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第1話 寝覚めの狼猫

長い間放置している作品ほっぽり出して描く新作は最高だな!

 自分を認識できたのは、体を内側から溶かすような苦しみを感じた時だった。


 どうにか痛みから逃れようとがむしゃらに手足をばたつかせれば、何かを突き破った手応えがある。その硬い何かから這い出でることで丸まっているしかない状態から脱出することに成功した。


 だけど目が痛くて開けられない。鼻も痛くて何も嗅げない。口は空気を取り込むのに必死でかわいた音しか漏らさない。

 冷たい空気が少しだけ痛みをやわらげてくれたものの、体の奥からふつふつと燃え滾るような何かは絶えず自分を焼いていく。


 もう耐えきれない!駄々っ子のように暴れていると、何か大きなものに掴まれたのがわかった。間髪入れずに首に何かを差し込まれる。途端に自分の体から痛みが引いていくのがわかった。


「危ないところだった――」


 よく聞いたことがあるような言葉。曖昧な記憶からうっすらと懐かしさを想起させる言語に意識が向くと、ようやく目が少しづつ慣れてきた。


 ぼんやりと浮かぶ人の影。それは私の頭へと手を伸ばし―――



 帰りたい。



 何度目かもわからない心の自分が漏らした声で、私はどこかで目を覚ます。



 ◇



 絶海の大陸。その南部に位置する大平原。

 この人の手が届かない楽園で、多種多様な生物が猛々しく生息している。


 そんな生物たちの水飲み場である湖の傍で惰眠を貪っていた獣の目が開かれた。


 恐ろしい夢でも見たのだろう。寝ぼけ眼の獣は全身の毛を逆立て、しきりに尻尾を振っている。その際に立てた水音で、獣はやっと先程までのことが夢であることと自分のやらかしを自覚した。


 尻尾がパタリと落ち、耳を後ろに倒した獣はずぶ濡れの下半身を清めるために湖へと入っていく。冷たい水に身を浸し、ぶるりと震わせて夢の影響で火照った体を冷やしていく。


 そして浅瀬へあがり睡眠で消費した水分を補給しようと水面へ口を付けようとすれば、そこに狼のようなキリッとしたフェイスラインに加え獰猛なネコ科の牙、そして結晶のような1本の角という凶悪な顔が映る。


 その整った顔を見る度に、獣は僅かに見惚れてしまう。まるで自分のものではないような現実感の薄い顔。それに対しふつふつと憎らしさばかりが湧き上がって、映った顔をかき消すようにわざと乱暴な飲み方をした。悪い夢を見たあとの獣はだいたいこうである。


 この大陸に生息する生物は他では見られない固有種ばかりであるが、その中でも獣は大型の類であった。


 強靭に発達した肉体は、さながら人間で言う逆三角形。硬質化した皮膚はもはやドラゴンの鱗のように強固であり、顎や肘などの体毛が生えていない場所は鋭く刺々しい。また、発達した骨格も甲殻のように突き出ているなどかなり攻撃的な外見をしている。首周りや四肢、背部などには白い体毛が生えており、全身のあちこちに存在する排熱器官を保護する役割があった。


 これほどまでの異形はただの動物ではありえない。この獣は俗に言う『魔物』と呼ばれる怪物であり、かつて魔王に率いられ進軍を行った存在であった。この大陸に生息する動植物は主を亡くした魔物たちが野生化し、魔王の魔力なしに自然界に適応した姿である。



 下顎で掬い上げるようにして水を飲んでいた獣は、ふと違和感に気が付いた。自分が起こしている水面の揺れを別の方角から来た波が飲み込んでいる。

 頭を上げ周囲を確認しようとするのと、水中から飛び出した何かが獣に巻き付くのは同時だった。


 赤く長い触手、その裏には吸盤が所狭しと並べられている。水を飲みに来た動物を絡め取り水中へ引きずり込んでしまうタコの魔物だ。


「キュルイッ!キュルルァアッ!」


 浅瀬にいる獣を自分に有利な水中へと引っ張ろうと魔物は力を込める。それに対し獣はというと、なんとろくな抵抗もしないままに水の中へと身を投じていった。


 これ幸いと魔物は触手で締め付けるも、獣は全長20mはあろうかというほどの巨躯。有効打になりはしない。

 しかしそれでいい。魔物の狙いは絞め殺すことではなく逃げないように固定することなのだから。


 獣は締め付けられながら水底へと連れ去られていく。この湖はなかなかに広大で中心に行くほど深さもある。魔物は中心へと向かい、獲物の脱出をより困難にさせる。そして溺死したところをゆっくりと喰らうつもりなのだ。


 獣は水によって体毛が揺らめく感覚に心地良さを覚えつつも、冷静に脱出の手段を練る。はじめは絞める叩くをするのみだろうと高を括って、頑強な肉体に諦めるのを待つつもりであった。

 ちょっかいをかけてくる相手は大抵それで去ってくれたため、余計な体力の消耗を嫌う獣は今回も魔物に身を任せていた。しかし呼吸ができず苦しくなっていくのはよろしくない。


 獣の体に変化が訪れる。だんだんと全身が淡く発光しだし、排熱器官から溢れた光に当てられて体毛が火を連想させる赤みがかった橙へと色を変える。獲物の変化に戸惑った魔物を襲ったのは、巻きついていた触手に伝わる熱だった。


「キュッ!?キュキュッ!」


 今や排熱器官の周囲は沸騰し僅かに水蒸気となりはじめている。魔物はここまで引きずり込むことのできた獲物を手放すか、多少の手傷を負っても仕留めるかを迷った。


 そして、その迷った隙を獣は見逃さない。


 獣の手のひらに収束するようにして燃え盛る火炎が生じる。水の中であるはずなのに赤く輝くそれを、獣は両手のひらを勢いよく合わせることで威力を発揮させた。


 周囲の水を瞬時に蒸発させ、生じた爆発によって魔物は吹き飛ばされる。水中で威力が減衰した攻撃は命を消し去るには至らなかったが、魔物はそそくさと水の彼方へ姿を消していった。


 これが獣の力。火炎を操る魔力の技。


 時には暗闇を照らす灯火となり、時には身を包む温もりとなり、時には外敵を追い払う火炎となる。


 何をするにも便利な力であり、湖から上がった獣はその力をもってして体に付着した水分を蒸発させた。


 しかし何事にもタイミングというものがある。今回は寝覚めに使ったのがよくない。獣は気が立っているようで、狼のように体毛豊かな尻尾を地面に何度も叩きつけていた。


 夢の中で自分を殺そうとしていたあの苦しみ。それが幼体ゆえに使いこなせなかったこの力によるものだと、獣は気付いているのだから。

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