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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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「俺の話を聞いてくれぇええ!」

「おいっ! 落ち着け! 落ち着くんだゴウベルッ! そいつを放せ!」

「ふ、ぎゅぅぅ……」

「ええい、邪魔だっ! どけっ! ベッドフォード公ぉ! ベッドフォード公はどこにいるっ!?」

「お前が掴んでいる奴が死にそうになっているぞっ! 手を放してやれ! そいつ、顔が真っ青だぞ!?」

「し……しぬ」

「お前らでは話にならんっ! どけっ! どけどけぇい! 俺の話を聞いてくれえ!」

「話を聞かんのはお前の方だあっ!」


 黒猫曰く、仲間の窮地に颯爽と現れて人を救うことが出来るのが勇者や英雄といった物語の主人公の特権であり条件だのと……

 そんな話もしていたな、奴は。

 奴の話は重要そうな話をしているようで、実はただの取るに足らない雑談であったりするのだ。だからどこまで真剣に聞いていて良いものかがわからなくなる。


 今まさに、騒動の中心となったばかりの、未だ遠くに見えるゴウベルの姿を確認する。

 奴は片腕で男の首を掴んで、周囲の兵たちを牽制している。

 捕まれている男の顔面は青いのを通り越して紫色だ。死ぬぞ、あれ。

 掴んでいる側のゴウベルの奴も鼻血やドロ汚れで顔面をぐしゃぐしゃにしている。そんな奴が騒々しく喚きながら少しずつ近づいてくる。

 いい所に来てくれた、と、不覚にも一瞬だけ奴は勇者かと思ってしまったが、それは勘違いだった。

 ゴウベルがこちらに来ていることは知っていたから、ここに現れるのは当然の成り行きでもあり、俺が返答に窮したからといって、何だというのだ。話をそらすことが出来て良かった、とか、恥ずかしすぎるだろう。落ちるにしても落ち過ぎた、俺は。一体何が仲間の窮地、だ、馬鹿馬鹿しい。そもそも仲間でもなかったわ。ああ、くだらんことを考えた。ああ、馬鹿馬鹿しい。


「……使者よ、あれが、あのうるさいのが、書状にもある”聖女に認められし、光の戦士の内の一人”か?」

「その書類には何が書かれている? いや、まぁ、いい。そうだな、あのうるさいのが、そうだ」


 アンドレがあの日の事態や関わった人物をどうのように伝えたのか少しだけ気になったが、ベッドフォード公の聞きたい事は伝わったので肯定する。


「不測の事態に、予期せぬ困難、減らぬ面倒事に、解決できぬ問題、騒動、騒動、また騒動……いい加減にしろ、神よ……」


 ベッドフォード公は苦虫を嚙み潰したような表情で、騒動の中心にいる男を眺めつつ、不満をボソリと溢す。顔色の悪さではゴウベルに捕まれている男にも負けていない。神に対して言いたいことも、ずいぶんと溜まっていそうだ。


「ふん、神を呪う言葉か?」

「違う、至らぬ我らに、次々に試練をお与えくださる神への感謝の言葉だ」

「言い様だな」


 俺とベッドフォード公は顔を示し合わせて、騒動の中心へと向かう。

 いつでも逃げれるように馬も連れて行く。俺たちの動きに合わせて兵士たちの輪も動く。

 騒動を囲む兵士たちを掻き分けてその場に到着すると、ゴウベルの方から声が上がる。


「おお! ベッドフォード公! 話があるのです! 重要で、重大で、我がイングランドの未来がかかった話です! どうか俺の話を聞いてくださいっ!」

「うるせぇわ、聞こえているから静かに話せ、それから、掴んでいるその男も放してやらんか」


 額に青筋を浮かべつつ答えるベッドフォード公は機嫌の悪さを隠そうともしない。ずいぶんと口調が荒いぞ。寝ていないのか?


「げほっ……げほっ……」

「どういう状況だ?」


 口々に何かを言い始める周りの男たちを制し、ゴウベルだけに話を聞くベッドフォード公。


「ははっ、我が身の危険を顧みず、不名誉な捕虜に身をやつし、敵の陣営奥深くに入り込んで、命と引き換えにして手に入れた時の情報を伝えに来たのです。いや、敵ではない。実は敵は敵ではありませんでした、敵は別に居たのです、本当の敵は、我々イングランドすら操った邪悪なる真の魔女であり……」

「ぐほっ、お待ちくださいぃ! 戯言です! ベッドフォード公のお耳に入れる価値も無い、無意味な戯言、いや、もっと酷い、悪魔の奸計。ゴウベルの奴は悪魔に魂を乗っ取られたのです! ルーアンの地に生まれた、新たなる魔女に操られているのです! 邪悪な身に落ちたこやつの話を兵たちに聞かせるわけには……」

「なんだとっ! また言ったな! あの方は魔女ではない! そもそも貴様ぁ、門番の仕事を放り出して一番先に逃げ出しおって! やはり許さん!」

「ぐっ、ぐぐ」

「あー、待て、待て待て、待たんか………………ちっ……どっちも殺すぞ」

「はっ!?」

「ひっ!?」


 ゴウベルに捕まれていた男が息を吹き返すと、すぐさまゴウベルの発言を止めにかかり、再びゴウベルに首を絞められようとしていたが、ベッドフォード公の静かな殺気に当てられて両者とも静かになる。

 殺すぞの言葉が、腹の奥底から出ていた。目が真剣だ。というか目が座っている。俺ですら少しだけ怖くなったぞ。

 本当に大丈夫か? ベッドフォード公の健康の話だが。この男に今、倒れられても……まぁ、構わないか、そういえば、そうだった、どうでもいい。

 目の座ったベッドフォード公は俺を見て、周りの兵士を見て、ゴウベルに視線を戻し、話の続きを促す。


「お前の名前はゴウベルだな? ゴウベルよ、構わないから、話すが良い」

「公、せめて、せめて天幕の中で、少ない者たちで……」


 なお引き下がらない男の顔をよく見ると、何だか見覚えがある。どこで会った? 記憶を探ると、すぐに思い出す。


「泣き虫ではないか。生きていたか、泣き虫よ」

「なっ!? だ、誰だ、貴様は!」


 リュミエラが捕まり、処刑されると聞き、パリの町から、ルーアンへと引き返す道中に出会った男だ。

 パリの町から逃れてきた避難民を虐殺しようとしていたイングランドの兵を纏めていた指揮官らしき男。たしか透明のローブを使って、まるで闇夜に浮かぶ髑髏の姿になっている時であったか。俺を見て泣き叫ぶ姿が滑稽で、長々と追いかけまわしてやったのだった。

 ルーアンの町では姿を見なかったので心配……は、していないな。最初からどうでもいい奴だった。


「俺がわからないのか? ほら、これでどうだ?」

「ん? んん? あっ!? んああああっ!!!!?」


 兜を脱いで髑髏の顔を見せてやる。反応がいちいち大げさな奴。体を盛大にのけ反らせて驚く姿に満足をする。

 それと、もう一人。


「……あ、あ、あ、骨の道化師だとぉっ!? 何故ここにっ!? 兜を!? はっ! そういえば、その兜には見覚えが!?」


 気がついていないとは何となく察していたが、本当に気がついていなかったのだな。兜を被っただけでわからなくなるとは、ゴウベル、貴様の目は節穴か。それとも髑髏の印象が強すぎるのか。


「あ、いや、道化師呼びは不味い……道化師……ど、どう呼べば? ……光の戦士長?」

「やめろ、本気でやめろ。勝手に俺を光の戦士長にするな。今まで通りでいい」


 自分らの事を恥ずかしげもなく光の戦士と呼ぶのは勝手にすればいいが、同じ敵? を相手に戦っただけで仲間扱いされたくないし、お前らの戦士長にもなりたくない。骨の道化師呼びされていた方がずっとマシだ。


「あひぃぃ、ご先祖様、あれから悪いことはしていません、罪無き者を傷つけてはおりません、誰も殺していません、お許しをぉ」

「お前の先祖でもないが……」


 額を地面に擦り付けて許しを乞う男に戸惑う。

 そういえばトムスも自分らに縁がある先祖かどうかを、俺に聞いてきたな。出所不明の骨が、ふらりと目の前に現れれて何か言っていれば、そんな疑問も持つか。


「黒き騎士……」

「ん?」

「使者よ、ルーアンの地に突如として現れた黒き鎧をまとう騎士、地獄から蘇った死者、つまり、貴殿のことだが、その黒騎士の正体はイングランドの英雄、エドワード黒太子ではないかという噂がある……」


 ベッドフォード公の鋭い視線が俺の黒い兜に刺さる。

 100年前、というほど前ではないのか、それでも、それほどの昔の話に出てくる戦争の名手。常に黒い鎧を着て戦場に出ていたという。

 侵略者であるイングランドでは英雄呼ばわりだが、侵略された側である者たち、特にフランスの南西部あたりに行けば、エドワード黒太子は英雄ではなく、むしろ悪鬼などと言われ、恐れられているらしいが。


「今、様々に飛び交っている噂の一つだ。血のつながりが遠くであれ、どうであれ、ご先祖様が我々がこの地で犯した間違いを正し、裁くために地獄から蘇ってきた、などと、そういう……噂だ」


 俺から視線を逸らさずに話しかけてくる彼の声色は慎重だ。

 ただの噂話として話しているが「実際の答えはどうなのだ?」と、その視線が訴えてくる。問いかけたくても軽々しくは出来ない、そうした感情が読み取れる。

 恐れている。残酷な答えが返ってくるのを。

 俺の勘違いかもしれないが。


「安心しろ。俺はエドワード黒太子とは関係が無い。まったくの事実無根だ」


 表情には現さない。だが、ベッドフォード公の肩が少しだけ下がったような気がした。


「まぁ、ただの噂話であるからな、とはいえ貴殿の口からそれが聞けて、安心する者もいるだろう。下らぬ噂話が少しは減るといいのだがな」

「むしろエドワード黒太子を捕らえたという猛勇ゲクランの……いや、関係無いな。まったく関係無い」


 無意味な話をして混乱させてしまうところだった。

 俺に名は無い。俺に先祖はいない。

 肉と共に、この世のしがらみを捨てた、ただの名もなき骨なのだ。

 俺はそういうものになった。いい加減にしろ。縛られるな。

 もっと自由に。


「それより話がずれているぞ? ゴウベルの報告はどうなった?」

「そ、そうだっ! ベッドフォード公! 魔女が、魔女が居るのです! 本当の魔女が! 名を呼ぶだけで人を操ることの出来る、とてつもない恐ろしい力を持つ魔女が! 俺も実際に目にしました! ああ、その力でイングランドの上層部の方々も操られていたのです! それで聖女ジャンヌ・ダルクを殺してしまったのです! 俺たちの本当の敵はそいつです!」


 ゴウベルの下手くそな報告を耳にした兵士の中から「まさか……」「そんな……」「なっ、なんだってーー!!」……などといった驚愕の声が上がり、広がる。

 俄かに喧騒に包まれ始めたイングランド軍の陣中。

 そんな中、ベッドフォード公だけが、相変わらずの凶悪な人相のまま固まっている。書状にも書かれていた通りの報告なのだろう、驚くことも無いといったところか。


 魔女が居て、ジャンヌを殺した。

 実際は茶番、すべては茶番で出来ている。嘘に嘘を重ねて出来ている。

 だが俺にその嘘を告発することは出来ない。すべてをひっくり返したところで、混乱を巻き起こすだけ……

 未だに黒猫の奴の手の平の上。

 今の俺の心にある感情は屈辱というものだろうか。


「お待ちください! そんな、そんなことを認めたら、我々がしていた事はなんだったのです? ベッドフォード公、我々の正義の戦いは……」

「まぁだ言うか! 我々が悪事の片棒を担がされていたのは事実だ。悲しい事実だが、間違っていたのなら正されねばならん。だよな? 骨の道化師よ!?」

「…………」

「なぁぜ、肯定せんんん!?」


 頷くことも出来ない俺に目を剥くゴウベル。

 ゴウベルの馬鹿は、きっと根が純粋な馬鹿なのだろう。だから、あんな茶番でも簡単に騙される。これからの人生、詐欺に気を付けろよ。


「魔女は恐ろしい姿の巨人でもあった……角を持つ巨人の悪魔。だが真の聖女によって光の力を与えられた俺や他の戦士たちと共に骨の道化師が、退治した、だよな?」

「…………」

「肯定しろよお! あ、いや、退治と言っても、倒しきれることは無かったのか……戻ってこいだのどうの……骨の道化師が、本物の道化師のようになって踊っていたのだった……」

「死ね」

「何故っ!?」


 すまん、哀れな純粋馬鹿の貴様の目を見れそうにない。兜があって良かった。

 貴様に死ねと罵倒するしか出来ない俺を、どうか許してくれ。


「……これで勝ったと思うなよ?」

「うっ!?」


 いつの間にか近くにまで来ていたベッドフォード公が、俺の耳元で囁く。

 まるで地獄から響いてくるような低い声で、彼の述懐は続く。


「二年前……二年前までは、すべてが順調だったのだ、要衝の地、オルレアンを落とすだけで、イングランドの勝利は確定していた……それが、ジャンヌ……ジャンヌ・ダルクなる少女がすべてをひっくり返した……神の言葉を聞いたなどと言って……」


 俺だけに聞こえる様に囁く。

 近い。顔が近い。唇が兜に触れんばかりだ。


「……敵を悪、自らを善とするのは、古来より何度も、誰もが用いることだ、戦争の定石だしな……何も言わんぞ。だが仲間の中にも、イングランドの窮地は本当に神の手によるものであるという者まで現れ始めた……信じがたい敗北を続けることによってな……我らの心に受けた打撃はいかほどのものだったろう……」


 夕日が差し込み始める時間。もう、そんな時間か……


「兵たちに、正義は我らにある、ジャンヌという少女は魔女だと言って聞かせて戦わせてきたが、限界が近かったのだ……耐えていた、貯めていた……神を求め、救いを求める心が、神の乙女だと言われる少女を処刑することを恐れていた。誰かが、ではなく、誰もが……」


 呪うように言葉を紡ぐ。


「彼女の処刑が行われた、あの夜、何も起きず次の日を迎えていれば、そのまま何も変わらぬ日々となっていたのだろう……やはり神の乙女などではなかった、と……だが死者よ、貴様が現れることによって、すべて崩れ、決壊した……やはり、神の乙女であったのだと……罪の意識に縛られる兵たちが増えた……我がイングランドの軍は、もはや制御の効かない状態になっている。……我々に残された選択肢は、ジャンヌが魔女であることを証明し、魔女の用意した悪の軍勢を打ち破ることだけだった……だが、いない、どこにも……このままこの地に留まり続けても、老人の歯のごとく、ボロボロと抜け落ちていくだけだろう……すべて消えるまで。……引き返さねばならん……我々は敗北した」


 歯ぎしりが聞こえてきそうだ。いや、聞こえる。


「ぐぬぬ……しかも逃げ道まで用意してやったぞ、だと? 実際に? 悪魔が居て? 我々は等しく被害者で? 悪であると断罪されそうな我々を救ってやる、と? ははっ、感謝の言葉を述べねばならんのだろうな……救われる兵たちに代わって……ありがとうよ……ああ、ありがとうだ……これで満足か?」


 吐き出す感謝の言葉とは裏腹に、絞り出されるようにして出された声は、恨みに満ちている。


「だが理解しているか? 使者よ、死者よ、天使でも悪魔でもない者よ。今回の戦いは貴様らの勝ちだが、貴様らはこれからが大変だぞ? ん? 世界中の目が、今、この地を向き始めた。都市や、個人ではなく、すべての人の目だ。この地に居るのは真の聖女か? それとも、悪魔を使役する魔女か? 世界が貴様らを悪魔を使役している者だと判断すれば、世界の全てが貴様らの…………敵だ」


 俺の耳元で長話を続ける、自分たちの指導者の異様な雰囲気に気がついたのか、周りがざわつき、俺たちに注目する。

 ここでようやく、ベッドフォード公は俺から離れ、皆にも聞こえるようにして喋り出す。


「シャルル七世を正当な王と認める必要も出てくるだろうが、きさま……貴殿は、正式な使者では無かったな。正式なやりとりは誰にすればいいのだ?」

「いや、すまん、ベッドフォード公。ちょっと考え事をしていた、ええと、何の話をしていた?」


 眠くなる前に、ここから抜け出して安全な寝床を探さねばならない。

 これは最優先事項だ。

 こんな敵……敵ではなくなるにしろ、信用も置けない連中に囲まれた中で睡魔に襲われることだけは避けなければならない。

 なんだ、ベッドフォード公、その振り上げた拳は?





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