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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 どこか遠く、雷鳴が聞える。

 誰かが言っていたが、雨でも降るのだろうか。天の奴もすこぶる機嫌が悪いらしい。

 先ほどのジャンヌの言葉ではないが、どうして人は人同士、争うのだろうな。争い合う事を止めぬ、愚か者、生まれながらの罪人か。どうでもいい。

 後ろでは、かつての戦友が震える声で、俺に対する弾劾なのか、疑問なのか、どちらともつかないような言葉を俺の背中に向かって投げかけてきている。

 知らない。

 ジル・ド・レの名を捨てた俺は、ジル・ド・レではない。


「ジル・ド・レよ!」


 戦闘が収まる気配は無い。

 近くの喧騒も、遠くの怒号も、どこか別の世界の出来事のように感じる。

 俺は無力だ。

 始まった戦争を止めさせる力なんて持っていない。

 剣を持つ腕が力なく下がり、か弱く届く太陽の光が地面に曖昧な影を残す。


「何をしてきたッ!? ジル・ド・レ!」


 何をしてきたか?

 まぁ、色々だ。


「神か? そなたをこの世に遣わしたのは、神なのか? 神がそなたに何かの使命を負わせて、この世に蘇らしたとでも言うのか?」


 誰かから負わされたような使命は無い。

 思えば俺は、ただ流れのままに右往左往していただけなのかも知れん。ならば何もしてこなかったとも言えるか。


「それとも悪魔か? 悪魔の手先となって、この世に滅びを齎しにきたのか? 悪魔の目論見は何だ? そなたの目的は何だ? 何か言えッ! ジル・ド・レ!」


 世界の滅びは……まぁ、望んだことはあるな。だが今は違う。悪魔の手先にもなってはいない。

 悪魔のような、魔女のような、あの黒猫の目的は、果たして何だったか?


「最初はルーアンの町に現れたのだと聞くッ! ルーアンの町の民を混沌に落とし、パリの町を滅ぼし、世界そのものを混沌に落とし込んで、何がしたい!? ジル・ド・レ!」


 俺は何がしたかったのだろうか?

 最初は復讐心に燃えていたはずだ。理不尽な殺され方をしたジャンヌを想い、彼女を殺した世界を憎んで、滅びすら望んで、その意味を考えることも放棄して行動していた。身の内より沸き上がる怒りに突き動かされていた。


「どれだけ多くの者が終末の世が訪れたと信じ、どれほど多くの民が路頭に迷ったと思うッ!? 多くの善良なる者が死んだぞ! これがお前の望みかッ?」


 そいつらは勝手に信じ込み、勝手に死んだ。

 ……そう言い切れる性格をしていたら、いくらかは楽に生きられるのだろうか。


 目的は叶えた。

 そうだ、黒猫の奴はそう言っていた。

 そしてそれは、俺も、なのだ。常人であればあり得ぬ程の神秘を体験して、満足をした。


「こちらを向けッ! 答えを聞かせろッ! ジル・ド・レ!!」


 今更になって話を聞いてやろうと言うのか? どうせ何を言っても信じてくれは、しないだろうに。


「…………」


 誰もが信じてくれるような経験をしてきたわけでもない。口の回る方ではない俺は、俺が経験した途方もない出来事を正しく伝える術も、持ってはいない。


「……はぁ」


 どうすればいいのだろうな、こういう時は。

 頭の奥にある鈍い痛みは、警告を発するようにして頭蓋の裏を叩き続ける。

 疲れた頭を一度振って、ゆっくりと、ふりむく。


「!」


 身構えるリッシュモン元帥。地面に座ったままだ。瞳が不安で揺れている。戦場であっても冷静にして沈着、果敢にして勇猛な彼がこれほど驚愕し狼狽する様子を、俺は見た事が無い。

 さてどうする? 拙い嘘や幼稚な誤魔化しは通用しそうにない。

 こういう時、黒猫ならば、どう出る? どう答える? 何が最適の回答だ?

 良い返しは思い浮かばなかったが、何か言わねば。


「知ラないナー、じるどれッテ、ダレカナー? ハハッ!」

「どっから声を出しているッ!? 誤魔化そうとするなッ!」


 誤魔化されては、くれないか……

 流石だ、アルテュール・ド・リッシュモン、裏声程度では惑わされもしない。

 黒猫の様にはいかないな、あいつはいつも、のらりくらりと俺の追及を逃れていたのに……


「……俺はジル・ド・レではない。俺に名は無い。それに、今の俺が何を言っても信じはしないだろう。先ほどのように」

「先ほど……そう、だが、そなたがジル・ド・レならば、事情が変わった、聞かせよ、そなたの身に何が起きたのか?」

「ジル・ド・レではないというに……」

「そのような悍ましい姿になって生者の真似事をしている理由は何だ? 死した後、悪魔に死骸を弄ばれたというのか?」


 そうだな、それが一番近いのだろう。

 だが、やはり、違う。

 そういう感じでも、ない。


「誰からも弔ってもらえず、神の祝福も得られなかったそなたは、この世の生者を憎んでいるのか? ゆえに死の病を世界中に振りまいている」

「違う」


 憎んではいない。今は。

 どう説明すれば、理解して貰える?

 そもそも、理解される必要などあるのか? 理解してもらおうというのは無駄で無意味。どうしようも無いほど虚しい行為なのでは?


「ここにはそなただけか? 地獄の軍勢は今、どこにいる?」

「はぁ」


 心の底からの、溜息。

 面倒。

 なにもかもが面倒だ。地獄の軍勢なぞ、いつの話だ。


「リッシュモン元帥よ、安心しろ。地獄の軍勢などどこにもいない。俺は生者を憎んではいないし、死の病を振りまいてもいない。信じろ」

「ならば何故、そなたは今、そこにその呪われた姿でこの世に現れた? 死人よ、そなたの未練は何だ? ジャンヌか? ジャンヌ・ダルクの処刑が関係しているのか? 利用され、用済みとばかりに見捨てられた、あの哀れな少女のことで恨んでいるのか? 彼女を利用し捨てた者たちを断罪し、呪いをかけるため……」


 それも、そう。そうだった。

 だがそれも今は少し違う。

 ジャンヌという少女を利用して見捨てたのは、俺もそうなのだから。しかも神の姿が見たいという、どうしようもない程のくだらない理由で……断罪は、俺の手では行えない。


「だがジルよ、アンジューとブルターニュにまたがる広大な地を収める貴人よ、貴人であった者よ、ジャンヌを見捨てたのはシャルル王の側近トレモイユ、そなたの家に近しい者たちではないか」


 派閥も、家も、名も責務も。

 面倒だと捨てたはずの荷が、俺の前に積み上がり、視界を塞ぐ。


 そうなのだ。ジャンヌを邪魔だと感じていたのは、恥知らずにもジャンヌによって救われた俺たちなのだ。彼女の求心力が元で、都合の悪くなった者たち。ジャンヌの周りに人が集まり始め、権力と発言力を持ち始めた彼女を恐れた俺の親戚、ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユ。シャルル王の側近の地位にある彼の判断が、王に彼女を見捨てる決断をさせた原因なのではなかったろうか。

 ラ・トレモイユはこれ以上の戦争を嫌がっていた。ジャンヌを中心とする主戦派がこれ以上力を持つことを恐れていた。

 ジャンヌはいつも戦え戦えとシャルル王に言っていて煙たがられていたしな……戦いを嫌がっていたのは、王もまた、同じ。

 王の手から離れ、勝手に行った戦場にて囚われたジャンヌ。それでも彼女を助けたい、だがそれを為すには一族の同意も必要で……彼女の得た名声のせいで俺個人の金では賄いきれないほど莫大になったジャンヌの身代金に困惑し、助けたい、助けたいが金も無い、一族には助けを求められない、助ける、不可能だ、その狭間で俺は揺れに揺れて……


「どこからどこまでがシャルル王、いやヨランド・ダラゴンの手の平の上なのか、私はそれを確かめにこの地に来た」

「ヨランド・ダラゴン……」


 シャルル王の姑、ヨランド・ダラゴン。王の妃の母の名が、どうしてここで出る。

 泣きそうだ。もう何も考えられない。俺の頭の出来具合が悪いこともあるが、それ以上に眠い。政治の話は苦手で遠ざけていた。ただでさえ眠くなる。それでもなんとかなっていたのは、俺が周りから甘やかされていたから。そんな昔を思い出して、暗い気持ちがいっそう酷くなる。

 もういいんじゃないか? もう一度、全てを捨ててしまっても……

 同じことだ。同じことをする。すべての苦悩は欲からくるものだ、諦めてしまえば、それで楽になる。


 この場から立ち去ろう。俺には何も無い。名も、責任も、未来も……


「ジャンヌが現れる少し前、フランスの地に聖女が現れるという予言があっただろう、その噂を流したのはヨランド・ダラゴンだ」

「それは……」


 噂は知っている。ジャンヌが聖女であるという正当性をひとつ、補強するものだ。

 だが、その噂の出処までは知らない。


「断言していいのか?」

「いくつか事情を知ってはいる。ただ断言できる証拠は無い。だがそうとしか考えられぬ。聖女の登場からすべてヨランド・ダラゴンの描いた絵図の中。そうでなくば、いきなり現れた縁もゆかりも無い無学な農夫の娘を信頼し援助などをするものか。腑抜けたシャルル王には決して描けぬ。王本人すら知らないやもしれぬ計画、それを描いたのは政治にも長けた彼女だ。ヨランド・ダラゴンによって、シャルル王太子を王にする為に用意された聖女、それがジャンヌ・ダルクという少女だ」


 地面が揺れる。

 これで何度目だろう。俺が寄って立つ場所が揺らぎ、その都度、俺が曖昧になっていく。

 俺は彼女の傍にいたが、彼女の何を知っていたのだろう。崇拝し、目が眩み、何も見えていなかった。

 それも知っている。俺が盲目の徒であったことは、もう思い知らされたこと。


「実際に彼女の為した奇跡のごとき偉業は、どうなっている。すべてがヨランド・ダラゴンの計画の通りに進んだとでも?」

「わからない。彼女すら期待していなかった最善を越える最善の結果であったのかも……ただ、それも途中までの話なのだろう。役目を終えたジャンヌを見殺しにして、この世に地獄が溢れた……」


 リッシュモン元帥は、俺の空洞の目を見ながら、ゆっくりと立ち上がり、剣を拾う。


「ジル・ド・レ」

「その名で俺を呼ぶな。俺は何者でもない」

「では何者でもない虚ろなる死人よ。私が王に問い質そう。ジャンヌ・ダルクとは何者であったのか? 見殺しにしたのは何故か? 新しい聖女とは一体何だ? この世の混沌は王が望んだものか? 今のそうした状況は、預言を、聖女を、神の奇跡を弄んだ結果なのではないのか? ……民を統治できぬ王は王足りえない。今も刻々と黒き死の病は広がりつつある。誰かがどうにかしなければならない。この世の混乱を収めるために王が邪魔をするというのなら」

「王に謀反か?」

「私欲によってのことではない」


 だろうな。私欲などとは一番に無縁な男だ。

 聖女が民に望まれて生まれるものだとしたら、英雄というのもまた同じような理由で生まれるものなのだろう。それほど民は追い詰められている。この偏屈で狭量な男を頼るくらいには。


「だから私の邪魔をするな。そなたの代わりにシャルル王に問い質しに行ってやろう。嘘も欺瞞も許しはせぬ。全てを白日の元に晒してやろう。だから哀れな死人よ、恨みを捨てて安寧の闇の中に還れ……」

「死人扱いするな」

「認めよ! そなたは死人だ! 死を受け入れよ! ジル・ド・レ、そなたはもう死んでいる! そなたはこの世に居ていいものではない! この世の事は生きている者に任せよ! 安らかに眠れ! 救国の英雄よ!」

「俺は……」


 生きていると、言ってくれた者がいる。死んでいると、断言する者がいる。

 どっちだ、俺は。生者か? 死者か?


 遠くで雷鳴が響く。先ほどより近い。その雷鳴の音を掻き消すようにして、悲鳴が上がる。


「ジョフロワーーッ!!」


 首を回し、目を向けると、未だ柱に縛られたままのジョフロワ、その下の薪が燃えている。

 彼の名を叫んでいるのは近くにいる女、ジャンヌの偽物の、ジャンヌ。

 火を着けた男が叫ぶ。


「もう俺には何にもねええええ! 死ね! クソ共ッ! みんな死んじまえ!!」


 悪魔教の新頭領。息を吹き返したその男が、手に持つ松明を振り回して叫んでいる。

 その男を、全身でぶつかって突き飛ばす、ジャンヌ。


「このっ!」

「痛てえ!」

「火を消して! 薪を! 薪を!」

「ひひひひ、馬鹿女、自分から火に飛び込みやがった! 馬鹿じゃねえの! そのまま二人とも焼かれて死にやがれ! おら! おらぁっ!!」


 視界に映る景色は、ゆっくりと、流れる。

 男を突き飛ばした後、燃え始めた薪を素手で払おうとするジャンヌと、立ち上がり、その背中に向けて、何度も何度も燃える松明を振り降ろす男。

 意識せずして、足が動く。

 一歩、二歩、三歩。遅い。遠い。

 炎がジャンヌの男物の服に燃え移るのが見える。恐怖と痛みに泣き、叫ぶ女の声。逃げろと叫ぶ男の声。狂ったように笑う、男の声。


 俺だ、これは俺のせいだ。

 また間違った。また俺は選択を間違えた。あのまま絞め殺しておくべきだった。

 一人につき、一つの世界、人を殺すことは世界を一つ壊す事と同じ意味を持つ。それを恐れ、殺すことを躊躇して、曖昧なまま放置した結果の、この様。


「いつも救えぬのは、この愚かな俺だった!」


 腰まで浸かったぬかるみを進むがごとく、もどかしい歩みを数歩重ね、斜線が通る。

 剣を振り上げ、投げる。

 俺の手から離れた剣は、動く人の間を掻き分け、何度かの回転しながら、吸い込まれるようにして、狂ったように笑い叫ぶ男の背中に刺さる。


「か」


 一言だけ声を上げて崩れ落ちる男。

 俺はそのまま走り抜け、ジャンヌのいる場所に到達する。その場に雪崩れ込んだ勢いを持って、ジョフロワの下で燃えていた薪を蹴散らす。勢いが余って、柱まで蹴り飛ばした。地面に転がるジョフロワが叫ぶ、が、知らん、火は消えた、問題は……


「ローブよ! 顕現せよ! 形はマントだ! 広がれ! もっと大きくなって彼女を包め!」


 念話を飛ばしてローブを取り出し、形を変え、髪まで燃えていたジャンヌを包む。火はこれで消せる。消せるはずだ。

 長くて短い時間が過ぎる。

 俺の望みを受けて普段のマント以上に大きくなった黒いローブ、そんな機能も、あったのだな。

 恐る恐る、ゆっくりと、剥がす。


「ああ、おのれ……」


 何人か、火に焼かれて死んでいった者を知っているから、わかってしまう。

 ジャンヌは顔から全身、火に焼かれてしまっている。服も破れ、覗く肌は赤く腫れ爛れている。本物のジャンヌに比べて明るかった金髪もまた、半分以上が焼かれている。目もまともに開けていられないほどの火傷。

 人はこれほどの火傷を負ったら、生きてはいけない。

 今は苦しそうに呼吸をし胸を上下させているが、それも時間の問題……ジャンヌはもう助からない。


「黒、騎士、さま……」

「ジャンヌ!」

「わたし、は、わがはい……俺、は、誇り高く、戦えましたか? ふ、ふ、俺でも、理不尽に、抗えた、だろう? どう、だ、恰好、よく……」

「……何を言っている馬鹿者……恰好などと」

「ああ、憧れて、勇ましく、戦う、男、に、憧れて、ジャンヌ、様、勇ましく、美しく、気高く……」

「わかった、もういい、お前はよく戦った、戦って、抗って……」

「その女が聖女の名を騙っていた一人だな? オルレアンの再誕の聖女」


 いつの間にか。

 リッシュモンが近くに来て、俺たちを見下ろしている。


「いずれ裁かれねばならぬ女だった。そやつを捕える事も私の目的の一つ。聖女の名を騙る者。厳正な法の下に裁かれなかったのは残念だが、ここで死ぬのも神の采配というやつなのかもしれん」

「何を、言っている?」


 自分の声が、遠い。


「罪人がその酬いを受けた。そういうことだ。その者だけでなく、他の自称聖女たち、パリの銀の聖女、光の聖女などと呼称する者も含めて、すべて捕えてその罪に見合った罰を与えてやろう」


 プリュエル、リュミエラ……ジャンヌ。

 俺の持っている知識、力では助けることが出来ない彼女の姿が、助けることをしなかった彼女に重なる。

 腕の中にいたジャンヌをそっと地面に横たえさせて、立ち上がる。

 リッシュモンに問いかける。


「何の、権限がある?」


 呪う。


「権限だと……そんなものは、上にある者の責任だ。法の下に正しく罪人を裁くのは、民を支配し導く貴族の、あるべき姿」


 横たわる男の背中から、剣を引き抜く。

 呪ってやる。


「させない」


 呪う。呪う。

 ままならない理不尽な世界を呪う。

 罪らしき罪も犯していない彼女たちに理不尽な死を強いようとする世界を、呪う。


「骨の道化師っ!」

「死者どの!」


 どこかで戦っていたゴウベルや泣き虫がやってくる。

 呪う。呪う。呪う。


「させない、だと? そなたこそ何の権限があるッ! 虚言にて人々を騙す悪人は裁かれるのが当然! ましてやみだりに神や聖女を名乗るのは大きな罪! それをさせない、など、どんな理屈、何の正義があって止めるというのだ! 答えよ、ジル・ド・レ!」

「ジル・ド・レだとぉ? あ、聞いたことがある、あるぞ! 有名人ではないか! 骨の道化師! アルマニャック派の大貴族、ええと所領は……」

「ゴウベルッ! 今はそれどころじゃない。駄目だ、ここから逃げよう! 空気が、空気が震えている! 怒りを湛えている! 地面まで揺れているようだ! 良くない事が起きる! 逃げるんだ!」

「逃げるって、どこにだ? 泣き虫」

「わからない、けど、怖い、ここは怖い」


 うるさい。馬鹿ども。逃げたいならさっさと逃げろ。俺はこれから……

 剣の切っ先をリッシュモンに向ける。

 俺は今から何をしようとしている? 殺すのか? リッシュモンを?

 頭が働かない。

 だがわかっている。

 俺は怒っている。

 だから呪う。

 誰よりも、何よりも、無知で無力な俺を呪う。俺を生んだ世界を呪う。


「正義など知らぬ、ただ止めさせる、引け、引かねば殺してでも、だ」

「そなたは本当にどういう存在になってしまったのだ! ジル・ド・レよ、目を覚ませ、家族や先祖に対して顔向けできぬようなことは、」

「だ、ま、れ」

「くっ……神よ、見守り給え。邪悪な死人の手を振り払う力を」


 どこか冷静な頭で、俺の怒気を受けて剣を構えるリッシュモンの姿を見る。

 戦えると思っているのか? 俺の敵ではない。剣の一振りで首を刎ねる。

 いいのか? それで? ああ、そうだな、俺は自由だ。何をしてもいい。リッシュモンを殺して、その後、どうなろうと、俺は知らない。もう知らない。考えるのに疲れた。


「ひとつ、いいことを教えてやる、神になど、祈るな、リッシュモン。神は祈りに応えない。神など存在しない」

「何を……」


 神は存在しない。見守りもしない。虚構の中にしか居ない神。現実に居もしない存在を頼っても無意味なのだ。


「それを今からリッシュモン、お前を殺して証明して見せよう。世界よ! 天よ! 聞け! 神がもし存在しているのならば俺を止めてみせよッ!!!!」


 剣を振り上げて、存在しない神に向けて宣言をする。

 瞬間。

 視界が白に染まる。

 膨大な光の奔流が、俺に降り注ぎ……


 遅れて轟音。


「う、あ、何、が」


 体が震え、自由に動かない。俺の全身からは白い煙が立ち昇っている。

 いくばくかの空白の時間。


「何が、何が起きたんだ……!?」

「ゴウベル、落雷が……死者どのが振り上げた剣に……」

「ら、落雷ぃ!?」


 どうやら落雷が俺の体に落ちたらしい。たまたま? 神の怒り? 天罰? 違う。そんな偶然が、あってたまるか。


「はー、ずいぶんとお久しぶり」


 忽然と。

 雷鳴の轟きが消えて静寂に包まれた中、忽然と、黒衣を纏った黒髪の少女が、いる。


「あらま? そんなに泣いて、どうしたの? 誰かにイジメられた? 黒騎士さん?」


 剣を振り上げたまま固まっている俺の目の前、前から居ましたとでも言いたげな顔をしてそこに現れた目つきの悪い少女は、前と変わらない邪悪な微笑みを、俺に向けていた。


 落雷は、貴様の仕業か、黒、ね、こ……



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