最悪の中の最善。あるいは祈り。
rikuzyou
後の世から見れば、中国による台湾・沖縄同時侵攻の開始まで、1週間を切ったこの時期、日米の体制は、信じがたいほど危機感に欠けていた。
殆ど何の手も打っていないに等しい。
中国軍の動きは、急速に露骨な物に変かしつつあり、台湾とフィリピンは悲鳴を上げていた。
だが、日米の首脳は、それぞれ独特の世界観を有しており、彼等のフィルターを通した世界は、未だに平穏なままだったのだ。
日本の外務大臣は、8月26日に台湾が発した声明を一笑に付していた。
中国艦隊は演習名目で殆ど台湾を包囲しつつあり、その一端は沖縄の先島諸島にかかっている。しかも艦隊には大規模な水陸両用戦部隊が含まれていたし、大陸の空軍基地には輸送機と空挺部隊が集結していた。
これは、中国がその気になれば、いつでも先島諸島に旅団レベルの兵力を強襲上陸・空挺作戦によって、投入できることを意味する。
大陸沿岸部で観測された物資と支援部隊、輸送船の集結の具合も、演習というには生々しい。
日本の置かれた状況は、後の展開を見ても、明らかに政府が存立事態を宣言し、本州から陸上自衛隊の増援を大規模に南西諸島に転移させていなければならないものだった。
部隊だけではなく、未だに不足している海上輸送力を使って、彼等の必要とする物資を、日本全国の補給処を空にして運ばねばならないから、1カ月は部隊の輸送に必要だ。
本来なら、状況の推移を慎重に見極めながら、とっくに本州からの南西方面への戦力転移をエスカレーションさせている頃だった。
だが、現実は、自衛隊は南海トラフの震災対応に全力を投入してしまっている。
無論、自衛隊は事前に南海トラフと南西方面の有事とが、同時多発する事態に対しても想定し、緻密な計画を有していた。
その計画では、陸上自衛隊の即応機動連隊、空挺団、水陸機動団と、その支援部隊は、あくまで予備部隊として待機させられる。
南西方面の部隊は、災害派遣から外れて、自衛隊本来の任務に集中するはずだった。
だが計画は、政治によって根本から捻じ曲がってしまった。
いわゆる「災害派遣20万人」体制実現のため、陸上自衛隊は上記の機動予備的に運用される部隊だけでなく、第15旅団主力を始め、南西諸島の部隊からも限界を超えた人員を被災地に派遣していた。
人員だけではない。
陸上自衛隊は、彼等の装備する、ほぼ全て車両を軽油で動かしている。
有事に備えて、駐屯地の一角に、ドラム缶に入れた軽油が備蓄してあるが、それらは災害派遣に伴う、部隊の行動と、被災地における民間の重機に対する提供によって、使い果たしていた。
補給処に備蓄してあった燃料も同様だ。
戦闘糧食についても、洗いざらい被災地に吐き出してしまっている。
災害派遣された、ほぼ全ての部隊がこのような状態にあった。
つまり、陸上自衛隊は、弾薬こそ手付かずのままではあるものの、主力のほぼ全ては災害派遣に張り付けられ、燃料と食糧等の物資を使い果たしていたのだ。
この状態では、有事が発生しても、全く身動きがとれないことは、ある程度は軍隊の運用に理解がある者にとっては明らかだった。
陸自だけでなく、海空自衛隊も、基地の要員を大量に被災地に差し出しており、運用能力が大幅に低下していた。海自は南西に展開していた艦も含め、艦艇の殆どを、被災地沿岸部での捜索・救助活動に投入していた。
ちなみに、これほどの努力をもってしても、所謂「被災地への自衛隊20万人派遣」には、程遠い。
8月27日に、現状に並々ならぬ危機感を抱いた統幕では、一種の反乱が起きていた。
濱田統幕長は発災直後、南西有事に備えた予備戦力は、最低限拘置すべきという、至極当たり前の意見をパワハラの連発で押さえつけた。そして、ありとあらゆる部隊を中部方面総監の下に編成された、統合任務部隊に組み込んでいる。そうして、彼個人の防衛大臣に対する忠誠心を満足させていた。
だが、彼の内心では、今になって、正直やりすぎたと思っている。
自衛隊の高級幕僚として教育を受けてきただけあって、中国の脅威は正確に認識していたのだ。
濱田の内心は幕僚としての判断と、防衛大臣に対する義理人情との間で板挟みとなり、結局、感情を優先させ続けていた。なおかつ、彼もまた己の失敗を認めないという、厄介な人種の一人だったのだ。
そんな濱田の下らない葛藤を無視して、統幕長室に、統合司令官、陸海空の幕僚長以下、主要な幕僚の殆どが詰めかけたのは、27日の午前9時頃。
彼等は濱田を激しく突き上げた。彼は1対1なら、これまで通り、場合によっては暴力まで用いて下からの意見を抑え込んでいただろう。
だが、統幕の幕僚達に総出で詰め寄られ、ようやく濱田は折れた。
こうして、防衛省は27日の午前、防衛大臣と田中総理に意見具申を行う。
具申されたのは、南西諸島への武力攻撃に対する防衛出動。
だが、これは全くの不発に終わる。
信じがたいことに、防衛大臣の中国軍に対する評価は30年前で止まっていた。防衛省で去年受けたレクも、馬耳東風。全く覚えていなかった。したがって、彼のフィルターを通した場合、南西での中国軍の行動は、こけおどしにすぎず、真剣にとりあう必要の無いものだ。
中国人に対する認識が、極端に甘い田中総理に至っては、必死に説明を行う幕僚に「考えすぎだよ。あんないい人達が、戦争なんて起こすわけがない」と諭す有様だった。
幕僚達は暗澹たる気分に覆われた。だが、彼等は「災害派遣の邪魔になるから」と、第3航空団及び、第8航空団主力をオーストラリアに移動させること、さらには空自と陸自の誘導弾部隊を「救援物資の集積スペースを確保」するため、最寄の演習場に移動させること。この2点を、その場で防衛大臣と総理に認めさせた。
本音は無論、中国による弾道ミサイル、巡航ミサイル、ゲリコマ攻撃の第一撃から生き残りを図ることにある。
さらに彼等は南西方面の自衛官に極秘の通達を出す。
家族を本州に「退避」させろと。
政治が肝心な意思決定を行わない中で、彼等に出来る最善は、この程度だった。
またそれは、有事の初動において南西諸島、とりわけ先島諸島の防衛を、自衛隊が事実上断念したことを意味していた。
あとは、中国の侵攻が現実となった時、国民と政治家ができるだけ早く、正気に戻ることを祈るしかない。




