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不安定な態勢を立て直すべく足を踏み出した瞬間を狙われて剣が上へと打ち払われる。そこから滑るようにして流れてきたルルの持つ曲剣の切っ先。
喉元を狙われている。
それから逃れるために上半身を後ろに倒す。俺の体勢は完全に崩された。
迫る二撃目に合わせて剣を振り、打ち合った瞬間を狙って後ろに飛ぶ。
体勢を立て直し、剣を構え対峙。
眼前には同じく剣を構える黒衣の少女。
両手で曲剣の柄を握る少女は言い放つ。
「そんな不法は通らない、ですって? 不法も何もないわ……私の事は私が決める。見たことも無い誰かが決めた法には従わない。それが私……私こそが法……私が…………ルールよっ!」
邪悪に満ちた笑顔、再び。
それはさっきも聞いただろうが。そんな気持ちが言葉になってつい口から出る。
「……おい。黒猫。何故、似たようなことを二度言った?」
「え? なんか、響いてないようだったから。反応薄いよ黒騎士さん。もうちょっと反応してくれてもいいんじゃない? なんて我が儘な奴なんだー、とか、神を気どっているつもりかー、とか、ルールと名前のルルが掛かっていたのかー、とかそういうの」
「響くも何もないわっ! 貴様が言っても、ああそうだなとしか返せんだろうが! 普段の言動を考えろっ!」
「おう……」
俺の素直な反応を受けて項垂れる少女。
何が法だ。何がルールだ。ルルめ。
法も何も、最初から気にもしていなかっただろうが。
俺の目前に猫の姿で現れた時よりずっと、気ままな猫の気質そのままに、自由に無法に振る舞っていた。その姿、まるで無人の野を行くが如し。徹頭徹尾、神の法も人の法も、全てから逸脱した存在として居続けたような奴に、今更、自分が法だと言われても、そうだな、としか感想は生まれない。くだらない。
名前のルルにルールが掛かっていたとか、尚一層くだらない。
そんなくだらないことより……
「……黒猫、ルル、貴様、剣もふるえたのか?」
少女の剣を構える姿は、言いたくはないが実に様になっている。こちらに向けた剣先がぶれることもなく、自然な立ち姿で安定している。
「ちょっと考えてみればわかる事でしょ。君の持つその剣を打ったのは私よ、そこそこは出来るわよ」
「職人と剣士を同列に語りおって……」
強力な剣を鍛えることの出来る職人ならば剣も振れるようになるとか、そんな理屈はどこにも無い。
「ま、剣を鍛える技術と剣を振る技術は本来なら別物ではあるんだけどね、物を作るうえで知っていた方が良い知識ってもあるのよ。剣を作るなら剣を扱える方が良い、とかね」
「鍛冶のついでに剣士の真似事か? 剣を握る者を馬鹿にした態度だ。剣に生涯のすべてを捧げる者もいるというのに」
「私がどれだけの時間を費やしたのか、知ってるの?」
「…………」
知らない。何も。
時の止まった灰色の世界で孤独な作業を続けていた少女の姿を思い出す。
黒い柄を持つ、磨かれた鏡面のように光を反射する剣。刃こぼれひとつもしない謎の技術で作られた神の剣。
小柄で華奢な少女の姿と剣を打つ職人の姿がどうしても重ならない。想像できない。聞いたその場では本気にしていなかった。それを言われたのは猫の姿の時だったので尚更だ。
俺の剣と同じように黒い柄を持つ先の曲がった特徴のある剣。それを握る、傷の一つも無いような白く細い指を見て、どうにも頭がおかしくなりそうになる。そんな手でまともに剣を扱えるのか?
そぐわない。
合っていない。
だが姿はその本質ではないと、俺は知っている。
「ならば……」
呼吸を整えて、
「試してみるだけ」
踏み出す。
それが中身の伴わない剣士の真似事であるのなら、せいぜい笑ってやる。
剣士の誇りを馬鹿にするなと、怒鳴りつけてやる。
一歩を踏み出す度に、集中は増していく。一瞬が無限に引き延ばされる感覚。戦闘の為の思考。
突進の勢いを利用して振り上げた剣を、突進の勢いを利用して振り下ろす。
轟雷に似た唸り声を上げて、上段から相手の体を頭から叩き潰すつもりで放った渾身の一撃。だがそれは躱される。しかしそれは折り込み済み。地面に穴を穿った瞬間、跳ね返りの力を利用して剣を跳ね上げる。肘を曲げて剣の軌道を変えて横に逃げた相手の胴を狙う。逃げ場はない。剣で受けても剣ごと叩き切る。
だがルルのとった行動は剣で受けるでも逃避するでもなく、接近。
身体と身体、頭と頭が触れんばかりに接近している。下から迫る白刃。俺の初撃を半身をずらして躱した行動が、そのまま奴の攻撃の為の行動になっている。
俺がとっさに取った行動は首を捻っての回避。真下から喉があった場所に向けて剣の切っ先が奔る。
こちらの横薙ぎの斬撃の刃は相手には届かない。近すぎる。これでは剣は振れない。
この状況で取れる選択は多くない。俺の方からも相手にぶつかるようにして接近し、剣を持つ腕の肘を相手の胸に打ち据える。だが手ごたえは無い。そこに相手の体は無い。肘打ちは空を切る。触れんばかりだった二人の距離はいくらか離れている。
強く押し込んだ分、体勢が崩れる。
だがこの程度ならば問題はない。追撃の追撃。刃は俺の躰の一部となって自在に動く。
ただ、刃が思い通りに動くとて、相手が思い通りになるわけではない。その追撃の白刃は相手の体に届く前に剣によって阻まれる。態勢が悪い。力が入らない。軌道を変えてもう一撃。だが剣で阻まれる。
躱されたらその勢いで体勢を整えようとするこちらの思惑の逆を行かれている。そういう風に誘導されている。
躱すと思って動けば剣で防がれ、剣で防ぐと思って斬撃を放てば躱される。
右へ。左へ。
こちらの攻撃は空回りを始める。このままでは駄目。一歩引いて俺に有利な距離を狙う。だが許してはくれない。相手はこちらが引いた一歩を詰めてくる。近づく相手を突き放たんとした苦し紛れの突き。それは上半身を捻って躱される。またも回避の動きと連動した攻撃。こちらの突きを躱したルルが剣を片手に持ち替えて突きを放ってくる。これでは剣を戻す時間も無い。いっそ喉元に迫る白刃を受け入れるか? 剣が喉に突き刺さった所で、どうせ死なない……
「っっなわけ、あるかぁっ!」
負けと一緒だ、そんなもの。
死にはしなくても誇りが死ぬ。矜持が死ぬ。到底受け入れられない。
強引も強引。
態勢も何もかなぐり捨てて、膝を曲げ、斜め前に上半身を倒す。首元のすれすれを通り過ぎていく相手の剣先。
即座、追撃を防ぐために相手の体に掴みかかる、ここで追撃を許せば圧倒的な不利。本来ならば腕の一本でも覚悟する所。だが、ルルは剣を振るではなく俺の腹を蹴って俺の腕から逃れ、距離を取る。腹を蹴られてさらに体勢が崩れたものの、これで存分に剣を振れる空間が出来た。呼吸一つ吐く間も与えず下から掬い上げるようにして斬撃を放つ、が、それを真正面から剣で受けて、その力を利用してさらに遠ざかった場所に逃れるルル。黒衣と黒髪がなびき、影を残して消えて行く。
ルルの立つ位置、そこは俺の剣の間合いの一歩外。
追撃の為の一歩が戸惑われる。
これでは駄目だ。激高するな。もっと静かに、冷静にならねば……
「おお……」
見学していた外野から声が漏れる。
「なんという戦いか……これが人外の戦い……」
リッシュモンの声が聞こえる。が、何を言っているのかと。こんなものが人外の戦いに見えるのか。
ルルの奴がその気になれば巨大な悪魔の姿にだって変身できるのだ。そうなればこの剣ですら刃が通らない。他にもどんな凶悪な力を持つ姿を持っているのか想像もつかない。そもそも奴は世界の時間を止められる。時間を止めて俺の首を掻き切れば、それだけで戦いは終わりだ。抗う手段など何も無い。それをしないのは奴が手を抜いているからか?
否。
奴もまた矜持を賭けているのだ。
これはルルが悪魔の姿をしていた時とはまるで違う戦い。命ではなく剣と剣。矜持と矜持。剣を振るう者として、その誇りを。
認めるしかない。ルルの奴は口先だけでなく剣を振るうことが出来る奴だ。力ある魔女は剣士でもあった。
奴が魔法を、本当の力を発揮したのなら、それはそれで俺の勝ちだ。だが奴が堂々たる勝負を仕掛けてくるならば、相応の態度でもって相手にする。剣には剣でもって返す。
だが黒猫の奴は実際に強い。どうすればいい? 奴の攻防一体の動きを封じるには……
「ぬう! わからん! あの魔女は本当に何者なんだ! 黒猫とか呼ばれているし……黒猫は奴の使い魔ではなかったのか? もう敵なのか味方なのかすらわからん!」
「本当に、何者なんだろう……さっきまで、ジル・ド・レ殿を何故殺したのか、教える教えないって口論してたのに……」
「ちょ、泣き虫さん!? 思い出させないであげて! ちょうど黒騎士さんが戦いに集中して、いい感じに忘れかけていたのに! 適当に相手してこのまま流そうとしてたのに!」
「え!? あの、え? ええ……」
ルルに名指しで怒られて狼狽する泣き虫。目に涙を浮かべている。
そうか、適当に……相手して……
「……忘れてなかったぞ」
「嘘だぞ、絶対に忘れかけてたぞ。場の勢いに流されかけてたぞ。ぷふー」
俺の言葉を即座に否定し、頬を膨らませて笑う魔女。黒猫。ルル。剣を持つ黒衣の少女。
確かに。
まぁ。
あるいは。
この場に一人でいたら。
流されていた……かも……しれん……な……
「クソがっ!!!!!」
「あら、照れ隠しかしら? ぷぷ」
雑に突進して雑に振り上げた剣は、雑に受け止められて止まる。忘れかけていた。流されかけていた。本当に。
おのれ。何度も何度も俺を馬鹿にしおって。おのれ。おのれ。
「さっさと教えろっ! 正直に話せっ! 俺の死にどんな秘密がある!? よっぽど貴様にとって都合が悪い秘密なのだろうなっ! だから言えないのだ、この約束破りの悪魔め!」
「1000年後に教えるから待っててって」
「待てるかボケ猫っ! 今、教えろ!」
連続して剣を振り、そのことごとくが受け止められて、流される。時に俺に向かって攻撃してくる剣を跳ね返しつつ言葉による応酬も続ける。
「どーでもいーことをいつまでもピーピー、ピーピーと」
「どうでも良くないわっ!」
「なんだかさー、疲れてきちゃった。ここらで休憩にしない? 甘いお菓子とか持ってるけど」
「教えろっ! 今すぐっ!」
「もっとさー、ゆっくりのんびり生きたらいいのに」
「してられるかっ!」
「いいかげん昔の事は忘れてさー、前向きに生きたらどうなの? 未来志向で行こうよー」
「どの口がっ! どの口がっ!」
「おおい、骨の道化師よ! 俺たちに出来ることは何か無いのか? ここでこうして光の聖女たるリュミエラ様に祈りを捧げていればいいのか?」
「光の聖女を自称する女か……」
「リッシュモン卿! 自称ではない! リュミエラ様は真の聖女である!」
「神の奇跡を見たのか?」
「その通り! リッシュモン卿よ、皆の者も、リュミエラ様の美しいお顔を思い出して祈るのだ」
「……顔は知らないが」
外野め、うるさい。集中力が途切れる。
「埒が明かんっ」
これでは駄目だ。雑に振るう剣ではどうにも届きそうにない。
剣を振るのを一旦止めることにする。落ち着け。冷静に、冷静に。
精神統一のための時間稼ぎ。手に持つ剣を下げてルルに問いかける。
「……黒猫よ……貴様の目的が俺を消すことなら、さっさと貴様の持つ力で消せばいいだろう。何故それをしない? 私がルール、だったか? 神のごとき力を持つ超越者め、やりたいことがあるなら好きにすればいいのだ。それに抗う力は……俺には無い……」
「あー、それは私の方の気持ちの問題なのよねえ。無理やりじゃなくて、納得して消えて欲しいっていうね」
「納得してやるから、真実を教えろ」
「じゃ、1000年後ね」
「貴様の口から出た、相手の意見を尊重するという言葉はどっからきた……」
「あははー」
笑って誤魔化そうとするルル。俺に続き、剣を降ろした少女は言葉を続ける。いま打ち込んだら届くだろうか?
「黒騎士さん。なんかさっきからずっと勘違いしているようだけど、この世界から消しにきたのは、今、まさに、君が動かしている骨の身体の方だからね」
「は?」
「この世界に歪み……私にとっての不快……汚れ……その波を生み出している根源はそれなの。君の記憶、意識……そうね、魂、でいいかしらね、使い方あってる? とにかく、黒騎士さんが黒騎士さんであるための基盤、そっちは問題じゃないから」
「魂には問題ない……俺は、そのままでいられる。俺を殺そうとしているわけではないのか」
「え゛? それ、最初からずっと言ってるけど……やっぱ黒騎士さん、一回ぐっすり寝た方がいいと思う」
心の底から呆れたという顔で俺を見る黒衣の少女。
世界から消すと言われたら殺されると思うのは……当たり前ではないのか、黒猫にとっては。
「応急処置的にイジるだけでなんとかなるというのは最初に言った通り。でも丸ごと消すのが一番楽というのも事実。そこで提案。黒騎士さん、こことは違う、まったく別の世界に転生してみない?」
「は? 転生だと? 別の世界? まったくの別の?」
いきなり何の話を始めている? 理解が追いつかない。
「そう、まったく別の世界。黒騎士さんのことを誰も知らない世界で、新しい肉体で、新しい人生を楽しんで生きてみない? 今度は骨じゃなく、真っ当な人の身体を用意するから」
「待て、何を言い出す……」
黒衣の少女は俺の言葉を待たずに続ける。
「前を向いて生きられない程の嫌な記憶があるならそれを消してあげる。辛い記憶ならば全部消してあげる。記憶の消去は時として慈悲にもなるのよ。全部記憶していたらまともな生活を送れない。人は忘れる事で人格を保つの」
「記憶……俺の死の記憶を消した時のように……」
「そうね、今度は消すだけという雑な仕事はしないわ……君の死の記憶を消した時には、記憶のある場所までの繋がりを消しただけだったのよ、それでは何かの切っ掛けですぐに蘇ってしまう、気にし続けることで再び繋がれてしまう……それじゃあ、今と一緒だもの」
だから、と続けて。
「……暴れ馬の馬車に轢かれて死ぬとか、何かそんな感じの適当な死の記憶を上書きしておくわ」
少女は続ける。
「それでもう自分の本当の死因なんてくだらないものに囚われないで新しい人生に向き合えるでしょ。あ、子供が轢かれかけた所を身を挺して助けて、とかの方がいいかしらね? なんとなく誇らしげで諦めもつきそう、それでいい? 世界は数えるのを諦めるほど存在するものだから、中には黒騎士さんが気に入る世界もあるはずよ、それこそ剣の腕が最優先で尊ばれる世界とか」
「待て、話を進めるな、理解が出来ない。は? 骨の躰だけでなく記憶も消す?」
「難しい話をしてるわけじゃないんだけどなぁ……記憶は個性を形作るもの、なるべくなら手を加えたくない場所、それでも、黒騎士さんの心が痛いなら、ジャンヌさんのことで苦しい思いをしたくないというのなら、いつまでも過去に囚われて自分の幸福の為に生きられないのだとしたら……彼女と出会う前の時点にまで遡って消してあげる。そして新しい世界で、真っ白な人間関係で、好きなように生きるといいわ」
転生。
死んで魂が天界に行き、神の裁きを待つのではなく、別の世界で違う人生を生きる。俺を知る者がいない世界で。
黒猫が出来るのと言うのなら、出来るのだろう。
そして記憶。
記憶を消された俺は、俺と言えるのか?
「何か他に望みがあるなら聞いてあげる。全部の望みを叶えてあげるというわけにはいかないけど、一つだけなら望みを叶えてあげるわ。そういえば敵をなぎ倒す能力とか治癒の能力が欲しいとか言っていたわねえ、治癒の方は現状では難しそうだけど、敵をなぎ倒すのなら、ええとそうね、眼を開けばそこから破壊光線が出続ける、とかなら、すぐにでも出来そう、そういう能力でいい?」
「……そんな他人に迷惑な能力などいらない……」
気軽に目も開けられないではないか。孤独な人生まっしぐらだ。
「……いや、それより」
周囲を見る。
多くの人が見ている。リッシュモンがいて、ゴウベルや泣き虫がいて、ジャンヌやジョフロワがいる。食い入るようにして俺たちを見ている。
彼らの存在しない世界を想像する。
俺の生前を知る者が居ない世界でならば、俺の名を呼ぶ者が居ない世界であるなら、俺は今よりももっと自由でいられるのか?
自分の腕を見る。
黒い鎧に覆われた、骨の腕。
あの日以降、人語を話す黒猫の前で目覚めて以降、骨の躰になって以降、人に言っても信じてもらえないような体験を沢山した。多くの物を見、知り、経験した。手に入れたものは多いはずだ。
それが消える。
あったことが、なかったことに、されてしまう。
得た知識が、無に帰す。
それは、嫌だ。
なにより……
「ふざけるな……」
「ん?」
「よけいなお世話だ。消えていい記憶など何も無い」
「あら、そう?」
「それに……勘違いするな。俺が自分の死因を知りたいのは、ただ知りたいからだ。過去に囚われてはいない」
「知ってどうするの?」
「どうもしない、ただ知りたい」
「純然たる知識欲、ね。揺らされる。そういうのには弱いのよ、私がそうだから」
「なにより!」
「なにより?」
なにより。
「ジャンヌとの出会いは、俺にとっての苦痛ではない。そこだけは違えてくれるな」
栄光の日々と、苦悶した日々。今ですら痛みを伴う記憶ではあるが、放棄したいと願うほどの痛みではない。忘れて良い記憶ではない。それらを無くすのが、一番に辛い。
「なぁ、黒猫よ。短い付き合いだが、貴様の事はいくらか理解できるようになったつもりだ。その性格も、気質もだ。善か悪かで言えば、間違いなく貴様は悪だが、迷惑か迷惑でないかで言えば、間違いなく迷惑だが」
「喧嘩を売ってるのね? 高く買うわよ」
剣先を俺へと突きつけながら怒る少女。
俺に向けられるのは駄目で俺に向けるのはいいのか。そうだな、貴様がルールらしいしな。
「それでも、だ。俺はそんな性格の貴様の事が、嫌い、ではない、と、言える、ような気がする、たぶん」
「言葉に気を付け過ぎでは!? 普通に好きでいいでしょ!?」
「先ほどは勢いで貴様に罵倒を浴びせたが、俺に俺の死の原因を教えたくないのは……俺を傷つけないようにしているためではないのか?」
「…………」
黒衣の少女の表情は読めない。奴は自分の感情を完全に支配している。怒っている時は怒っていると表現したい時であり、人をおちょくっているのは、その裏に何かがある時だ。
人をおちょくって笑う時の奴は、自分が心から楽しむような時だが、俺の死の記憶に関しては、少しだけ違和感がある。馬鹿にして、怒らせて、そして目をそらさせようとしている。そこにある何かから。
「信じてくれまいか、黒猫よ」
少女の、長いまつ毛に縁どられた大きな黒い瞳を見つめる。暗く、昏く、深い闇を思わせる瞳だ。
星の無い夜空が見つめ返してくる。兜の中の髑髏の眼腔、その奥、魂にまで届きそうな視線。
「どのような真実を知ったとて、俺が黒猫を恨むことは無いと、誓おう」
剣を立て、眼前にかざす。簡易な騎士の誓い。
こちらが不安になるほど、俺は黒猫から貰っている。死の直接の原因であろうと、俺が黒猫を心の底から恨むことは無い。
磨き込まれた鏡面のような剣身に映る黒い兜。
何故それほどまでに知りたいのか?
心の内に問うたところで答えは無い。ただ知りたいのだ。それはまるで、前に進むための、儀式。
「黒猫よ、ルルよ、いつか貴様は俺に向けて言ったはずだ。考えるのを止めるなと、知ろうとすることを止めるなと、一から十まで全てを知るために足掻けと。俺はその言葉を忘れていないぞ。…………知りたい……ただ、知りたい。正しく、知りたい。ただそれだけなのだ。どんな真実であろうと覚悟は出来ている。教えてくれ。一つだけ望みを叶えてくれるというのなら、それが望みだ。俺を、信じてくれ」
いつの間にか、少女の顔から表情が消えている。
少しだけ怖気が奔るが、いまさら引けない。
表情の消えた少女から、感情の消えた声が零れる。
「私には、君の……君たちの選択がわからない。私から見て重要でない方を選択する。せっかくの望みをそんな事に使っていいの? もったいないことない?」
「それが俺の選択だ。理解されなくても構わない。人と人は理解し合えない。世界が違うから。そうではなかったか?」
「……最後よ、気にするのはやめなさい」
「やめることは出来ない」
「簡単に口で教えるだけだと嘘だのなんだの言われそうだから、教えるなら文句も出ないほど徹底的に、完璧に教えるわよ、それでも?」
「望む所だ」
「途中放棄は認めない。それでも?」
「それでも」
「はあああああ……」
深く、深く、大きく、大きく、そんな溜息を吐いて剣を肩に乗せる少女。
口の端を大きく吊り上げて俺を見る。
「それなら……見せてあげる、星に記録された記憶……」
黒衣の少女が片手を上げると、一瞬で世界が灰色へと塗り替わり、直後、闇へと。
「この世界とは違う、別の世界、こことよく似た、とある世界の、歴史を」
気がつけば、浮かぶ星々の中に、俺は浮いていた。
この作品は異世界転生物だった?
ジャンルごと引っ越ししないと……
そういえば宗教上の理由で異世界転生物の作品が放送出来ない国があるとかなんとか……この作品てば……考えないことにしよっと(ブルブル)




