里帰り。あるいは内ゲバからの生還。
決定的だったのは、SNSを巡るトラブルだった。
SONメンバー達が言うところの「ネトウヨ」界隈に、SON内部で「虐め」「内ゲバ」が発生しているという情報が拡散した。
誰かが、久米の行為をリークしたのだ。
久米はすぐに犯人捜し、いや、決めつけを行った。
「八木さん、あなたでしょう?ネトウヨ共に、わざわざ非難材料を与えてどういうつもり?私はあなたのミスに指摘は行っているけど、そもそもミスをするあなたと中村さんが悪いんじゃない?それを被害者面して、SNSにリークするなんて、腐ってるわね?」
サークルメンバーの集まる、部室で久米は花と中村を詰めだした。
「ちょっと待ってよ。私がやったって証拠なんか無いでしょ?何で決めつけるの?」
「母から聞いてるわ。あなた、高校の時もSNSでトラブル起こして、それで東京に居ずらくなって沖縄に逃げてきたんでしょ?またやったとしても、おかしくないわよね?」
「お母さん?久米さんが・・・?」
花は久米の母、久米和子のことを心酔と言っていいほど尊敬していた。だから、久米の母には、高校時代の花の黒歴史を告白していた。だが、いくら娘とはいえ、花のプライバシーの中でも最もデリケートな部分を、久米の母はあっさりと喋っていたのだ。
何よりそのことがショックで、花はそれ以上、何も言えなくなってしまう。
「黙ってるの?黙ってるってことは、認めたってことね?とりあえず、ここから出て行って頂戴。」
部室を出ると、中村が駆け寄ってきた。
「花ちゃんごめんね。私の巻き添えにしちゃって・・。」
「ううん。中村ちゃんは悪くないよ。私に考えがあるから任せて。」
花は大学生にもなって虐めに出くわすとは思わなかったが、だからこそ負けるわけにはいかないと思った。
サークルメンバーは澤崎も含めて、久米未来の母に気を使っているのか、娘である未来の仕切りや、二人に対する虐めに「我関せず」だった。
花はその未来の母、和子のことはまだ信じていたから、澤崎がアテにならない以上、和子に窮状を直接訴えようとしたのだ。
和子ならば、きっと娘を止めてくれずはずだった。
だが、花の期待は見事に裏切られた。
大事な話があるとの花の申し出に、和子は時間を空けて、NPOの事務所で待っていてくれた。
「いらっしゃい、花さん。選挙活動頑張ってるみたいね。未来はちゃんとやってるかしら?」
「その・・。未来さんのことでお話が・・・。」
だが、花の賭けは完全な裏目に出た。
花の話を聞いた彼女は、それまで花に優しかった態度を豹変させたのだ。
「見損なったわ、花さん。未来をそんな風に言うなんて心外だわ。出鱈目もいい加減にして頂戴!」
「そんな・・・。私、嘘なんて。本当です!お願いです!未来さんを説得して下さい!」
「あの子がそんなことをするはずが無いでしょ!もうここには来ないで!貸してあげてたウチのスマホは返してね!澤崎さんにも言っておくからね!さあ、事務所から出て行って!!」
翌日、花と中村の二人は澤崎に呼び出され、SONから退会するように告げられた。
信じて、尊敬もしていた澤崎と久米和子に裏切られた形となり、花は相当にショックだった。
だが、SONを追い出されても、SNS上では「SONを裏切った」として、花と中村にその活動に賛同する者質からの誹謗中傷が続いた。
花は自分のスマホのアカウントは止められていたから、中村経由の情報だった。
解散が決まった頃には、しまいには二人は住所を特定されたのか、下宿のポストに嫌がらせをされたり、不審人物に尾行されたことすらあった。
花はこの段階で、東京の母に相談した。
母の真紀子は、珍しく相談してきた娘に驚きつつ、「そういうことなら、いったん東京に帰ったら?警察に相談しても、手遅れになるかもしれないし?」
と言ってきた。正直、そう言われるまで、花はその程度のことにも気が付かなかったのだ。それほどまでに花は追い詰められて、余裕をなくしていた。
選挙が近づく中、花は中村に東京に帰ろう(彼女も東京出身だった)と持ち掛けた。
「・・・。うん。そうだね-。花ちゃん、でももう私、沖縄に居たくないよー。怖いんだ。」
「うん、そうだね。もういっそ、大学辞めちゃおっか?私と一緒に。虐められた方が逃げるのって、おかしいけど。二人でやり直そう?」
「ごめんね花ちゃん。でもありがとう・・。そうしようか。」
大学を辞めると真紀子に伝えた時、母はむしろ喜んだ。SONについての良くない噂を聞きつけていたからだった。そんなものに花が入れ込むくらいなら、今のうちに大学を辞めてくれた方が、遥かにマシなのだ。
冬に行われた選挙の結果、政権交代が実現した。SONが応援していた、野党系の候補前田は見事当選している。
歓喜に沸くSONメンバーの中に、既に花と中村の姿は無い。
那覇空港を出発する時に、SONの小田という男が一人だけ、二人を見送った。
「あ!小田っち?どうしたの?」
「・・・ごめん、八木さん。俺、君らに謝らないと。SNSに久米さんのやり口を漏らしたのは、僕なんだ。」
「そうだったんだ・・・。でも、いいよ。どうせ最後はこうなってたよ。久米は大嫌いだけど、SONの活動は信じているから、小田っち私達の分も頑張ってね!」
「本当にごめんね。結局俺も見て見ぬふりだ。中村さんもごめんね。」
「ううん。いいのいいのー。小田っち元気でねー。」
手を振って帰って行く小田の背中が、妙に小さく見えた。
冬なのに小田の背中が陽炎に包まれると、その姿が一瞬消えたように見える。
「?」
(なんだろう・・・。目の錯覚かな?)
数か月後、小田の運命を知った時。花はこの瞬間を思い出すことになる。
無事に羽田に着陸した。花は張りつめていた気持ちが、安堵に包まれるのを感じる。
「なんだろう?半年前は早くここから出ていきたかったのになあ。」
「うん、そうだね。わかるよ。」
「それにしても、あの人達どうしちゃったんだろう?久米が皆を変えちゃったのかな?あの子、ただの仕切り屋じゃなく、人を変える力まであったのかな?」
あの人達とは、澤崎と久米和子のことだ。つい最近まで、花は二人を心から尊敬していた。だが、今は酷く幻滅している。自分達の関係性を優先して虐めを放置し、あろうことか被害者の方を追い出した、どこにでも居る大人に変わってしまったと思っている。
「ううん、それはきっと違うよ。花ちゃん。」
「え?どういうこと?」
「変わったのは私達の方。あの人達は、ずっと前から、ああだったんだよ。」
「そう・・・。なのかなあ。」
その言葉は花に刺さるものがあった。
勝手に他人を信じて、勝手に裏切られて捨てられる。
それは、彼女の母親である真紀子が若い頃に辿った道でもあった。
(似た者親子ってことなのかなあ・・・。お母さんよりは利口なつもりだったんだけどなあ。。。)
「ありがとうね。花ちゃん。実はね、誰にも内緒にしてきたんだけど。私ね・・・。・・・中学の時にも虐めに遭ってたんだ。」
「え・・・?中村ちゃん?本当に?」
花は言葉に詰まる。中村は言葉をつづけた
「私にも問題が無かったわけじゃないんだけど。ほら、私って疑問に思ったことは、お構いなく言っちゃうでしょ?だからだったと思う。きっかけはね。」
中村にかける言葉が見つからなかった花だが、結果的に最適解だった。今は、ただ話を聞いてやるだけでいいのだ。
花は、いつのまにか、ふわふわとしていた中村の喋り方が「普通」になっていることに気付く。
「だからね。自分でも馬鹿だなあと。よせばいいのに、また同じことを繰り返しているって。
高校の時は、中学の時のことが、壁になってて、誰とも関わろうとしなかったんだ。いつの間にか、無意識に傷つかない方法を考えてたら、ああいう話し方になってたんだ。どうしても、人を警戒しちゃうの。意識して柔らかい喋り方にしないと、誰とも話せなかったんだ。変わりたくて、沖縄に来たの。SONに入って、花ちゃんにも会えて。友達も仲間も出来て、沖縄に来て本当に良かったって、そう思ってたんだけどなあ。」
「分かるよ。中村ちゃん。私もそうだったもん。」
中村が辛い記憶を吐露した段階では、沈黙していた花だったが、彼女が花に謝罪をはじめた時点で言葉を発した。
「花ちゃんを巻き込んで悪かったと思ってるんだ。私が居なければ、花ちゃんは今でも沖縄で楽しくしていたし、大学まで辞めることになっちゃって・・。」
「そんなこと言わないでよ!中村ちゃん。うまく言えないけど・・、私もいろいろやらかした方だけど、今度は正しいことをしたと思ってる。お母さんが珍しく褒めてくれたくらいだし。もっと、上手いやり方があったとは思うけど。だけどね。そんなことよりね。中村ちゃんを助けられたんだから、それだけでもいいって思うの。」
「うん。そうだね。花ちゃん。ありがとう。本当はね、花ちゃんが助けてくれて嬉しかったんだ。花ちゃんはね、中学の時の私も助けてくれた気がする。あの話し方、本当は嫌だったんだ。でも、花ちゃんのおかげで元に戻ったよ?おかげで私は変われたんだよ。」
それを聞くと、花の胸のうちに、ジワリと来るものがあった。今まではとにかく誰かに認めて欲しくて、SNSのフォロワーを増やすことばかり考えて来た。でも、それが何になったんだろう。今、中村が肚を割って、辛い過去を告白してまで、自分に感謝と信頼を寄せてくれることに比べたら・・・。
花は、誰かに認めて欲しかった。だが、SNSでのフォロワー稼ぎも、青春を捧げたつもりのSONも、今は空しい。
1人の人間を絶望から、まがりなりも救い出し、心からの感謝を受けたことは、花に欠けていた自己肯定感を満たした。
「ねえ、花ちゃん。私のことは、これから下の名前で「加奈子」って呼んでくれる?」
「わかったよ。加奈子も私のことは「ちゃん」をつけずに、「花」って呼んで欲しいなあ。」
「了解!これからもよろしくね!花!」
「うん!加奈子!」
「それはそうと、これからどうするつもり、花?」
「しばらくはゆっくりしようかな?就職をするか、バイトしてお金ためて他の大学に入り直すか・・。あー。正直、まだ考えたくないよ。加奈子。」
こうして親友になった二人は、再会を約束して、それぞれの実家に帰っていったのだ。
花は気づいていなかった。加奈子だけでなく、自分自身の運命を変えたということに。
あのまま沖縄に、SONに残り続ければ、半年後には深刻なレベルで洗脳されてしまっただろう。
もし、そのタイミングで有事が起きようものなら、花は中国によって、沖縄に対する攻撃を成功させるための、捨て駒として使い捨てられていたかもしれないのだ。
現実として、沖縄に居残ったSONメンバーの殆どは、数年以内に死亡する運命にあった。




