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万感の思いとは、こういう感情の時を表現する言葉だろうか。
今、俺が置かれている状況すら忘れ、落雷と共に忽然と姿を現した黒衣の少女を見入る。
艶のある黒い髪、汚れの無い降り積もった雪を思わせる白い肌、美しく整った顔立ち、大きな闇色の瞳。
黒と白だけで構成された少女は、唇だけが、小さく、赤い。
――悪魔、魔女、黒猫、ルル。
もし、万が一。
叶うなら。
再び黒猫に会えた時にぶつけてやろうと思った、ありとあらゆる疑問、文句、いくらかの感謝、それと……謝罪。それらが胸の内に詰まって、溢れそうになり、言葉を失う。
「どうしたの? 黒騎士さん、そんなに呆けて。久しぶりすぎて私のことを忘れてしまったのかしら? あ、煙、ふふ、相変わらず黒騎士さんは面白いわねぇ」
「ら、ら、ら」
「ららら? ミュージカル?」
落雷の影響か、もつれる舌を必死に動かして、かろうじて言葉を紡ぐ。白い煙がわずかに動いて揺れる。
「ら、落、雷、は、貴様のやったことか……」
「久しぶりなのに挨拶も無く、いきなり疑いの目を向けるとか、人が悪いわ黒騎士さん。ただの自然現象がたまたま自分の身に降りかかっただけとか、あるいは天罰、神の罰が降って来たーとか思わないの?」
「ふ、ざ、け、る、な!」
かろうじて動けるようになった剣を持つ腕を前に出し、黒衣の少女に剣の切っ先を突きつける。
体から立ち昇る白い煙は大きく揺れて、虚空へと溶けて消える。
「現象には原因があるのだろう! 神の奴に出番は無い! そして偶然でも無い! 俺たちの会話をどこかで聞いていたな!? そして俺が天に是非を問うた時に合わせて雷を落とした! わざわざ! 機会を合わせて! 理由は俺への嫌がらせの為だ! それで間違いない! どうやって雷を落とせるのかは知らんが!」
「黒騎士さんの考えは、そうね、ふふ、とても理知的だわ、論理的でもある。天災なんかの自然現象に偶然や神を持ち出さないのは分別ある科学の萌芽に必要な最初の一歩。あとは断定を避けると良かったわね。それはそうとして…………私に剣を向けないでって」
「しま!?」
はっとしたのも束の間。
剣を向けられた仕返しとばかりに、黒衣の少女は細く白い腕を持ち上げ、俺に向けて一本の指先を向けた。直後、灼熱の光が再び俺を襲う。
ほぼ同時に襲い来る轟音と振動。
言葉にならない激痛が全身を巡り、体が自由を失ってよろめき、地面に両膝をつく。
全身から立ち昇る白い煙、再び。
「かはっ」
顎が外れたのか、だらしなく口が空き、そこから白い煙が固まりとなって出て行ったのを視界の端でとらえる。
「人様に向かって剣を突きつけるクセはまだ直って無いのねぇ。良くないから直しなさいって言わなかったっけ? 敵意には敵意で返されるものよ? 時には思わぬ反撃を受けることだってあるんだから、ね、そんなの損でしょ?」
「あ、ば、ば」
ああ、馬鹿な行為だった。特に貴様に対してはな。
わかっていたはずなのに身に付いた癖はそう簡単には直らないらしい。だが今度こそ身に染みて理解した。もう人に剣は向けない。たぶん。
全身を引き裂かれるような感覚がまだ体に残っていてろれつが回らず、返答が上手く発声できない。
上半身も制御を失って、両膝に続き両手も地面につく。
「あああ」
「凄い、凄まじい」
「天から……天から雷が……」
「神罰だ……神罰が死霊の黒騎士に降りかかった……」
「我らの祈りが通じた! おお神よ! 感謝します!」
「神よ! 神よ!」
リッシュモンが率いてきた騎兵たちから声が上がる。
落雷を為した者が神だというのなら、お前らの信仰する神はこの邪悪な笑みを浮かべる少女になってしまうぞ、いいのか? それで。
「な、な、何が、何が起きている? 落雷……少女? どこから? いつの間に?」
落雷の余波でも受けたのか、当のリッシュモンは俺から少し離れた所に倒れ込み呆然としている。
事態の推移にまったくついてこれていない。不様に口を開けて震え何も出来ずにいる。普段は冷静沈着、勇猛果敢な男の酷く狼狽する姿を見て、先ほどまで胸に渦巻いていた彼への憎悪が収まっていく。
彼ほどの男であっても、そうなのだ。どうだ、見たか、これが黒猫だ、様を見ろ。
「黒猫……貴様に言ってやりたいことが山ほどあるが……久しぶりだ、黒猫のルル、それと、忘れようとしても忘れられるものか、貴様のような理不尽極まる存在を」
地面に四肢をついたまま、挨拶の言葉を口から絞り出す。
本当に、忘れることなど出来ようか。
「今は黒猫の姿じゃないけど、愛称として受け取って置く、うん、久しぶり、黒騎士さん」
呑気に話をしていられる状況でもないだろうに、久しぶりの黒猫に掛けてやりたい様々な言葉が、とめどなく溢れて、口の端からこぼれそうになる。自分は今、混乱しているのを自覚する。
「と言っても、ほんの数日のことだろう」
「数日? あら、そう? 私の体感ではもう何か月も経っているのだけれど」
「何、月?」
「時間とは万人に等しく流れるものでは無いの。記憶された状況の変化の具合を見て、人は過去、現在、未来を妄想する。時間という概念もまた虚構の中だけに存在しうるものだからね、当然その流れの早さは人によるのよ。人は同じ時間の流れの中を生きてはいない。まぁ似たような生活をする似たような人たちにとっては無視できるほどの誤差の範疇だから、気にすることもないのだけどね」
久しぶりの、理解の出来ぬ黒猫の言葉。貴様という奴は、本当に、本当に。
「ではなく、黒猫、俺がいくら念話を送っても……」
「ああ、それね、それそれ、届いてはいたわよ。そんでもって無視していた」
「無視、だと……」
「私が出しゃばってもいいことはなさそうだって感じでね、あえて無視してた。ちょくちょく覗いてはいたのよ? 気にはなってたし」
覗かれていた、だと? 何を、どれだけ?
混乱する頭が一層混乱する。
覗かれて困るようなことは、無い、はず、しかし、どうだったか……
「祈りが通じていたのなら応えてくれれば良かっただろうが、黒猫、今までどこで何をしていた?」
「何をって、そりゃあまぁ色々よ、色々。この辺りでって話なら、あちらこちらに美味しい料理が無いか調査しに行ったりしてたわ」
「料理、とか」
「まー駄目ね、この辺の料理事情は壊滅的よ。香辛料や香草を味の誤魔化しとしてしか使用しない保存食と区別のつかない代物だったり、職業や階級で厳しく制限がされて不自由だったりと、あ、誤解しないでね、食べ物を加工する、皆で食を楽しむという部分が駄目なだけで、素朴な味わいの野菜の数々や、軽く塩を振って焼いた新鮮なお肉とかお魚とかは、どれもちゃんと素晴らしく美味しいのであって……」
「どうでもいいわ!」
「料理の話がどうでもいいなら、黒騎士さんに理解してもらえるようなことは無いわねぇ、月面に多目的基地を配置したり、衛星軌道上に観測装置を並べていたとか言っても、わからないでしょ。そもそも、こっちの世界にはほとんど居なかったし。ここじゃない所で何かを作ったり情報を集めたりと、まぁ色々よ、色々。何かと忙しくしてたわよ」
「く」
理解するための土台がない。
わかっている。俺には何もかもが足りていない。
だが、今は劣等感に浸っている場合ではない。落雷の衝撃でいくらかは目が覚めたのか、冷静になっていく頭で俺の置かれた現状を思い出す。
「頼みが、ある、恥を忍んで、お前に頼みたい……ジャンヌ、そこに横たわる女を、治療してくれ……お前には、出来るはずだ……」
簡単に、とは口が裂けても言えない。俺の知らない技術を持つ黒猫が、裏でどれほどのものを支払っているのか、俺は知らない。
剣を杖替わりにして、よろめきながらも立ち上がって黒猫を見る。
疑った。
首を斬ろうとした。
そんな相手に頼めるようなことではない。
黒猫の、自分の視界に映る弱者を放っては置けない性格に付け入るようで気が滅入るが、今はお前に頼るしか……
「あの子、ねぇ」
しかし、炎に焼かれ横たわり、息も絶え絶えな彼女に向ける黒衣の少女の瞳は冷たいものだった。
「ジャンヌちゃん。……ねぇ黒騎士さん。この世に生まれた人は、その全員がいずれ死ぬものだわ。彼女をここで生かす理由は、何?」
「何って……」
「ちょっと覗いていただけだけど、彼女、立派じゃない? ここで生が終わっても恨みを残しそうにないし、本人も後悔は無いんじゃないかしら? その綺麗で誇り高い彼女の最期を黒騎士さんの自由でどうこうする理由は、何? 生かされた彼女のその後の人生に責任は? それに……」
黒衣の少女は言葉を切り、一度周りを見渡して、俺が殺した男の死骸を見る。
背中に剣をくらい、血を流して動かない、男。
視線を再び俺へと向けて、黒衣の少女は問いかけを続ける。
「周りを見てご覧なさいな、あちこちに怪我人がいるじゃない。死んだ人も。彼女だけ助ける理由は、何? 他の人は助けないの?」
気がつけば、騎兵たちによる戦闘は終わっていた。
二度の落雷のせいだろうか。
今は遠巻きに俺たちを伺い見ている騎兵たち。血を流し地面に横たわって呼吸を荒くする者。騎兵に捕らえられ縛られている悪魔教の者たち。そして、完全に動きを止めた者たち。
血の匂いの立ち込める戦場に静寂が満ちる。
彼女を生かす理由。
彼女だけを生かす理由。
それを問われて答えに窮する。
助けると宣言しておきながらのこの現状、不満。自分の不手際で死にそうになっているという、後悔。ジャンヌに憧れた、ジャンヌに似た男装の女の命が無残に散っていくことへの忌避感と無力感。
いくらか言葉を交わしただけの彼女を、ここまで助けたいと思う本当の理由は、何だ。
黒猫に言われるまで他の怪我人が視界にも入らなかった理由は、何だ。
回らぬ思考で、それでも答えを返そうとして喘いでいると、近くから高らかな笑い声が響く。
「あはははは! ほら! これも僕の言った通りじゃないか! 再誕の聖女を生贄に捧げれば、天使が降臨するって! ルシフェル、美しい方! 貴女がルシフェル様ですよね!? 大天使ルシフェル様! 貴方様をこの世に呼び出したのは私です! 錬金術師、プレラーティです!」
柱に括られた青年の宣言を切っ掛けにして、捕らえられた悪魔教の者たちが一斉に声を上げ始める。
「プレラーティ! プレラーティ!」
「天使! 大天使ルシフェル! 俺たちの祈りが通じた!」
「助けてくれえ! なんでもする! どんなことでも!」
「ふおお美しい、この世の者とも思えない神々しいお顔! 天使は本当にいた!」
「神の奇跡よ!」
「天使! 天使ぃ!」
数歩、俺の傍に近づいてきた黒衣の少女は、興味深そうにそいつらを見ながら俺に話しかけてくる。
「ねぇ黒騎士さん……彼らって悪魔どうたらの人たちよね? 天使を召喚して喜んでいる理由は何かしら? 理解できないわぁ」
「……知らん、馬鹿なんだろう」
もしくは、どうでもいいのだ。奇跡を見れるのであれば、神でも天使でも悪魔でも。
「魔女ぉぉおおおおお! 光の聖女リュミエラ様の宿敵にして邪悪なる魔女! やはり生きておったか!!!」
「ゴウベルさんも相変わらず元気そう」
「皆の者! 騙されるでないぞ!! そやつは天使などではぬゎい! 純真無垢な美しい少女の姿をしているのは仮の姿! 本当の奴の姿は巨大な翼と角を持つ恐ろしい悪魔だからな! 天の使いである骨の道化師の友の猫を殺し、まことにして唯一の聖女リュミエラ様の命をつけ狙う、力ある魔女! ぅおのれ魔女め、聖女リュミエラ様の不在を狙ってきおったか! くっ、ここに本当の美少女であらせられる光の聖女リュミエラ様が居れば、聖なる光の力でもってたちどころに撃退してくれようものを……」
「なんだか彼、こじらせてない? やば」
「貴様のせいだからな……」
完全に他人事のように話す黒猫に上の空で返答を返しつつ、先ほどの問いの答えを探す。何故助ける? 何故見殺しにする? ジャンヌとそれ以外の奴らとの違いは、何だ。
「に、逃げようゴウベル、駄目だ、これはもう人がどうこうできる相手じゃない。とにかく逃げてベッドフォード公に報告を……」
「ええい逃げる逃げるうるさいわっ! あの魔女は名を知った相手を操ることが出来る……ぐぬぬ、名を知られている俺では近づけん! そうだっ! 泣き虫! お前だ! お前が切り札だ! お前は魔女に本当の名を知られてはいない! お前が泣き虫呼ばわりされていたことには意味があった! さあ突っ込め! 行け! 行って、あの魔女の首を刎ねてくるのだ!」
「無理ぃ!! 無理無理! 行けない!!!」
「そういえば、そんな設定もあったわねえ。忘れてた」
「ルシフェル様! 大天使にして堕天使! 神罰の代行者にして神の反逆者よ! この地に満ちる無知蒙昧なる人類に神の裁きを! そして僕を助けて! 裁きのついででいいのでっ!」
「突如現れた少女、落雷……奇跡なのか? 私は今、本当の奇跡を見ているとでもいうのか? どこかにまやかしが……だが実際……どうなってる? どうやって?」
「黒騎士さんの周りはいつも賑やかねぇ」
「……俺のせいでは無いわ」
誰もが好き勝手に生きて、好き勝手に動いている。罪だの罰だの、身分だの神だの法だのと、誰もが何かに縛られているように見えて、その実、人は自由。人は生まれながらにして縛られる事のない自由な存在だと思い知る。だがそんなこと今はどうでもいい。今、考えるべきなのは。
「くそ、周りの雑音がうるさくて頭が働かない」
「そうね、じゃあ」
黒衣の少女が指を鳴らすと、一瞬で世界から音が消えた。
「な」
薄暗い。
とても薄暗い。
分厚い雲に覆われていたとはいえ、それでも明るくはあった世界が薄暗い世界へと変貌していた。
夜でもない、宵でもない、夕日に照らされているわけでも、朝日が昇る前でも無い、かつて体験した事の無い不気味な暗さと静寂に包まれた世界で、周りに居た人々の動きが、止まっていた。
「奴らの動きが、止まって……?」
興奮をした奴は興奮を顔に張り付けたまま、驚愕ならば驚愕を、恐怖ならば恐怖を、それぞれの顔に張り付けたまま、止まっている。振り上げた腕は落ちることも無く、開いた口が閉じることも無い。
この感覚は、どこかで……
「時間の流れを、ちょっとね、変えただけ」
「世界、全ての、時間を、止めた、のか?」
あまりの驚愕に、吐き出す言葉も力を持たない。
これほどの、これほどの力を持っているのか。俺はまだこの正体不明の存在の力を見誤っていた。低く見積もっていた。こんなもの、まさしく、人にどうこう出来る存在ではない。
とてつもない。
途方もない。
そういう存在を指して、人は神と呼ぶ。
「何が、何が神には会ったことが無い、だ……いるではないか、目の前に」
「前にも似たような会話をしなかったかしら? 私は人よ? ちょっとだけ色々なことが出来るけど、君と同じく人だわ。神様じゃない。少なくとも君が思っているような神様じゃない。大したこともしていない。私と黒騎士さんの時間を早めたのよ。それらは同じ意味だけどね。えっと、集中すると周りの動きが遅く感じることって、無いかしら? それの、ちょっとだけ豪勢なものと思えばいいわ、仕組みはまた違うのだけど、詳しい説明は面倒だから、しない」
「……俺は人外だ、黒猫、お前も」
「そういえば黒騎士さん、ついさっき、リッシュモンさんに色々言われて泣かされていたわねぇ」
「泣かされてなどおらんわっ! 俺やお前は、あまりに人とかけ離れていて……」
「あ、そ、それならそれでいいわ。私たちは人外人外、で、答えは?」
「く」
意にも介せず。
気にしないのならば、気にする必要も無い事なのだ。自分が他者からなんと言われようと。
「次の質問もあるわよ? もう関係が切れた黒騎士さんに請われて、どうして私が働くのかしら? 報酬は? 私の得になることは、何?」
切れた、関係。
切ったのは俺だ。
黒猫の首に斬りかかり、黒猫の仕事の手伝いをする契約を、一方的に破り捨てた。
「……まだ怒っているのか? 俺が貴様の首を刎ねようとしたことを」
「それについてなら、もう怒っていないわ。元々油断しまくってた私にも責任はあることだしね。この質問は、ただ純粋な興味によってなされたものよ。君の考えが知りたい」
「…………」
どれだけ考えを巡らせようと、ジャンヌを助けて他の者を助けないという公平で正当な理由が、見当たらない。
薄暗い世界で、地面に横たわり動きを止めている痛ましい姿のジャンヌを見る。
周囲に散らばって存在する、酷い怪我に喘ぐ姿で止まっている男たちを見る。
愛してる相手というわけでも、憎んでいる相手というわけでもない。主義や主張も、敵も味方も、罪人も、そうでない者も、一切が関係無い。気に入った者だから助けて、気にもしない者だから、助けない。助けた後の責任など、俺の手に負えたものではない。
そこに横たわるのは、ひたすらに自己中心的な、醜い俺の、欲。
「なんとなく……」
「なんとなく?」
「ああ、そうだ。なんとなく助けたい、だから、助ける。他の者は知らない。興味が無いから助けない。助けた後の人生にも、責任は……無い。助けられたそいつは、そいつの人生を好きに続ければいい」
「それは思考放棄や開き直りではなくて?」
「それも、知らん。そうだと言われれば、そうかも知れない」
「とある地方、とある宗教の、とある経典には、神が自分を敬わない地上の人に怒って、信心深い特定の家族だけを助けて他の人たちはすべて洪水で流して殺したって話があるのだけど、それについては、どう思う?」
「それは……」
とある、などと言ってぼかす必要も無い。それは俺が信じていた宗教。他の多くの者が、信じている宗教の話。
「とんだ欲の皮の突っ張った神だ、と」
「あら。否定的」
「黒猫、貴様は違うのか?」
「そうね、私は逆よ、私がその話を知った時、とても面白いと思ったわ。そして好ましいと思った。好き嫌いで判断、選り好みをして、自分の都合を他者に押し付ける、問題の解決方法は暴力的で、自己正当化に余念が無い。それはとても、人間的で、わかりやすく、好ましい、と」
「神は、人か?」
「さあ? ただ、人から生まれたものだもの、人に似るのは仕方がないわ」
神がいて人が生まれたのではなく、人がいて、神が生まれた。
そういう話も、聞かされた。
あの時は驚愕し、狼狽えるばかりであったが、今はその言葉は俺の中にすんなりと受け入れられている。あの時と今の俺、何が違うのか。
「……そうか、あの時の映像」
止まっている人の姿に、見覚えがあった。
全知全能の神が何故悪魔の存在を見過ごすのかの疑問に黒猫が答えた、その時の映像。
過去の映像だと言われて見せられたもの、それが動きを止めた時に近い。
「ま、いいでしょ。なんなくじゃ、仕方ないわねぇ。とても人間らしい答え、どうも。で、何の得も無く私が無関係な黒騎士さんの要望に応える、その理由を教えて?」
「むか……無関係……完全な無関係では、無いだろう……無い、無いはずだ、俺と貴様、無関係では無いだろうがっ! 関係はあるっ! 凄まじく、関係はあるっ! いい機会だ、黒猫、貴様には言ってやりたいことが山ほどあるのだっ!」
言っていて、徐々に、溜まりに溜まっていた複雑に入り乱れる膨大な量の感情が、暴発して止められそうにない。
俺と貴様の関係で、何が無関係か。怒るぞ。怒っているが。
「そもそも、何なんだ貴様は! いつもいつも、気まぐれが過ぎる! 無関係などと言いつつ、何故いきなり姿を現した!? 関係が無いのなら俺の前に姿を現す理由など無いだろうが!」
「あー、そうね、私の目的を言ってなかったね……よく聞いて、重要な事だから」
「も、目的?」
黒衣の少女の不穏な様子に、噴出しかけた怒りが向かう場所を見失う。
「いつか言ったわね、その新しい身体や念話を即座に使いこなす君を見て、君は才能があるって」
「あ、ああ」
いつもの人をおちょくったような様子は息を潜めて、かつて見ないような神妙な顔をして俺を見つめる黒瞳に圧倒される。
底なしの深い闇を湛えた、黒い瞳。星の浮かばない、宇宙の、色。
「おめでとう。才能があるどころの話じゃないわ。君は念話を十分以上に使いこなしている。使いこなして、しまった」
「なにを……」
「世界は波で出来ている。理解しなくていいわ。黒騎士さん、君が念話を使って世界を呪う度、世界は歪みを抱えて振動し、穢れていく」
大きな声ではないくせに、透き通るような声は、耳から入って来て、魂にまで届く。
「私の仕事はね、黒騎士さん、世界から穢れという汚れを払い、流すこと……残念よ、黒騎士さん、ここに来て無視できない程、君自身が汚れの発生源になってしまった」
だから、と続ける少女の顔に笑みは無い。邪悪さも消えて、整った顔立ちは一層神々しい。
薄暗い世界の中。時が止まった静寂の中。
淡々と。
粛々と。
黒衣の少女は、祈るように、歌うように、俺に向けて、宣告をした。
「黒騎士さん、君をこの世界から消しに来たのよ」




