ある活動家の顛末 3
意外に、人は命の危険に晒されでもしない限り、自分の行動を後悔することは少ない。
困難な状況、間違った選択の最中は、後悔する余裕も無く、ひたすら状況に流されるだけになりがちだ。
後悔するのは、その状況を脱し、落ち着いてから。
そこでようやく自分を省みる。新たな状況と以前との落差に衝撃をうけるかもしれない。そして「何故もっと早くこうしなかったのか?」「なんで、あんな状況に拘ったのだろう?」「なぜあんな馬鹿な決断を?」と、失った時間と機会、そして自分の判断を悔やむのだ。
当然、そのような状況から抜け出すことが出来なかった場合は、悔やむ機会も得られないだろう。
それどころか、他人から見れば「こうすればいいのに」と、簡単に指摘できるような状況を、最善だと信じたまま終わるかもしれない。
緒方家の家族に当てはめると、長男は前者だ。
彼は、毒親というほどでは無いが、ろくでもない父親に振り回されていた。それどころか2世活動家として人生を棒に振る運命が待っていたのだ。だが、彼は果敢に運命から脱した。そこで、初めて自分の足で立って歩き、貧しいながらも妹との生活を安定させたのだ。そして「なぜ、もっと早くこうしなかったのだろう?」と後悔したのだ。
彼の後悔は、母親を自分の新たな生活に呼び込めなかったことで、より深くなる。
何故、高校の内に家を出なかったのか?
もし、あと半年でも早く自立していたなら。母を救い出せていたなら。彼女を愚かな父の巻き添えで死なせずに済んだはずだ。
緒方本人は、当然後者だ。
そして、緒方の妻は、両者の中間というところだ。
緒方との離婚という決断を下したにもかかわらず、行動は未だに緒方と共にしている。人によっては彼女の行動を中途半端なものとして非難したかもしれない。
緒方と離れた新たな生活を手に入れることは、ついに無かったわけだが。
だがもし、彼女が、そのような機会を自立した長男と得ることがあったなら。
やはり「どうしてもっと早くこうしなかったのだろう?この30年はなんだったのだろう?失ったもの、得られるはずだった降伏。そういったものを、あの愚かな男と、政治ごっこ趣味のろくでもない連中に返して欲しい!」と長男以上に後悔したことだろう。
彼女は、宮古島の美しい風景を見る度、「こんな綺麗な場所で、何をやっているのだろう?この人達は?」という思いを、夫とその仲間に対して強く思った。
彼等は自分達の主義主張を喚くことにしか興味が無い。
楽園のような景色の中で、ひどく場違いな連中と一緒にいることに心底うんざりした。だが、何故か「これが最後だから」と律儀に自分に言い聞かせ、徹夜の宮古島駐屯地前での抗議活動に参加してしまったのだ。
緒方と長年連れ添っただけあって、彼女には心底お人好しな部分があった。
緒方の妻は、いい加減齢だから、徹夜の屋外でのシュプレヒコールだの、座り込みだのは体に極端に応えた。駐屯地内部および正門前に出動したものの、数が全く足りない警察からの退去を促す放送が繰り返される。
その内容は切実かつ誠意に溢れるように彼女には思えた。大半の連中は、もちろん鼻で笑っている。彼女は、忠告を聞き入れて退避した方が良いと思ったが、またして決断しきれなかった。周りに居る連中は、逃げたら後で何をしてくるか分からないような連中だからだ。
こうして、ついに彼女はいくつもあった、生存への途を閉ざし、9月10日の午前4時を迎える。
クラスター弾の嵐に襲われた時、そこでようやく彼女は凄まじい後悔に襲われた。
ここに至るまでの、ありとあらゆる決断を悔いた。
体を無数の断片に貫かれ、肺が自らの血液で満たされる苦痛の中で「こんなところで死にたくない!」と、強く思った。
そして、自らの運命を招いた夫を呪った。首を絞めたいくらいだったが、彼女にはその時点で、そうすべき腕が無くなっていた。




