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「…………」
「…………」
お互いが相手の出方を伺い、しばし沈黙の時が流れる。動揺する男たちの手に持たれたランタンの明かりが揺らぐ。
蝋燭の乏しい明かりでは照らしきれない路地裏の隅に、動く影がある。
あれは鼠か。
娘の事を気にしつつ暗がりに目を凝らすと、やはり鼠だ。丸々と太った鼠たちが活発に動いている。
ここではもう鼠が増えているのだろうか?
猫と鼠と病の関係が気になる。
猫が減ると鼠が増えるというのは理解できる範囲だが、鼠が増えると病が広がるという理屈にはまだ納得できていない。1と1が足されて2になるような、馬鹿にでもわかる理屈が隠されているのだろうか。
「……しかし、夜目は効く方だし、暗がりを怖がる性格でもないが、やはり人の明かりがあると違うものだな。息苦しさのようなものが消えたぞ」
「…………」
「ふっ、こんな俺でも何気に気にしていたのだろう。黒猫の奴はトラウマ、とか言っていたか。良くない記憶が悪さをしているのだ。あの時の様に、ここも死の町に変わり果てて、生者など消えていなくなってしまったのかと、ほんの一瞬だけ思ったが、生きている奴がいてくれてよかった。いたのは娘を襲う悪人だがな」
「…………」
「…………まあ、俺も人に褒められた生き方をしてきたわけでもないのだがな、言う者が言えば、俺も悪人の部類に入るのだろう。家の為とはいえ、女を攫ったこともあるし、ただ気に食わないというだけで暴力を振るってきたことも、あるにはあるのだ。そうだな、あれはまだ俺が若い頃……」
「なンか語り出したっぁ!?」
「えっ!? こわっ! この兄ちゃん、こっわ!」
「貴様らがいつまでも黙っているからだろうがっ!」
反応があり過ぎて暴走されてしまうのも問題だが、反応が無さすぎるのも問題というやつだな。
「ま、よいか、ここで重要なのは、弱者を虐げる悪人どもを潰して、俺が気持ち良くなることだ……ゆえに、悪人ども、感謝しながら潰してやるから、安心して死ぬがいい」
「なんなのこいつ!?」
「ゆえにって! 何が、ゆえに、だ!?」
「無茶苦茶だ」
「おかしい! ぜってぇこいつ、頭がおかしいよ!」
「マジで何言ってやがんだ……?」
娘を暴行しようとしていた悪人共が騒々しく俺を責め立てるが、何を言っているのだとは俺の言うべき事だ。
「悪人を潰して娘を助けて感謝されて、俺の気分が良くなる、それだけの単純な話だと、どうして理解が出来ない? 頭が悪いのか? まぁそうだろうな、見た目からして馬鹿そうだ」
五人の男たちの、薄汚れ、基本的には粗末、だが時々高価そうな部位もあるような違和感のありまくる鎧に身を包む姿を見て、これは盗品などを節操も無く着ているだけなのだろうと看破する。
まるで着こなしていない。
一流の戦士たちが持つような、ある種のまとまった雰囲気が無い。戦い勝つために必要なもの以外を捨てる、そんな感じだ。一流には余計なものが無い。
翻ってこいつらは、どうだ。
着ている物だけでなく、行動もだ。
すでに俺の剣の間合いであり、俺は戦闘態勢もとっている。俺が行動すれば一息に全員の首を刎ねることも出来る。なのに碌な行動もないまま阿保面を晒してやがって。いつまでも呆けてないで俺を囲むように広がるなり、武器を構えるなりしろ。あまりにも動きが無さすぎて、逆に気勢が削がれてしまうではないか、雑魚どもめ。
「ご立派な鎧着てっからって、生意気してんじゃねーぞ? あ? こっちぁ5人だぞ? あ?」
なんだか懐かしさすら感じるやりとりだ。
パリの町で、まだ黒猫がいる時に襲ってきた三人組を思い出す。
死体を素材にする、とか言い出した黒猫を、本当の意味で理解しがたい、俺の手に負えない恐ろしく悍ましいモノだと思い始めた切っ掛けでもあったな。
死体に関しての認識の違い、とか……過去の事だ。
「立派な、黒い、鎧……ちょ、ちょい待てよ、こいつ、黒騎士……髑髏の黒騎士様じゃねーのか? 召喚された悪魔の大将軍ってゆう」
「はぁン? なわけねーだろ。髑髏悪魔大将軍がこんなに頭が悪いわけねーじゃねーか!」
髑髏悪魔大将軍、とは。
悪魔教徒どもが、俺の事をそう言いふらしているということか。
話の流れ的に、確かにそれは俺のことを言っているのだろう。が、こちらではそんなような認識なのか? なんだかちょっと、恥ずかしいではないか。
実際の俺は、悪魔の軍勢を率いる大将軍どころか、彷徨い、はぐれ、道に迷うだけの雑兵でしかないというのに……いや、そもそも悪魔ではないし、兵でもない。語感も酷い、髑髏悪魔大将軍……。
「つーか、なんで顔、隠してンだよ。髑髏悪魔大将軍は兜なんか被ってねーよ。髑髏悪魔大将軍の大事な髑髏が見えねーじゃねーか」
髑髏悪魔大将軍の何たるかを知らんが、それは情報が古いぞ。
最新の髑髏悪魔大将軍は兜を被って人の振りも出来るのだ……気に入り始めたかもしれん……髑髏悪魔大将軍。
「それに、ひひ、本物の髑髏悪魔大将軍なら、俺たちの事を気に入ってくれるはずだ、なんせ自由、俺たちは神を捨てて自由に生きることを選択したンだからなァ!? 終末の世に感謝を!」
「終末に感謝を!」
「終末に感謝を!」
何かが始まった。
気に入るかどうかは別として、たとえ雑魚の悪人だろうが、こいつらはこいつらで、自分の考えをそれぞれに持つ人間なのだと再確認する。神や悪魔を信じる人間だ。ここにも人間しかいない。神や悪魔は、どこにもいない。
一息で蹂躙できる体勢を崩さずに会話を続けてやることにする。
「あー、お前ら、噂に聞く悪魔教徒どもか? この町がこんなことになった元凶だな? お前たちの目的は何だ?」
俺の問いかけに、娘を腕に掴んだままの男が楽し気に笑いながら答える。
「ひひひ! 悪魔教徒ぉ? ああそうかもな。そんなことも言われらぁ。けどよぅ、宗教でもなんでもねー。俺たちに最初っから目的なんてねぇんだよ! この世は終末、終末だぞ? 聖人だろーが、悪人だろーが、知ったこっちゃねぇ。もう何をやったって終わるんだ。どうせみんな死ンじまうんだからよ、全部が全部、意味なんてねーだろーがよ。ひひ、俺たちが生まれてきたことに何にも意味なんてねー。意味がねーならよぅ、残された時間を好きな事やって面白可笑しく生きていこーぜってだけの集まりだぜぇ、うひひ」
「……教義とか無いのか?」
それはおかしい。おかしいはずだ。
宗教とは、ある程度の集団が纏まるために生まれたもの、らしい。なのだとしたら、芯となる教義が無ければ、纏まるものも纏まらなくなるではないか。
「殺したきゃあ殺せ、犯したきゃあ犯せ、悪魔教に教義があるなら、だ、うひひ、自由にしろ、それだけだ! あひゃ」
自由、か。
人の求める自由。
自由の果てにあるのがこの町の現状か。
男に掴まれたままの娘を見る。
苦し気に顔を歪ませて、涙目で何も出来ず、事態の推移を、ただ見守っている。
自由を謳う者が、他者の自由を踏みにじっている。
パリの町では、聖書に書かれた事を信じて人が殺し合い、悪徳を恥じ入り、聖書に描かれた滅びの火を恐れて、人が逃げて行った。結果町は滅ぶ。
ここではどうだ。
終末を信じた者が、無秩序に暴力を振るい、弱き者が襲われて、結果、町が滅ぶ。
「なるほど、人が神を必要とするわけだ」
どうせ滅ぶなら、滅び方として、どちらがマシか。
復興が早くなるのは、どちらだ。
どちらもどうしようもないが、神の法によって縛られていた方が、まだしも救いがある。
これは、そういう話だったのだ。
「かーみー? あはっ、兄ぃちゃん、まぁだ神って奴を信じてるのかよ? 神様が俺らに何をしてくれたよ? お偉い神様は何にもしねー。この悪に満ちた世界が嫌ならよぉ、いーからさっさと出てこいやっての、きひひ」
「その話はやめろ」
俺に刺さる。
神を信じ、神を求め、裏切られた……と、勝手に勘違いをして、ならば実際に存在する悪魔の力にでも頼ってやろうかと思った、昔の俺に。
「その点、だョ、悪魔はいるぞぉ、ちゃーんといる。このヒデェ世界にお出ましくだすった。出て来ねぇ神より、実際に居る悪魔様を信じた方が、ずっと楽しいって……」
「やめろっつってんだろうがっ!」
「兄ぃちゃんの、その黒ずくめの恰好は、髑髏悪魔大将軍に憧れて真似しているんじゃ」
「憧れておらんわっ!」
なんなら本人だ。その髑髏悪魔大将軍とやらの。
「とにかく、悪魔教というのが、纏まりのない有象無象の集団だということが知れた」
ならば少しばかり大規模な盗賊団と変わらん。法と秩序を求める者たちによって、ただ喰われて消えるだけの存在だ、気にする必要もなかった。
ベッドフォード公の見立て通りといった所か。
ただし俺の事をこの世界に召喚した、などと吹聴しているのは気にすべき事柄。
まったくの出鱈目だとしても、俺の印象が悪くなるではないか。早急に止めさせなければならない。
プレラーティとか言ったか? 悪魔教の棟梁らしき人物。そいつを掴まえて、くだらん事が口から出なくなるなるまで顔面をぶん殴ってやろう。この町に来た目的の一つ。あとは聖女か。
「纏まりが無いって? 俺たちぁ自由の名の元に固い絆で結ばれてンだよぉ、だろ? お前ら!」
「自由どうこうとか気にしたこともねーぜ」
「好きに奪っていいって言うから俺はここにいるんだ、そうじゃなきゃお前らといるもんか」
「俺、アンなこととか、ソンなこととか、デキたらいーなって……」
「目的はある。悪魔の力を信じれば、自分も強い力を授かるって聞いたから、一緒に行動してる。不死身の躰を手にしたい」
「纏まってないではないか」
バラバラだ。
俺に対して隙だらけの男たちが「ンだぉ!?」「あ゛ぉ!?」とか言いながら睨み合う。
もういい、馬鹿どもに付き合うのも終わりだ。向かってきたら首を刎ねてやろうと気を張って待ち構えていたが、疲れた。
「命を奪うまではしないが、腕の一本か二本は折って、それで許してやるか、ま、ただの作業だな。右から行くぞ、では……」
「待て、待てって!」
「何だ、話があるなら貴様らの骨をへし折ってから聞いてやろう」
「こわっ! じゃなくて、兄ちゃん、腕に自信があるのかよ? あるんだな? じゃあ、俺たちと一緒にならねーか? 悪人同士、仲良くしようぜぇ」
「は? 貴様、何を聞いていたのだ? 悪人は貴様らだけであって、俺は善人だが?」
「こっわ、兄ちゃんの頭ン中、どうなってンだよ? 歪んでるって! 自分の欲望のために誰かをぶちのめすって、もう完全に悪人の考えじゃねーか。同じ! 俺たちおなーじ!」
「それはちょっと前の俺だ。今は心を入れ替えている。無秩序な暴力は振るわない。俺が暴力を振るっていいのは悪人だけと、そう決めた」
黒猫と出会ってから、変わった? いや、違う。俺がそう思い始めた切っ掛けは、もっと前。
ジャンヌ、彼女だ。
熱を出して発光するような彼女の力に当てられて、そんな事を思い始めたのだった。
戦士よ、神の為に戦え、戦え……神の為、それが彼女の暴力の理由。暴力の向かう先。
言葉にもならなかったそうした思いを意識するようになったのは、つい最近ではあるが。
「……少し前に言われた事があってな、誰かの為を思っての行動は、突き詰めれば自分の為である、と、そんなようなことを、だ。ならば俺がそうする理由は……さて、言葉にするのも難しいが……神の為ではありえない、では正義の執行の為か? 違う。弱者救済? 世界の秩序? 愛と平和の為の行動? どれも違う、それらはすべて後付けの理由でしかないのだ……ふむ、やはり気兼ねなく暴力を振るえる相手だから、か、それ以外の理由が思いつかない」
「その発想が怖いって言ってンの! そうやって何人殺してきたよ!?」
「む? こう見えて、盗賊相手や戦場以外では人を殺めたこともないのだぞ? 己の欲望のために人を殺したことは一度たりとも無い。ああ、あと、刃向かってくる奴も殺してきたか、それなりに」
「どう見えンだよ!? 殺してンじゃねーか、わりかし見たまんまだよ!」
「あの……助けて……」
喚く男に掴まれている娘の、押し殺したような声で、俺がここに居る理由を思い出す。
そうだった、助けを求める声に導かれて、ここに来たのだった。
やはり状況を思い出したようで、ばつが悪そうな男と目が合い、苦笑が漏れそうになるが、それを押し殺して、前に進む。
「参る」
「ンだらぁ! 全員で掛かれぇ! その立派な鎧を剥いで中身を鼠に喰わしてやんよぉ!」
「おおッ!」
男たちは律儀にランタンを地面に置いて、剣を抜く。遅い。あまりにも遅すぎる。
雑魚確定と見ていいだろう。
兜のせいで視界が悪い。悪いが、動くのに支障は無い。
力任せでもどうとでもなりそうだが、技を使う。
最初に向かってきた男の懐に、半身をずらして潜り込む、それだけで虚を突かれた男は何も出来なくなる。振り上げた剣先を自分の懐に居る相手に振り下ろすことは難しいのだ。ここは即座に斬るのを諦めて剣の柄で叩きつける動きをせねば、そんな時間はやらんが。左腕を相手の腰に回して、互いの腰同士を密着、飛び込んできた相手の勢いをそのまま利用して、相手の体をずらして回転させる。足が縺れ、重心が上にいった体の制御は難しい。飛び込んできた男の体は、今や俺の手の中で自由に動かせる肉塊という道具になった。なので次に飛び込んできた、もう一人にぶつける。縺れて倒れ込む男たち。
右手は剣に添えているが、このままでもいけるだろう。
俺の体も投げつけた勢いを利用して、場所を移動しているため、残った男たちは目標を失って唖然としている。向かってくるのを待ってはいられないので、こちらから近づく。
「あ」
という間に、男の腕をとり、俺の手に絡ませる。
人の関節というのはそれなりに自由に動かせるが、どうしても無理という動きもある。動かそうとして、その動きが無理ならどうなるか、答えは、体が飛ぶ。人が生まれながらにして持つ痛みがそうさせる。意識すらできない領域で関節を守ろうとする動きを後押しをするように、そっと体を流してやる。力などいらない。盛大にふき飛んだ男が、先に倒れて絡まる男たちの上に落ちる。三人め。
四人目、相手の胸元を掴む、すると胸元を掴んだ手を、相手は掴む、そのまま懐に飛び込み、しゃがみ込むと、手を離せない相手の体は前かがみになる。あとは浮かせて、放り投げる。目測違わず四人目が、地面の上で重なる三人の男たちの上に落ちる。
「な、な」
娘を掴んで余裕の態度でいた男が今更になって剣を抜こうとする。最後。抜こうとした剣の柄を、相手の手ごと俺の左手が掴みこむ。抑え込まれ、すぐ近くにいる俺に男は対処できないでいる。
男の手を、関節を意識しながらゆっくりと捻り上げてやると、男の体は娘からゆっくりと離れていく。剣に添えていた右腕を娘を確保に回して、男の手を離してやると、男は地面に倒れ込んでうめき声を上げる。
「剣を抜くまでも無かったな」
俺の見立て通り、雑魚はやはり雑魚であった。
少しばかり武術の心得がある人間5人が相手ならば、こうはいかなかっただろう。初手で相手の膝を蹴り折るくらいのことはしないと……
「む、相手が弱すぎて骨を折る暇もなかった」
そういえば当初の目的では腕の骨を折ってやろうとしていたのだった。投げ飛ばす時に手心を加えてしまったのは、少しばかりでも会話をしてしまったからだろうか。
「つ、強えぇ……」
「何が……あぐぅ」
「あ、お……」
「痛てぇ」
「なんなん!? なんなん!?」
地面の上には転がる5人の悪人たち。俺の腕には助けた娘。
そう。そうだ、こういうのだ。こういうわかりやすいのを、俺は求めていたのだ。こういうのでいいんだよ。
斬ってもどうにもならない正体不明の存在や、自由にならない俺の躰の謎、単純な暴力ではどうしようもない宗教やら疫病やらと、俺を悩ます問題は、俺の手に負えなさすぎた。
「あ、あ、ありがとう、ございます」
「くくく、礼はいらん。むしろ礼を言う。娘よ、よくぞ襲われていてくれた」
「え? え?」
「何でもない、気にするな」
悪人を倒して悦に入るためには、悪人に虐げられる弱者が必要なのだ。
世界の真理にひとつ到達した気分だ。
「さて、貴様らに聞きたいことがある。ああ、その前に、横に並んで腕を出せ、これから一本ずつ腕を折る。約束だからな」
「なっ!?」
「嘘でしょ!?」
「許して! 許してぇ!!」
「変……まごうことなき変人だよ、この人……」
俺と娘の前に並んで座る男たちが必死に許しを乞う。
実に気分が良い。いや良くない。気分が良くなるのは良くないのだった。おのれ、斬ってもどうにもならぬ正体不明の存在め、俺をややこしい躰にしおって。
「まぁ、良いか。そのまま聞け。プレラーティとやらはどこにいる? それから再誕の聖女だ」
俺の問いを受けて固まる男たち。
「……右腕か、左腕か、選ばしてやる、要らない方を言え」
一歩前に進む姿勢を見せると、堰を切ったようにして喋り出す。
「どちらも、この町には、もう居ねぇ」
「逃げた! 再誕の聖女が牢を破って逃げたんだ!」
「手引きした奴がいる」
「パリだ、パリの町に向かっているぞ」
「パリの銀の聖女の噂を聞いて、そいつを頼るって話らしい、本当かどうかは知らねぇ」
「それを追うって言ってプレラーティの奴が大勢引き連れて出て行った」
「悪魔の召喚には生贄になる真の聖女が必要なんだとかどうとか言ってた!」
「聖女を磔にして燃やすんだ。それで悪魔が呼べる」
「言われるままに猫を集めて殺しても何にも起きねぇ、そしたら本当は聖女が必要だって……」
「あいつは嘘つきだ、口先だけだ! 本物の悪魔なんて見た事ねぇ!」
「口ではどうこう言って、本当は南から来るリッシュモンの兵を恐れて逃げ出したんだ!」
「臆病者!」
「そうだ! あいつはそういうやつだ!」
口々に言いたい事を言い始める男たち。腕の中では娘が震える様に身じろぎする。腕をほどいてやると、俺から離れた娘が地面にへたり込む。
「あ、あ、あ、悪魔……髑髏の……悪魔……ああ……そんな……神様……」
娘がつぶやく声を拾うが、今はいい。
再誕の聖女が逃げ出した。
悪魔教の首魁も同じく。
そしてパリの町か。
結局パリの町に行くことになりそうだ。
そして娘。どうやら鎧の中身が骨であることに気がついたらしい。鎧には隙間もあるからな、近くで見れば、普通に気がつく。
兜の隙間を縫って、娘と目が合う。俺には目など、無いが。
ガタガタと震え出す娘を見て、笑いが込み上げそうになってくるのを押し殺す。
弱き者に敬われ感謝されるのも悪くないと思い始めたが、そうやって恐れられるのも、やはり悪くない。くく。くくく。
どうやら俺はほんの少しばかり、歪んでいるらしいな。
ほんの、少しだが。




