ある活動家の顛末 4
緒方の場合は、後悔などでは無く無念だった。彼は常に正しい道を歩んでいるから、道半ばということになるからだ。少なくとも、彼の内なる世界では。
負傷した時、彼はその原因が中国軍によるものだとは考えもしなかった。
彼等は、そもそも中国が侵略を行うことなどあり得ないとする主張を、中国には勝てないとする内容に大急ぎで転換している最中だ。
だが、それでも中国軍が民間人もろとも無差別攻撃を行うかもしれない、という発想には至らなかったし、駐屯地内部からの再三の警告も無視し続けていた。
そのような非人道的な行為は、中国はしないからだ。
そんな真似は自衛隊や警察、米軍が行うものと決まっている。現実はどうであるかは、彼等にとって関係が無い。
緒方とその仲間達は、日本国や他者に対して、内心で常に何かの被害者になることを望んでいるような、どうしようもない根性の持ち主だ。
無論その本音は被害者の立場で永遠かつ無制限に、他者を非難し、自分が稼いだわけでも無い金を得ることだ。特に、国家による賠償金は、元は税金、つまりは人様の稼いだ金。そのような遠慮がちな発想は、そもそも無い。
普段は国に対して文句ばかり言っているくせに、国家補償の枠組みにだけは、世話になる気でいる。
そして、国家による暴力は、何故か緒方達が許容できる程度の軽傷に収まるはず。何故だか、彼等はそう思い込んでいた。これまで、ありとあらゆる事象を自分達に都合良く歪めて解釈してきた結果、ごく自然にそう思ってしまったかもしれない。
だが、それはついに致命的な結果をもたらし、緒方と妻を含めた仲間達は、中国大陸から放たれた弾道ミサイルのクラスター弾頭になぎ倒されたのだった。
緒方は、このような過程を経て、自らの負傷を歓んだのだ。
これで未来永劫被害者の立場にたって、国に損害賠償を請求できる。少々痛いが、そのくらい我慢できる!
彼は、希望に胸を膨らませ、横たわっていた体を起こそうとした。
だが、右腕は地面について体を支えられなかった。足を曲げようとしても、空振りした。いや、足の感覚が無い。
不思議に思った緒方は、右手を見た。肘から先が無くなっていた。何かにもぎ取られたように、血管と骨が中途半端に残っている。鼓動と同時に血が噴き出ていた。
驚いた緒方は体を再び起こそうとしたが、やはり足の感覚が全く無く、出来なかった。
彼は恐る恐る、首を起こして、足を見た。両方とも腿から先が無くなっていた。右足は近くに転がっている。そんなの聞いてない。
現実を認識すると同時に、痛みが一気に増してくる。
緒方は世紀末のならず者のような悲鳴を上げた。
そこで彼は、ようやく隣に居たはずの妻に助けを求めることを思いつく。
だが、左に居た妻は一足先にこの世から消えていたのだ。
彼女は、緒方を恐ろしい形相でにらみつけたまま、口から血を吐いて死んでいた。
混乱した彼は再び悲鳴を上げた。
「誰か助けてくれ!」
だが、彼の仲間は負傷するか、負傷者を置き去りにして逃げ散るか、死んでいた。
駐屯地から救助隊が駆けつけた時には、緒方は喋ることも出来なくなっていた。血を失い過ぎたのだ。
自分を除きこんだ「自衛隊」が首を振って立ち去った時、緒方は助からないと知って絶望した。
(そんな、ようやく自分の人生は上向いたというのに、こんなところで死んでしまうのか?誰を訴えたらいいんだ!?)
彼は、歪んだ人生の本音。優秀な弟への嫉妬を最後の最後に思い出した。
(ちくしょう!なにもかもアイツのせいで!両親に依怙贔屓されたアイツが!無様に社畜人生を送ったはずが、汚い手を使って金持ちに婿入り!あまつさえ、あの田中総理のお近づきになってる!間違ってる!俺がここで死んで、アイツが勝ち組なんて!この世の全てが間違ってる!くっそ。税金泥棒どもめ、俺を助けろよ!)
かくして、緒方の人生は、嫉妬と怨念の中、出血多量で終わっていく。
緒方は知らなかったが、彼の人生と人格を歪めた弟の緒方政務担当秘書官は、彼の想像したような輝かしい現在を歩んではいない。
財務官僚として就職。さらに良家に婿入りしたまではいいが、中国のハニートラップに引っかかったのだ。不倫という弱みを握られ、その後は言われるがまま財務省を退職。再起した田中の会社に飛び込み、以来、田中の右腕に近い存在となって官邸中枢に食い込んでいた。それなりの成功に見えて、その実はSONのリーダー澤崎と同じく、中国に弱みを握られ、顔色を伺って生きているだけ。
そんな弟の人生の実態を知ったなら、兄は心から祝福しただろう。
だが、二人は絶縁していた。緒方も親族が田中の関係者だなどと、仲間内にそれだけは喋ろうとしなかった。
仮に兄弟の関係が、一般的なものだったなら、お互いちょっとずつ助け合うだけで、二人の人生は全く違ったものなっていたかもしれない。
生き残った緒方の仲間達は、目の前の宮古駐屯地が燃えているのに、駐屯地から無差別攻撃されたと主張。その後の行動の根拠としていく。
そして、彼等こそが、宮古島の新たな支配階級となるのだ。そう、久米未来と澤崎をリーダーとする琉球人民共和国の。




