上下関係
那覇市内のとある中華料理店
SONのメンバーが、選挙の勝利を祝って打ち上げを行っていた。
会場は、メンバーの1人である、中国人留学生の李の知り合いが経営している店だ。
だが、留学生とされる李の正体は、中国人民解放軍参謀2部に所属する工作員だった。
当然偽名で、年齢も30代を超えている。
普段はカタコトの日本語を喋る、気のいい留学生を演じている。だが、完璧な日本語を操るし、その本質は冷酷無比かつ悪趣味だ。
店のバックヤードは、工作員達の拠点の一つとなっており、通信器材や武器が秘匿されている。
SONの表向きの代表は澤崎だったが、実質的にSONを動かしているのは李だ。澤崎は中国側に弱みを握られて、脅迫されながら動いているに過ぎない。
選挙の結果、政権交代が起き、「生活新党」を主体とする連立内閣が成立する見込みだった。
次期総理は生活新党代表の田中学になるだろう。
沖縄選挙区においても沖縄県知事に近しい、前田という大学教授が当選を果たしている。彼はSONや、久米らのNPO群の思想的を支える存在でもあった。
内心の苦虫をかみ潰して、開会の挨拶を済ませた澤崎は、主役を未来に渡してバックヤードに引っ込んだ。
SONは最近急速に環境保護サークルとしての擬態を解き、実態としての反政府組織に移行しつつある。
その中で李に脅されながら、心にも無いセリフを吐き続けるのは、澤崎にとっては苦痛でしかなったから、未来が代わってくれるのなら、ある意味有り難かったのだ。
実際10代ながら、選挙の応援活動を相当な馬力で未来は仕切ってみせていた。ローカルニュースで取材を受けるほどだ。
その過程で花と加奈子以外にも、数人のメンバーが未来に「ちょっと口答えしたり」「男子に人気があって気にいらない」という理由で追い出されていた。
(それにしても、あのデブ一体どういう高校生活を送ってたんだ?久米のおばさん、娘にどういう教育をしてやがった?)
バックヤードに引き上げる澤崎の背に、未来の「これで日本の未来が変わります!皆さんのおかげです!」という声が降りかかる。
(そんなわけねえだろ・・・。十中八九、ろくでも無いことになる。。。)
部下と共にモニターで会場の様子を眺めつつ、本国からの通信を処理していた李は、バックヤードに入って来た澤崎に気付くと、淡々と話しを始めた。
ちなみにバックヤードは「金庫がある」という理由で、セキュリティカードと生体静脈認証による厳重な施錠がされている。SONでパス出来るのは、澤崎だけだ。
「久米の娘は期待通りに働いてくれた。だが、多少調子に乗り過ぎだぞ。貴重な「戦力」を気まぐれで使い捨てにされては困る。八木花なんかは勿体無かったぞ。もう半年も「教育」出来ていたら、優秀な人間ドローンになっていたかもしれんのだ。SONのリーダーは君なのだ。久米の娘にやり過ぎないように、きっちり釘を刺しておけ。」
「聞く耳なんか、アイツにあるか?リベラル連中は、批判や指摘を「攻撃」と受け取るのは、アンタらも良く知ってるだろ?アイツの中では「正当防衛」だぜ?第一、俺からSONを久米に引き継いだ方が、アンタらにとっても都合がいいんじゃないか?」
「つれないこと言うなよ。長い付き合いじゃないか?君にはもっと大きな「顔」になってもらう必要があるんだ。ここで降りるのは無しだ。」
澤崎にはSONを未来が主導するなら、自分は用済みになって、中国の呪縛から解放されるかもしれない、という淡い期待があった。
だが、あっさり李は否定してみせた。中国側は澤崎を骨の髄までしゃぶって使い倒すつもりなのだ。
「・・・日本の選挙を操作してまで、何企んでんだよ?アメリカとケンカでもするつもりか?」
「・・・。」
李が澤崎の問いには答えなかった。代わりに酷く悪趣味な笑みを浮かべる。澤崎の気分が悪くなるほどだった。
耐えられなくなった澤崎が顔をそむけると、再び李が喋り出す。
「・・・それにしても、日本におけるリベラルの組織というのはどうなっているんだ?ちょっと逆らったり、モテるからといって、追い詰めにかかるとは、冷酷にも程があるんじゃないか?」
それを聞いた澤崎は、捨て台詞を吐きながら、李に背中を向けてバックヤードから出ようとする。
「逆らったヤツを許さないのは、アンタら中国も似たようなモンだろ。俺らは、いきなり学生を戦車で轢き殺したりはしてないぜ?」
その瞬間、空気が変わった。
「澤崎くうん?」
「!?」
次の瞬間、澤崎はすさまじい力で、李に胸倉を掴まれ、壁に押し付けられた。シャツのボタンが弾け飛ぶ。
細身の李だが、目立たないように体は鍛えてあるし、過酷な訓練を通過してもいる。
素人の澤崎には抵抗する術が無い。
「君は時々調子に乗り過ぎる。君の母上を飲酒運転の果てに、ひき逃げを働いた、外道な犯罪者の親にするもしないも我々の胸一つということを忘れるなよ?」
「悪かったよ。離せよ・・・。」
「それとだ、偉大な我が中華民族と世界の癌細胞である貴様ら日本人ごときを、二度と一緒くたにするな。・・・殺すぞ。」
李は右腕一本で澤崎を締め上げ、左腕にはいつの間か取り出した、プッシュダガーを手にしていた。それを澤崎の眼前に突き出している。
今にも本気で澤崎の眼球を抉り出す勢いだ。
「・・・済まない。私としたことが、つい興奮してしまったようだ。」
李は澤崎を開放し、プッシュダガーをしまい込む。
澤崎は首を抑えて、せき込んだ。
「君も言葉には気を付けるんだな。大事な体なんだ。不用意な言動で、自分からケガをすることは無い。分かったら、いつまでもこんなところでサボってるんじゃない。さっさと場に戻れ。久米の娘は過激だが、ヤツに同調出来るのは結局は少数だろう。SONが数を減らしては元も子もない。規模を維持するためには、「優しい」君の方がリーダーには適任なのだ。」
どうにか体裁を整えた、澤崎だったが李に締め上げられた時に、シャツの第一ボタンが外れていた。
会場に戻った彼を見つけた仲間達は、それに気づくと笑いの種にする。
ニコニコしていた澤崎だったが、内心は李を「いつか殺したい」という思いで一杯だった。