。ちゃんと、恋に落ちてる。アキラのことしか見えてないし、アキラのためにとっても頑張ってる。アキラが一緒に居てくれればそれだけでいいし、アキラが居てくれないと(さみ)しくて死んじゃう。ほら、これって、恋でしょ?」

「恋……恋、かもしれないけど、でも、それは……」

「なに?」

「俺じゃなくても、いいんじゃないか?」

 一瞬、魔女の表情が凍りついて、その青い目から、涙がこぼれ落ちて――

「なんで、なんで、なんでそんなこと言うの? 私はアキラを、アキラは私を好きだって、あんなに一緒に過ごしたのに、愛し合ったのに、それでも私のこと、好きじゃないって言うの? そんなのおかしいじゃない、おかしいよ、おかしいだろう? 私はアキラと、恋に落ちて()()()のに!」

魔女の口調が、乱れ乱れて、一瞬戻り、また乱れる。

「アキラは私じゃダメなの? アキラの『好き』は嘘だったの? アキラは、アキラは、私と恋に落ちる()()なのに!」

 魔女が乱れれば乱れる程、なぜか頭がスッとさめていって。

「恋って、したいからするとか、そうするべきだとか、そういうことじゃ、ないんじゃないか?」

「じゃあどうすればいいって言うの? 私は、私には、もう、アキラしか居ないのに!」

「魔女様……?」

 いつの間にか、つゆが魔女の指にとまっていて。

「あたしたちは、居ないの?」

「あっ、つゆ、違うよ、居る、つゆたちは居るんだ。私とずっと一緒に、妖精の国(ここ)で、ずっと……」

「あたし、達、魔女様と、ずっと……」

 だんだん細くなる声と共に、つゆの身体が、消えていって。

「あっ、ああっ、ごめん、ごめんよつゆ、みんな、私がこんなに弱いから、私がこんなに()()()()()()()から、だからっ……!」

 (ひざ)をついて涙を流す魔女。

「うっ……ううっ……ああ、そうだ、そうだったね。涙なら、あげるよ、アキラ。これで満足かい?」

 どこから出したのか、魔女は小瓶(こびん)に涙を流し入れ、木片(もくへん)(ふた)をして寄越(よこ)した。

「いや、俺は……」

「いいよ、いいよ、出ていっておくれよ。私は、また、一からやり直すから」

「魔女っ! うっ!」

 魔女が手を振り、一瞬真っ暗になったかと思えば、世界樹も消え、妖精の国も消え、ただ暗い、雨の森の中に、一人で立っていた。

 手の中の小瓶だけが、夢じゃなかったんだ、と言える材料で。

「あ、そうだ、帰らねぇと」

 まだ、他のお供えが、要る。



 結論から言えば、祟りは防げた。

 っつうか、魔王祠が、消えてた。

 あのジジイも居なけりゃ、村自体も無くなってた。

 祟られたと思ってた俺の故郷の村も、帰ってみれば「そんなこと無かったよあっちゃん」と母に言われる始末。

 俺は、いつから、とらわれていたんだ?

最後までお読み下さりありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ