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異世界恋愛短編

転生したら目銀髪の王子が横に寝ていた……しかも私は愛する人を不幸にする呪いまで持ってるらしい(短編)

作者: 彩理


 ふかふかのベッドの中、自分の息が呆れるくらい酒臭い。

 昨日そんなに飲んだっけ?

 無意識にこめかみを抑えて目を開けると見知らぬ男が横に寝ていた。


 え?

「誰この銀髪?」

 思った以上に低い声が出てしまうのは驚いたときの悪い癖だ。


 そんなことより私が全裸で目の前にはイケメンがいる……。

朝チュンの相手が外人って……やるじゃん私。

 イヤイヤ、そういう問題じゃないか。


「思い出せぇ、思い出せ。昨日何をやらかした?」

 私は両手で瞼をぐりぐりして、事の経緯を思い出そうとした。


「駄目だ、こんなイケメンに会った事すら思い出せない」

「それは傷付くな」

「うわぁ」

 スカイブルーの宝石眼と目が合って、文字通り私は後ろに飛び跳ねた。

 


 ガクンとベットから落ちそうになり、上半身裸なイケメンが私の腕を慌てて引き寄せる。

 イケメンって、あわてた顔もイケメンなんだな。

 すっぽりと腕の中に収まり、私はぎゅうと目をつぶったままその場に固まった。

 ふわりと寝汗の香りがして、思わず深く息を吸い込んでしまう。


 この匂い嫌いじゃない。いやっむしろ好きかも。って、私は変態か!

 そうじゃなくて、いま問題なのは私がくっついているのはどう考えてもムキムキの素肌だってこと。

 幸いにして私はシーツをくるっと巻いているけど、その分相手の取り分は減っているはず、目を開けて変なモノが視界に映ったら可愛く悲鳴を上げて目を覆ったほうがいいのか?



「大丈夫?」

 イケメンが怪しい手つきで、私の背中を撫でてくる。


 ヒィィィィ。

 やめてぇぇぇ!。

 ブンブンと頭を振ると、グルングルンと目が回りムカムカがこみ上げてきた。

 ああ、ダメだ。肩甲骨を撫で回されたくらいでよがっている場合ではない。


「だろうね。水でも飲む?」

 イケメンの言葉にこくんと頷く。

 意地を張って万が一、吐いたりしたらこの黒歴史がさらに大惨事になってしまう。

 ここはひとつ事情を聴いてさっと解散するのがベストだ。

 スッと、私を離すとサイドテーブルにある水差しに手を伸ばす。

 後ろを向いている隙に、うっすらと目を開けて真っ裸じゃないことを確認する。


 はぁ。良かった。なんか履いてるみたいだ。

 後ろ向きだけど綺麗に付いた筋肉は一目で身体を鍛えているのがわかった。

 キュッとしまったお尻の形がキュートすぎ。この大臀筋なら、王子様の白タイツも難なくいけそう。


 ぼーっと見つめているとイケメンが振り返り私に水を手渡した。

「ありがと……」

 最後まで言い終わらないうちに、驚きでコップを取り落としそうになる。


「おっと、危ない。冷たすぎた?」

「それ……」

 私はイケメンの心臓付近に入れられた月と太陽を模した刺青を指して絶句した。

 ビアトリア王国の紋章じゃない。

 この人こんなイケメンなのに、コスプレイヤーなの?

 オタバナで盛り上がっちゃった?


「ああ、これ? 昨日も頬ずりしてたね」

「大胸筋に頬ずり……」

 駄目だ、昨日は完全にオタ活の域を越えていたようだ。

 もしかして筋肉話しで盛り上がったの?

 早く家帰って今日のことは反省したほうがいい。


✳︎



「私帰ります。今日のことは忘れてください」

 こんな完璧なイケメンとこれっきりというのはかなり惜しいが、酔った女を連れ込んだ時点でこいつはクズだと思おう。

 未来のない相手と関係を楽しむほど、私はもう若くはないし。



「ちょっと待って、まさか俺が純潔を奪った女性を忘れるとでも?」

 何だこの芝居がかった展開は、お酒の勢いの過ちを蒸し返すなんて男としてどうよ。

 ここは笑って「じゃあ」って別れるところでしょ。


「酔った勢いのことだし、純潔でもないので。それより早く帰って仕事に行かないと」

 キョロキョロと私は自分の着替えを探すのに部屋を見回した。

 ため息が出るほど豪華な部屋はどこぞのホテルのスイートだろうか。

 いったいいくらするんだこの部屋?


 あ、もしかして宿泊詐欺?

 私より先に出て、残った私に料金を払わせる気じゃ?

 いや待て、どこかのイケメン御曹司って……ことはないか。

 ここで玉の輿って喜べないのが今までの男運のなさを痛感して悲しい。



「顔色が悪いけど、吐きそう?」

 そんな心配そうな顔をしても無駄です。

 この部屋、下手したら100万とかぼったくられそうだし。


「私の服はどこ?」

「服? これのこと? 自分で着れないでしょ?」

 彼側のベッドの下に落ちていたのか、ひょいと掴んで手渡してくれる。

 ひらひらのレースがいっぱい付いた見るからに高級そうなドレスが無惨にもくしゃくしゃだ。


 どこでこんなのレンタルしたんだろう?

 まじ、反省しないと。


「荷物はどこか知りませんか?」

「そんなもの持っていなかったよ」

 あちゃぁ〜。酔ってどこかに置いてきちゃったか。


 フロントで事情を話して、バッグをさがしてもらおう。


「仕事に遅れるのでこの辺で失礼します」

「本当に帰る気なんだ」

 私が複雑に作られたドレスをどこから着るか思案していると、イケメンが呆れたように聞いてきた。


「さっきからそう言ってますが」

「俺はレイモンド・スチワート・ビアトリアだぞ」

「そうですか」

 てっきり、胸に紋章の入れ墨しているから、主人公のアスライのコスプレかと思った。

 この紋章は王族に稀に現れる祝福の印。弟のレイモンドにはない設定だったはずだけど違ったみたいだ。


 レイモンドは結局、主人公であるアスライの当て馬的存在だけど、顔だけはとびきりいい。

 そのイケメンぷりからファンは多くて、悪役令嬢のアンジェラに毒殺されたときは作者のSNSが炎上したとか。



 ん?

 アンジェラ?

 なんか引っ掛かる……。

 アンジェラも不幸キャラだけど、その派手な見た目からコスプレ人気はあったわよね。


「アンジェラ。初婚の令嬢が純潔を失って隠し通せると思ってるのか? もしかして純潔の本当の意味を知らないとか?」

 その設定いいかげんにやめて欲しい。



「もう、私はアンジェラじゃないから。責任なんかとってもらわなくて結構、なりきるのもいいかげんにして」

 シャワーを浴びたいが、その間に置き去りにされ精算を押しつけられたらたまったもんじゃない。まずはこいつより先に部屋を出ないと。


 シーツを引きはがして私は身体にぐるぐる巻いて、ベットから降りようとした。


「ちょっと待って」

 自称レイモンドが後ろから抱き付いてくる。


「アンジェラ、いくら違うと言っても君の紫の髪と紫の瞳はこの国のどこを探しても他に見つからないよ」

 めんどくさ。

 でも、さらさらと肩に流れ落ちる髪は確かに本物ぽい。

 キラキラした銀髪をまるで藤の花で染め上げたように輝いている。

 アンジェラが一番好きな色で、毎朝メイドが丁寧にブラシしてくれる時間がすごく幸せなのだ。


 ん?

「……」

 何? この記憶。


「うそでしょ」

 レイモンドの手を振りほどいて、鏡台までふらふら駆け寄る。

 そこには信じられないものを見たというように、紫色の瞳が揺れていた。


 どう見てもコスプレなんかじゃないし、頭の中にアンジェラの記憶がよみがえってくる。

 これってまさか、異世界転生。


 しかも、「私がアンジェラ」

 身体中から力が抜けて、その場でへなへなと座り込んでしまう。


 アンジェラ・ランカスター。

 16年公爵家の娘として生き、アスライの婚約者の座を虎視眈々と狙う女狐。最終的にアスライに気に入られるためレイモンドを毒殺してしまうのだ。

 そして、父親の公爵と兄共々、断頭台に送られる。


 そのアンジェラが、アスライの弟、レイモンドと一夜を過ごしているのよ?



 *



「なんでレイモンド様と一緒の部屋にいるのです?」

「やっぱり、記憶がないんだ」

 傷ついた、とでも言いたそうに整った眉を下げる。たったそれだけなのに、私がとてつもなく非情な女みたいじゃない。


 覚えてないのは事実だけどその顔ムカつく。


「昨日はあんなこととかこんなことしたはずなのに全く思い出せないなんて傷つくな。もう一度すれば現実だと感じれるかも……」

 あんなことやこんなことって何!?


 あらぬことを考えてしまって、私は己の煩悩の多さに絶望した。


✳︎



「ここはフレドリック辺境伯の屋敷だよ」

フレドリック辺境伯……。

聞き覚えがある。


「視察の帰りに寄らせてもらったが、タイミング悪くフローラ嬢の誕生日だったらしくて」

「フローラの誕生日!」

そうだ、身内だけの誕生会を開いているところにお邪魔したんだ。


「誕生会に出席して欲しいと言われたんだけど、面倒ごとに巻き込まれたくなくて俺はずっと部屋に籠っていたんだ……」

「でもここは私がいつも泊まらせてもらっている部屋じゃないわ」

領地が隣で、昔から幼馴染のように仲良くしているのだ。この屋敷に泊まるときはいつも私の気に入りの部屋を用意してくれている。


「そう、君の部屋はお隣だ。夜遅くベランダで聞いたことない異国の歌を歌っていた。すごく綺麗な響きで聴き惚れていたけど、落ちたら危ないと思って注意しに出たら……」

「歌ってた……」

最近お酒を飲めるようになって酔うとよく変な歌を歌っていると言われたことがある。

変な歌って、日本の歌だったのかも。


「急に君がバルコニーから飛び移ってきて俺を押し倒した」

「押し倒した? 私が?」

「そう。そして僕の胸の紋章に頬を押し付けてスリスリするもんだから、つい」

「つい……食べちゃったと」

レイモンド、あんたいくらチャラキャラでも18禁じゃなかったでしょ!

と叫びたくなるのを私は必死でこらえた。

フローラの誕生日なら、さぞ気分よく飲んでいたのだろう。

でもだからってスリスリなんてする?

頭がガンガンしてきた。

もう絶対飲まないって誓おう。


「随分俗世な言い方だね……もちろんきちんと責任はとるから」

「さっきも言いましたけど、覚えていないことの責任なんか取ってもらわなくていいです」

それでなくてもこの世界の設定は面倒だし、ましてやレイモンドの奥さんになんかなったら継承権争いに巻き込まれていつ殺されてもおかしくない。



「私はランカスター公爵家に有益をもたらす政略結婚をする予定なので」

「アンジェラ、本当に純潔を失うという意味を知っているのか?」

レイモンドが驚いたように聞いてくる。


「知ってますよ」

昨日あなたといたしちゃったんでしょ。


「それならなぜそんな意地をはる? 純潔じゃない時点で君の価値はゼロだ」

この男殴ってもいいだろうか。

王子様じゃなければ間違いなくセクハラで訴えてやるのに。


「結婚が無理なら田舎で1人楽しく暮らしますから気にしないで下さい」

「公爵令嬢が理由もなく結婚しないでいられるわけがない。万が一、俺以外の王子から打診があれば断ることすらできないし、すでに純潔を失ってるだなんて絶対に言えないだろう。精神を病んでることにされ、修道院に入れられるしか道はない」


別に修道院でも問題ない気がするけど、せっかくの異世界だし公爵家はお金持ちのようだからちょっとは楽しんでからがいいな。



「意地っ張りのアンジェラ、どんなに嫌でも君の純潔は俺がもらった事実はなくならない」 

つかつかと大股でベッドまで行くと、レイモンドは勢いよく布団をめくる。

そこには昨日の情事の残り香と、はっきりと純潔が破られた痕が残っていた。


きゃぁー!

何するのいったい!



レイモンドから掛け布団を奪うと、私は過ちの痕を隠した。


「君は俺の花嫁になるしかない」

レイモンドは口に手をあて肩を揺らしながら笑いをこらえると、焦る私の顔に自分の顔を近づけいじめっ子のように口角を上げる。小憎らしい顔のはずなのになぜか心臓がドキドキして、目をそらせてしまった。

このままじゃうまく丸め込まれちゃう。


「お父様が許すわけないわ、下手をすればあなた殺されちゃうわよ」

実際に殺しちゃうのは私だけど。


「それは言えるな。君の父親、ランカスター公爵は保守派の中心人物だ、それでなくても他国の血が入っている俺の事は疎ましく思っているだろう。君に手を出したなんて知ったら、建国から続くランカスター家を汚したと二人とも殺されそうだな」

何が楽しいのかレイモンドは今度は大口を開けて笑った。


悔しいが的を射ている。お父様はこの国を愛しているが、それ以上に由緒あるランカスター家に誇りを持っているのだ。かつて敵国スタンド王国を今でも蔑み、和平のために来たレイモンドの母である第二王妃を軽んじている。


「わかってるならもう放っておいて下さい。自分のことは自分でなんとかできるから」

「確かに今の俺には力が足りない。だが約束することはできる。必ず君を迎えに行くと誓おう」

とても真剣なレイモンドの言葉に心を動かされそうになる。


いやいや、しっかりしろ私。責任と義務を果たすと言いながら、きっとレイモンドはお父様を味方につけ大きな後ろ盾を持ちたいだけだ。

もともと推しはアスライだし。寝たからってすぐ乗り換えるなんてビッチじゃないんだから、なんとしても断頭台は避けなくちゃ。

それにはアスライにもレイモンドにも近づかないのが一番。


「絶対無理」

私はベットから飛び降りると、ドレスを鷲掴みにしてバルコニーへ向かった。


「アンジェラ、待って。返事は今じゃなくていいから。それにそのままじゃまずいでしょ。なんていうか、俺たちの関係はしばらく秘密にした方がいいだろうから……」

ポッとレイモンドの耳が赤く染まる。

私は返事もせずに冷たく去ろうとしてるのに何その反応?


「ほら、それ」

レイモンドは私の胸元を気まずそうに指差した。

ピンク色の桜の花びらが散ったような痕が柔らかな白く透き通った肌に残っている。


!!!


わなわなと震える私の横にレイモンドは優雅に歩いてくると、少しかがんで耳元で囁く。


「悪い虫に捕まったみたいだね」

カプッと耳たぶを甘噛みされると、ゾクゾクと身体の中に電流が走ったみたいに痺れた。



堕ちる予感がする。

それが恋なのか、地獄なのか今はわからないけど。

これはまずいでしょ絶対。


(アンジェラ)は誰も愛してはいけないんだから。



✳︎



「私たちは話し合いが必要な様です」

「なんだ? ランカスター公爵への婚約の申込か?」

「違います」

「ふむ、じゃあ次の逢瀬の誘い?」

「違います!」

「結婚式の日取りを決めるにはまだ早いんじゃないか?」

「違います。殿下、本当はわかってますよね。これから社交界で会っても初対面という設定でお願いします」

「無理だな」

「無理でもお願いします。お父様は絶対に殿下との婚姻には頷きません。いつも沢山の令嬢に取り囲まれているではないですか。私じゃなくてもいいですよね。」

「言い寄られるのには飽きたんだ。たまには言い寄ってみるのも悪くない」

「……」

 だめだ。話が通じない。


「ランカスター公爵がいいと言えば良いのか?」

「まさか、昨日のことで脅すつもりですか?」

「俺がそんな卑怯な真似をするとでも?」

「したじゃないですか」

「それはアンジェラが可愛くてついな。だが一つお願いを聞いてくれたら昨日のことは社交界では言わずに秘密にすると約束しよう」

「お願い?」

 どう考えても、ろくなことじゃなさそう。


「レイモンドと」

 ?

「殿下ではなくレイモンドと呼んでくれ」

「それだけでいいのですか?」

「そうだ」

「わかりました。レイモンド様」

「様はいらないな。ついでにお願いと最後につけてくれ」

「はぁ?」

 今度は思いっきり低い声で聞き返してしまう。

 しばかれたいのかこの王子。


「怒った顔も可愛いな」

「わかりました。言えばいいんですね」

「できれば上目遣いでな」


 何が上目遣いだ。もう、さっさと言って帰ってもらおう。


「レイモンド。お願い」

 リクエスト通り、ちょっと顎を引きレイモンドの期待に満ちた顔を見上げて囁いてやった。


「ベッドの上でのおねだりはグッとくるな」

「おねだりって……」

 反論しようと思ったらガバッと両手で抱きしめられて、おでこで頭をグリグリされる。


「ちょっと離れて」

 両手で押し返そうにもびくともしない。


「ランカスター公爵の返事がもらえるまで社交界では他人のふりをしよう」

 頭の上でつぶやかれて、私は胸の隙間からレイモンドの顔を盗み見た。

 まるで、本当に愛しい恋人に向けるような優しい眼差しだった。

 なんで昨日会ったばかりの私にこんなに迫ってくるんだろう?


「もちろん昨日のことは内緒だ。アンジェラの秘密は守るから」

 どうも真偽がわからない。

 お父様の後ろ盾が欲しいだけだよね。

 だって、レイモンドは聖女を好きになるんだもの。

 呪われた私を好きになるはずがない。





✳︎



 フレドリック領から帰ってくると、珍しく太陽が高いうちに自宅に戻った父から呼び出しがあった。


「なんの話からしら?」

 帰ってきて早々呼び出すなんて、なんだか嫌な予感がするのよね。


「旦那様は王宮から難しいお顔で帰られ、奥様と執務室でお話をされているようです」

 侍女のサーシャが支度を手伝ってくれここ数日の公爵家での出来事を報告してくれる。

 公爵家で働いてまだ日が浅いが、社交会の世渡りから市井の噂まで幅広く情報収集してくれる優秀な人物だ。


「お母様とわざわざ執務室で話すなんて珍しいわね」

 大抵は食事をしながら話し合うのに。

 何か重要な案件なのは確かだ。

 まさか私の婚約話ってことはないから、そろそろランカスター領に引きこもれって話かしら。



 ✳︎


「フローラ嬢は元気にしていたか?」

 私が執務室に着くと、母はすでにお茶会に出かけた後だった。


 優しくバリトンな声で話をする父は穏やかそうに見えるが、ひとたび戦場に赴くと眼光は鷹のように鋭く、敵陣に斬り込む姿は稲妻のようだと公爵家の騎士たちに敬愛されていた。


「ええ、お父様。素晴らしい誕生会でした」

 婚約者とは仲が良くて、羨ましい限りだったし。

 相変わらずおせっかい焼きで、友人の男運の無さを嘆き、今回も沢山のイケメンを用意してあったことはあえて話さないでおく。

 愛のある結婚をするつもりもないので、丁重にお断りしてきた。


「そうか」とだけお父様は頷くと、目の前の茶菓子に手を伸ばす。

 甘いものが苦手な父にしては珍しい。

 栗を水飴で煮込んでパイ生地に包んだもので、案の定一口食べて眉を上げる。

 よほど話しづらい内容なのだろうか。


「お父様、お話とはなんです?」

「ああ……お前に王家から婚約の話が来ている」

「それはまた唐突ですね。お相手はアスライ殿下ではありませんよね」

 まさか、レイモンドとのことがバレたんじゃないだろう。

 背中に冷たい汗が流れたが、そんなことはお首にも出さずに探りを入れる。


「もちろんだ」

「そうですよね。呪われた私と第1王子が婚約するなんてあり得ないですよね」

「アンジェラ、そういう意味で言ったのではない。アスライ殿下の後ろ盾はマーシャル侯爵だから、うちとは手を組まないと言うだけだ」

「わかっていますお父様。でも、私が呪われているのも事実です」

 お父様のすまなそうな顔を見る限り、レイモンドとのことはバレたわけではなさそうだ。


「お相手はレイモンド殿下?」

「そうだ」


 責任とるって本気だったんだ。


「一体どうして? 王妃様を牽制するためですか?」

「そうではなさそうだ」

 政治的ゴリ押しじゃないなら、レイモンドが何か動いたのだろうか?


「後ろ盾が欲しいのでしょうか?」

 それだとちょっと厄介だ。


「レイモンド殿下から直接陛下に話があったそうだ。何か心当たりはないか?」

 心当たりはありまくりですけど……。

 きちんと断った……はずなのに。


「レイモンド殿下が視察の帰りにフレドリック領に立ち寄った際、少しお話ししました」

「それでか……噂とは違う人物だと思っていたのだが、どんな思惑があるのか」

 レイモンドの噂は第2王子だとは思えないほど酷いものだった。

 政治に興味はなく、剣を振り回すことが趣味でしょっちゅう暴力沙汰を起こす。

 歓楽街に出入りし、何日も泊まって帰って来ないことがある。

 視察と言って地方に出て豪遊している。とあげればキリがない。


 見た目は噂通りチャラかったし、設定でもチャラ王子だけど?

 どうやらお父様の口ぶりだと噂を信じてはいないようだ。



「どんな思惑があろうと、無理なものは無理です。お父様もわかっているでしょう」

「わかっている。それは王家も同じはずなんだが、明日すぐに謁見を願い出る……」

 いつもなら私に確認するまでもなくお断りしているはずなのに、お父様には珍しく判断を迷っているようだった。


「アンジェラはそれでいいのか?」

「はい。私は公爵家のため愛のない政略結婚を承知してくれる人を探します」

 私の言葉にお父様は返事をすることはなく、しばらく沈黙が続く。

 居心地の悪さに、一気にお茶を飲み干す。


 貴族令嬢なら政略結婚は当たり前のことで娘など手駒だと考える貴族が多い中、罪悪感を抱く父の方が珍しい。

 父の愛情にはいつも感謝しているが、こればっかりはどうしようもないことだと諦めるしかない。



「じゃあ私はこれで」

 そう言って立ち上がろうとしたとき、執務室のドアをノックし、家令が来客の訪問を告げる。

 お父様が返事をする前にドアが開きレイモンドと赤髪の騎士が入って来た。


「突然訪問して申し訳ない」

 申し訳ないと言っている割にズカズカとお父様の目の前まで来ると、私の座っているソファーに視線をやり「隣りいいだろうか?」と聞いてきた。

 王族にダメですなんて言えるわけないじゃない。


 父と私は礼儀正しく挨拶をすると、レイモンドは「堅苦しいのは無しに」と愛想よく返してくれた。横柄で礼儀知らずだと噂されているのが別人のようだ。


「アンジェラ嬢、話は聞いた?」

「はい、殿下。お伺いしましたが突然のことで驚いております」

「あの日、アンジェラ嬢に会ったことは私にとって運命だと思っている」

 レイモンドは大袈裟にお父様に笑いかけた。


 着いて早々一体何を言い出すんだ! 

 私はレイモンドの手を振り払い、跳ね上がる心臓に手をあてお父様の横に移動した。

 まさか純潔を奪った責任をとるなんて言い出さないわよね。



✳︎


「アンジェラ嬢からは私のことはどのように?」

 レイモンドは品良く落ち着いた様子でお父様に話を切り出した。


「娘からは、フレドリック領でお会いしたと聞きましたが」

「それだけですか?」

「それだけとは? 何か特別なことがあったのでしょうか?」

 お父様の声がほんの少し硬くなる。

 まさかここでバラすつもりじゃないでしょうね!

 私はお父様に気づかれないように、口元を手で覆いレイモンドだけに見えるように「約束」と口パクで伝えた。


「アンジェラ嬢。決してあなたの名誉は傷つけないので私から説明してもよろしいですか?」

 口パクが伝わったはずなのにレイモンドは「フッ」っと笑い白々しく私に尋ねた。

 絶対に何か企んでいる。


「私にはなんのことなのか……」

「それは残念ですね。あんなに素晴らしい体験は初めてだったのに」

「素晴らしい体験?」

 隣に座っていてもピクリと父の眉が上がったのがわかった。


 緊張で、手にじんわりと汗をかく。

 落ち着け私。

 ここで焦って言い訳し、墓穴を掘るのだけは避けなければ。


「レイモンド様。先日の無礼な態度は改めて謝罪いたします」

「殿下に謝罪するようなことが?」

「殿下とお会いしたとき、ほんの少し酔っておりまして失礼な態度をとってしまいました」

 レイモンドの口調から、何もなかったで押し通すのはもう無理そうだ。

 ここは口を挟ませないで、私主導で言い訳しなくては。


「もしお時間があるようでしたら、先日のお詫びを兼ねて我が家自慢の庭を案内させていただきたいのですが?」

「アンジェラ、何をそんなに慌てているんだ?」

「いやですわお父様。慌ててなどいません」

「それは是非ご一緒したいのですが、急いで来たもので喉が乾いてしまいました。お茶の後でゆっくり案内をお願いします」

 レイモンドは残念そうに断ると、優雅にカップをとる。

 まずは二人で話したいという意味で私が誘ったのをわかっているはずなのに、またもやレイモンドにかわされた。


「娘が失礼なことをしたようで大変申し訳ありませんでした」

「いえ、謝っていただこうと思っているわけではありません。ただ、身体も辛そうだったので心配で……」


 思わず「何を言い出すの!」と叫びそうになるが、なんとか思いとどまる。

 落ち着け私。

 別に深い意味じゃないから。

 ジリジリと後退りしたくなるような感覚に、変なことは言わないでと祈るような気持ちでレイモンドを睨む。


✳︎


「公爵。私の要望でこの婚約を打診した。今日は受けてもらえるよう直接こちらに説明をしに来た」

「説明とは?」

「以前と同じく呪いのためという理由で断らないで欲しい」

「陛下からお聞きになっていたのですね」

 お父様は短いため息をつく。

 どうやら、レイモンドが呪いについて知っていると予想してたのか驚いてはいないようだ。

 ランカスター家の呪いについては隠しているわけではないが、一人歩きしないようにきっちり管理されている。

 王族なら知っていて当然ということだろうか。


 ただ、先ほどまでは一歩引いて世間話でも聞くように穏やかな雰囲気だったのに、「呪い」とレイモンドが言葉にした途端、応接室が緊張に包まれる。


「アンジェラ嬢の呪いについては当時婚約話が流れたときに聞きました」



 ん?

 ちょっと待って、今のってどういう意味?



「婚約話が流れるってどういうことですか?」

 身代わりになる前の記憶でもレイモンドと婚約した覚えはない。


「8年前、殿下と婚約話が内々で出たことは確かだが、正式に婚約しなかったのでお前には話さなかった」

 そうか……王家との婚約話が持ち上がる以前、何人かの婚約者候補が不慮の事故に遭っていた。さすがのお父様も王族相手では呪いの真偽を報告しないわけにいかなかったんだろう。


 そういえばフレドリック領で会ったとき、名乗った覚えもないのに私のことを名前で呼んでいた。

 あの時にはすでにレイモンドは私がアンジェラであることも、呪いについても知っていたってことだ。



 ✳︎



「先日、アンジェラ嬢が言っていた。私は愛のない政略結婚をすると」

 レイモンドが過ちの責任を取るって言い張るから、確かにそう説明して断った。


「王宮に帰って、その意味をじっくり考えてみた。呪いのため愛のない政略結婚を望むなら……協力できるのではないかと」

「私と愛のない政略結婚をしようと?」

 責めるような言い方をしてしまう。

 自分では政略結婚がしたいと言っておきながら、面と向かってそう言われるとなんだか腹が立つ。



「殿下はアンジェラの呪いがどのようなものかご存知ですか?」

 お父様はレイモンドの明け透けない物言いに腹を立てる様子もなく、ゆっくりとした口調で尋ねた。

 そして、視線をレイモンドの後ろに立つ護衛に移す。

 ここからの話は廊下に出ていろという合図だ。


「国王は、祖先が魔女を騙した報いでランカスター家の子孫は愛するものを不幸にすると」

 改めて、レイモンドの口から呪いを聞くと、なんだかものすごくバカバカしい。

 愛する人を不幸にするって何よ。

 自分でやられたことを祖先にまで課すなんて、何をやらかしたらそうなるの?

 だいたい魔女も魔女である。

 まったく関係ない子孫にまで呪いをかけるなんて、よほど根性が捻くれていたに違い。


「正確には、魔女が呪いをかけた祖先と同じ紫の髪と瞳を持った直系です」

「具体的な呪いの発動条件は?」

「はっきりしません。ただ、神官に確認したところ、神殿での婚約契約魔法に反応しているのではと憶測されます」

「では、契約魔法の儀式さえしなければ愛する人と結婚することが可能なのか?」

「残念ながら確証はありません」

「そうか」

 レイモンドはガッカリしているというより、とても冷静に条件を確認している感じだった。

 そこに、恋愛感情があるようには思えない。


 本当に、政略結婚を申し込みに来たんだ……。

 なんだか騙されていた気分だった。


 別に好きだったわけじゃないし酔った勢いの過ちだからお互い様だけど、初めから政略結婚するつもりなら、なんであの日あんなこと……。


 私達に未来はないって知っていたのに。

 きっかけはなんであれレイモンドからは好意が感じられた……でも私の勘違いだったんだ。


「仮に殿下と政略結婚をするとしても、王族と契約の魔法なしで婚約することは無理でしょう?」

 そもそも王家の婚約式は、大神殿でたくさんの神官に見守られる中、女神像の前で行われる。そのとき契約したフリをするなんて不可能だ。


「それは大丈夫。国王を説得した」

「説得? とても信じられませんね」

 呪われている私が問題のはずなのにお父様は何故か強気だ。

 まあ、どのみち断るのだから機嫌を取る必要はない。


✳︎


「ランカスター公爵。私が欲しいのはアンジェラからの愛ではありません。兄アスライに負けない後ろ盾です」

 レイモンドは私を目の前にして、罪悪感を微塵も感じさせないほど堂々と言った。

 この人は本当にあの時と同じ人間だろうか?


 先日、あんなに甘くとろける瞳で私に愛を囁いていたのに。

 好きじゃないのに、なんだか無性に腹が立ってきた。

 だって、あんまりだ。

 それでなくても呪いまであるって言うのに、この上、継承者争いにまで巻き込まれるだなんて。

 いくら政略結婚を希望していても、誠意のない人間とはごめんだ。



 実は「私には好きない人がいるのです」と沈黙の中レイモンドが話を切り出す。


 はぁ! 何それ?



「ですがその人には事情があり、祝福される相手ではない。しかし私の立場上未婚というわけにはいかないので」

 さらに頭の中は混乱したが、ふと、思い当たることがあった。


 レイモンドは主人公ではないが、立派な準主役。

 ヒロインと会えば一瞬で恋に落ちてもおかしくはない。


 好きな人って、もしかして聖女のこと?

 もう、密かな恋に苦しんでるというの?

 すでに、聖女が現れアスライと三角関係ならかなりストーリーが進んでいることになるけど。


 それならレイモンドがこんな話をしてくるのも妙に納得がいく。


 確かめたい。

 でも、今レイモンドと話はしたくない。


「なるほど、殿下のお話はよくわかりました。他に好きな人がいて、アンジェラのことは愛せない。アンジェラは呪いのせいで人を愛せないのだから偽りの結婚をするのには丁度いい。さらに私の後ろ盾も得られて一石二鳥?」

「その通り」

 王族の行動が好意だけではないことはわかっているが、ここまで自分の利益だけを主張するなんて苦笑いするしかない。

 レイモンドってこんなクソヤローだったんだ。



「では、ランカスター家にその条件を飲む理由メリットは?」

 お父様の質問は当然だ。

 今の話ではランカスター家には全くメリットがない。


「私はアンジェラの呪いの解呪方法を知っており、呪いを解く魔力を持っている」

 お父様の突き放した質問に、レイモンドはニヤリとし勝ち誇って答えた。


「それを信じろと?」

「簡単なことではないですが、それがドラゴンを倒しその心臓を聖典通り魔女に捧げなきゃならないとしても最大限努力すると誓う」

「いいでしょう。その話が本当なら殿下の後ろ盾に喜んでなりましょう。ですが、婚約は別です」

「解呪をお手伝いするのには婚約が絶対条件だ」

 レイモンドはガンとして婚約するという条件を譲る気はなさそうだった。

 婚約しなくても、後ろ盾にはなれるのに。

 何か、聖女と関係があるのかしら?




「レイモンド様、今日のところはお引き取りください」

 お父様のこんな事務的な声は久しぶりに聞いた。

 いくら突然の訪問といっても、王家の人間に対しこんなにはっきりと退室を促せるのは、この国でもそういないだろう。

 筆頭公爵家であり、王家と並ぶくらいの財力と私兵を持つ我が家くらいだ。


「貴族の令嬢でも、できれば好きな人と結婚させてやりたいと思うのが親だ。少し考える時間をいただきたい」


 お父様、怒っているわよね。

 まあ、娘に婚姻を申し込んで返事もしないうちに乗り込んできて、挙げ句の果てに別に好きな人がいるだなんて……どう考えても非常識だ。


「わかりました。色々勝手なことを言った自覚はある。ですが、良い返事を期待している」

 レイモンドは立ち上がると悪びれもせず、右手を私に差し出した。


✳︎


 月明かりが部屋の奥まで差し込み妙に辺りが眩しい夜。

 ざわついた心を静めようと少し欠けた月を見上げる。空には宝石を散りばめたような星空が広がっていた。


 レイモンドの瞳のよう。

 銀色の光を放つ月は彼の髪の色と同じ。

 なぜかレイモンドの切ない顔を思い出してしまい。私は慌ててベッドに潜り込んだ。


 一度思い出してしまうと、いくら振り払ってもレイモンドの顔が目の前に浮かんできてしまう。


「あんな奴、絶対に許さない」

 眠れずにベットに寝転んだまま何度も寝返りをうつ。



 急に視界が暗くなり月が雲に飲み込まれたのかとベランダに視線を向ける。

 レースのカーテンが風に揺れ、マントのフードを深く被り顔にはマスクで覆った男がすぐ横に立っていた。

 黒づくめなのにそれが誰だかわかる。


「レイモンド……」

 ついさっきまで考えていた男。

 これは幻じゃないよね。

 今日は飲んでないし。


 フードと黒い革手袋を脱ぎ、私の前に跪く。自分の見せ方をよくわかっている男だ。


「なぜ俺だと?」

 彼はちょっとホッとした様子で夜空のように煌めく瞳を細め、私の髪をひとふさ手ですくった。

 その動作があまりに自然で、目を離せずにじっと見つめ返してしまう。


 怒っているんだからすぐに彼を拒否しなくちゃならないのに……もしかしてこのまま私の髪にキスを落とすのだろうか。


 って、何考えてるの。

 これは期待じゃない。彼を嫌う理由が一つ増えるだけ。

 冷静に、ドキドキしてる場合じゃない。

 レイモンドは……そう、ホストと一緒。

 私を好きなんかじゃない。後ろ盾のため愛嬌を振り撒いているだけ。きっとデビュー前の令嬢をたくさん騙してきたに違いない。


「何しにきたんですか。大声を出しますよ」

「話を聞いてほしい。ほんの少しでいいんだ」

「これ以上話すことはないと思いますが、好きな人がいる人と政略結婚する気はありません。どうぞ私を巻き込まずにその人と幸せになってください」


「アンジェラ、その好きな人が君だと言ったら?」

 レイモンドはいけしゃあしゃあとした態度で真っ直ぐに私を見た。


 ありえないから。

「婚約を申し込んできたその日に、お父様に好きな人がいると宣言したくせに、それが私ですって? バカにするのもいい加減にして」

「アンジェラ、落ち着いて。声が大きい」

 レイモンドは慌てて、私の口に手を当てた。

 ふんわりと、シャンプーの匂いがする。


「アンジェラ、さっきはすまない」

 レイモンドはピッタリと身体を寄せ優しく耳元で囁いた。応接室で自己中心的に喋っていた男とは別人のように熱く私を見つめている。


「何についての謝罪ですか?」

 手を振り払い身長差のある彼に負けないように、胸を張ってドスの効いた声で言ってやった。


 それなのに、レイモンドは首を傾げ嬉しそうに私の顔を眺めると「怒った顔も可愛いね」と目を細めて笑う。


「怒ってるよな」

「別に。怒ってないです」

「今日、突然会いに来たことも?」

「ええ」

「可愛い口パクを無視したことは?」

「それは怒っているわ。私が困るのを楽しんでいたでしょ」

「ごめん、本当に可愛いくて」

 今更どの口がほざく。

 さすがチャラ男。舌の根も乾かないうちにこんなセリフを吐けるとは。


「じゃあ、政略結婚することで後ろ盾が欲しいって言ったのも?」

「どうでもいいわ。もともと政略結婚をしたいって言ってたのは私だし……もちろん相手はあなたとじゃないけど」

 ふん、っとそっぽを向く。


「俺はアンジェラが本当に好きなんだ。だが、それだけではまた公爵に断られてしまう」

「全然意味がわからないわ。あなたに私以外の愛する人がいるとお父様が結婚を承知するとでも言いたいの?」


「順を追って説明するよ。長くなるから横に腰掛けてもいい?」

 レイモンドは私のベッドを指差した。

 仕方ない、王子様をいつまでも床に跪かせたままではいられない。


「いいわ、私に触らないでくれるなら」

 返事をせずに、レイモンドがベッドに腰掛けた。




 ✳︎



「8年前まで、アンジェラが呪われているかどうかは曖昧だった」

「確かに、公爵家の娘が呪われいるなんて噂になったことはないわ」

 お父様が揉み消していたんだろうけど。


「婚約者候補が数人立て続けに事故に遭ったり病気になったが、この世界ではそう珍しいことではない。平民の子供なら半数が10歳まで生きていられない世の中なのだ」

 それにくらべて貴族は医者にも診てもらえるし、金を積めば神殿に頼み治癒してもらうこともできる。現に、元婚約者も今では元気に暮らしていた。


「アンジェラの髪と瞳は見事な紫だけど、俺の祖父の妹も綺麗なバイオレットサファイアの髪をしていたって知ってる? 瞳はブルーだったけどね」


「知っているわ母は殿下のお祖父様の妹であるクレア様の娘だって」

 建国から続くランカスター家は中立の立場をとっており、歴史上王族との婚姻も多かったのは当然だ。

 

「じゃあこれも知っている? 実はランカスター家で紫の色を持って生まれる子は王族と血の濃い婚姻関係の者に限られている。だから、次の呪いを避ける意味でも公爵は王族との結婚は反対だったんだ」


 それは知らなかった。

 この髪色はランカスター家でもそう多くはないが、生まれた時の婚姻相手まで気にしていなかったから。


「俺に他に好きな人がいれば、あらかじめ君との間に子供を作らないと結婚契約書を作れるからね」

 政略結婚で白い結婚を条件にすることはままある。でも、相手が王族なら話は別なんじゃないの?


「もちろんそんな契約守る気はないから安心して」

「私は白い結婚でも全然問題ないわ。あなたとは結婚しないんだから」

「冷たいなぁ。そんな所も好きだけど」



「レイモンド、私が愛した人は不幸になるのよ」

 仮にも王子様が破滅するなんてあっていいわけない。しかも、私から毒を盛られる危険だって100パーセントなくなったとは言えないのに。


「それって、考えすぎじゃないのか?」

「本当よ、小さい頃、婚約者は婚約した途端、馬車の事故とか病気とかで婚約を続けられなかったの。レイモンドとの婚約話もお父様が神殿に確かめて呪いにかかっているのは間違いないと言われたから破談になったくらいだもの」

「呪いの有無はともかく。俺は大丈夫だから心配いらない」

「なんでそう言い切れるの?」

「だって、アンジェラは俺のことが好きなのに未だにピンピンしてるだろ」

「好きじゃないわ!」

「そうはっきり言われると傷つくんだけど」

「だって、好きじゃないもの」

「まあ、今のところはそう言うことにしておいてやる。だが、一つ言えるのは呪いの基準は曖昧だってことだ」

 呪いの基準って何?





「愛なんてもともと曖昧なものだろ。目に見えるものじゃないし」

「だからそれは神殿で誓いの魔法がすんだら呪いが発動するのよ」

「じゃあ、以前の婚約者はきちんと神殿で誓いの証明をしたのか?」

 普通、子供の頃に交わされる婚約は家同士だけのことが多い。ある程度成人に近くなってから、きちんと神殿で誓うのだ。


「いいえ。まだだったけど」

「だろ。それなのに婚約は続かなかった」

「まあ、そうだけど」

「それよりこれは魔術師から聞いたんだが、自分の命を対価にすれば一人の人間を死ぬまで呪ったり、その血筋の人間まで呪うことはそんなに珍しいことじゃないそうだ。だが、呪いにも限界があり、時間が経つほど効力は弱くなり人数が多くなればほとんど影響を及ぼすほどではなくなるそうだ」

「それって、もう呪いは人を不幸にするほどの力がないってこと?」

「そうとも言えない。公爵が毎年神殿に確認されたみたいだからな。可能性としては今も近くに呪いをかけ続けている人間がいるとすればどうだ?」

 今も呪いをかけ続けている?

 呪はもう何百年も前のものだ。そんなに長い間公爵家に呪いをかけ続ける存在がいるだなんて信じられない。

 レイモンドの話に、ちょっと期待しまったけど。そう簡単に呪いは無くならないのか。

 

「俺はアンジェラに会ったときから恋に落ちていた。愛する人のそばなら不幸でさえ幸福に感じる」

「ふざけないで」

 私はレイモンドの手の甲をピシャリと叩こうと手をあげた。

 その途端、その手を掴まれ身体ごと引き寄せられる。

 気づいた時にはベッドの上でレイモンドに抱きしめられていた。


「ちょっと……ふざけるのはやめて」

「うん」

 とレイモンドは返事しただけで、全く手の力を抜いてくれない。


「アンジェラ」

「何?」

「俺が好きなのは君だけだ」

 レイモンドの言うことなんて信じちゃ駄目。

 そうわかっているのに頭の上で囁く声が切なくて、もう少しだけ抱きしめられていることにする。

 だって、今までの記憶の中でこんなふうに私のことを好きだと言ってくれた人はいなかった。

 このまま流されたらどうなるんだろう。


 二人の心臓の音が重なり心地がいい。


「これ以上くっついていたら自制が効かないかも」

「!」

 クスリと笑ってレイモンドは私を離した。


 慌てて、ベットの隅まで移動する。

 危ない。

 今私何を考えていたのよ。

 流されてもいいなんて……。

 こいつは危険だわ。


「この線から入ってこないで」

 私はレイモンドとの間に、羽枕を置いた。


「了解」と言って、レイモンドはおどけて両手を上にあげる。

 油断も隙もない。


 


「ところでアンジェラ、君は猫を飼っている?」

 レイモンドが急に耳元で声を潜めた。


「いいえ、飼っていないわ」

 レイモンドの声の大きさに合わせて、私も小声で返事をする。


「そうか、わかった。今日はもう遅いからこれで帰るよ」

 唐突にベッドから降りると、私の頬にちゅっと触れるか触れないかのキスを落としマントをひらがえしベランダから出て行った。


「もう! 何よあれ」

 考えることはいっぱいあるけど、今日は無理だ。

 イケメンすぎて思考が停止しちゃう。

 熱くなる頬を枕で隠しベッドの上で一人悶えた。



 そういえば次の約束はないな、とちょっと寂しく感じたのも束の間。レイモンドは5分もしないうちに、今度は黒猫の首を捕まえて戻ってきた。




「怪しい猫を捕まえた」

「ララ!」

「飼い猫じゃないのに名前をつけてるのか?」

「だってずっと庭に住んでるみたいだし」

 名前がないと不便だ。

 猫といえばキキだけど、それじゃ安易すぎるかなと思ってララにした。


「なんでララが怪しいの? そんな掴み方したら痛いじゃない」

 動物虐待。

 私はレイモンドからララを奪い取り、どこも怪我がないか確かめるためにベッドに寝かせた。

 相変わらず毛並みは綺麗だし肌艶もいい。


「ララ、痛いところはない?」

 頭を撫でながら優しく聞くと、「にゃー」とゆらゆらとしっぽを振った。

 庭にいると時々現れては膝の上に乗ってくる。以前、庭師から煮干しをもらっているところを見かけたし屋敷の従業員たちで世話をしているのだろう。


「そいつフレドリック領にもいたぞ。連れて行ってたか?」

「いいえ、黒猫なんてどこにでもいるでしょ」

「魔力が同じだからあそこで見たのは間違いなくこいつだ」

「この子、魔法が使えるの?」

 魔女の使い魔ってこと?

 この世界で初めて見た。


「すごーい」

「感心している場合じゃないだろ。こいつ、魔法の匂いがする」

「ララが?」

 思わず、スンスンと嗅いでみたけど、魔法の匂いってなに?

 ほのかに金木犀の匂いはするけど。


「おい、お前いったい何者だ?」

 レイモンドがララの眉間にデコピンした。



「痛いニャァ〜!」

 効果音をつけるなら「パッ」って感じでララが人間の姿に変わり、ベッドに仁王立ちしたままおでこを両手で押さえて叫んだ。


「可愛い」

 じろり、と鋭い視線で睨まれて口を閉じる。


「失礼ニャ、レディを捕まえて可愛いニャンて」

「でもララ、お耳が出てるけど」

 !

 ララは目を見開いて頭の上にぴょこんと出ている猫耳を確かめると、「ニャァァァ」と叫んでベッドの隅にうずくまった。


「ニャンで、ニャンで引っ込まないニャ?」

 ブツブツ呟くたびに真っ黒いしっぽがゆらゆらゆれる。

 しっぽもあるって教えた方がいい?


「えっと、猫耳ってとても色っぽくて素敵だけど」

「そうニャ?」

「うん」

「アンジェラ好きニャァ」

 ララは涙目で腰に抱きついてくる。

 私の胸のあたりくらいの身長で、ツヤツヤした黒の髪をツインテールにし先端には緩くカールがかかっている。

 髪に結ばれた黒いサテンのリボンがゆらゆら揺れてとても可愛い。

 ワンピースは黒のクレープバックサテンにケミカルレースを何重にも重ねられ、スカートにはチュールレースを目一杯縫い込んである。

 そして、首には真っ赤な宝石のネックレスを下げていた。


 ゴスロリ?

 この世界にもゴスロリがあるの?

 脱がせて構造を観察したい。


「人型は久しぶりだし、魔力が足りないニャ。アンジェラに会うときは完璧な姿で会いたかったニャ」

「私は今のララの姿は完璧だと思うけど」

 コスプレとしてだけど。


 一部のマニアにはたまらないだろう。

 だって、本物の耳としっぽよ。

 どう頑張ってもコスプレでは限界がある。

 前世なら、間違いなくコスプレ会のアイドルだわ。


 喜んでくれると思ったのに、ララは目にいっぱい涙を溜めて「この姿は本当の姿じゃないニャ」と私の胸に顔をすりすりした。


「いい加減に離れろ」

 レイモンドがララの首根っこを掴み無理やり私から引き剥がす。


「何するんニャァ!」

 ララはブンブン両手を振り回してレイモンドに抵抗するが、背の高さも腕の長さも全然足りなくて相手にならない。

 そんな姿も可愛いけれど。


「レイモンド、もう少しララに優しくしてあげて」

「こいつが俺たちの質問にちゃんと答えたらな。お前は一体何者だ?」

 確かに、現状ララは怪しい。

 色で言えば、洋服と同じく真っ黒だ。

 この世界で魔法はそこらじゅうにあるものではない、身近にも魔法を使う人間にはあったことがないし。もちろん私の呪い自体も魔法同様に珍しい。

 二つの珍しい出来事が身近で起きるなんて、こんな偶然ってある?



「ララ、聞きたいことがあるの。教えてくれる?」

 私の言葉に動きを止めて、ララは元気なく私を上目遣いで見る。絶対嫌だと騒ぎ出すかと思ったけれどモジモジしている所をみると、きちんと頼めば話してくれそうだ。


「ベッドの上で座ってお話しましょう」

 コクリと頷くと、ララは私とベッドの上に向かい合って座った。

 レイモンドは椅子を持ってきて、ちょっと離れたところに足を組み座る。


「もしかして私の呪はあなたに関係ある?」

「そうニャ」

 泣きそうな声でララは私とレイモンドを交互に見た。

「でも、アンジェラが不幸になって欲しいわけじゃないニャ」

「すぐには信じられないわ」

「アンジェラに最高のハッピーエンドを迎えて欲しかっただけだニャ」

「そうなの? じゃあどうして呪いなんて…」

 ララのことは信じたいけれど、どうしても愛した人を不幸にする呪いだなんて悪意があるとしか思えない。


「愛する人を不幸にする呪いに打ち勝って真実の愛を手に入れてこそ最高のハッピーエンドだニャ」

 ララの屈託のない言葉に、私は頭を抱えた。


「アンジェラ大丈夫ニャ?」

「ええ、大丈夫」

 ララが本気で言ってるのがわかって呆れたと言うか、身体中から力が抜けた。




「それだけの理由でアンジェラに呪いがかかっていると思わせていたのか?」

 それまで横に座って黙って聞いていたレイモンドが口を開く。


「ランカスター家には王宮魔術でも手が出ないほどの大きな魔法がかかっているそうだ。それがただの真実の愛のためだなんて」

「ただの真実の愛なんかじゃないニャ!」

 ララがベッドから座っているレイモンドに飛び蹴りし、そのまましがみついて頭をポカポカ叩く。


「真実の愛は世界を救うニャ!」

 今度は掴まれて攻撃を阻止されないように両足をしっかりレイモンドの身体に巻きつけている。

 後ろから見ると、ララのクルクルカールのかかった髪が逆立っていてピンと立っていた。

 うん、パニエはシフォンね。あの裾処理はどうやっているのかしら。

 尻尾の穴はどうしてるの?

 いや、今はそれどころではない、大事なことを確認しなければ。


 


「真実の愛だなんて、どうやって証明するの?」

「それは教えられないニャ」

「お前、優しく聞いてやってれば調子に乗りやがって、真実の愛だかなんだか知らないが今すぐアンジェラの呪いを解くんだ」

 痺れを切らしたレイモンドが、ララの肩を掴んで乱暴にゆすった。

 レイモンドの態度は小さな子供に対して褒められたものではないが、今の状況からしてまずはララに呪いを解いてもらうのが優先される。




「無理ニャ。もうララの魔力はほとんど残ってないニャ。ハッピーエンドになってもらわないと、ララは消滅しちゃうニャ」

 ララはさっきまでの威勢がすっかりなくなり、猫耳を垂れてシクシクと泣き出した。

 ううぅぅ。

 だめ、私子供に泣かれるとか弱いのよ。


「ハッピーエンドじゃないとララが消滅しちゃうの?」

「この呪いにはララの魔力を注ぎ込んでるニャ、ハッピーエンドにならない限り魔力は取り戻せないニャ」

 ララの切羽詰まった泣き顔から、嘘をついているようには思えない。

 呪いを解呪しない限り、ララが消滅してしまうなんて…。


「どうしてそんな無謀なことをするのよ」

「だって、運命を変えるほどの真実の愛をみたかったニャ」

 ララはそういうと、「うわーん」と大声で泣き出した。


「え、ちょっとララそんなに泣かないでよ。他に方法がないか考えるから」

 ふわふわ浮きながら泣いているララを抱きしめ、背中をトントンしてあげる。


「もう待てないニャ。何百年も真実の愛を探してたニャ。このままじゃララは大人にもなれないで、干からびて消滅しちゃうニャ。舞踏会に出てみたかったニャャャャ」


 ララは大粒の涙を流し「ウワァァァァん」と床に寝転んで手足をバタバタさせ、さらに大声で泣いた。


「ララ、わかったから。取り敢えず真実の愛を目指すから」

「本当ニャ?」

 パッとララは起き上がると、涙で濡れた瞳をキラキラさせて私に抱きついた。

 現金な猫である。





「その相手は俺だよね。アンジェラ。大切にするから」

 ギューっとレイモンドまで抱きついてきてほっぺたをスリスリした。


 はぁぁぁ。

 呪はまだ解けていないのに、心がほっこりするのはなんでだろう。


「せっかく人間の姿になったから街で評判の山賊焼きが食べたいニャ」

「確かに、まだアンジェラとはデートらしいデートをしたことがないな。これを機会に城下を散策するか」

 レイモンドの言葉にララが虹色の綿菓子を知っているかと、目をキラキラさせて尋ねている。


 

 真実の愛だなんて、さすが乙女ゲームの世界だわ。でも、レイモンドがいれば見つけられるような気がする。

 私は、ララのピクピク動く猫耳を見ながらこんな異世界転生も悪くないなと思った。


「でもまあ、真実の愛で呪いを解くと言えばあれしかないな」

「あれ?」

 私が首を傾げると、レイモンドはニヤリと不敵に笑うとゆっくりと私に近づき口付けした。


 


✳︎


結局レイモンドのキスでは呪いは解けなかった。

呪いを解くために聖女を味方につけてドラゴンを倒す冒険に出たり、深い眠りで目覚めない私を真実の愛で救ってくれるというラブストーリーが展開されたが、それはまた別のお話で。


読んでいただきありがとうございます。

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長編版投稿しました。

長編版はレイモンドの初恋話からドラゴンを討伐。ララの本当の正体も明らかに!

真実の愛を手に入れるまでを書きました。

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よろしくお願いします。


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