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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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「――ぉぉおーちぃーるぅーっ!!」


 左腕で抱えた偽物のジャンヌが手足を大きく動かして藻掻く。その動きが翼を広げて飛んでいる俺の体の均衡を崩そうとしてくる。

 どうやら飛んでいられる時間は短そうだ。

 二人も人を抱えず、姿勢ももっと考えたものにすれば、ずっと長く飛べただろうが。

 元々大した高さの崖から飛び降りたわけでは無かった。長く飛ぶには高さが足りない。高さが。


「う……うう、どこだ、ここは?」


 間がいいのか悪いのか。右腕に抱えた男が目を覚ます。


「俺は一体……は? ひ、ひいいい!?」


 自分の置かれている状況、瞬時にすべて理解したわけなどないだろうが、それでも自分の体が今、夜空の中で宙づりになっている事には気がついたらしい。目の覚めた男が、偽ジャンヌと同じように手足を大きく振って焦り出す。

 崩れる態勢を持ち直すために俺の方こそ必死だが、必死なのは二人も同じ。抱えた二人の手足が宙を切る度、俺の体は前後左右に揺れる。

 黙れ、落ち着け、騒ぐな、体を動かすな、などと言って伝える時間も無い。地面はもうそこ。


「着地するぞ! 口を閉じていろ!」

「じめんんーっ!?」

「は? は? がぺっ」


 一歩。俺の足が地面に触れて、体は再び空へ浮き、すぐに地面へと向かう。

 二歩。大地を強く踏み蹴って、前へ。

 三歩、四歩、五歩。前に進む度、俺の足にかかる力が強くなる。それでも前へ。下へかかる力を前に進む力に変える。

 地面に降り立って数歩め、十分に勢いを殺した段階で二人を草むらに放る。優しく。壊れ物を扱うように。

 その結果、俺の体は勢いを殺しきれずに転ぶ。左右に広がる翼があるせいで、何とも不様な前回転だ。そのまま地面を転がり続けて、止まる。

 だが。


「う、うあ、あ……」

「はひ、はひ……」


 二人とも無事の様だ。

 見た所、どこの骨も折れて無さそうだ。もう乾いているが、男の頭に付いていた血は前からだしな。かなり上手く着地出来たのではないか?


 飛び降りた崖を見る。それほど遠くにはこれなかった。

 崖の上にはいくつかの松明の明かりが灯り、その場にいる人の顔は見れない。だが予想は出来る。全員、間抜け顔を晒して呆けているのだろうな。クク。


 ウイングモード。


 記憶の端っこに残っていた。

 悪魔の姿に変じたルルが、茶番の中、少年たちごと俺の体に巻き付く蛇を吹き飛ばした時の事。

 あの時はルルの指令によってローブが変じて翼になったが、軽薄な音楽などは出なかった。それが使えた。

 使えば正気が削られるようなパレードモードを使うことなくローブを翼に変化出来る。これは良い発見だ。実際に俺の指令でも使えるかどうかは、ちょっとした賭けだったが。


 眩暈がするのは、さんざん地面を転がり回ったせいだろう。

 ゆっくりと立ち上がり、体に着いた草を手で落とす。地面にへたり込んでこちらを見ている二人に近づいて声を掛けてやる。


「クク、クハハ、お前たち、運がいいな、ハハハ」

「本当に、何が……な……なんで笑ってるんですか、この人……人?」

「羽……天使の羽……天使様……あわわ」


 俺の指令では翼にならずに、そのまま真下に落下、などという笑えない事態もありえたからな。俺は平気だろうが、お前たちは無事では済まなかっただろう。そうならなかった幸運を喜べ。


 黒猫からの贈り物であるこのローブには、もしやもっと多くの魔法、というか、何かに変化させる事の出来る指令が隠されているのでは?


 そんな事が思い浮かんだが、即座に頭から追い出す。

 今すぐ色々と試してみたい気持ちもあるが、そんな検証はもっと後だ。なにせあの黒猫の事、何を仕込んでいるのかわかったものではない。

 マフラーモードのように何のために存在するかもわからないが実害も無い形態であれば良いが、それこそパレードモードのように光やら音やらを発し始めるモノが仕込まれているかもしれない。しかも簡単に元に戻せない、なんて事態になったら目も当てられない。慎重にいかねば。


「ジャンヌ!」

「ジョフロワ……」


 事態を飲み込めずにいた青年は、近くに居た少女に気がつき、声を掛ける。

 ジャンヌ、か……ふん。


「良かった、助かったんだね、良かった、本当に……」


 心の底からと思われる安堵のつぶやきを漏らしながら偽物のジャンヌに近づく青年。

 労わるように女の肩に手を置く姿を見て、俺の心の中に居る、悍ましく蠢く何かを再び自覚する。


 俺が手に入れたかったもの。手に入れる事を自ら放棄したもの、彼女の横、その居場所。


 ……いい加減しつこいぞ。いつまでも俺の心の中に居るんじゃない。

 まるで執念深い蛇のようではないか。嫉妬の、蛇。偽物にまで反応するでないわ。

 これは良くない感情であり、何ら無意味を為さないもの。これからの俺には必要のないモノだ。

 頭の中で厭らしく笑う黒い蛇を、頭の中で引きちぎる。頭の中の蛇は断末魔の叫びを上げて消える。あの黒猫との茶番の戦いの時のように。

 蛇め、二度と復活してくるな。


「飛んだ……私……飛んだ……飛んで助かって……ああ……そっか、そうなんだ……断罪、されるんだ、今から、私……」


 心配されている当の偽ジャンヌは、ジョフロワと呼んだ青年を一度見ただけで、その後はずっと呆けたように俺を見上げていたが、ついに俺に声を掛けることにしたようだ。


「ルーアンに訪れて聖女……ジャ……ジャンヌ様の死を咎め、パリにも訪れて滅びを告げた天使様は……貴方様なのですね? お背中の、天使の羽が……」

「これか? これは……作り物だ」


 自分の背中にある物だから自分ではよく見えないが、首をひねって見える範囲に限って言えば、羽の様子など、本物かと思うくらいに良く出来ている。種類までは詳しくはないが、タカなどといった猛禽類の羽。天使の羽を模した翼。

 だが、まぁ、羽ばたけもしないのでは、見栄を張っても仕方がない。作り物は、所詮、作り物だ。嘘を吐く理由も必要も無い。

 心の中で念じて通常モードへと変化させる。

 問題なく体を纏うローブになった。

 いつもの漆黒のローブ。

 贈られた時からボロ雑巾のようになっているローブの端を見て安堵する。良かった、パレードモードのように、規定の時間が過ぎるまで羽のままいなくてはならない、とかでなくて。


「翼が……」

「奇跡だ……神よ……本物の天使が……俺の目の前に……」


 感動に打ち震えているらしき二人に釘を刺しておくことも忘れない。


「天使ではない、ついでに言えば悪魔でもない。それからパリの町に対して滅びを宣言してもいない」


 ルーアンの町でジャンヌの処刑を咎めたりは、したな。

 あの時の俺はとにかく舞い上がっており、良くわからない感情に突き動かされて動いていた様な気がする。ずいぶんと昔の様だが、日にちで言えば、ほんの少し前のことなのだ。


「では……では……」

「俺の事はいい。置いておけ。天使でも悪魔でも、信じるのはお前たち自由だ」


 何を信じてもいい。

 人は自由に何かを信じることが出来る。出来てしまう。神や悪魔が生まれるほどに。

 この二人の頭の中の世界で、俺という存在にどういう役割をふられるのか、気にはなるが、気になるだけだ。正しく俺を理解してもらえるとも思えない。無駄だ。ならば俺は知らん。それだけのこと。


「それよりも、女、口調はどうした? ワガハイワガハイ言っていただろうが。演技はやめたのか? 再誕の聖女とやらの」


 ジャンヌに似た姿、その口から馬鹿を垂れ流されるのは苛立つ原因でしかなかったが、いきなり止められると、それはそれで落ち着かない。


「はい……天使……様……神の前では嘘も演技も無意味……です……から。再誕の聖女なんてものは、いません」

「ジャンヌ!?」


 何故だろうな、ここまではっきりと天使ではないと否定をするのに信じてもらえないのは。

 だったら何だという答えを、誰も持ち合わせていないのだ、俺を含めて。だから各々が思う、一番近いものに当てはめようとする。それが実体とは遠くかけ離れたものであっても。


「それが本来の口調か。ジャンヌの名を騙った偽物よ」


 女は震えている。

 月も無い闇夜。

 草むらにて膝をつき俺を見上げる女は断罪を受ける罪人のようだ。ようだ、ではなく、正に。


「赦し……お赦しを……天使様……私は嘘を吐いていました……聖女の名を、騙っておりました……罪は……すべて……私に……ああ……」


 呼吸は荒く、息も絶え絶え、視線は定まらず、手足の震えは止まらない。この女にとって、今、この場こそが、自身が犯した罪を裁かれる場であるのだ。

 聖女と騙った罪。

 それを告白し、懺悔している。

 ただ、間違っているのは、目の前にいる者。

 赦しを求めている相手。

 天使でも無く、教会の関係者ですら無い。人を裁く権利も無く、俺自身の手で罪を与える気も無く、赦しを与えてやれる程も偉くは無い。また、その資格も無い。俺はこの女に何もされていない。詐欺にあい、何かを失ったわけでも無い。無いものだらけ、否定だらけで作られた、偽物の天使……いや、天使でも無いからな、偽物も何も無い。そこだけは確りと否定しているから、俺の方こそ詐欺ではない、はずだ。


「はぁ」


 知れず、溜息が漏れる。

 こうした状況は、これで何度目だろう?


 俺という存在を前にして、人の行動はいくつかのものに分かれる。恐れる者、逃げ出す者、全否定もあれば、肯定し、受け入れ、あるいは利用しようとする者も。

 その中でも、俺に向かって赦しを得ようとする者たち、彼らは一体何を俺に求めているのか。

 俺が赦すと言えば、それで満足するのか?

 ……するのだろうな。

 イングランドの兵士たちのように。

 あの時、俺がよく考えもせずに適当に放った、責任も何も無い言葉。それで、ずいぶんと救われたようだった。今、求められているのも、それ、だろうか? 適当に、赦す、その言葉を放つだけで、この女は救われるのか? だが、それでいいのか?


 迷っている。

 ジャンヌに似た姿を持つ女相手には、イングランド兵を相手にした時のように適当な返答などしてはいけない、と、心のどこかで思っている。それでは将来の後悔の元になりそうだ、と。


 天を見上げてみても、そこにあるのは一面を覆う雲のみ。

 正解の答えなど書かれていない。

 答えを返さないまま沈黙していると、ジョフロワが前に出て来て、震えの止まらない偽ジャンヌの代わりに弁明を始める。


「慈悲を、どうか、慈悲を。彼女は望んで聖女の名を騙ったわけではないのです。せ、世紀末、を、叫ぶ者たち……お、お、俺たちが、オルレアンの町に入って……それで暴動が起きたせいで、それを収めるために、聖女の役目を……お、押し付けられたのです。彼女は罪人ではありません」

「ジョフロワ……違います。私から望んだのです、聖女の名を継ぐ者として……私は罪人です」

「違います! 罪人は俺だ! 俺がこの手で地獄の蓋を開けたんだ! 裁かれるべきは俺なんだ。俺がこの世で一番に裁かれなければいけないんだ! 地獄に行くのは俺だけだ。天使様! 俺を地獄に落としてくれ」

「ジョフロワ! 天使様、ジョフロワは囚われた私を助けてくれた心優しい者です、罪人は私、だから私を地獄に」

「ジャンヌ!」


 もう、帰っていいだろうか?


 お互いを庇い、罪を受け持とうとする姿は、まぁ美談と言えなくもない、少なくともお互いに罪をなすり付け合う姿よりも、ずっと見ていて快いものであるはずだ。

 だが。

 だが、だ。

 俺は? 俺の存在は? ここでの俺の役目は、何だ?

 よくわからんものを見せつけられている俺という存在は、何だ?


 はぁ。

 なんだが全てが馬鹿らしくなってきてしまった。

 疲れが一気に押し寄せてくる。

 精神的な疲れが。

 俺の良くない癖の一つ。どうでもいいと思ったものは、もうどうでもいいと思ってしまうのだ。だから黒猫の奴に俺には芯が無い、軸が無い、などと揶揄されるのだ。染みついた性根というものはどうやって直せばいい?


 ふと、この聖女を騙った女の視線の先に、俺はいないのではないか? そんな事を、思う。


 偽ジャンヌは確かに俺に対して声を掛けている。先ほどからずっと赦しを乞うている相手は、俺だ。だが、違う。何かの違和感を感じる。

 偽ジャンヌが見ているもの、それは俺の後ろにある。

 俺の後ろ、その先にあるもの……は。


 ――神、か……


 当然、なのか?

 人が神に対して赦しを乞う時、その相手は、神だ。

 神に懺悔し、神に告解し、神に赦しを与えてもらう。

 ならばここに居る俺という存在は、別に誰でもいいことになる。例えば物言わぬ鎧の置物とて、構わないのだろう。場所すら問わない。神に伝わりさえすれば。


 赦しを乞う相手が、己が実際に被害を及ぼした相手ならば、実在する人ならば、その者は実際に罰を受けることになるだろう。犯した罪に見合う罰は、これこれこういう罰だ、と。

 だが、それが、おいそれとこの世に出てこない神ならば? 実在しない者ならば、どうだ?


 実際に罰を受ける事は、無い。


 神がいるのは虚構の世界。人の頭の中に在るもの。

 神に懺悔することによって自身の罪は許され、だが実際に罰を受けることは無い。


 いわば、これは、人が、楽をするための、仕組み。


 ふざけた話だ。

 しかし、どうだ? イングランド兵を思い出せ。あれは適当な言葉でよかったのだ。そこに大した意味などない。それでイングランドの奴らは息を吹き返したかのようになった、それだけが意味を持つ。

 祈ることで許され、荷を下ろし、楽になる。

 虚構の世界だけに存在するはずの神が持つ、力の一端。実在する人をすら、前へと進ませる力。

 人が神を望んだ、理由。その内の、一つ。


 そこまで思い至った所で、自然と言葉が口から出てくる。


「話は聞いてやった。神の奴も聞いていたことだろう。待つがいい。今すぐに天よりの罰が下らないのならば、死後にでも聞きに行け」


 きっと気の利いた言葉をかけてくれるはずだ。そんな神が存在するのならば。



 告白をしたせいか、いくらか落ち着きを取り戻した様子の偽物ジャンヌ。

 嘘を吐くことは時に、心の重みとなって本人に襲い掛かるのだ。

 身に覚えは、ある。

 プレラーティとかいう詐欺師は、どうだったのだろう。奴の心は嘘の重みで潰れてしまわなかったのだろうか?


 ……何故ここで奴の名が出る?

 ただの詐欺師、そう言って切り捨てたはずの青年が、今でも妙に気にかかるのは、何故だ。


 奴が言っていたことで何か正しいものがあったか?

 俺は元々が悪魔で、奴によって呼び出されたが、途中で天使に邪魔されて記憶を変えられて……馬鹿馬鹿しい。悪魔として在った記憶など、欠片も無い。

 それに、だ、もしその話が本当の事ならば、天使とは黒猫のことか?

 は、奴が天使などと、片腹痛い。悪魔ではないにしろ、天使からは一番遠い存在ではないか。


 息をするように嘘を吐く、絵画から抜け出してきたかのような美しい青年……


 ……そうか、そうだな、俺はああいうのが、好きだった。見た目の、話。当然ながら、美術品、見るものとしての、好き、という意味だが。

 絵画や美術品など、美しいものを見るのは、好きだ。絵画に描かれる力強い姿の天使が、好きだ。その延長線上にある好意。現実の、美しい男にも向かうこともある、好意。

 愛ではない。決して。

 だがそれを口の端にでもしようものなら、男色、異端などと言われる。それが嫌で、ずっと心の中だけに留め、押し殺していたが、つまりは、そうなのだ。


 自分で自分の心に嘘をつくのは、やめよう。


 俺があの青年を気にするのは、ちょっとばかり見た目が良い、だから、ちょっと気にした、程度のものであった。

 落ち着いて心の中を探してみれば、答えは実に簡単に見つかるものだ。

 今の俺は守るべき見栄も立場も無い。故に自由。自由だからこそ認めることが出来る。認めることで気が晴れた。

 また一つ、楽に、そして自由になれた、そんな気がする。


「………………」

「………………」


 む、また考え事に没頭して現実を忘れる所だった。一度身についた癖は中々治らない。

 二人はやはり、断罪を待つ罪人のように、俺の次の言葉を待っている。お前たちを罰する気などないからな?


 空を見上げて続きの言葉を掛けてやる。


「ふん、いくら待っても天よりの罰は降ってこないようだな。ならば懺悔の続きは死んだ後にやれ。女、どうせ、だ、告白ついでに本名も名乗るがいい」


 お前ももっと楽になれ、という意味を込めて、偽物のジャンヌに話しかける。偽りの名前で過ごすのも辛いだろう。


「ジャンヌ……ジャンヌです、天使様、私の名前はジャンヌなんです……」

「……ジャンヌの名を騙っているのだろう?」

「あ、いえ、ジャンヌ様の名を騙ったのは、そうですけど、本名も、ジャンヌで……」


 わかりにくいが、ジャンヌという名を持つ者が、再誕の聖女として、聖女ジャンヌの名を騙ったということらしい。

 わかりにくい!

 だが、思う。ジャンヌという名の意味を遡れば”神の恵みを”とかいう意味になるはず。

 男ならばジャン、女ならばジャンヌ、親が子につける、極々ありふれた名前だ。そういうこともあるのだろう。


「偽物ジャンヌ……」

「偽者ではなく……偽物ですけど……」

「お前、本名を変えろ」

「そんな!?」

「なに、名前など、さほど重要ではない、紛らわしいので変えろ、本名の方をだ」

「重要です! 親に頂いた大切な名前です! 天使様! どうか! それだけは!」

「ワガハイワガハイ言う女に、ジャンヌの名を語って欲しくない、変えろ」

「わ、我輩は、古式ゆかしい男は、自分の事をそう言うって」

「誰に言われた、そんな事」

「男言葉を使えってオルレアン公に、それからジョフロワも……」


 偽物の聖女を仕立て上げたのはオルレアン公であったか。

 オルレアン公が本物のジャンヌに贈った服装と同じものを偽ジャンヌが着ているからことからして気がつくべきであったが、何だ、その言葉遣いは。


「ジョフロワ? 我輩は別におかしくないって、普通に居るって……ひょっとして、変だった?」

「え、い、いる、よ? 普通、に? ジャンヌはおかしく、ない、よ?」


 おい、甘やかすな。否定しろ。

 それから目を合わせてやれ。


「オルレアン公は今どこで何をしている?」

「そ、それが、混乱の中ではぐれて……」

「待て、話は後だ」


 少し、のんびりとし過ぎた。

 松明の明かりが、こちらに近づいてくる。

 悪魔教の追っ手ども。

 実際には、欲望に忠実なだけの、烏合の衆。

 だが数だけはいる。

 逃避行はしばらく続きそうだ、だが、どうしたことだ、行動を起こそうとした足が、ふらつく。


 一歩、よろめいて、二歩。


「……眠い。死ぬほど眠い」


 忘れて、いた。とてつもなく眠い。

 かつてない程。

 吐き気を催すほどの眠気が、俺を襲う。

 睡眠を司る悪魔の姿となった蛇が、嫌な嗤い方をしながら俺を見下ろしている、そんな幻覚までが……




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