言いなり王子と婚約者
婚約者の実家に支援される王子というのもよくあるお約束だよね
わたくしの婚約者であるリヒャルドさまは、
「メリーアンはどうしたらいいと思う?」
別名言いなり王子と呼ばれています。
「そうですね……」
銀色の艶やかな髪を一つに束ね、淡い水色の瞳をそっと向ける様はこのまま空に溶け込んでしまうのではないかと思わせるほど繊細な美しさをしていて誰しも溜息を吐かざるをえない。
「この計画書とこちらの計画書では……」
それぞれの利点と弱点。それに伴う時間などを一つ一つ伝えていき、
「こちらの計画は時間こそかかりますが、それが軌道に乗れば民も潤うし、長期に渡る発展も見込まれます」
と選んだ方の書類を持ち上げて渡す。
「――うん。さすが、メリーアンだ。じゃあ、それにするよ」
にっこり微笑んで決定すると選ばれた計画書を持ってきた役人は嬉しそうに頷き、選ばれなかった方の役人は、
「言いなり王子が……」
と舌打ちをする。
「なっ……!!」
慌てて注意しようとするが既にその役人は消えてしまっていない。その場で捕まえないと注意する事も出来ないし、後日改めて言っても効果はない。そんな事言ったでしょうかと惚けられるのがオチだ。
「メリーアン。どうしたの? 計画の細かいところの調整をするから意見を聞かせてよ」
にこやかに告げられたので先ほどの失態を忘れることにする。実際には忘れられないが、飲み込んでおくことにするのだ。
「まず。この計画のために……」
「うんうん。メリーアンの説明は分かりやすいね」
リヒャルドさまが頷くのを見て、計画の実行する担当として残された役人の顔が苦いものを飲み込んだ表情になっている。
言いなり王子はここでも婚約者の言いなりなのかと溜息を洩らしたいのだろう。
(ここまで言いなりにならなくてもいいのに……)
そんなリヒャルドの態度が悲しい。
リヒャルドさまのお母さまは貧しい貴族出身の側室だ。それでも側室になったころはそこまで貧しくなかったが側室に上がられた時に実家がいろいろな事業を行おうとして、どれも中途半端に手を伸ばして、失敗して貧しくなったのだ。
実家の仕送りで生活していく側室にはダメージは大きく生活もかつかつな状況でせっかくの王子が生まれてもまともに育てられないと判断されて、妊娠が判明した時にわたくしの家であるアーロイン公爵家との婚約が決まったのだ。
男子だったらわたくしの夫として、女子だったら兄の奥方として降嫁すると。
そんな中産まれたリヒャルドさまは聡明だった。自分の立場を理解して、わたくしを常に立てて、その結果が言いなり王子。何でも言うことを聞く王子だと嘲り混じりで言われている。
「王族が学園に入学したら生徒会に必ず入らないといけない決まりなんだって」
王宮のリヒャルドさまの私室。それらすべてはアーロイン家が支援して購入した物である。当然今飲んでいる紅茶も同様だ。
「そうなのですか?」
「うん。名誉職らしくてそこで学園をまとめるということを実践して、それを国政に役立てろと言われているんだって、生徒会の面々も身分に関係なく成績が良い者が集まっているとか」
ああ、つまり側近候補とか将来の配下に相応しい者を選ぶと言うことか。
「――いいのではないでしょうか」
リヒャルドさまの周りにいる侍女や護衛などもすべてアーロイン家が用意した者たちだ。彼自身で人材を見付け、育てるのも必要なことだ。
「ありがとう。そう言ってもらえると心強いよ!! で、メリーアンは生徒会に」
「入りませんし、お誘いも受けていません」
一緒に入らないかといわれると思ったので先回りしておく。欲しい人材ならばすでに声を掛けられているだろうし、側近や未来の配下候補ならばすでに未来の妻であるわたくしが加わらないのは当然の事だろう。
「そっか。残念だな」
残念だなと思ってくれるのが嬉しくて、
「リヒャルドさまが生徒会で忙しい分。わたくしがご公務をお手伝いしますね」
と告げるとリヒャルドさまは嬉しそうに笑ってくれる。その笑顔を見て、生徒会と関わることはないと思いつつもその様を見れないのは寂しいと思えた。まあ、でも、これで言いなり王子などと言われることも減るだろう。
「いい加減。リヒャルドさまを解放してください!!」
ある日。学園でいきなりそんなことを目の前で叫ばれた。
『一緒に帰りたいから待っていてほしいんだ!!』
とリヒャルドさまから珍しい我儘を言われたので、公務や家の用事がない時は自習室で勉強して待っているのだが、その自習室に向かう途中で呼び止められたのだ。
「貴方は……」
「メリーアンさんは庶民の顔を覚えるつもりはないのですね!! 生徒会のメンバーであるから知っていて当然だと思いますけど」
「…………」
学園内では一応身分は平等であるが、話をしたことない人が声を掛けてくるのならまず自己紹介からするものだろうに自己紹介もなく、ほとんど面識のないのにいきなりさん付けされることが庶民の常識なのだろうか。
顔を覚えるつもりはないと思われているようだが、当然顔を知っているし、名前も知っている。だが、互いに自己紹介していないのだから【初めまして】というべきではないだろうか。
「貴方がいつもいつも奴隷のようにリヒャルドさまを連れまわして、リヒャルドさまはそんな扱いをされるような方ではありません!! 自由にしてあげてください!!」
こちらの言葉を待たずにそう怒涛の様に攻めてくる言葉に気になる点があった。
「奴隷のように……ですか?」
本当なら言葉を窘めるように注意するべき事なのに内容が気になってそっちを先に言ってしまった。
「自覚なかったのですか!! どこまでも自己中心的ですね!! 生徒会で親睦を兼ねて帰りにどこかに寄っていこうとか親睦会を行いましょうと誘うたびに『メリーアンに確認してみるよ』と言われるんですよっ!! どこまで支配しようとするのですかっ!!」
支配と言われても…………。
「リヒャルドさまには常に我が家から派遣した護衛を着けています、急な変更は護衛の勤務時間にも影響が出ますし、急な予定でも同じ事です」
「そうやって見張って拘束するつもりなんですね!!」
「…………」
言葉が通じない。
庶民は、護衛などなく常に自由に動けるから護衛が居るのが当たり前ではないのだと改めて考えさせられる。
「いい加減自由にしてあげてください!! そんなんだから【婚約者に言いなりの王子】なんて酷い呼ばれ方をするんですよっ!!」
「っ!!」
それはわたくしも気になっていたことだ。こちらの顔を窺って、自分の意見も言わないでわたくしの言いなりになっているリヒャルドさま……。
「――ああ、ここに居たんだ」
少し離れたところから声を掛けられる。
「リ……」
「リヒャルドさま~♪」
こちらが声を掛ける前に生徒会の少女がリヒャルドさまの元に駆け寄っていく。
「すみませ~ん♪ 心配かけてしまいましたっ♪」
探しに来てくれて嬉しいと笑みを浮かべる様に、ああ生徒会の仕事が始まっているのになかなか来ない彼女を探しに来たのかと納得する。
………わたくしに会いに来てくれたのかと一瞬期待してしまった。
「――ねえ、メリーアン」
にこやかな笑みを浮かべて、駆け寄ってきた少女の腕を強く――強すぎるほどきつく掴んで、少女が痛みで顔を歪めるのもお構いなしで、
「どうすればいいと思う?」
何を尋ねているのか分からずに首を傾げる。
「どう、とは……」
「うん? 貴族に対して失礼な暴言を吐き続けるんだよ。いくら学園内は平等でも礼儀というのは必要でしょう。それすらできていない子には処罰が必要だよね。ねえ、どうすればいい?」
騒ぎを聞きつけた大勢の生徒。生徒会の面々も次々と集まってきている。
「それは……騒ぎを起こしたというべきでは教師に判断を仰ぐか生徒会で何かすべきでは」
「うん。でも、生徒会の一人なんだよね。困ったことに」
だから判断が甘くなってしまいそうだしねと言われて、
「騒ぎを起こしただけなので停学とか、職員室の隣にある反省室で個別に授業を受けるとかでしょうか……」
確か、かつてそうやって反省を促したという前例があった。
「うん。分かった。メリーアンの言うとおりに……」
「「会長!!」」
リヒャルドさまの言葉を遮るように生徒会の面々が近づいて、彼女を庇うように、
「それでは、ライラが哀れです」
「ライラは会長のためを思って」
と次々と話をし始める。
「会長が……リヒャルド殿下が【言いなり王子】などと悪名をこの女に広められているのが許せないと正義感を出しただけなのです。それを考慮して」
「公爵令嬢なのに生徒会に選ばれなかった時点で彼女の意見を学園で聞く必要なんてないのです!!」
学園内では平等という権利があるからこそ相手が公爵令嬢でもお構いなしと言うことでそう言い募っている生徒会の面々。
いや、一人口出さずにじっと静観している者も居る。
「マーゴック副会長もほら」
「ライラを庇わないと……言いなり王子なんだから言いくるめてしまえばいいだけだろう」
後半小声だが、しっかり聞こえた。それに関して、マーゴック副会長……いや、マーゴック伯爵子息は、
「リヒ。お前の判断でいいってさ」
とリヒャルドさまの従弟という気安さで告げてくる。
「そうか」
リヒャルドさまは微笑んでいた。微笑んだまま。
「ならば、僕の最愛のメリーアンを見下すような発言態度をしたこの女は男性囚人がいる牢屋にぶち込んでおけばいいね」
と告げたのだが、後半あまりにもリヒャルドさまらしくない発言だったので内容が耳に入らなかった。
「「「「えっ?」」」」
この場にいた生徒会の面々と一般生徒。それにわたくしも戸惑って聞き取れなかったので首を傾げてしまう。
「だから、男性囚人の大部屋状態の牢屋の中にぶち込んでしばらく出さないで閉じ込めておけばいいよね。ああ、媚薬とか精力剤も必要かな」
「より物騒になったぁぁぁぁぁ!!」
貴族にあるまじきガラの悪い声が聞こえたが、それも仕方ないだろう。聡明で穏やかで【言いなり王子】という異名を持つリヒャルドさまからそんなとんでもない発言が飛び出すとは思わなかった。
「メリーアン嬢。我が一族は決断力が乏しいです。その理由は自分で決めると間違った方向に全力で舵を取ってしまうからです」
マーゴック副会長が苦笑いを浮かべながら伝えてくれる。
「あっ、やっぱり間違えた? うん。僕はメリーアンが決めてくれないとやり過ぎちゃうな。でも、自分で決めろって言っていたし、それくらい普通だよね」
じゃあ、書類の用意をして手続きをと表情一つ変えずに告げてくる様にみな青い顔を通り越して真っ白だ。
「リヒャルドさま」
これはすぐさま修正しないといけないと慌てて口を開く。
「何。メリーアン?」
「……刑罰としてはいいかもしれませんが、一回目でそこまでやってしまったら貴重な人材は萎縮して本来の力を発揮できません。執行猶予という言葉もありますし、反省を促してそれは次回に行いましょう」
それは止めましょうと告げたら生徒会の面々が決めろと告げた言葉を撤回してしまう。なので間を取るという形に持っていき、そのような提案をする。
「そっか。やっぱりメリーアンはすごいね。じゃあ、そういうことにしようか」
その一言でこの場にいる誰もが思った。リヒャルドさまに意見を求めてはいけない。リヒャルドさまは言いなりになっているのではなく、手綱を握られているのだと。
「やっぱ、自分の意見を言うのは苦手だね」
そんな騒ぎのあとリヒャルドさまの私室で寛がせてもらう。
「以前自室を自分好みで飾っていいと言われたから希望を述べたら侍女たちが困惑してね。メリーアンに相談した方がいいと言っていたんだ」
ああ、そういえば模様替えも聞かれた覚えがある。
「……その時どのような模様にしようとしたのですか?」
すっごく嫌な予感がする。
「うん。メリーアンの私物をもらってメリーアンの絵を大量に飾りたいとお願いしたんだ」
止めてくれた侍女お見事ですと内心褒め称えながら。
「そうですね……わたくしの絵をたくさん飾られたらわたくしが『絵とわたくしどちらが好きなんですか?』と焼きもちを焼くから駄目ですね」
と軌道修正を行いながら、ああ、このまま言いなりになってもらった方が世の中平和だわ。と以前言いなりになり続けているリヒャルドさまに不安を感じたことを棚に上げて思うのだった。
書類仕事などだと意見を聞かないと計画を出した人を重箱の隅々まで問題点をあげていき、計画をとん挫させてしまう。