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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 ギリシア絵画の登場人物を思わせる美しい青年が、俺を見て泣いている。

 なんなんだ、こいつは。

 見知らぬ男が泣いているだけだ、だがそれを見ただけで心が乱れていくのを自覚する。

 見た事のない男、それは間違いは無い。

 だが、何だ、この感覚は。


 不意に俺の目の前に現れた、俺の知らない青年は、俺を求めているかのように両手を伸ばしている。

 広げた手の指先が微かに震えているのが見える。手だけではなく、唇や、瞳も。

 それは恋い焦がれる相手を、心の底から望んでいる、まさに、そんな姿。


 その姿は、演技か? 演技ならば、相当なものだ。

 これが演技でないのなら……


 よくよく見ても、やはり、知らない顔。

 しばしの時間が過ぎて、ようやく泣くことを止めた青年は口元を不器用に笑みの形にし、俺に声を掛ける。


「お待ちしておりました、愛するお方……我が主人」


 待っていた? 我が主人、だと? こいつは俺を知っているのか?

 愛するお方、などと言われるたびに、心がざわつく。いや、違う。ざわついているのではなく、苛立ちを覚えている。俺はこいつを知っているのか? もしかして、どこかで会ったことがあるのではないか?

 苛立ちの原因に、心当たりは無い。


「俺は貴様の主人ではない。……まるで、以前にも会ったことがあるかのような口ぶりではないか? 何者だ? 俺を知っているのか?」


 俺の質問を受けて、潤んだ瞳のまま、視線を俺から離さずに答える。松明の証明を受けて、淡い金色の髪が揺れる。


「……プレラーティ、私の名前です。忘れて、おいでなのですね? 私と交わした契約も」

「貴様、もしや適当な事を言っているな? 契約だと? 忘れるもなにも無い、俺と貴様の間に何らかの契約などは無い。貴様と会ったことなど、無い。一度たりとも、だ」

「それは……」


 言い淀んだ青年は、ほんの一瞬、後ろを気にして振り返ろうとし、やめる。何だ、その動きは?

 奴の後ろに居るのは、呆けたように口を開けて俺を見ている男たちが居るだけ。何かあるのか?


「は……はは、どうやら本当に記憶を無くしていらっしゃるご様子……貴方様をこの世に呼び出したのは……私です」

「俺を呼び出した……だと」

「はい。錬金術師プレラーティの名において」


 この世に? 呼び出した? こいつが? 俺を?

 それは無い。無いはずだ。

 人として生き、そしてルーアンの町の近くにて死んだ。恐らくだが、黒猫の手により。

 その後、俺は当の黒猫によって生前の記憶を持ったまま、動く髑髏として新しく生み出されて……

 ……その証拠は?

 どうやってそれを証明する?

 わからない。

 それらは、俺の記憶と黒猫の口から語られた話から組み立てた、俺がそう思っているという事実でしかない。どうやって俺を生み出したのか、その過程も、理由も、理屈も、俺は知らないのだ。


「……答えてみろ。どうやって俺を呼び出した? その方法は?」


 興味本位、ただの興味本位からくる質問。

 このプレラーティという男は取るに足らない詐欺師で、適当な事を口走る奴、らしい。ここ最近に聞いた、何人かの人の話によると、だ。故に、こいつの言葉は何一つ信じるに値しない。だから、これは本当に、この男が何を言い出すのかと、そう思っての質問なのだ。


「神秘なる魔導書にある通りに……です、我が主よ。人の目につかない静かな祭壇と、歪み無く描く、正確なる魔法円、決められた印章……儀式を為すのに正しい時間、一言一句違わぬ呪文、捧げものとなる大切な贄、それから大きな代償……代償は、私の魂を」

「適当にそれらしい言葉を並べているだけだな。使った魔導書は何という名だ? 贄を何にした? 俺はどこからやって来た? 答えられるか?」

「…………神聖にして神秘なる魔導書の名は、生者が口にしてよいものではございません……呪いを受けて、たちどころに死んでしまいます……ただ、偉大なるソロモン王の神秘の術が書かれた……真なる魔導書であります……捧げもの、には……蝙蝠の羽、牡鹿の内臓……」

「動物の羽とか、内臓とかを捧げられて喜ぶ者が、どこにいるのか」

「……それは」


 かつて自分が黒猫に提示した供物と同じような物を贄にしたという青年を前に、もはや何度目かわからないが、過去の自分の発言を悔いて恥じる。

 こういうものは、捧げられる側になって初めてわかることだな。まぁ、前の俺は考えが足りなかったというだけだ。問題はこれから。知識なんぞもこれから身につけていけばいいのだ。人は成長をする生き物だ。


「何より、魂を代償にしているのに貴様がここに居る理由は何だ? プレラーティと言ったか? どうしてまだ生きている?」


 そういえば、魂の事はわからない、というのが黒猫の答えだったが、生も死も超越した奴にすらわからない「魂」とは、一体、何なのだろうな?

 俺程度では、魂が無くば人は生きていられないという、漠然とした答えしか持ち合わせていないが、黒猫ならば、俺が根気よく聞けば、わからないならわからないなりに、何らかの答えを返してくれたりしたのだろうか。次に会ったら聞いてみたい。


 ……今、ではない。

 今ではないが、いつか。


 俺は黒猫と再び出会い、会話をせねばならない。そう、したい。

 奴に対して謝罪も必要だ。

 だがそれは気の遠くなるほど先の話で、知識も力も十分に蓄えた後の話である。俺という存在が消えず、この世に存在し続ける為の、目標、未練、心残り、そういったもの。


 苦心しながら言葉を繋げていたプレラーティは、先ほどまでとは打って変わって、どうして魂も無く、生きてここに居るのかという質問には淀みなく答え始める。


「それです! それこそが契約なのです。私の死後、その魂が貴方様の物になるという契約を、私と貴方様で交わしたのです。愛する我が主よ、そして今、現世でも貴方様に従い、仕える為に、私はここに居るのです。私は私の全てをすでに捧げております、なので次は、貴方様の持っているお力を、どうか私の為にお使いください。私を守護し、導く、それが、貴方様が、ここに居る、使命、なのです」

「!」


 その言葉は。


 待ち望んでいた、言葉。

 『使命』

 それこそが……


 その言葉を聞いた瞬間、心の奥底から、感情が沸き起こり、噴出しそうになる。

 ……それは怒りだ。

 かつてない程の、怒り。

 沸き起こる怒りで頭が沸騰しそうになる。煮えたぎる怒りの感情が心の中を支配しようとする。もう何も考えるな、今すぐ剣を抜き、この不届き者の首を刎ねてしまえと、その怒りの感情が俺に命令している。


 使命だと?


 それは、黒猫にだって与えてもらえなかった物だ。

 大切な、ものだ。

 軽々しく触れられていいものではない。

 それを、いきなり現れた知らぬ男が、自分を守護するために使えと? それが俺の使命だと?

 ふざけるのもいい加減にしろ。何様だ? こいつ。


 あまりに怒りの感情が大きすぎると、逆に冷静になるらしい。俺だけか?


 いや、これは普段より知性派で行こうと思っているからだろうか、いわば賜物、普段の意識の賜物。おかげで冷静になれる。

 だから、冷静に、なれ。殺すな。殺しては、いけない。


 すでに剣の柄を握った状態でいる。

 腰は落としている。

 今の躰ならば、強めに地面を蹴っての一歩で踏み込める。男の首を落とせる。だが、冷静になれ。少なくとも、今はまだ、俺とこいつの間では言葉を交わしている。

 わかり合えないかもしれないが、首を刎ねて会話を終わらしてはいけない。おそらく、それでは駄目なのだ。何が駄目なのかは、よくわからない。

 世界の可能性。

 問題がある度に相手を殺していく解決では、可能性を狭めていく。ここで守るべきものは、相手の命ではなく、俺だけの世界、俺の未来の可能性。

 ……やはり、よくわからない。だが。


 どういう成長をしたものか、俺は黒猫と出会い、人を殺したいとは、思えなくなった。


 人ひとりにつき、世界がひとつ。

 人を殺す行為は、世界を1つ壊す行為と同等なのだ。


 ひょっとして俺は、こんな考えを持つことで弱くなったのかも知れない。

 剣を振るしか能の無い者が、いざという時に、命を奪うことを恐れて剣を抜けないのでは、もはや何のために存在しているのかすらわからなくなるだろう。価値が無い。皆無。それも元々か。は。おのれ、俺は誰を呪えばいい? この世界か? おのれ世界。

 心の奥深くで煮えたぎる怒りの行き場を探して、しばし迷う。


「騙されてはなりませんぞ、黒い鎧の騎士殿よ! そいつは有名な詐欺師なのであるのですぞ!」

「……女、言われるまでもない」

「ワガハイの名はジャンヌであるぞ」

「…………」


 俺の殺気に反応してか、端正な顔を引きつらせて震える青年。俺たちを囲む男たちも、同じように。そして、俺の後ろから響く、ジャンヌを詐称する少女の、間の抜けた言語。


 拍子を外されて、怒りは収まった。

 収まったことにする。

 完全に収まりきってはいないが、会話を続けることは出来る。

 このおかしな喋り方の少女に感謝をすべきか? 無いな。どちらかというと、死なない程度に頭を小突きまわしてやりたい。怒りの矛先がコイツに変わっただけだ。ジャンヌに似た姿でおかしな振る舞いをするな、阿保女が。


「プレラーティよ……よく聞け……二度と俺の使命どうこうと言うなよ? 一度は許してやる。今、首と胴が繋がっている事を幸運と思え。契約だと? 勝手な事を。知らん。守る義務も無いわ」


 剣の柄から手を離し、姿勢を戻す。

 契約など、そもそも存在すらしないのだろう。口から出任せ。本当に俺と契約したのなら、契約書の一枚でも持ってこい。


「それは……貴方様が忘れているだけで……」


 まだ言うか。

 確かに俺の記憶には、いくらかの欠落はある。

 囚われのジャンヌを救いにルーアンの町まで行き……実際には、神の奇跡を目撃したくてジャンヌを見殺しにし……そして奇跡は起きず、その後、殺されて……どうにせよ、このプレラーティなる青年は絡んでこない。無関係だ。断言こそは、出来ないが。

 記憶の欠落を埋めたい。それも、いつか。


 震えながら口ごもる青年を、冷静になった頭と目で観察する。何に怯えている? 俺か? 先ほどの俺の殺気を浴びたから? ……いや、もっと前からだ。

 思えばこの青年、周囲を、というより、後ろの男たちを気にしていた。先ほどの自分を守護するうんぬんも、俺ではなく、後ろの男たちに向けて言っていた、そういう節は無かったか?


「プレラーティ、貴様の言う事、何もかもが間違いだ。俺は呼び出されてここにいるわけではない。俺は俺の意思でこの世界に存在している。は、魔導書にある魔法陣で呼び出して、契約して働かせる、か、それではまるで俺が悪魔のようではないか。そもそも俺は悪魔じゃないからな」

「……悪魔……じゃない」


 悪魔とは虚構の中だけにいる存在。ここに実在する俺は、動く骨の、ええと……おのれ世界。


「ご自身の事は天使だと……」

「天使でも無い」

「…………」


 だったら何なのかという答えも無い。怒りの矛先は世界に向けろ。俺は知らん。


「先ほどから、何を言っておるのであるか? 黒い鎧の騎士殿が、悪魔? 天使? ……はっ!? まさか!? そんな! 天より舞い降りた、世界の終末を告げる天使! ルーアンの町の! 騒動の! 髑髏の! 骨の! パリっ! ああっ!」

「今、気がついたのか……」


 なんて察しの悪い女なんだ、再誕の聖女。

 誰がこの阿呆を担ぎ上げたのか。見た目か、見た目だけだろう。ジャンヌの名を騙って欲しくない。ものすごく嫌だ。なんだこの感情は。


「は、話では、終末の天使は、剥き出しの髑髏の姿だと……兜……兜がある」

「うむ、兜だな」


 兜の効果は、ある者にはあるのだ。主に、察しの悪い相手には。


「て、天空を舞うペガサスが、常に傍にいるのだと……」

「馬か? 馬は置いてきた……奴に羽は生えていないが、奴はただの馬だが」

「翼も無いのに天空を舞う事が……どうやって……ああ、天空の騎士殿が翼を」

「どうやってだろうなぁ、わからんよなぁ、あと翼は俺にも無いぞ」


 翼の有る無し関係無く、不思議な力で飛んでいたとしか言いようがない。

 俺たちが居る場所と黒猫の居る場所は地続きであり、技術さえ理解すれば誰でも真似が出来る事だと言っていたが、本当にそうなのだろうか。目指すべき場所は遠い。あまりに。


 それにしても、馬の奴もペガサスとか言われ始めている。伝承にある翼の生えた馬。語られこそすれ、誰も見た者はいないという。

 だが馬の奴は、ただの馬だ。普段は飛べもしないし、翼も生えていない。

 噂というのは、どうしてこう実体とはかけ離れたものになっていくのだろう。俺にしても見せかけだけの翼なら、生やそうと思えば生やせるが……


 翼、ローブ、空、崖……


 天啓の様に、頭に浮かぶことがあった。

 いつだ? あれは。


「オイ、話が違うじゃないかプレラーティ、また嘘を吐いたのか? 出任せを言ったのか?」

「ち、ちが、違います、違うんです!」


 偽ジャンヌとの間の抜けた会話を切っ掛けにして、少し前の事を思い出そうとし始めた俺をよそに、プレラーティはプレラーティで、仲間同士で揉め始めている。


「言ったよなぁ、次に嘘を吐いたら殺すってよぉ」

「違うんです! 嘘ではなくて、そ……そうか、天使によって邪魔されたんだ。それだ!」

「天使ぃ?」

「そうです、天使の介入があったのです。私の悪魔召喚の儀式は成功していました。しかし私の所に来るはずだった悪魔が、天使の介入によって、その出現場所を変えさせられた、しかも、当の呼び出された悪魔は記憶を弄られている、そういう事です、すべては天使が……」

「プレラーティ。俺は悪魔ではない。俺は人だぞ?」

「人であるはずが……」


 人が動く骨を見て、それを人だと思うことは、まぁ難しいだろう。気持ちは痛いほど理解できる。だが人の言葉を喋る黒猫は俺の事を人だと言った、ならば人なのだろう。

 信じていいよな?


「貴方様が、人で、人であるわけが無いっ! 貴方様は人の上にある存在! 人よりも高位の存在! この世界を混沌で満たす悪魔の中の悪魔! どうか、どうか記憶を取り戻してください! 私は貴方様の従順な僕! 敵は天使なのです、貴方様の敵は邪魔をしてくる天使達なんだっ! 騙されないでっ!」


 再び泣き出し始めた青年を見る。


「記憶を取り戻すお手伝いは、私がします、だから、お傍に……」

「おいプレラーティ、お前さん、最初は大天使を召喚したっつって自慢してたよなぁ? 何が敵は天使、だよ。言う事をまた変えやがって」

「契約した悪魔は従順にお前の言う事を聞くんじゃなかったのかよ? それも嘘か?」

「ち、違っ……」


 美しい、そう言っていい青年が、涙を流し、震えている。

 その姿は、演技ではない。最初に会った時に感じたものと、同じ。

 理由は、殺されるかもしれないという恐怖からだ。嘘を吐き続けて、信用を無くした者が、仲間からも命を狙われている、これは、そういう図式。

 決して恋い焦がれる相手に出会えた感動から来るものではない。

 騙されるところであったわ。


「あ、悪魔よ! 契約、私と再びの契約を交わしてください! 悪魔よ、代償に貴方の手足となって働きます! だから、助けて! 守護せよぉ! 悪魔よ!」


 魂やらはどうした。代償は魂ではなかったのか? そんなものを貰っても持て余すだけだが。

 嘘を吐いているから言葉を放った端から言う事が変わっていく。こいつは、そういう奴だ。


「悪魔との契約だろう? 正しい呪文はいいのか? 一言一句の間違いも許されないのだろう? 歪みの無い魔法陣などはどうした? どこにそれがある?」

「そ、それは、呼び出すのに必要なのであって、呼び出した後は、そういうものが無くても……」

「俺たちとぉ! 悪魔さまよぉ! 俺たちと契約してくれ! 悪魔との契約に知識が必要無いなら、もうお前は必要ねぇ!」

「ち、ちが、ばか、ちが……」

「俺は不老不死が欲しい!」

「黄金をくれ! 使いきれないほどの黄金を!」

「王だ! 王になりたい! 王になるにはどうしたらいい!?」


 狼狽えるプレラーティを押しのけて男たちが近づこうとしてくる。その動きを手で制してプレラーティに話しかける。


「……悪魔ではないし、再びの契約も何もないが、そこまで言うならば、そうだな、俺の名を当ててみろ」

「……名?」

「そうだ、名だ、重要だろう? 契約する悪魔の名前は。当然知っているのだろうが? さあ、言え」

「なまえ……」


 ものの本によると、だ、悪魔の真の名を呼び、縛ることで、力ある悪魔との契約を為せるのだ。今では、それらは無意味なものであることを知っているが。全ては虚構の世界の中に。


「挑戦は一度だけだ。嘘や誤魔化しを禁ずる。俺の名をここで呼んでも誰も死なないし呪われもしない。気兼ねなく言ってみろ」

「な、名前……ル、ル……」

「言っておくが、ルシフェルではないぞ?」

「あぐ」


 それは黒猫の奴に譲るからな。


 苦しみ、藻掻いても、答えの出せない青年。

 それは、俺を呼び出したというのが、嘘だから。


 恐らくだが、最初は小さな嘘だったのだろう。悪魔や天使の召喚などと、普段であれば、取りあってくれる者もいない程の、程度の低い嘘。騙される者が馬鹿。

 だが、間が悪かった。

 俺たちが出て来てしまった。俺と、黒猫が。

 吐いた嘘が信じられて、引くに引けなくなった男は、いつしか嘘に嘘を重ねて行って……今の状況という奴だ。


 俺はこの青年を助けるべきか? その責任は、あるか?


 無い。

 俺にはこの青年を助ける義務も責任も、無い。

 勝手に嘘を吐いて、勝手に自滅していく、好きにしろ。

 助けたい、そう願うことも無い。これは理屈ではない。様を見ろ、と、むしろ言ってやりたいくらいだ。


 涙ぐむ美青年を上から見下ろすのは気分が良いが、そろそろこの場から立ち去るべきだ。


 前々から気になっていた事は知ることが出来た。

 噂は噂であり、詐欺師は詐欺師だった、それだけのこと。

 結果は予想した通り、だが、悪くない。それを確かめることが出来たのは、悪くないこと。何かが一つ、綺麗に片付いた気分だ。


 偽ジャンヌと男を担いで崖から飛び降りる。

 ここから抜け出す算段はそれでいいだろう。先ほど思いついたことが成功するならば、問題無くいける。失敗しても、まぁ二人は骨の何本かを折るだけだろう。死なないと思う。骨と鎧だけの俺は……心配するべきものが無いな。


「バ……バアル……ベルゼブブ……アスタロト……」


 プレラーティは聞こえるか聞こえないか、そんな小声で俺の真の名を探している。

 ちなみに正解は、俺に名は無い、だ。

 さらに言うなら、正解してもこいつを守護していく気も無い。従順な僕もいらない。何が従順か、詐欺師が。

 詐欺師などを傍に置いていたら、いつの間にか騙されているかも知れないからな、まぁ、知性派な俺には無駄な心配だが。


「時間切れだな」

「そんな!」

「プレラーティよ、一つ教えてやる。人は誰でも自由だ。嘘を吐く自由もある。だが、その結果として殺される事も、まぁあるだろう。全てはお前の自由な行動の結果だ、受け入れろ。自由なのはお前だけではないぞ? お前を自由に裁いてやろうと待ち構えている奴らも、当然いるのだ」

「ぐ、ぐぐ」

「それと、もう一つ」


 喋りながら、偽ジャンヌと気絶している男を両方の手で抱える。


「ひっ!? 何をするでござるまするか!」

「……いいから黙ってろ、口を開くな、ここから連れ出してやる。プレラーティよ、本物の悪魔に会うには正確な呪文も魔法陣も必要無いらしい。誰も欲しがらない贄も要らんのだ。必要なのは、一個だけだ。たった一つ、ただ……」

「ただ?」

「そこから先は自分で考えろ」

「そんな!?」


 崖に向かって、跳ぶ。


「なっ!?」

「どっ!?」

「いやあぁあああああ!」


 黒猫との茶番の戦い、最終局面、その時でのこと。奴は強制コマンドとやらでこう言ったはずだ。


「ウイングモード!!!」


 それは、俺のローブを翼に変える呪文、いや、意思。

 パレードモードではない。あれはピカピカと光って音がするからな、絶対に嫌だ。二度と使わない。だがこれならば……!?


 纏っていたローブが背中に回り、漆黒の翼に変化する。

 高い崖ではないが、それなりの高さから落ちた躰は、崖下に落下して醜態を晒すことも無く、二人を両手に抱いたまま、滑空していく。

 飛べた! 光らない! 音楽も無い!

 よしっ!

 

 空、空だ。

 やはり飛ぶのは、楽しい。

 翼は自由の象徴。鳥の様に、自由に。

 俺の背中にあるのは偽物の翼だ、だが。


 羽ばたく事の無い作り物の翼は、それでも折れも曲がりもせずに、崖の上から俺たちを遠くへ運んでいく。


 プレラーティ、詐欺師よ。

 悪魔が実在するかどうかなど、今の俺には断言の出来ないことだ。だが、もし会う方法があるのならば、必要なものがあるとするのなら、それは出会いたいと願う、強い意思なのだろう。


 月も出てこれない、厚い雲の下、深い闇の中。

 空を滑るようにして飛んでいく俺の心は、悪くないもので満たされている。

 強く願い続けていれば、いつか本物の羽ばたく翼を得ることだって可能かもしれない。


「でああああ、いやああ、やあああ……」


 しいて難を上げるのならば、腕に抱えた偽ジャンヌの間の抜けた嬌声だが、まぁ、いいだろう、幸福になり過ぎるのも良くないからな。感謝をせねば。




フランスが暴動で酷いことに……

この作品、万が一、億が一にでも有名になってしまったら色々な方面から怒られそう……

皆様、いいですか? けしてこの作品を☆を付けて評価したり、レビューしたりしないように(逆方向からの攻め)

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