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「そうそう、この時にはアンドレ兄弟も合流していたな。デュノワ伯やラ・イル、ザントライユを始め、アランソン公といった顔ぶれだ。フランスの軍は大規模の野戦ではイングランドには勝てない、などと不愉快な言われようをされていた時期がある、結構、長く、それを完全に覆してみせたのがパテーの地で行われた戦いだな。森にロングボウ兵を並べて、これはイングランド常勝の陣形だな、それを配備して待ち伏せせんとしていた所を、見事に看破して打ち破った戦いだ」
「……あ、うん」
「向こうの奇襲から戦端が開かれようとしたその時、一匹の鹿がだな、森にイングランド兵が待ち伏せしていることを知らせたのだとか、これこそ神の奇跡だ、などと言う話が出回ったが、どうなんだろうな。鹿に驚いてイングランド陣地が騒いだから奇跡とか、どうなんだ。俺はその鹿を見ていなかった。その話を聞いても、たかが鹿の動きどうこうで神の出番などあるものか、と、思っていたな。だが、ここで凄いのは、この戦いに合流していたリッシュモンだな、彼には色々とあるものの、実質的な指揮を経験豊かな彼に執らせた事は、俺たちが大勝利へ至るまでの確かな道筋となったのだ。彼はイングランドの待ち伏せを看破するや、即座に立てていた作戦をすべて破棄して、足の速い騎兵を突入させて、逆にイングランドに奇襲をかける側に回ったのだ。この大胆で機を見るのに長けた戦術眼は、生半端なことでは真似出来ない。いけ好かない男ではあるが、認める部分では認めざるを得ない。最初からイングランドの奴らの混乱から始まった戦いだが、その後も完膚なきまでに敵の作戦のことごとくを挫き、俺たちの完全勝利に終わったのだ。その戦いでもジャンヌは最前線に出るのを止めなかったな、いつ敵の流れ矢が飛んでくるかと、気をもんでもいたし、実際に何度か飛んできた時にはすべて斬り落としてやった。くく、敵陣に突入したがる彼女のおかげと言っていいだろうな、常に横にいた俺は、いくつもの武勲を上げる事が出来たのだ。何せ彼女は目立って仕方がない。首を刎ねられるためにやってくる敵には事欠かなかった」
「へんなスイッチ、入っちゃったわねえ……」
猫に呆れた顔で見あげられて饒舌に語っていた事が急に恥ずかしくなる。
「…………少し、熱くなっていたか?」
「いいんじゃないの、にゅふふふふふ」
「変な笑い方で俺を見るな黒猫」
オルレアン解放での、あの時に感じた熱。それを思い出して引きずっている。冷静にならねば。
眼前に広がるのは、パテーの地で行われた戦い。見事勝利し、勝利をもたらした者としてジャンヌが讃えられている。
「ジャンヌと会う以前、そして以後ではな、皆の顔つき、というか、目の中の光が違うのだ」
笑顔で讃える彼らだが、最初からそうだったわけではない。中には否定的で、厳しいことを言う者もいたのだ。
だが彼女の言葉を聞き、彼女の傍に長く居るにつれ、彼女を認める者や彼女の信奉者は増えていった。
……それこそ、病の熱が周囲に感染してくかのように……
「それも時を経るにつれ、いっそう過激に熱狂していく者も多く出て来た。どんな些細なことでもジャンヌが為した奇跡だと言う者もいた。いつの間にか奇跡の聖女だと認められていた。疑う者が居なくなっていったのだ。そして気がつけば、いつも、ジャンヌの語る神の言葉を信じる者たちで彼女は囲まれていた……」
荒くれラ・イルも折れて告解をしていたな。いっそ楽し気でもあったが。
どんな上手い作戦を指揮した者よりも、実際に剣や槍を持ち血を流し戦った者よりも、危険と隣り合わせの最前線に居続けたとはいえ、持ってきた旗を振っていただけの彼女が、この場で最も讃えられている。それを不思議に思う者もいない。誰もが、この勝利が彼女がもたらした勝利なのだと信じて疑ってもいない。
俺もその中にいる。
この時の俺は、蹂躙とも呼べるような大勝利に酔い、浮かれた気分になって、神を信じてみてもいいか、などと思っていたはずだ。心の底から、神を信じてみるか、と、彼女を讃える者たちの中に混じって、いつの間にか彼女を讃えていた。
「……この当時は不思議にも思わなかったが、今、冷静になって、こうして傍から見ていると、どうも、な、引っかかる。あの時の彼女には何かの奇跡、あるいは魔法と呼ばれるような力が働いていたのだろうか? 言っては何だが、俺は信心深い人間ではなかったのに……知らぬうちに俺たちは彼女を信じるような何かをされていたのだろうか? どう思う、黒猫」
「えっと、奇跡や魔法を持ち出す必要もないかな……」
俺の問いを受けて、少しだけ首をかしげ答える黒猫。
「別に、これは人が普通に持つ特性でしょうね。集団で生きる人が楽をしようとしたら、そうなる。人は他人が認めるものを認めやすい。みんなが信じているんだから、なんとなく正しいんじゃないか、とね。実際にどうかと調べる手間を惜しむ。リソースが限られているからね。そして人は肯定されたがる。認められるという、それ自体が気持ちいいことだからね。お前は間違っている、なんて、もう喧嘩の始まりよね? 当然、避ける。そして何度も目にするものを好きになる習性も持つ。何度も聞く言葉を正しい言葉だと思い込む。だから皆の意見は自分の意見になりがち。特に閉鎖された場で、こうした人の特性が組み合わさると、繰り返される周囲の意見が、壁に反響する音のように何度も何度も耳に入ってくるし、その意見を絶対的、盲目的に正しいものだと認識してしまう。これは情報の正解、不正解に関わらず、よ」
「…………」
つい遠い目をしそうになるのを我慢する。思い出した。こんな感じだったわ。軽い気持ちで尋ねた俺が悪い。
この黒猫め、わざとわかりにくい説明をしているのではないだろうか。
「軍隊というのは、多くの人がいるとはいえ、狭い世界だわ。しかも勝敗に関わる重要なことなら、何でも気にしたくなる。結果だけを見ても勝てなかった戦いが勝てるようになった、それに紐づけされた彼女をシンボルにして熱狂的に支持するのも普通だし、多くの人が認めるのも普通、認める者が大勢いる中で否定の意見を口にするのは勇気のいることよ? 心の中で疑問に思ってもなかなか口にしない。結果として見える形での否定意見は少なくなり、肯定意見だけが残って、さらに集団の意見は先鋭化し増幅されていく……」
場面が変わる。
「王の戴冠式……」
パテーの地での大勝利を受けて、ランスへの道が開いた。
ランスは歴代のフランス王が戴冠式を行う地。ここで戴冠式を行わぬ王は王と認められぬ。イングランドやブルゴーニュの支配が及ぶ地域を遠征する強引な行軍だったが、破竹の勢いで行く先々の町を落とし、ランスの町も降伏した。その翌日に開かれたシャルル王太子の戴冠式。
ここで正式にシャルル7世王となる。
いかにも神経質そうな、気弱そうな風体。誰も信じていないような、そんな目をした男。
下から顔を伺うような視線をジャンヌに向けている。
つい王に詰め寄って、何故、身代金を支払ってジャンヌを救わなかった、と問い質したくなるが、これは俺の過去の映像であったと思い留まる。
『王に喝采を!』
豪奢なマントを羽織ったシャルル王が王冠を被った直後、ランスの大聖堂の中に喝采が起きる。
型通りの喝采が終わりかけた時、頬を紅潮させたジャンヌが叫ぶ。
『神に選ばれたる、正当なるフランスの王よ! 王に忠誠と祝福を!』
ジャンヌの言葉で、先ほどの喝采よりも数倍するものが巻き起こり、大聖堂を歓声で満たす。
高く、大きく、響き渡る。
王ではなく、まるで彼女だけを讃えるかのように続く喝采に、終わりは無い。
抱擁をもってジャンヌを迎える王。喝采はさらに大きくなる。
『聖なる王! 聖なる乙女! 永遠に祝福あれ!』
神の声を聞き、王を導いた神の乙女と、聖女を抱く新たなる王。
後々の世にまで語られるであろう、神々しい場面。
栄光の瞬間。
輝かしい時間。
この時の俺は誇らしい気持ちが心の内から溢れ、目が滲んでいた。
ジャンヌの放つ光の輝きに目が眩んで……見ていなかった。
視界には入っていたはずなのに、この時の俺はジャンヌしか見ていなかった。
だから。
気がつけなかった。
ジャンヌを抱擁するシャルル王の口元に浮かぶ、張り付けたような歪んだ笑みを、引きつる瞳を。
「黒猫よ……何故シャルル王はあんな顔をするのだ……苦々しいものを見るようにジャンヌを見るのだ……彼をランスに導いたのは……ジャンヌだろうが」
「さあ?」
「さあなどと……他人事か」
「他人事ね」
黒猫にとっては、どうでもいい事なのだ。知っている。この黒猫はどんな王よりも、自由だ。
戴冠の儀式は続く。
シャルル王だけではない。時々、声を上げるジャンヌや、その度に盛り上がる俺たちを見て顔をしかめる者は、ちらほらと散見される。
「嫉妬……妬み、そういうものだろうか……」
「人気者にはどこでも付きまとう問題ね」
「やつらめ、愚か過ぎだろう。この期に及んでまだジャンヌをただの田舎の農夫の娘だと思っているのか? 王が身代金を支払わずジャンヌを助けなかったのは王の嫉妬が原因だと言う者が居たが、よもやそれが正解であったのか? 奴らめ、今まで何を見て来た。俺たちはすべての者がジャンヌに救われたというのに……」
ジャンヌが居なければオルレアンは落ち、そのまますべての領土がイングランドに飲み込まれていた。誰もが認識している話だ。
「目に見えてわかるような理屈すら理解できんとは、奴らの頭はどうなっている?」
「意見の増幅が行われた後の集団、それを他人が外から見ると、何がどうしてそうなるの? って感じることってないかしら? 人はわからないものを恐れるもの、彼女の人気が理解出来なくて白い目で見られるのも普通の流れ……てか、途中途中で声を上げて儀式の進行を止めるのは、ちょっと態度は悪いわね」
「……浮かれていたのだ、ジャンヌも、他の者も」
言い訳にしかならないが、悪意は無い。
ありえないとされていた逆転を成し遂げ、行く先々で勝利に次ぐ勝利。奇跡だ神の加護だと酔いしれるのも仕方がない。
ちょくちょく儀式の邪魔をして王に掛ける言葉も、皆の心の底からの祝福であり、また喝采なのだ。
兜から覗く俺の視界の中、ジャンヌが叫ぶ。
『王に神の加護をーっ!』
『おお!』
つられて他の者が叫ぶ。
『そして救国の英雄たちに! 勇ましき聖女に! 戦乙女ジャンヌに神の祝福を!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!』
頬を紅潮させて祝福を受けとるジャンヌは、この先に自分に待ち受ける運命を知っていたのだろうか?
場面は変わる。
『何故、俺とジャンヌを引き離すのだ!?』
『親愛なるジルよ、我が信頼する親族よ、そなた、あの女に入れ込み過ぎではないか?』
『入れ込んでなどいないっ!』
『……いやいや……いやいやいや……いやいやいやいや……』
戴冠式の後に行われた、イングランド、ブルゴーニュが支配するパリの町への行軍、攻略。
それに失敗、いや、シャルル王の命令で撤退をして後のこと。
この戦いでもジャンヌは手傷を負った。前に出過ぎなのだ、いつもいつも。
ジャンヌは負傷したが、それでも攻略は順調だったはず。だが王の撤退命令には従わざるを得ない。
戻って来た場でのトレモイユ伯との口論。
内容はそのまま、ジャンヌの監視を止めて彼女から離れろとの命令。
『彼女の監視はもういいのか!?』
『監視しとらんだろうが! 碌に報告もしてこないし! というか、パテーの戦いのことも忘れておらんぞ? リッシュモン元帥をアレに近づけるなとの指令にお前はどう応えた? 問題なく合流してしまったではなかったか』
途中から合流しパテーで暴れたリッシュモン元帥は王の戴冠式にも出れていない。
トレモイユが何だかんだと言って追い出したのだ。
不正に対して厳格で妥協のないリッシュモン元帥は普段の言動からシャルル王からも嫌われている。身から出た錆というやつだ。
『そ、それはジャンヌを守るために戦力をだな……』
『いやいやいやいや……守るとか、もう』
パテーでの決戦前、リッシュモン元帥の合流だけは阻止せよ、彼と戦ってでも、との指令はあった。馬鹿馬鹿しいとは思ったが、俺はトレモイユ伯の言葉に従おうとしていた。が、ラ・イルや他の者、特にジャンヌ本人が受け入れることを望んだので、最後には俺も受け入れたのだ。
結果としてパテーでの大勝利に繋がったのなら、何の問題もないだろう。リッシュモン元帥個人は俺も嫌っているが、それでも貴重な戦力。真の敵に向かう場面では政敵であろうがなかろうが力を合わせるべきだろうに。
『とにかくっ! もうあのま……聖女には近づくな! よいな!?』
『……くっ』
納得はいかないものの、俺はそれに、従った。
従ってしまった。
その直後へと場面は変わる。
『俺が居なくとも大丈夫か? お前は俺が目を離した隙に簡単に死んでしまいそうだからなあ。心配だ。戦場に出るなとは言わんが、もう前に出るなよ? 後ろで旗を振っているだけでいい』
『ジル・ド・レ様。今まで守っていただき、ありがとうございます。ええ、貴方様には神の加護がありましょう』
『神の加護、か……ふん、俺の身にそんなものがあるのならば、ぜひそのままにしておいて欲しいものだ。……俺はどうか知らんが、お前には確かにあったのだろうな。お前はそれだけのことを成し遂げた』
『すべては神の御心のまま、ですよ』
『神、ね、熱心なことだ。神の奴が聞いていたら泣いて喜ぶことだろう』
『神を嘲ってはいけませんよ、ジル・ド・レ様』
『そうだな……』
パリの攻略に失敗し、怪我をしてなお、朗らかに笑う彼女に憂いは無い。彼女は曲がらず、折れず、迷わない。
これが彼女と言葉を交わした、最後のやりとりだった。
この後、ジャンヌはコンピエーニュ包囲戦にてブルゴーニュ派の手によって捕らえられる。
場面が変わる。
『何故だっ! 何故、王は身代金を支払ってジャンヌを救わぬのだ!』
『色々とあるのだ、色々と』
『どんなことだっ!』
両親を亡くした俺たち兄弟を強引に引き取って後見人になった悪党、ジャン・ド・クラン。ブルターニュ地方、ナントにある城でのやり取り。
『爺様よ、兵を集めてくれ』
『集めてどうする?』
『決まってる。ジャンヌを取り戻す』
『阿保め、シャルル王は今、イングランドやブルゴーニュとの和平の道を探しておる。それを邪魔して進軍などしてみよ、我ら一族が王家の敵になってしまうわ』
『くっ、ならば金だ』
『金も出せん、我らに何の得がある?』
『くそが……』
クソ爺め、過去の映像だから触れられないが、ぶん殴ってやりたい。
広大な領地を受け継ぐ俺の血。だが実権としては金も兵も、いまだこの極悪ジジイの手の中だ。俺に出来ることは少ない。
パリの攻略失敗からコンピエーニュの戦いの間に、ジャンヌは貴族に叙せられている。
田舎の一介の農夫の娘、ドンレミ村のジャンヌは貴族姓を得てジャンヌ・ダルクとなった。
彼女の為した功績への報酬。だがそんな少なすぎるもので釣り合いがとれるものか。
『トレモイユ伯も主戦派を抑えるために動いている。今は動くな。よいな? なに、あれは神の娘なのだろう? ならば放っておいても悪い事にはならんだろうて、神が守ってくれるだろうよ』
『…………ちっ』
クソ爺の居なくなった部屋で両手を見る俺。一人つぶやく。
『……俺は無力だ』
剣を多少振れた所で何になる?
手の届かぬ場所にいる女を一人、救うことも出来ないのだ。
結局この後、俺にやれたことと言えば、ブルゴーニュの手からイングランドの手の中へと売られていった彼女を救おうと、少数の手勢を率いて中途半端に攻撃し、不様に失敗したことくらい。他にもラ・イルあたりは彼女の救出に動いていたが、やはりシャルル王が動かない限りは、他の誰も派手に動きようがなかった。
そうして迎えた彼女の処刑が決行される日。
俺は一人、危険と知りつつもルーアンに侵入する。
もしかして、あるいは、何かがどうにかなって彼女を救えるのではないかと期待して……いや、そんな妄想をして……
後悔は山ほどある。
あの時、違う選択をしていたら、と。
トレモイユの言葉を聞かず、一人の騎士として彼女の傍に居続けたなら……
あるいは、あのジジイを放逐でもして、俺が権力を握っていたなら……
炎の中にて潰える彼女の命。聖女の死。起こらぬ奇跡。姿を見せない神。
呆然と見上げることしかない過去の俺を見て、叫びたくなる。
兜を脱いで地面に叩きつけ、胸を掻きむしり、叫びたくなる。
後悔と懺悔。この世で最も愚かな者よ、と。
勝手に神に期待し、勝手に裏切られたと嘆き、神を呪った愚か者が、勝手にうち震えている。
処刑人ジョフロワがいる。青ざめ、震えている。
司教のコーションがいる。口元には、嫌な笑み。
処刑を見学する者の中には、涙を流し、嘆き、嗚咽をこらえる者も、それなりに多くいる。当事者であった時には、見えてなかったが。
処刑の途中、彼女の死を確かめたベッドフォード公が立ち去る。
すべてが終わり、灰がセーヌ川に流される。
この後、呆然としたまま帰路につく俺の前に、黒猫は現れるのだろう。そして殺される。それで終わり。それが俺の生涯。ジル・ド・レという何も為せなかった情けない男の全部。
のだが。
「……………………おい、黒猫」
「なーに?」
「いつ貴様は現れるのだ? もう終わってしまうぞ」
俺が死んだ理由を教えてくれるのではなかったか? このままでは何も無いまま終わってしまうぞ。
黒猫の横にいる俺の視界の中には、ルーアンの町を出て自分の所領に向かう俺。赤く染まる夕暮れの中、何事も無く、馬を進めている。
「まだ、よ。いないもの、この時には」
「は? 何を言う? この時にはもういるだろう。確か道を歩いていただけで斬られた哀れな猫の死骸を使って、俺と同じくジャンヌの処刑を見ていたと……」
「斬られた猫はいるでしょうね。これからよ、これから。いいから、見てて」
夕暮れから、日暮れへ。視界の中の俺は薄暗い星明りの中、呆然とした表情のままランタンの明かりをつけようとし、失敗をする。
指に火傷を負いつつも、何度目かの挑戦でランタンに火が灯る。虚ろな目をした男は先に進む。
「これは……知らない……こんなものは、無い、俺の記憶には……」
「別の世界って言ったはずよ。これは君の世界ではない。私たちが見ているのは、ある男の記憶……」
猫は続ける。言葉に抑揚は無く、感情が読み取れない。
「……後に世界中で、悪魔、と、そう呼ばれるような、男の記憶」
微かな明かりを持った、俺の知らない俺が、闇の中へと消えて行く。
「これからよ?」
暗闇の中、俺を見上げる黒猫の金色の瞳が妖しく輝いていた。
ふおお、ようやくここまできた。
知っている方にはおまっとお。知らない方は要注意。
次回、悪魔ジル・ド・レ
……表現の自由に限界はあるか?(あるにきまってる)




