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「町を出ただと?」
猫は鼠を捕る。猫を殺すと鼠が増えて、疫病が広まる。
なんとなく猫殺しの風習を止めさせたい、などと、呑気に構えていたが、事態はそういう話でなくなった。
南部だけでなく、世界中で猫殺しの風習が続けば、世界には死の病を運ぶ鼠があふれることになる。
俺自身、ほとんど軽口のつもりで口にした、猫を殺すと世界が滅びる、という話が現実になる。なってしまう。それは駄目だ。看過できない。何が言葉は力を持つ、だ。俺の言葉にそんな力は無い。あってたまるか。
絶対に、手段を問わず、そして早急に止めさせないといけない。
そのために噂を流す。
猫を殺すな、と。
そうした話をするために医者と吟遊詩人を探して建物を出て、すぐに捕まえることの出来た医者のナゼルに吟遊詩人の行方を聞くと、町の外に出たと言う。
「はい、昨日の吟遊詩人ならば、いくばくかの金を渡した後、朝早くに北門から出ていきました。『さて、あたしのあしたの行き先は北か東、あるいは西、もしくは南』なんていい加減な事をほざきながら出て行ったもので、どちらに向かったのかまでは……」
金の目途は立っていないが、ジャンと名乗った吟遊詩人に噂を流す仕事をさせようと探していたが、町を出ただと? 東西南北どうこうは、ただの軽口だろう。奴は恐らく北へ行く。どこにでも行ける根無し草の奴は、できるなら疫病から遠ざかりたいはず。昨日の雑談でもイングランドの話をしていた。向かう先はイングランドの可能性が高い、が、はっきりと聞いたわけでもないから、別の土地かも知れない。どうする? 追うか? いや。
「別に奴でなくともいいのか」
重要なのは噂を流す仕事をする奴らであって、奴本人が必要ではない事に気がつく。
「兜……」
「ん?」
「兜をされておられないのですね?」
「ああ、あれを被っていると息苦しくてな」
「息苦しい……息もするのですか……」
生きているものがすることなら大抵出来る……いや、食べることは出来ても出るものは無いな……
それも、そういうものであるとして深く考えてこなかった事だが、なんて出鱈目で都合の良い躰なんだ。深く考えさえしなければ楽でいいことなんだが。あとは俺の心が満たされると消滅するという条件さえなければ、本当に最高の躰であったのに。
「そんなことはどうでもいい。ナゼルよ。金の都合がつくか? 吟遊詩人、でなくともいいのだが、噂を流さねばならん」
「はい? ええと、噂? ですか?」
「そうだ、医者にも重要な話だ。聞かせてやろう」
場所を昨日の講堂に移して話を聞かせてやる。
すぐにでも出発したがっていたゴウベルらを待たせているが、なんなら今から別行動にしてもいいと伝えてある。行きたければ勝手にオルレアンに向けて出発するだろう。
「しっかりと、よく聞くのだ、ナゼル、世界はすべて輪っかの様に繋がっていて、猫を殺すと鼠が増えて病気が広まり世界が滅びる」
「………………はあ?」
正体不明の存在である黒猫のルル、および、森に詳しいという狩人の血をルーツに持つ泣き虫の話を聞き、つなぎ合わせて、辿り着いた結論が、それだ。
この世のすべては理屈で説明できる。
俺の話を真剣な様子で聞いていたナゼルだが、俺が端的にまとめた結論を聞いても反応は鈍い。
しかも、力なくつぶやく「はあ?」ではなく、何言ってんだコイツといった感じの、強めの「はあ?」を返してきやがった。奴は顔全体で自分には理解できないと表現している。いや、さすがに俺の説明が悪かったな、これは。
もっとわかるように説明してやらねば。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
男二人が睨み合っている。医者の方は説明を聞き逃さないように。俺の方は、物を知らない者にも、きっちりと、わかりやすいような説明をしようとして。
「……目に見えぬ、とても小さきものが、な、あるだろう?」
「いえ、その、目に見えないのなら、あるかどうかも……」
「…………」
目に見えぬものを、どうやって説明すればいい?
あの時、ルルはどうやって俺に説明していた? いや、詳しい説明はしていなかった。あのあたりの話は、簡単にさっと流された。情報の海に溺れそうになっていた俺もまた深く考えもせず、聞き返しもしなかった。だが、思い出せ。何かあるはず。
「病原菌……そうだ、そいつだ。病の原因。それが人に悪さをするのだ。それは目に見えぬだけで、この世に実在している。神や悪魔のように、人の創った虚構の存在では無く、ああ、なんだったか、隣人……言ってたか? いや、言っていたな、たぶん。そいつが、だ、人とまったく同じ世界にいて、だな、つまり、俺たちの隣にいる」
「…………」
「…………」
駄目だ。上手に説明できる気がしない。
医者の顔が疑問から強い不信へ、それから呆れに変わっていく。
虚構の神や悪魔の辺りは、口にしては駄目な話だったか。敬虔深い人間に向かって言うべき事ではない。よほど上手く話さねば争いになるだけだ。強い拒否感を持たれてしまう。
俺が黒猫に対して、そうであったように。
何より虚構云々は俺自身が納得しきれていない部分でもあるし……納得しきれていないというか、まるで仕組みを理解できていないし、他の誰かに上手な説明も出来ない。
わからない、わからないから、疑いつつも一応、黒猫の言う事を信じてみることから始める、というところから抜け出せていない。
他の様々な事もだ……なんだ、俺は、わからないことだらけではないか! 自分で納得したはずの理屈を説明することだってまともに出来やしない。若い頃を剣ばっかり振って過ごしていたからだ。頭を働かせてこなかったからだ。
おのれ、祖父よ、俺から学問を取り上げやがって。
「ちっ、出てこい黒猫! 出て来て俺の代わりに説明しろっ!」
「あわぅっ!?」
「すまん、いきなり大声を出した……」
「え、あ、はい……」
一心に武を磨いていた時は、それはそれで楽しかったな、なんて若い頃の事を思い出したり、粗暴で鳴らした、独裁的な祖父へ、長年抱いていた怒りが胸に渦巻いたりで、言葉にできない感情が黒猫に当たるという形で表に出てしまった。
だから顔に出やすい、などと揶揄されるのだ。骨だぞ、俺は。
賢く冷静にならねば。
「とにかく、悪いのは鼠だから」
「ねずみ」
何一つ納得できていない様子のナゼルが呆けたように俺の言葉を繰り返す。ナゼルよ、ちゃんと物事を考えているか? 駄目だぞ、考えるのを止めてしまっては。
「要約すると、つまり、だ、殺すなら猫ではなく、鼠なのだ……」
時間に余裕があるわけではない。
猫殺しは一刻も早く止めさせなければいけない悪習だ。
誰もが理解しうる理路整然とした説明を泣く泣く諦めて、兎にも角にも重要な事のみを伝えようと言葉を選んでいると、外が騒々しくなる。
「外で何かおきているのか?」
怒声が聞える。子供の泣き声も。
難しい話に顔をしかめている医者と示し合わせて、外に出るに促す。俺には少しばかり考える時間が必要だ。
手に持っていた兜を被り、天を仰ぐ。
講堂の外は相変わらず陰鬱な日差し。
兜の狭い視野から目に移り込んできたのは小さな子供を抱える幼い少女と、周りを囲む大人たち、それからゴウベルや泣き虫もいる。
「この子は黒き死の病を得てはいません! 違います! お医者様を、お医者様を……」
「げほっ」
「ずっと咳をしているじゃないか! そいつは病に犯されている! 殺すんだ! 体が黒ずんで悪魔の手先になる前に殺してやるんだ! いい子だから、そいつを渡せ、ちゃんと神の御許に行ける様に埋葬してやるから」
「違います! ぜったい違う! いやあ……」
男は知らん。見た事の無い奴だ。
だが泣きじゃくる少女の方は、ルーアンの北の廃村で俺が狼から助けてやった時の幼い少女であり、咳をしている子供の方にも見覚えがある。
「病に罹るのは信心が足りないからだ! そんなやつを町に入れるんじゃ……」
「そいつらを町に入れたのは俺だな。文句があるなら俺が聞いてやろう」
「んあっ!?」
「黒騎士さまぁ……」
近くに行って、男を見下ろしながら会話に加わる。
俺に気がついた男はしばらく呆然としてから、顔中で汗をかき、跪いて、まるで神へ告解する時のようにして祈り出す。
「天より遣わされた黒き騎士さま、私が間違っているのでしょうか? 私は、ただひとえに、町のみんなの……うう……おおう……」
言葉にもならないような男の祈りに、俺は答えを返せない。
何が正しく、何が間違っているのかを、俺は知らない。神に会ったこともない。黒猫によれば、正解や不正解は、それを決める者がいて初めて生まれるものだと、そう言っていた。
正解を決める者は、誰だ? そいつは今どこにいる?
「……ナゼル、子供を診てやれ」
「昨日、診ましたが?」
「もう一度だ」
「は、はい」
俺に言われて医者は子供の服を脱がして体のあちこちを見る。
俺もまた、子供の体に病原菌がついていないかと、目を凝らして見てみる。
常人の目には見えぬものも、ひょっとして、この世とあの世の境目に置かれているような、この尋常ならざる躰ならば、万が一ということもあるだろうと。
結果は、ただ、見ただけで終わる。
病原菌なるものがどんな姿をしているのかも、俺は知らない。そもそも、どうやって運ばれるのだろうかと。鼠の体に纏わりついているのか、それとも腹の中にでも潜んでいるのか……
体を診終わった医者は、その後、子供の裸を誰の目にも見える様にして説明を始める。
「黒死病に罹った者は、乾燥した藁が燃える様に、ほんのわずかな期間で酷い症状になるという。この子は咳をするが、それ以上にはなっていない。咳をしていたのは前からだそうだ。そういう子もいる。また、黒死病ならば誰の目に見てもわかるような印が出てくる。この子の体のどこにもコブが出ていない。腫れていない。黒ずんでもいない。この子は前から体が弱かったというし、今もただ衰弱して咳が酷くなっているだけだろう。食べて休めば症状は収まる類のもの。つまり黒死病を得てはいない。未だ、この町の住人たち、誰にも、黒死病を得た者はいない、安心すると良い」
おお、という声が、町の住人たちの間におきる。
俺もまた、医者の説明に唸る。
上手なものだ。俺もそれほど口が回ればよかったのに。
子供にからんでいた男も納得した様子で、落ち着きを取り戻していた。
「お医者さま、ありがとうございます……どんなお礼をすれば……売れる物は、この体くらいしかないの……」
「よいよい。それより毎日の神への祈りを欠かさずにな。神への祈りを欠けば治るものも治らんぞ。そうだ、一応、血を抜いておくか?」
「それは……」
神への祈りや血を抜く行為に、どれほどのものがあるのかは知らないが、それでも、この場の雰囲気は変わった。
子供に服を着させてから、医者は満足げに頷く。
「死の病よ、消え失せろ」「加護をくださるリュミエラ様に祈りを」「光の聖女様が生まれた町に黒死病がやってくることはないのだ」
……町の住人たちが、めいめいに勝手な事を祈る。
このルーアンは、ジャンヌを火刑にかけた町だということを、町の住人たちは、すっかりと忘れているんじゃないだろうか。いや、ただ口にしないだけなのだろう。自分たちの罪科を、嬉し気に喧伝するものはいない。
あれは過ちだったと、この町の住人たちは、とっくに気がついている。
リュミエラを賛美する声に、腕を組んでうんうんと満足げに頷いていたゴウベルに近づいて声を掛ける。
どうでもいいが、お前が何をした。
「出発しなかったのか? こっちはもう少し時間がかかるぞ?」
「お前を待っておったのだ。お前無しじゃ、流石に駄目だろう。認めたくないが、お前のひと睨みは、ゴネる現地人に対して、まあまあ効果があるからな。それに泣き虫あたりは、お前から離れるな、よく観察してこいとかベッドフォード公に言われていたらしいぞ?」
「馬鹿っ! 馬鹿ゴウベルっ! 言う奴があるかっ! 本当に馬鹿! 馬鹿すぎるっ!」
ゴウベルが馬鹿なのは今に始まったことじゃないが、そうか、泣き虫は俺の事を観察する役目も負っていたのか、大変だな。
観察される対象ながら、他人事のように心配になる。
言いたかないが、俺は出鱈目だぞ? 知れば知るほどわからなくなるぞ? 見ているだけで頭がおかしくなるからな?
「何をそんなに時間をかけているんだ?」
「いやな、目に見えぬものを説明するのにな……」
「そうかわからん!」
「考えろ、少しは」
話の続きをするために医者のナゼルを講堂の中へ入るように促す。
場の流れのまま、ゴウベルや泣き虫、それから何故か二人の子供らまで着いてきたが、それをとがめる者もいない。俺が許しているからだろうな。医者はなにかと俺の言う事を聞こうとしている。
「黒騎士さま……また助けられました……」
明かりが入って来るとはいえ、それでも尚、薄暗い講堂の中。
どうやって話を進めたものかと、再び頭を悩ましていると、娘が俺に声を掛けてきた。
「ふん、それこそ流れという奴だな、気にするな」
「どんなことでもします、だから、どうか、どうか私を買って欲しいのです、体、体くらいしか」
「ええい! いちいち体を売ろうとするんじゃない! 小娘がっ! 貧相な女の身体なんぞに興味も無いわっ!」
「ひどい……」
別に酷くないよな、俺は。
何も持っていないような娘から貰って嬉しいものなど、何も無い。俺が欲しいのは、知識、力……
「いや、待てよ」
何か良い事を閃いた、ような、気がする。
考えながら思いを言葉にしていく。
「娘、体なら、そこの医者に売れ」
「えっ!?」
「えっ!?」
医者と娘から同時に声が上がる。
お互いの顔を見合わせて、それから医者の方は、驚愕の表情を浮かべて首を振る。
「わ、私には妻がおりまして……」
「違う。そうじゃない。そういう意味じゃない。娘よ、お前はそこの医者に弟子入りをして医者になるといい」
「いっ!?」
振られた医者のナゼルは言葉を失う。
「女である私が立派なお医者さまになんて、なれない……」
医者は男がなるものというのは、古くからそうなっている風習だが、何も神が決めた動かしがたい法であるというわけでもなかったはずだ。子を産めとかいう話でもなし、仕事は別に男も女も拘らなくていい。
「娘よ、人なんぞ、ひとたび肉を脱ぎ去って骨になれば、男も女も区別がつかないような代物だぞ? 性別なんぞに拘るな。それからやってもらいたい仕事がある」
「仕事?」
預けられる方の、当の医者が何も言わない事をいいことに、話を進める。
「そうだ。娘よ、お前は目に見えぬような小さきものを見れるようにする、その為の方法、道具、そういったものを作り出すのだ」
開いた口が塞がらない、といった様子で俺を見る二人。まるで理解が追いついていないのが、手に取るようにしてわかる。何がわからないのかもわからない、うむ、よくわかる。俺もそうであったから。
見えぬのならば、見える様にすれば良い。
それが先ほど閃いた事。
あるかどうかもわからない、ゆえに説明も出来ない。だが、確かに”ある”と、黒猫はそう言った。先ずは信じる。ならば、後は、それを見える様にする方法を探すだけ。
「俺は今、金を持っていない。だが金が要るのだろう。医者の手伝いをして給金を得ながら、それを研究せよ。ナゼルよ、この娘が研究するための資金を出してやれ。娘、体を売るくらい本気ならば、お前の人生をそれに捧げよ」
「私の人生……」
「資金……」
「何もお前ひとりで研究するわけでもない。すべきことをすべてこなしてきたのなら、戻って来て俺も研究をする。目に見えぬものを見ることのできる医者になれ」
「私が、お医者さまになる……目に見えないものを見る医者……」
猫殺しの悪習を止めさせて、それから悪魔教のごたごたを済ましたのなら、ランスにいるシャルル王へ話を聞きに行く。
今はだいぶ熱は冷めているものの、それを済ませないと、俺は前に進めないのだろう。心のどこかに棘のように刺さっていて気持ちが悪い。いいから聞け、と、とにかく知れ、と。
どのような言葉を語られても、今の俺は冷静に受け止める事が出来るだろう。そういう経験をしてきた。復讐心に囚われることはない、たぶん。
それに、目に見えぬものを見えるようにする研究とか、心が踊る。もし、それが叶えば、歴史に名を残すことが出来るほどの偉業となるだろう。
いや、駄目だ。
心が踊っては駄目だし、俺は名は捨てたはず。残すべき名など無い。だから心躍らずに学び、研究を粛々と進めるだけだ。
なんだ、それ、楽しいのか?
「医者よ、今はまだ俺の言う事を信じなくていい。だが、死の病の原因となる、目にも見えない小さきものを見ることが出来たなら、お前たちの名は永遠のものとなるだろう、だから……」
どう説明すればいい? どうすれば納得する? 黒猫が語った、詐欺から身を守るための方法に何かなかったか? あれは逆用すれば、詐欺にも使える知識だ。だが、よく聞いてなかった、おのれ、あの時の俺め。
「それが……導き、でしょうか? 天啓、と、そう考えても?」
続ける言葉に詰まっていると、医者の方から言葉を発する。
導き。
俺が、黒猫に求めたもの。それを、医者は俺に求めている。俺は何と答えればいい?
「黒騎士様が町に来られた時に、迷える者たちを導く者が、ようやく現れたのだと、私を含めた皆が思いました。ですが、その、実際の黒騎士様は、実に人間らしい方であり、あ、いい意味ですよ! いい意味で! 良い意味で人間らしさをお持ちでらっしゃって……正直な所、どう扱えば良いのか、誰も答えを出せませんでした」
何の告解が始まった? 町の人々の、俺への評価か。いい意味での人間らしさとは?
「神の使いではない、お前たちの好きにしろとしか言われず、普段は穏やかですが、時々に横柄で……」
横柄なのは、地だ。そこは祖父譲り。似たくは無かった。
――私は神様じゃないわよ? 天使でもない。悪魔でもないけど。
――好きにしたら? 信じたいものを信じなさいよ。私は知らない。
黒猫の奴が俺に向かって言った事を、それは無責任だと責めたような言葉を、俺はそのまま町の住人にも言っていたのか……意識していなかったが、そうらしい。
奴にも似たくは無かったのだが……
「ですが、ようやく、指示を頂きました。神の啓示と捉えて、良いのですね?」
医者の問に、そうだ、と言えば、それで終わる話。
だが、いいのか? 神の啓示、神の言葉を、俺の、つい先ほど思いついたような案件に使っても、許されるのか? それでいいのか?
それを許す者は、俺だ……未来の俺だ。
神ではない。いつだって神は出てこない。
未来の俺は、ここでの選択を許すか?
考えろ、そして自分の心に、従え。
「そうだ」
短く答えた俺の言葉に、頭を垂れる医者。
「従います」
医者の答えもまた、短いものだった。
目の前にいる医者の、娘の、他の誰かの運命が書き換えられ、カタカタと、音を立てて変わっていく、そんな幻聴が聞えた。
俺の行動で何かが変わった。それは目にも見えず、言葉にもできない何かだ。それが何かは、本当にわからない。良い事なのか、悪い事なのか。自分の下した選択に、軽く慄いていると、医者と俺のやり取りを黙って見ていたゴウベルが聞いてくる。
「骨の道化師よ。猫殺しを止めさせろというのも、神の言葉か? 鼠はどうした?」
「そうだ、神の言葉だ。猫ではなく、鼠を殺せと言っていた」
「本当か? おい」
「ゴウベル、神の言葉を疑うな」
「何故目を逸らす」
一度、一線を越えてしまえば、後はもう、どうでもいい。
思えばイングランドの兵たちを許した時にも、神の言葉を代弁したのではなかったか。なんだ、俺はもう前科持ちではないか。なれば、後は何度でも。
そもそもからして、黒猫の奴が持つ力は、どこぞの地方神として祭られてもおかしくない程のもの。それが邪悪なる神であろうと、善なる神であろうと、どうにせよ神は神。ならば俺は神の言葉を受け取ったと考えても、問題はないはずだ。問題はない。ないと良いな。ちょっと視線を合わせられないが。
「鼠を殺すのも、なんか問題が出るような……」
泣き虫が心配する。が、知らん。
問題が出たのなら、出た時に考えろ。すべての問題を解決するなんぞ全知全能の神に任せておけばいいのだ。
「目に見えぬ病原菌の話はそれでいいとして、問題は猫殺しだ、どうやって止めさせるか……」
疫病を広める鼠と病原菌の話が明らかになれば、鼠を捕る猫が殺されるようなことは起きなくなるだろうが、それには時間がかかる。研究の結果なんぞ待っていられない。
「吟遊詩人どもを使って噂を流すだけでは、猫殺しが止むとは思えん。猫を殺せば罰金を、逆に鼠を殺すと小遣いをもらえるようにすれば……」
「お金はどうします? 無尽蔵に金が出てくるわけでは……」
「むう……」
話の途中、扉が叩かれ、兵士が入って来る。
「ほ、報告! 南部で大きな動きがあるようです! リッシュモン元帥が、南部で兵を起こして、北進を始めようとしていると……」
「何だと」
「その名目は『世を混沌に導く、闇の勢力の駆逐』だそうです。悪魔教や、自称聖女たち……その……く、黒騎士様のことを、打ち滅ぼして、世に人の手による神の秩序を取り戻す、と」
悪魔教は、確かに世を混沌に導く奴らだろうが、この俺まで闇の勢力にひとまとめか。
なんでそうなる。
いや、何となく、自覚はあるのだが。
裸に剥かれた子供は男の子なので平気です(なにが?)
読んでくれてありがとう。
評価など下さいませませ。




