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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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季節は梅雨らしくなってきてますね。

どうやら黒騎士さんもジメってきましたが、もうしばらくのお付き合いを。



 大地の上を滑るように、前へと進む。


 生きていれば、過去の自分の行動について、後悔や未練、疑問などが尽きることは無い。

 あの時ああすれば良かった、とか、選ばなかった選択の先にある未来はどうなったのだろう、とかだ。


 馬の奴は無事だろうか?


 高級品である馬が簡単に殺されることはないと高をくくって、走れなくなった奴を一旦放置することを俺は選択したが、それでも不慮の事故や、思いもよらない事態なんてものもある。後で探しても時間が経ちすぎて見つけられない、という事態も考えられる。

 常に選択を強いられている。

 今まさに、想う。俺は今すぐ踵を返し、オルレアンの町に引き返して馬を探す事を優先すべきだろうか? と。


 黒猫が持っている力ならば、消えた馬を探すことも造作無いのだろう。

 全知全能ではない、と言っていたが、黒猫の奴に出来ることは多い。あれだけの力を持っていたのなら、生きていて迷いも後悔もしないのではないか? 奴の生はさぞ楽しかろう。気楽な人生。だからあんな風にして、頭の具合が軽くなってしまうのだ。


『力が欲しいか?』


 俺が先ほど、悪魔教の奴らに問いかけた言葉だ。

 力が、欲しい。

 それは、俺が一番望んでいること。

 俺は、力が、欲しい。

 そのための一番の近道、道筋は……


 答えが出ない。

 ふつふつと沸き起こる様々な疑問、迷いを過去へと置き去りにするかのように、走ることに全神経を集中する。

 速く走る為に余計な力はいらない。

 全身の動きと大地に加わる力の全てを、前に進むために費やす。

 どれほど動かそうが、まるで疲れを知らない骸の四肢。両足が音もなく大地を踏みしめていく。黒い鎧に包まれた俺の体は、前へ、前へと。

 空は分厚い曇で覆われている。

 月の明かりも届かない闇夜の地の上、闇より昏い漆黒の矢となって駆ける。人の姿は見えない。

 ただ、前へと。


 生まれた意味を知りたい。


 俺が生まれた意味、ここにいる意味。

 何かの使命があって生まれてきたのだと、命を捧げよと、そう言ってくれる神のごとき存在があれば、俺はそれに従っただろう。

 神の軍勢の先兵となって、悪魔の軍勢と戦い駆逐せよ、と。そう言われれば、俺は喜びをもってそれに応えた。思うままに剣を振るったことだろう。

 それは別に善良なる神でなくともいい。

 どうやら俺に善悪についての信念は無いらしい。よくわかった。だから悪魔でも、それが邪神と言われる者でさえ、力ある者の言葉には従ったはずだ。

 地獄の亡者の軍勢を率いて神と戦え、でも良かったのだ。

 神を疑い、神を試し、神に裏切られたと神を呪った俺には、そっちの方が相応しいくらいだ。

 は、信念も何も無ければ節操も無い。それが俺だ。

 使命とあらば、それに従って動いた……盛大に不平を漏らし、なんだかんだと文句は、言っていただろうが。

 だが無い。そんなものは居やしない。神の軍勢も地獄の亡者も、俺の宿命の敵は、ここにはいない。


 信じたいものを信じろ、自由なのだから好きに生きろ、とは、そんなものは使命でもなんでも無いだろう、黒猫よ。

 そもそも自由って何だ。

 全知全能の神でもあるまい、世界を自由自在に変える力なんて、俺は持たされて生まれてきていない。

 俺がいる世界というのは、とにかく理不尽で不自由まみれだ。そんな不自由な世界の中だけで許された狭い狭い自由といったものに、どれほどの価値があるのか? せいぜいが押し付けられた責任や、何かのしがらみから逃れる自由があるくらいだ。

 ほぼ無意味で、ほぼ無価値。

 力を持たない者の自由とは、その程度。


 お前がここにこうして存在する理由、そんなものは無いのだと、そう言われているのに等しい。

 生きていることに意味など無く、死んで消えていくのにも意味が無い。

 命に使命を与えない、とは、生み出しておいて放置され、突き放され、捨てられた、そういうことをされたのに、等しい。

 そんな相手に対して特別な感情を持つのは至極当然ではないだろうか?


 それを言葉にするならば、怒り。

 俺を生み出した世界そのものに対しての怒り。

 世界を創ったのが神なのだとしたら、神への怒り。

 ……なあ? 俺の怒りは正当なものか?

 答えを、くれ、黒猫よ。


「だから神が必要なのか……」


 神は人に望まれて生まれる虚構。

 人に使命を与える存在として、人の口を介して、そこに在る。


 与えられる使命の中身なんぞは、本当にどうでもいいのだろう。

 どうでもいいし、何でもいい。何かをしろ、そう命令されることが重要なのだ。それで人は安心する。心が安定する。

 そういうこと、なのだろうか。


 暗い森の中、迷子となって同じ場所を堂々めぐりしている子供のようだ。

 情けない。惨めであり、みっともない。そういう自覚は、ある。救いようがない愚か者とは、今の俺のことを指すのだろう。

 泣きじゃくってないだけ、マシとするか。


 前生を思い出す。頭にこびりついて俺を離さない、前の生。

 生きながらにして息が詰まっていくような……見えない手でゆっくりと首を絞められていたかのような、前の生。

 その息苦しさからは解放されたようだ。

 今の俺は、息が出来る。骨なのに。

 ジャンヌや家の事、神や悪魔、様々なものに思い悩んでいた当時の地獄の苦しみを思い出せば、今の俺はどこぞの楽園にいて、寝そべって惰眠を貪っているのと変わらない。

 すべてを放り投げて捨てた俺は、とても楽で、はるかに自由で、身軽だ。


 磔にされた聖女ジャンヌを、救えなかったのではなく、救わなかった。


 俺にも、神にも、誰にも救ってもらえなかったジャンヌの代わりとばかりに、救い出されていたのは俺だ。

 だがその後に残ったのは、新たな罪を背負い、悩み、迷う、そんな、生。惨めな骸。救いようがない愚か者。


「なんの意味があると言うのだ」


 鎧兜の中、剥き出しの歯がかち合い、音を鳴らす。


 今の俺は不幸だ。それは、間違いない。

 幸福がそのまま死に直結する呪いを受けた者が、どう幸福になれるというのだ。


 黒猫よ、「俺」を、何故生み出した?

 一目見れば、誰でも悪魔と思い、恐れ、逃げ出すような、そんな風体で生み出された「俺」という存在が、目的もなく、無意味である、などと言うのは……

 ……俺にはちょっとくらいなら、この世界を呪う権利が、あるのではないだろうか? 黒猫、お前のこともだ。

 なぁ、お前の事を呪ってもいいだろう? 黒猫よ。

 教えてくれ。言ってくれ。話しかけてくれ。

 それが俺の愚かさから来る罰だと言うなら、すべてを受け入れるから。話を……


 ……今は。 

 前へ。




 

 街道から外れた森の奥に人の気配を感じて立ち止まる。

 木々の隙間を縫って零れてくる明かりが見えた。

 騒がれないように静かに近づいてみることにする。おっと、見られない様にローブの透明モードを使わねばな。


「我が虚ろなる骸を包む、深き闇の衣よ、夜の帳に溶けて透明になれ……」


 意図せずに口から洩れた言葉に、自分で恐れ慄く。


「ぅおい、待て、何を口走っているのだ、俺は」


 ローブを透明にするだけなら、別にそんな呪文など必要ない。そもそも口に出す必要もない。黒猫からの贈り物であるこの魔法のローブは呪文も魔法陣も必要なく頭の中で透明になれという意思を伝えるだけで透明になる代物だ。何故今、そんな呪文を唱えたのだ? 自分がわからない。


 ……寂しいのだ。結局。


 群れをはぐれた孤高の一匹オオカミを気どっていようが、寂しいものは寂しい。

 寂しくは無いと、どれだけ強ぶってみようが、自分が孤独で哀れであることに違いは無い。寂しさを認めないでいることは、自分で自分を慰めている行為にすぎない。そこに意味など無い。意味などなかった。認めるしかない程、今の俺は寂しく、心細い。だから、クソくっだらない、ついさっき思いついて適当に作ったような呪文までつぶやいてしまうのだ。

 自作の呪文とか……

 恥ずかしい。

 恥ずかしすぎるぞ。誰にも聞かれていないよな?


 夜の闇の中、完全に俺の姿を隠しているであろうローブを目深に被り、辺りを見回す。

 ここに誰もいないのは知っている。馬の奴もいない。不様な俺を好きに笑って罵る者も。

 虚しい。

 ……せめて馬がいれば虚しさもいくらかは紛れただろうに。


 深い深い溜息を吐き、兜の中の空気を汚す。


 やはり馬だけは最優先で取り戻すべきだったか。

 再誕の聖女とやらを一目でも見たらオルレアンの町に引き返そう。おのれ馬泥棒め、見つけたらただでは済まさん。


 人の気配のある場所に静かに進む。





 焚火を囲む数人の男たち。

 疎らに生えた木々。森とも言えない森の中、男たちから少し離れた所にもそうした集団がいくつかある。


「どうしてこうなっちまったんだろうな、へへ」

「へへっ」

「俺たちはもう終わりだな、ひひ」

「ああ、なーんも未来はねぇや」

「未来はあるだろ、地獄行き、だ。うひひ」

「地獄なぁ」

「地獄たぁどんな所だろうな」

「ここよりマシ、だったらいーなあ」

「なわけあるか、ひひひひ」

「うははは」


 そのうちの一つに狙いをつけ、背後の木の陰に忍び、会話を盗み聞く。


「……どういう死に方をすんだろーな」

「いてーのは嫌だぜ、そんときゃあよ、きっちり一発でよ、俺の首、はねてくれや」

「ひひひ、そんなヒマがあったらなー」

「そもそも俺らにそんな腕はねぇ、ギコギコとやってやっか?」

「そりゃ痛そうだぜ、ひひ」

「うひゃひゃ」


 話している内容は酷いのに、男たちの表情と声は明るい。

 酒でも入っているのだろうか、焚火に照らされる男たちの顔は赤く染まっている。薄汚れた風体と共に、見る者に、まるで人目を忍ぶ子鬼たちが森の中で祝宴を開いているかのように思わせる。

 しばし男たちの会話に聞き耳をたてる。


「俺は荘園の主を殺した……あんの奴はやりたい放題やってたんだ……だからよ」

「そっけ」

「俺ぁ、威張りくさってやがった貴族さまを殺したぁ、へへ」

「何かされたんかよ?」

「あ~? 別に? 俺っていうか、俺らだな。奴らよ、俺たちから税を取れるだけ取ってくくせによぉ、世界が終わるんだってんのに何にもしやしねえ、んでも、ずーっと威張ってんだ。みぃんながよぉ、あんな奴は真っ先に死んだ方がいいって言ってっから、つい……」

「そか、そりゃぁ、死んだ方がいいな。貴族なんてよ、農民らや職人が作るモンが無くなりゃ死ぬだけなのによ。人のモンをかすめ取ってるだけなのに、威張ってたら駄目だな。馬鹿が馬鹿な死に方をしたな、ひひ」

「ぎゃはは!」


 何が可笑しいのか、手を叩いて喜ぶ男たち。

 貴族は貴族で大変なのだぞ。主に、面子を保つのに。

 与しやすいと思われたら奪われる。命も、何もかも、そういう風に世界は出来ている。


「……でもよぉ、終末の世ったって、ちっとも終わらねぇぢゃねぇか。いつ来るんだよ? この世の終わりってやつがよ」

「俺も、すぐ来るんだと思ったんだけどよ……」

「来ねえな、確かに」


 終末を信じた者たち。

 だが終末は来ない。終末の物語すら、人が生み出した虚構なのだ。


「イナゴとかで空が覆われたりするんだっけ?」

「邪悪なドラゴンが復活して暴れるって聞いた」

「いねぇな、ドラゴン」

「ドラゴンに喰われて死ぬのは痛てえかな? 痛てえだろうな、怖ええし」

「ひひ、ドラゴン様だって喰いたいモンくらい選ぶだろうさ、誰が小汚い男なんて喰いたがるもんかよ」

「へへ、確かに」

「ぎゃはは」


 焚火で炙っていた肉を齧る男たち。

 家畜でも襲ったか?

 飲み食いをしながら雑談をする男たちを見て、ふと自分の身を振り返る。

 そういえば、もうずいぶんと飲み食いをしていない。最後に何かを口にしたのはいつだ?


 飲み食いは人が生きる上で必要な事であり、人間性がどうのこうのと黒猫の奴は言っていたな。

 今一理解が出来ない話の一つだ。

 実際に、水すら必要とせずに動き回れるこの便利な躰。飲み食いというのは必要ない。

 必要ない事をわざわざする理由はあるか?

 食べずとも問題なく動ける。俺が飲み食いをしないのは、単純に必要ないので行わない、ただそれだけの事だ。

 いざ食事をするとなると何かと面倒だし、奴らが喰っているのを見ても、うまそうに思えないしな。やはり俺には食事という行為は必要ないらしい。

 楽でいい。この躰になってからの利点の一つだ。最大限に利用させてもらおう。

 喰わないだけで人が人でなくなるわけがなかろうが。


「早く終末が来てくれねぇと、ヤベぇよ」

「やりたい放題やっちまったからな……」


 明るかった男たちの表情が曇る。

 馬鹿笑いを止めて息を潜めるようにして会話を続ける。


「……ずいぶん減っちまったな、俺たち」

「南から軍がやってくるって聞いて、逃げてった奴ら、多い」

「どこに行くってんだよ、町だって襲っちまった罪人だぜ。引き返せねぇ。罪人になっちまったんだ、もう、俺ら全員……」

「勢いだけで襲ったし」

「何で町を襲ったんだっけか?」

「何で、って、そりゃあ、悪魔を呼び出して願いを叶えてもらうために、その拠点づくり?」

「結局散り散りじゃねーか」

「何となく集まって来た奴らが、何となく散っていっただけだな。あいつら何にも考えてねーよ。俺らもか、けひ」

「お祭りみたいで楽しかったぜ」

「楽しかったなぁ……」


 過去を懐かしむように語り出す。


「楽しかったは、楽しかったけどよ、何でこんな事になっちまったんだろうな。勢いだけでよ。みんながみんな、馬鹿みたいに騒いでさ」

「気がつけば人殺しに強盗に……」

「親に顔を見せられねぇ……」

「終末……終末が来るって言ってた奴らの言葉を信じて、俺ら、めちゃくちゃになっちまった」

「世界が終わるんだもんな、やりたい放題やっていいって、なるじゃねーか、そりゃ……」

「ひひ、んでその結果の、このザマってか。笑えるぜ。こりゃ誰を恨めばいーんだ?」


 恨むのならば、自分自身だろう。

 一時の熱狂が醒めて、自分自身を振り返った時、自分のしでかした罪にようやく気がつく。そういうこともある。

 そんな事態になった原因は、何だ。

 終末の世が来る、と、聖書に書き残した者か? それを大いに騒いで言いふらす者か? それとも信じた者が馬鹿なのか?

 騙された、と嘆いていても、すべては終末の世が来ることを信じて行動した結果。その末路。

 自由の結果。

 その責任を負うのも、結局自分だ。


 俺にはこいつらを笑えない。

 あの時、何故俺は……


 ……あの時とは、どの時だ?

 ふと沸き上がった強い後悔に、戸惑う。何を指している?

 まぁ間違いだらけの選択をしてきたからな。心当たりが多すぎて困る。


「……なぁ、このまま終末が来なかったら、どうするよ?」

「どうもこうもねぇな」

「全員、罪人、追われる、捕まる、死刑、終わり」

「ひひ、なーんも未来はねぇな。ひひひ」

「あんだろ、地獄だって、あひひ」

「けひゃひゃ」


 再び笑い出す男たち。こいつら、何度も同じような話を繰り返しているのか。

 ならばこれ以上、ここに居ても、特に意味もなさそうだ。離れるとするか。

 焚火の揺れる炎に照らされる男たち。木々の影が風もなく揺らめく。なんだか眠くなってきた。


 今、俺が姿を現したら、こいつらはどれほど驚くだろう?


 そんな考えが頭をよぎる。

 幼児か、俺は。

 驚かせて、騒がれて、楽しい気分にはなれる。だがそれでひと時の寂しさを紛らわせた所で、何になる。馬鹿め。真っ当な大人の思考ではない。

 眠いのがいけない。

 眠くなると思考が鈍る。

 ここから抜け出して寝床を探さねば。


「地獄っていやぁ、ル、ル、ル……」

「ルシフェル様な」

「そう、それ」


 動きかけた俺を、男たちから漏れた一つの言葉が止める。


「降臨なさったルシフェル様は、すげぇ美人の女だっていうの、見てみてぇぜ」

「ルシフェル様って女なのか? 男じゃねーの?」

「女だよ、女、実際に見たって奴がルーアンの町から流れて来てた」

「黒髪の信じられないような美人だってか、本当か、それ、俺の聞いた話でも男だった気がするぜ」

「そりゃあ、ルシフェル様は、なんたってルシフェル様だからな、男でも女でも、自在になれるんじゃね? 神様の一番の部下の大、大、大天使ってくらいだし」

「悪魔の王じゃなかったのかよ」

「知らねーよ。何だろうな? 天使で悪魔?」

「んで男で女か。好きな方を選べるっていーな」

「ひひ、好きな時に乳が揉めるぜ、乳」

「自分の乳を揉んで興奮すっかよばーか、げひゃひゃ」

「ぶははは」


 一瞬だけ、身構えた。

 馬鹿話に戻った男たちを横目にして、一人の少女を思い浮かべる。

 黒髪の美人……ルルの奴か。

 黒猫の少女でいる時の姿を見た者は口をそろえて美しいと言う。俺には、奴の美しさよりも恐ろしさが先に来るが。


 そういえば猫と少女と巨人の悪魔の姿しか俺は知らんが、他にも姿があるような事を言っていた。タコだのイカだの……男の姿も持っているのか? ……普通に持っていそうだ。まぁ驚くことも無いか、黒猫だし。


 男たちは勘違いをしている。

 魔女だの悪魔の王だのと。

 姿を自在に変えられる黒猫だが、ルルはルシフェルではない。

 ……関係、無いはずだ。

 そういえば、奴本人の口から否定されてはいない。

 ルシフェルどうこうの話が出てきたのは、黒猫と別れてからだ。いや、関係は無い。こいつらも言い出した者も、適当に言葉を並べているだけだ。


「生き返らせたい家族がいるからって俺らと合流した奴らもいたなー。本当に人が生き返るなら、俺だって、どんなことだってする」


 死者蘇生。

 それは出来ない、奴本人がそう言った。

 俺は生き返ったのではなく、新しく生まれたのだ、とも。


「生き返る奇跡なら、聖女がそうじゃねーか。復活したんだろ? 聖女ジャンヌ」

「再誕の聖女、ねぇ」

「逃げ出したけど」

「あれも、どーなんだ? 最初は聖女が生き返ったって話だけどよ、実際は別人だとかどうとかよ」

「ああ、話が次々に変わっているな。今は器だって」

「うつわ?」

「復活したのは肉体だけで、魂がまだ復活して無いから、それを呼び出すんだとよ、猫を生贄に捧げた儀式は失敗したけど」

「え? そんな話だっけ? 猫は違う悪魔召喚の生贄だろうが? 失敗したけど」

「ちっ、ちっ、ちっ、情報が古いぜえ。逃げ出したのは聖女の魂を移す器。猫は真の聖女復活の生贄。プレラーティの最新の話じゃあよぉ、生贄にする猫は極上の黒猫じゃないと駄目なんだとか。儀式が失敗したのはそれが原因だってよ。パリの町に居る銀の聖女の元には、その極上の黒猫がいるらしーぜ。だから俺ら、逃げ出した再誕の聖女を追うと共に、パリに向かってんだろーが」

「え、え、何その話、俺、初耳なんだけど」

「情報が古いな」

「大事なとこが新しくなったり古くなったりしちゃ駄目だろーが……」

「確かに、ひひひ」


 場の流れ、勢い。誰かの意図に乗っかって流されるままでいるから、そうやって騙されて混乱するのだ。

 身に覚えがある。

 黒猫の茶番によって聖なる光の戦士なんぞにされてしまった俺は、詳しいのだ、そういうのに。


 聖女の復活に関しては、実に興味深い話ではあるが、どうせすべては嘘と誤解と盲信で出来あがっていった話なのだろう。行き当たりばったりで何一つ信じるに値しない。

 悪魔教の首魁、プレラーティとやらは、どうやら詐欺師で間違いないらしい。それもさほど優秀な詐欺師では無い。これは騙される者が馬鹿、そういう類の与太話。

 そんな馬鹿に付き合わされる銀の聖女、プリュエルや黒猫には迷惑な話だろうが。


「悪魔召喚して願いを叶えてもらいたいってんのに、聖女蘇らせてどーすんだよ」

「聖女と悪魔は、仲は悪そうだしな、あひゃひゃ」

「何してんだろーな、俺ら……」

「プレラーティの奴、言ってることがすぐに変わりやがる」

「奴は嘘つきだ」

「世の中、嘘つきだらけだな」

「最初にオルレアンで聖女が復活したって言い始めた奴もどーだか。ルーアンで殺された人間が、何でオルレアンで復活すんのかよって……何だ?」


 ……興味深い話だが、実入りはない話。

 復活しない。

 聖女は生き返らない。

 ジャンヌは、死んだのだ。


 ――だが、もし、本当に彼女が復活できるというのなら、俺は何を犠牲にしても……


 俺の中で新たな迷いが生まれかけた、その時、


「いたぞーっ!!! 再誕の聖女だ! 逃げ出した器を見つけたっ! こっちだ! こっちにるっ!!」


 森が俄かに騒がしくなった。




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