81
俺と同等。
いや、ルルの口ぶりでは俺以上。
そんな地獄の鬼が三体。
虚ろな眼腔の奥に赤い火を灯して俺を見据えている。
「クソッ」
考える時間もない。手に持っていた兜を被り、即座に臨戦態勢をとる。
奴らの得物は黒い大剣、双剣、槍。
鎧も兜も黒い。光を反射して鈍く光っている。それらの武具が俺の持っている物と同等ならば、刃など通らないと思った方がいい。
「そうねぇ、期限を決めましょう。夕暮れまでの決着。その時点で、まだ、まともに動けている方が勝ちでいいわよね? そうしましょう」
三体の鬼の奥、黒衣の少女が笑う。
今がいつ頃なのか正確にはわからないが、まだ日は高い。夕暮れまでには相当な時間がある。それほどの時間が必要だとルルの奴は見立てているのか。
俺の骨の躰が「しぶとい」のは俺自身が体験して知っている。奴らもまた同じならば、決着はどういう形になる? 骨が砕けても問題なく再生が可能なこの躰にも、再生の限度はあるのか?
いや、おそらく。
それよりも先に、俺の集中力、意識が持たない。
今この時点でも眠いのだ。クソ。なんでこんなことになった。おれはただ、隠されている真実が知りたいだけなのに。
「悪魔……」
「地獄の悪魔を呼んだぞ!?」
「神の……神の使いでは……」
「大天使……堕天使……どっちなんだ……」
「何者……あの少女は本当に何者なんだ!?」
「敵? 味方? ああっ」
「地獄の軍勢がっ! 地獄から死者の軍勢がやって来るっ!」
「うあああ!?」
三体の鬼の登場によって一時は静まり返った周囲が、再び騒々しくなる。
「魔女め! やはり敵であったか! 三対一とは卑怯なり! 骨の道化師っ! いやさジル・ド・レ! 光の聖戦士ゴウベルが加勢するぞっ! 来い、泣き虫!」
「ええっ!?」
「ジル・ド・レよ! あの者は結局、敵なのか? 敵でいいのだな?」
「近づくなッ!!!」
こちらにやってこようとするゴウベルたちを声のみで留める。
おそらく、この超常の戦いに巻き込まれたら只の人などひとたまりも無い。邪魔だ。守れる確証など無い。雑魚どもは引っ込んでいろ。それらを言葉にはしない。代わりに。
「邪魔をしてくれるな。どうやらこれは、俺の戦いらしいからな。は、三対一? 上等ではないか」
「ぬ」
データ取りか何かしらんが、やってやる。ルルめ、目にもの見せてくれる。
身を屈め、剣を持つ手に力を込める。心の中の闘志に火を着け、倒すべき敵を睨みつける。
その相手は……
「ま、また場所が変わったぁ!?」
「あっ、あねさん!」
「ええと……あねさん? これはどういう……」
戦いなど知らぬとばかりに俺に背を向け、背後の少女に声をかけている。
「私の為に働いてくれる、何でもするって約束をしたじゃない? で、今がそれよ、戦ってくださいな。相手は後ろにいる黒騎士さんよ」
「戦えって……」
「いきなりすぎるっ!?」
「えっ!? わかんねぇ、何がなんだかわかんねぇ!」
俺以上にうろたえる三体の鬼……
「説明してくれ……説明をよぉ……」
「そうだそうだ!」
「ええい! つべこべ言わないの! 状況を考えて!? なんでこっち見るの? 敵は後ろ! 後ろを見て!」
察するに、碌な説明も無く働かせている。
というか、働かせようとして失敗している。
「大体ねー、こんな骨の躰になってすぐに戦えってのは、ちょっと、あねさん」
「敵て言われても、あねさん」
「基本は雑用係って聞いたんスけど、あねさん」
「後ろを見ろーーっ!」
「…………」
いつもだ。いつもの黒猫だ。
そうだ、そいつはそういう奴だ。いつもいつもいつもいつも、本当に重要な事は話してくれないのだ、大切な何かが抜けているのだ。人の心とかあるのか?
一度着いた闘志の火が急激に萎えていくのを自覚する、代わりに燃え盛るのは、怒りの火。
「話くらいまとめておけッ! ボケがっ!」
心の底からの怒声を放ち、三体の鬼に突進する。
「く、黒騎士……こわっ……こわっ……がっ!?」
一体目、背の高い鬼、突進の勢いをそのまま刺突の力に変えて、兜と鎧の隙間の首の骨を断つ。そのまま剣を跳ね上げると髑髏のついた兜ごと頭が宙に舞う。回転の勢いで髑髏と兜が離れるのを視界の端で見る。
二体目、背の低い鬼、足払いで相手の体を回転させる。体が地面に落ちる前に剣を兜と鎧の隙間に通して首の骨を断つ。身体から離れた首を蹴上げる。宙に舞う髑髏、二つ目。
「まっ……」
三体目、中くらいの背の鬼。何か言いたそうだったが気にしない。知るか。
踏み込みと同時の蹴りで相手の膝を折る。へし折れた足で態勢を崩し、前かがみになった所に剣を差し込み首の骨を断つ。黒い角突きの兜から中身の髑髏が飛び出して地面に落ちる。
首が離れて倒れゆく背の高い鬼から黒い槍をもぎ取り、振るう。一突き、二突き。宙に舞う二つの髑髏を刺して縫い留める。槍を一回転させて地面の髑髏に上からつき刺す。
地面に深々と刺さる、槍に縫い留められた髑髏三つ。
「うそぉ……秒? 秒殺? 一分持たないの?」
「なに!? なになに!?」
「死んだ! 俺死んだ!」
「ぎゃああ、また首を刎ねられて死んだぁ! ちくしょう!」
槍に突き刺さった状態でも騒々しい三つの髑髏。
やはりこの程度は死なないか。首の無い身体の方倒れ込んで地面に転がっている所を見ると、もう戦えそうにはなさそうだ。
それでも油断なく周囲を視界に収めつつ黒猫に問いかける。
「これで終わりか? 満足したか?」
「あのね、黒騎士さん、混乱中の相手に先制攻撃かまして確定首切りの三連続攻撃は卑怯だと思うの……」
「知るかっ!!」
何一つ俺は悪くない。
勝手に混乱しているのが悪い。
というか黒猫が悪い。全部。
「うおおおおお!」
「すごいっ! 格好いい! 黒騎士様ーっ!」
「黒、騎、士! 黒、騎、士!」
「フランスの英雄!」
「救国の英雄!」
「ジル・ド・レ!!!」
「ジル・ド・レ!!!」
「うるさいわっ! ジルではないと言ってるだろうがっ!」
周囲が勝手に盛り上がり声援を寄こしてくる。が、なんだ、この気持ちは。誇れない。誇らしくない。先ほどのアレは戦いとも言えない、茶番ですら無い、なんだ、これ。
「ふふ、黒騎士さんたら、もう勝ったと思っているのかしら? まだ戦いは終わっていないわよ? 彼らが負けを認めたわけじゃないでしょ? 不死の戦士同士の戦いは相手の動きを完全に止めない限り、戦いは続くの。さあ、あなたたち、あなたたちに与えたその身体は、その程度の攻撃ではやられない丈夫な身体、首が無くても身体は動く、さあ立ち上がりなさい!」
「来るか?」
「無理ですあねさん!」
「負け! 負けましたーー!! 今、俺、どうなってるのー?」
「たすけて……たすけて……」
「…………」
「…………」
「……………………さあ立ち上がりなさい!」
「鬼かっ!?」
地面の上で藻掻く、黒い鎧に包まれた三つの首無しの躰を見てると、もう居たたまれない。哀れ過ぎて俺の方が泣きそうになる。
「はあー。しょうがないわねぇ。じゃあ負けで良いわ。あなたたちも、今度はちょっと落ち着いた場所で、お話、しましょう」
「ひっ」
「あわわ」
「何、今度は何され……」
黒衣の少女の昏い瞳に睨まれて怯える髑髏。
闇が溢れ黒煙となって、三つの躰、槍に刺さった状態の髑髏たちを包む。黒煙が消えた後には、もう何も無い。
「どっから拾ってきた、あの……鬼……ポンコツは」
地獄の黒鬼兵だのなんだと人をさんざん脅しおって。出オチもいい所ではないか。
「素材ならパリで」
「素材だと……」
素材。パリ。死者の町。三人の男。背の高い男と低い男と、中くらいの男。
闇の中に沈んでいった、三つの死体。
俺が殺した、三人。
「……まさか」
あの鬼どもは、人の居なくなったパリの町で俺たちを襲ってきた悪人どもだ。その成れの果て……
奴らの死体を使ったのか? 生き返らせたのか? 今の俺と、同じように……
黒猫よ……
つぶやく声に力は籠らない。
「元々は私の仕事の手伝いをする予定だった黒騎士さんに、補助役としてつけてあげようとしていた人たちなんだけどね」
「黒猫……」
「その話がご破算になったので出番が無いまま行き場を失っていたんだけど、ここで使えるかと思ってね。けど駄目そうねぇ、反骨精神が無いわ、骨なのに」
「黒猫……」
「身体の性能だけ上げても、それを使う者次第でこうまで違うかと。黒騎士さん、期待させてしまって御免なさいね」
「黒猫……」
「戦いたいんでしょ? 黒騎士さん。思いっきり剣を振るってもいい相手を探していたんでしょ? 戦うためには敵が必要なわけで。君の相手としてちょうどいいくらいに調整したつもりなんだけど、失敗だわ。強すぎても駄目、弱すぎても駄目。中も外も。まー今回は特に論外だったけど。いやぁ、難しいわねぇ、ぎりぎりのせめぎ合いを演出するのも」
「黒猫っ!!!!」
大きな声で発言を遮られたルルが俺を睨む。俺の恐れた昏い瞳だ。
「……何度言わせる気かしら? いきなり大声を出さないで」
「俺も前に言ったはずだ、死を冒涜するなと、人の魂を弄ぶようなことをするなと」
「魂、ねぇ。色々と考えていたんだけど、しっくりくるものが無いのよねえ。魂とは何か、知っているなら黒騎士さんが教えてくれないかしら? 魂って、何? 観測が可能なものなの?」
「魂は……魂だ。あるだろうが、人には」
「私にも?」
「当たり前だ」
「それはどういう理屈で?」
「そんなものは……こうして話が出来ている……受け答えしているではないか……貴様には意思、意識がある」
「意識があり話が通じる相手には魂がある、と」
「そうだ」
「なら、眠っている時には魂が無いの? 会話出来ないよ?」
「揚げ足を捕るな、眠っている時は眠っている時だ。起きれば普通に会話が出来る」
「声帯模写をする鳥の話は知っているかしら? 想像して? ものすごく上手に人の会話の真似事をする鳥には魂がある? ない? 人の魂よ?」
「それは……無い。鳥はどこまでいっても鳥だ。人とは違う」
「その鳥が声や会話だけでなく人の姿をしていたら? 違和感なく受け答えする人、いわゆるごく普通の真っ当な人にしか見えない鳥に、人の魂は宿るのかしら?」
「……鳥は鳥だ。そもそもそんな奴はこの世に存在していない」
「人の言葉を喋る黒猫なら? 喋る骨なら?」
「…………」
目の前にいる。いや、いた。
喋る黒猫も。
そして俺も。
「それこそ、だ。俺の存在こそが魂が存在するとの証明になる。俺はこうしてここに居て会話をしている。黒猫よ、俺に人の魂はあるか?」
「知らないわ。けど、黒騎士さんが自分を認識しているのはそういう記憶に基づいた認識でしかないわ。うーん、じゃあ記憶こそが魂の正体なのかしら? 魂とはどこかに記憶として記録された情報でいいの? んー、まだしっくりとは来ないわね」
貴族のジルとして生きた記憶。死んだ記憶。黒猫と出会った記憶。すべてが今の俺を形作っている。それは魂と言い換える事が出来る、のか?
…………
「うがあああっ!」
「ちょ!?」
黒衣の少女の頭をかち割るべく剣を振ったが、やはり躱される。どういう身のこなしをしているのだ。
「いきなり何!?」
「いつでも斬りかかって来いと挑発したのは貴様だろうがっ!」
「確かに! けどせめて真面目な会話中は止めて!」
「黒猫! 貴様! 何が真面目な会話だ! 適当に難しいことを言って、またもや俺を混乱させようとしいるな? 場を流そうとしているな? もうその手は通用しないと何度言った?」
「やーねー、本当に柄にもなく真面目な会話してたんだけどなぁ……けど、ふふ、そういうのが黒騎士さんらしさ、って奴かもね、黒騎士さんの魂っぽさ全開、みたいな。どう? 魂の使い方、合ってる?」
「そんな御大層なものでもないわっ! 魂の冒涜者め! 死を弄ぶ地獄の悪鬼!」
「魂の冒涜とか言ってるけどー、本人たちの意見は無視していいの?」
「なんだと?」
「彼らの意識、記憶……まぁいいわ、魂ね、それを呼び出して会話した所、雑用係でも何でもいいから使ってくれって、向こうから言ってきたのよ?」
三体の鬼の正体は俺が殺した悪人の魂を入れられた骨の兵士。
そして、俺の補助としての役割を持たされようとして生み出された存在。
「……あいつ等は……俺と同じなのだな? 死んで、殺されて……貴様に利用されている」
「ここにも見解の相違があるわね。あくまで本人たちの意思よ」
「存在が出来るかどうか、消されるかどうかの瀬戸際。それは命を秤にかけて脅しているようなものだ。そう言うしかないだろう、悪魔め」
「悪魔でもなんでもいいけど、私はなるべくなら人の意見を尊重したい人なのよねー。働かせてって言ってくる人を無下には出来ないの」
「その割には連携も何も取れていなかったようだがな!」
「あまりにも急すぎたからね! 黒騎士さんが例の彼を呼びだせとか言うから……」
「それだ! あいつはどうした!? 俺を戦わせたいならアレを連れてこい! 俺を殺した、あの悍ましい死者を!」
「残念だけど、黒騎士さんがご所望の彼は連れてこれない。彼は満足して消えてしまったから、私にはどうしようもない」
「何だと?」
消えた? 満足して?
それは、俺が最初に黒猫に言われた事、そのもの。満ち足りると、消える躰。
「それは……俺が満ち足りると消えてしまうように? 奴も、そういう存在だったと?」
「そうね」
どういう仕組みでそうなるのか知らないが、奴は奴なりの望みを叶えて、幸福の内に消えて行ったというのか? それは、勝ち逃げのようなものではないか……奴への復讐の機会は二度と無いというのか。
「何者だったんだ、奴は……いや、俺は何故殺された? 教えろ。さっきの戦いの報酬だ、約束したぞ、教えると言ったな?」
「約束だったしね、私も約束は破りたくない。うん、じゃあ教える……今から、ええと、1000年後でいいかしら?」
「は?」
「ん?」
俺から少し離れた所で、首を傾げる黒衣の少女。顔には厭らしい笑み。
「は? 1000年? は?」
「駄目よー、黒騎士さーん、誰かと何かを約束する時はしっかり期限も決めないと。教えるのは教える、だけどいつとは言ってない。だから今決めるわね、丁度1000年後ね、楽しみに待ってて」
「そ」
「そ?」
「そんな無法が通るかっ!!!」
本気も本気、大きく踏み込んで横薙ぎの一撃を放つ。が。
派手な硬質の音が響いて俺の剣は止まる。
「ふふ、剣を振るのは久しぶり。黒騎士さんを満足させる事が出来るといいんだけど」
どこから取り出したのか、黒衣の少女の手には片刃の曲刀が収まっており、俺の剣を止めていた。
「な、なんだと……」
「それに、改めまして名乗りましょうかね。私はこの世界の神では無い。天使でも悪魔でも魔女でも聖女でも無い。王でも無ければ聖職者でも無い……だけどこの世界では……」
黒衣の少女は刃の無い方に片手を当てて俺の剣に抵抗している。
どうせ躱すだろうと思いこんでいたから俺の態勢は悪い。この体勢では力を込めて押し込めない。
「私が法よ!」
そう言い放つ少女の顔は自信と邪悪さに満ちていた。
死霊の黒騎士と黒猫のルール
タイトル回収、かな
SFとはやはり言い張れなかったので微SF……
ブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます! 励みになります!




