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頭から被った毛布の中で、いつでも抜けるように剣の柄に手をかけておく。髑髏の素顔をさらさないように注意深く覗いて、こちらにやって来た3人を観察する。
老人、とはいえ、まだまだ十分に壮健に見える軽鎧を着こんだ騎士、剣を腰に薙いでいる。それと、年のころは12、3に見える少年が二人、腰にはナイフ。それに多くの荷物の括られた小型の馬を連れている。
パリの町を含めて、周辺はまだイングランドおよびブルゴーニュの支配地域。ましてやこんな夜中に出歩いて、なおかつ他者に声を掛ける者にまっとうな者などいないと思っていい。野党、強盗の類を疑ってしかるべき。盗られる荷物は無いが、馬を傷つけられたら厄介だ。
「……焚き火か? 存分に当たられるといい」
向こうもまた十分に警戒した様子、とくに二人の少年に落ち着きが無い。こちらの動きと、腰にあるナイフをしきりに意識しているのがわかる。
「や、や、ありがたい。ほれ、アリセン、ユーザス、おぬしらも歩き疲れただろう、座って火に当たるといい」
名前を呼ばれた少年たちはこちらに一礼してから焚火を囲んで座る。騎士の方は俺に近い側を陣取って座り、小型の馬は勝手に地面の窪みの水を飲む。
「や、儂はブルゴーニュの地の領主にお仕えするジェルマンという者である。騎士を名乗っとるとはいえ、普段は土いじりをしておる老僕じゃ。そちらは?」
「……わけあって名を明かせない。素顔をさらすこともできない」
3人の間に緊張が高まる。
どうせ敵地だ。穏便にすむとは思っていない。話を聞くにしても武力で脅して聞くのが手っ取り早いか。その手の働きをするなら、今の俺の姿こそおあつらえ向きというもの……
「……問題ない、問題ないとも。アリセン、ユーザス、座っていなさい」
腰を浮かしていた二人の従者は騎士に窘められて座りなおす。緊張した空気は継続している。
「ところで、ちょっと聞きたいことが、」
老騎士が俺に話を振ったまさにその時、
(アリセン君とユーザス君、ちょっと可愛いと思わない? どっちも美形!)
「何だッ!?」
「何が!?」
「おいっ!」
「!」
俺の叫ぶ声に大いに反応する老騎士と二人の少年。いや、それどころではなく。
(あー、今、直接君の頭の中に話しかけてるよー。3人には聞こえていないから大丈夫。落ち着いてー)
「お、お、お、」
落ち着いて、ではないわ。
いきなり頭の中に響いた場違いにもほどがある少女の声に危うく毛布を放り投げて抜刀するところだったぞ。黒猫の悪魔め。俺の声に驚いた少年の二人は完全に立ち上がって腰のナイフの柄に手を当て、こちらを睨んでいる。
「はー。あまり老人を驚かさんでくだされ。二人とも、座れ」
「……すまん」
何故俺が謝る? しぶしぶと腰を落ち着かせる少年たち。
(こうやって声を出さずに頭の中で会話することは君にも出来るけど、ちょっと練習が必要かもね。慣れないと独り言になって出ちゃうから)
(こうか?)
(え、もうマスターしたの!? 早っ!)
「聞きたい事というのはじゃな……」
(その身体の動かし方といい、才能ってやつかねー)
「ああ、その前に、儂らの目的はじゃな……」
(身体のバランスが変わると最初は戸惑うだろうと思っていたんだけど、いきなり最初から乗りこなしてる。きっもい動きであのイングランドの男の人の連続攻撃を躱してたし)
「これからルーアンの町に、」
(いやー、あの動きにはちょっと引いたなー。あ、あの時、私が余裕で見ていたのは、別にどうでもいいとか、そういうんじゃなくて、その身体、すごく丈夫に作っているし、なんならちょっとくらいバラバラになっても平気なはずだからだよー。少しくらい手こずっても最後は勝てるだろうという、いわば余裕? 高みの見物?)
(五月蠅いわっ!!!!)
聞こえん。老騎士の話が聞き取れん!
(語りかけてくるなら重要な話だけにしろ! 余計なことをペラペラと、貴様、黒猫、おい、どうすれば貴様の声を聞こえなくできる?)
(あ、君の身体のこと、余計なことだった?)
(それは重要なことだが、今じゃないだろうが)
(ごもっとも。それじゃあ話を最初に戻すね。重要な事っていうと、アリセン君とユーザス君が美形で可愛いって話だよね)
「違うわっ!」
「ひえ」
しまった、声に出た。再び腰を上げる少年二人と再び謝罪をする俺。悪魔め。
「……それで、違うというのは、貴殿はルーアンの町から来たというわけではないということかの?」
恐る恐る聞いてくる老騎士。一体何の話をしていた?
(この騎士さん達、ルーアンの町で彼女の処刑を見とどけた後、報告のために国に戻る途中で、例のルーアンから逃げてきた人たちと遭遇したんだってさ。その人たちはひどく混乱していて話にならなかったから、情報を集めるために再びルーアンの町へと引き返しつつ、その途中で明かりを発見してちょうど人がいたので、休憩がてら君に話を振ったというところ)
(黒猫……貴様、聞き取れていたのか?)
(当然さ。マルチタスクは基本の基本)
なんだ、この生まれ来る感情は。とにかく老騎士の質問に答えるか。さて、どういう話にするか。
「いや、違わない。確かに俺たちはルーアンからやって来た」
「俺たち? ああ、先ほどは誰かと話していたようだの? 子供か女子のような声がしていた。今はどちらに?」
(耳良いなー、このおっちゃん)
老騎士はキョロキョロと周りを見渡すが、近くに生えている木も疎らで、人が隠れられそうな場所などはない。
「ああ、それはな……『フクワジュツ』」
「…………」
「なんと」
「…………………………腹話術の練習をしていたのだ」
「…………」
「ぷっ」
おのれ悪魔。わざわざ甲高い声を出しおって……
「お前っ……! いいかげんにしろよ!?」
「ちょ、アリセン!」
アリセンと呼ばれた少年が立ち上がり、こちらを指さしながら激高する。もう一人の少年はそれをなだめている。
「こいつ! すごく怪しいじゃないか! 顔も見せずに、家名も明かせないなんて! もうブルゴーニュの敵だって言っているようなものじゃないか! それに何だよ腹話術って! 顔も口元も完全に隠しておいて腹話術とか、それおかしーだろ! 単なる裏声じゃないか!」
「ぷ、それは確かにそうだけど、落ち着いてアリセン、ほら、ジェルマン様も困っているから」
(生意気やんちゃ系美少年のアリセン君に、おっとり系美少年のユーザス君、……ほぅ? いける)
何がだ? 何がいけるのだ? 黒猫の悪魔め。頭に直接響くこいつのくだらない話を聞いていたら、一気に疲れが出てきた。もういいか、髑髏の顔をさらして、脅してから話を聞こう。
決意した俺が動く前に老騎士が言葉を発する。
「アリセン、いいかげんにしなさい。座るのだ。おお、そうだ、ユーザス、あれを振る舞おう。ワインじゃ、取ってきておくれ」
ユーザスと呼ばれた少年が自分らが連れていた馬の元に行き荷物から袋を取り出す。木のコップを老騎士に渡して皮袋に詰められていたワインを注ぐ。
「貴殿も一杯どうじゃな? 良い出来のワインじゃ」
「……ありがたい申し出だ。だが遠慮しておく」
「……っ!」
またもや激高しかけたアリセン少年に、ユーザス少年が無理やり木のコップを押し付けてワインを注ぐ。自分の分も注ぎ終えた少年は座って老騎士の言葉を待つ。
(おん? おっとりした顔をして意外と強引系? そしてむっつりアリセン君、おおん?)
(黙れ、本当に黙れ黒猫)
「儂の自慢の逸品じゃ。本当に良い出来なのにのう、毒なども入れておらんし……」
「……飲食が出来ないのだ。許せ」
(出来るよ、飲食、その身体でも)
(…………出来るのか?)
(出来るさ、そういう風に作ったんだもの。食べる楽しみは人から取っちゃいけないものだからねぇ、そこは拘る)
出来るのか? この骨の身体で? どうやって? 魔法は無いなどと黒猫の悪魔は言うが、その仕組みがさっぱりわからない。仕組みを隠された者にとっては魔法は魔法でしかない。しかし、この身体を作ったという悪魔が言うのだ、飲食はできるのだろう。そうなると出来が良いというワインが飲みたくなってくる。少年たちは老騎士の合図でうまそうにワインを飲み始める。いまさら、いや、髑髏をさらすわけには……
「おぬしらよ、ちと聞きなさい」
木のコップをちびちびと傾けつつ、老騎士は座る少年たちに静かに語りかける。
「かつて、この国は酷い飢饉と恐ろしい疫病に襲われて多くの人が死んでいった。それはそれは酷いものじゃったという、そこかしこの道端には弔われることもされずに打ち捨てられた死体で溢れていたというくらいじゃ」
老騎士はコップを傾け、深く息を吐く。
「そんな世の中でも人は人同士で争い合う。若者よ知っているか? 今、この王国はブルゴーニュ派だのアルマニャック派だのと言って争っているが、互いに手を取り合いイングランドと戦ったこともあるのじゃ。ブルゴーニュ派のことを、敵と手を結ぶ裏切り者なんて言う者もおるが、アルマニャック派こそがイングランドと手を結びブルゴーニュを攻めたてた過去もあるくらいじゃ。それぞれの陣営にそれぞれの言い分がある。そもそも派閥も何もないのじゃよ、各地の領主は皆好き勝手にあちらにくっついたと思えば、すぐに分かれて、戦って戦って、ちょっと休んで戦って……はて、何の話をしていたかの?」
「おい」
(お酒が入り、焚火に照らされて白磁の肌を赤く染める美少年ふたり、犯罪的だと思わないかね? あ、今、見つめ合った、見つめ合ったよね?)
貴様は貴様で黙っていろ黒猫。
「おお、そうじゃ、儂が昼間見た、恐ろしいものの話じゃった」
老騎士が昼間見た恐ろしいもの、それは、
「予言の魔女と言われ、神の名を騙る異端の者として焼かれたひとりの女性」
予言の聖女。神託の英雄。
「それを見物して泣く者、笑う者……」
老騎士はコップの中のワインを飲み干す。
「あの時、この国のこれからが決まった、そんな気がしたのじゃ」
ワインの無くなった木のコップを寂しそうに見つめてつぶやく。
「きっと儂らは後悔するのじゃろうと」
最後は囁くような小声で言った。




