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沖縄・台湾侵攻2025 Hard Mode --Continue  作者: しののめ八雲
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選挙演説

会場に戻った澤崎は冷めた目で、会場のプロジェクターに移された「田中学」の選挙演説動画を眺めていた。


モニターに映るのは、50代の男。これと言って特徴の無い体形に、頭髪はクセのある七三分けにしている。


「私の名前は田中学と言います!いい名前でしょう?何と言っても、小学1年生でも書ける漢字だけで出来ているんです!」

総理となるであろう、田中学の選挙演説は、このセリフから入るのがお決まりだった。


「でもね、最近の若い人達のキラキラしたお名前を見るとね、かっこいいですからね。羨ましくなる時もありますよ!特にね、うちの会社で面接する時にね、思わず「いいお名前ですね!」って言っちゃうくらいです。ああ、私、しがない服屋を営んで糊口をしのいでおりますもので、一応社長でして。」

ここで聴衆から笑いが起きるのも「お約束」だ。10年に満たない短期間で、自社を年商数千億単位のアパレルメーカーに押し上げたのだ。糊口をしのぐとは控えめに過ぎる表現だった。


「まあ、それが何でわざわざ政党を立ち上げたかというとですね。その「若者」のためんなんですよ。私も30年前の若い頃は、サラリーマンでした。でも皆さんご存知の通り、この30年の間に若い人達の給料は伸びていません。それじゃ困るんですよ。正直、若い人達がウチの服買ってくれないですし。ああ、本音出ましたね。」

(ここでも笑いが起きる。)


「給料が上がらないのにですね。正直、真面目に働く方がどうかしてますよ。でも、日本の若者は優秀で真面目だから、下手したら「サービス残業」なんてしちゃうじゃないですか。日本の経営者は、その若者達の献身に、何年も何年も胡坐をかいて会社を守って来ました。その結果、自分達の首を絞めてるんです。

諸外国と比べて日本人の給与が伸びず、購買力が下がって結局自分達の会社の売上が伸びないんです。でもね、私の知り合いの経営者連中はどうせこう言ってます。「悔しければ、自分で会社を興せ」と。まあ、実際私は会社を興しましたけど。

世の中の会社は多分、殆どがこうです。働く若者は「頑張っても給料に反映されないから頑張るだけ損」。経営者は「下の奴らは文句ばかりで、手を抜いている。悔しけりゃ、自分で会社を興せ」。これでは経営者と社員との信頼関係なんて無くて、会社が伸びるわけがないんですよ!」


若い聴衆に大きくうなずく者が多い。


「私の会社は御存じの通り、よそより給与を伸ばすことに努力してきました!おかげ様で、就職人気で断トツ一位です!他の会社の方々はあれこれ言い訳してますけど、やろうと思えば給料は上げられます!なんでまた給料だけ低い基準に合わせて横並びにしちゃんだろうって、ムカつきますよね!

でも、私の会社だけ頑張っても限度があります!他の会社さんにも、給料を上げる努力をしていただかないと!そのためには政治を変える必要がある!ですから私は、自分の政党「生活新党」を立ち上げたんです!我々の目的はただ一つで、日本人の給料をちょっとだけ上げることだけです!そしてもっとウチの服を買って頂きたいんです!」

ここで笑いと拍手が起きた。


「本当はね、私がここまでやる必要はないはずなんです。だって、日本には一杯政党があるじゃないですか?でも、どの政党も、与党もそんなに期待されていませんよね?与党なんて老人ホームの入居者が支持者の大半ですよ、多分。

誤解しないでいただきたいのは、私は総理も含めて、現与党の方々は本当に良くやってると思うんですよ。日本にはいいところがたくさんあります。社会制度は整っているし、治安はいいし、何より平和だし、これは現与党の素晴らしい実績だと思います。あと、これでもう少し給料に希望が持てたらな、本当にそこだけなんですよ!そこだけが現与党に欠けていて、それが30年皆さんが我慢しても変わらない!もう我慢も、仕組みを変える努力も、出来ることは下の立場の人達はやり尽くしました!もう、上が変わるしかないんです!」

また拍手が起きる「そうだそうだ!」という声も加わる。


「ただ、私達は他の野党さんとはやり方が違います!だって、それじゃ選挙で勝てないことは分かっているじゃないですか?正直、野党の皆さん勝つ気あるのかな?何考えてるんでしょうねって思いません?」

また笑いが起きる。

「特にね。どことはいいませんけど、駅で朝っぱらから、与党の文句ばっかり言ってる政党あるじゃないですか?若い頃なんか、朝通勤する時によく眺めてましたけど、正直聞いててイライラするんですよね?皆さん、そう思いません?」

田中の言葉に失笑が起きる。

「もうね。国民虐めだのなんだの。なんで被害者ヅラしてるのかな?それでも与党を支持している方は大勢いるんですよ?じゃあなんですか?与党支持の方々は自分を虐めて喜んでる変態さんですか?しかも、選挙で負けるたたびに、あの捨て台詞というか、決め台詞。「私達の主張が国民に理解されなかった」。アレもね、ムカつきますよね。自分達は正しいのに、国民がアホだから選ばれなかった。いっつも失礼な言い訳ばっかりしてますよね。正直、若い頃からなんぼ貧乏しても、この人達だけには投票したくないって思ってました。だから、選挙には勝ちたいけど、この人達とは絶対協力しません・・。ああ、いっけない!私あんまり他人の悪口は言いたくないんですけどね!」

また笑いと賛同が起きる。


「もう一度、言います!私は現与党を大変高く評価しています!でも、みなさんの給料だけです!本当にそこだけなんです!そこだけが不思議と出来ないんです!みなさん思いません?これで給料に希望が持てたなら、日本という国に文句は無いのになって?」

大きな拍手が起きた。


「だから、私達は、政権を「奪う」なんて考えていません。3年だけでいいです!「貸して下さい」と!皆さんの給料を上げる段取りさえ出来たなら!政権をお返しします!第一私達は、他の政策や政府のお仕事に詳しくないんで、連立組むしかないですしね!それに皆さんの給料が上がれば、税収も増えるわけですから、多くの政策上の問題は解決するんです!もう、これ以上税金の使い道で、削る余地なんかありません!まあ、なのにウクライナの支援や、米国の型落ち兵器に金使ってる場合かなとは思いますが(笑)」


そうだ!そうだ!という声が上がる。


「勝つために、まず私はお約束します!私達が政権をとったなら、まず、国民一人あたり25万円の「生活支援手当」を支給します!例外はありません!4人のご家族なら100万円です!!バラマキと言われますが!ええバラマキです!だから、普段選挙に行かない方々にも、これだけは訴えます!我々に投票するだけで、100万円手に入りすよ!と。そのあと3年くらい我慢してくれたら、給料上がります!我々が「国民生活支援庁」を作って、私の会社のように、給料を上げられる仕組みを、日本中の企業に浸透させてみせます!それに私は氷河期世代です!私は運よくいい暮らしさせてもらってますけど、同世代は理不尽な目に遭って来ました!私は同世代の方々にも、そろそろいい目を見て頂きたい!!だから、我々「生活新党」にあなたの1票を、どうか入れて下さい!与党を支持されている方にも、5年後には与党に政権お返しするので、どうか一度だけ我々にチャンスを与えて下さい!」

大きな拍手が起きる。

「私にとって政治家は、目的を叶えるための手段です。政治家になること、政治家でい続けることが目的じゃないんです。約束通りに皆さんの給料があがったら、私は政治家引退して、服屋の社長に専念します!」

今度も大きな拍手と喝采が送られる。


以上が、田中の演説の基本パターンだった。

必ずしも、演説が受け入れられた結果というわけでもなかったが、生活新党は無党派層の支持を開拓することに成功。実に設立当初の支持率1.5%から、20%まで無党派層からの支持だけで上昇させた。さらに連立を組む予定の野党の支持率で10%。スキャンダル続きで、支持率が40%を割り込んでいた与党の支持層を、10%近く切り崩して取り込むことにも成功していた。

こうして、田中学の生活新党と協力する野党は、与党の支持率30%前半に対して、40%近くの支持を集めて逆転。選挙結果でも与党に対して勝利したのだ。

普段政治にまるで興味が無い層にとって、「投票するだけで25万円」は受けたのは確かだったが、多くの政治評論家や当の政治家達にとっても、想定を裏切る劇的な結果となり、衝撃的な政権交代が発生したのだった。


その背後の事情を、澤崎はある程度察している。暗い気持ちで彼は思う。

(呑気なもんだ。日本がどうなっても知らねえからな・・・。)

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