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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 馬に疲れが見えてきたので、走る馬の背から飛び降りて自分の足で走る。

 適当な水場を探しつつ徐々に速度を落としていき、やがて歩くほどの速度になり、ようやく見つけた小川の近くで立ち止まる。


「少し急ぎ過ぎたか? ふん、情けないぞ、馬の癖に俺よりも体力が無いとは」


 荒い呼吸を続ける馬の口から白い湯気を伴う呼気が漏れる。

 馬は俺に指示されずとも小川に近づき、首を曲げて水面に口をつける。その姿勢のまま勢いよく水を飲み始めた馬の首を撫でて労ってやる。

 馬を撫でる俺の小手の隙間から腕の白い骨の部分が覗く。

 夜を通して走り続けても疲れることのなかった、強靭で、尽きない体力を持つ骨の躰。動く死者の躰。それと比べてしまうと、休憩を必要とする普通に生きている馬の体力の少なさが気になってしまう。


「馬の奴は置いてきた方が早く着くのではないか?」


 いや、それだとあまりに目立ちすぎるだろう。夜ならいざ知らず。

 それにしても、どうしたことだろう、馬の体力が少ない、などと不満を持つなど、俺が生きている時には思考の端にも思わなかった事。


「……お前も黒猫の奴に骨の躰にしてもらえばよかったのではないか?」


 そうなれば俺のように食事も摂らず、休憩も要らないまま走り続けることができるのに。

 俺の言葉の意味を理解できているわけもないだろうが、俺の口から洩れた何気ないつぶやきを聞いた馬の奴は不満を示すかのようにして嘶き、何度も首を振る。


「まぁ、嫌ではあろうがな……」


 見た目と、あとは必ずやってくる、抗えないほどの睡魔にさえ拘らなければ、この骨の躰は実に便利。一度受け入れてしまえば馬の奴も気に入るはず、俺もそうだった。気に入っている。いまさら肉を伴った生者の体には戻れないと思うほどには。

 

「……知らなくば、不満を持つこともなかったのだろう。これも知ってしまったことの弊害か」


 今まで普通だと思っていた食事が物足らなくなるのは、この世には美味い食事がある、などと知ってしまったからだ。空を飛んで行けないことが、これほど、もどかしいものだとは知らなかった。この躰も、同じ。

 それがあると知らなかった以前と、知ってしまった以後では考え方が違う。


「知恵の実を食べて楽園を追われたアダムとイヴも同じであったのだろうか……」


 知ってしまった、前と後。

 彼らは楽園を追われたのではなく、楽園に居る事が苦痛になってしまったのではないだろうか。楽園の外にも世界があるのだと知ってしまったために、物足りなくなったゆえに、自ら飛び出した、無知であることが幸福の条件であった、その場所から……


「くだらん」


 会ったことも無い最初の人類のことを考えてどうする。しかも答えなど用意されて無さそうな考えだ。無意味な思考。

 今、考えるべきことは、俺のこれからの事だ。

 馬から少し離れた草むらに座り込み、小川の細い流れを見る。

 天気は薄曇りで、相変わらずの陰鬱さ。


「黒猫がいれば、またフラフラとしている、などと言って嗤われたのだろうな……」


 ランスに居るシャルル王に会いに行くはずだったのに、気がつけばイングランドの軍に向かったゴウベルに会いに行く話になっている。いや、ゴウベルはついでだ。本命は和平の書状をイングランドのベッドフォード公に渡すのだった。

 行動の一貫性の無さに、我ながら呆れる。

 心に芯が無く、ぶれて、ふらふらと……

 黒猫の奴は、それは俺が現状に満足してしまっているからだと言ったが、それは少し違う。

 前からだ。

 思い起こせば、生前の俺がジャンヌに会いに行ったのも、もともとは彼女の監視を命ぜられてのことだった。神の言葉を聞いた聖女、などという異常な存在の監視と、その行動の確認と報告。それがいつの間にか、彼女を信じ、彼女に惹かれ、気がつけば彼女の後を追うようにして付いてまわっていたというのだ。

 俺の在り様は、その時のまま、いい加減で、適当で……

 ……違う。言い訳にもなっていない。

 俺の行動の一貫性の無さは変わらないとしても、だ。

 結局のところ、俺は恐れているのだ。

 シャルル王に会って問い質し、決定的な何かを叩きつけられることを、恐れている。


 ――すべては嘘で、茶番だったのではないのか?


 ジャンヌ・ダルクが神の声を聞いたのも、その後の奇跡も、すべて誰かによって都合よく塗り固められた嘘。そんな言葉が返ってくるのを、恐れている。

 あの時の黒猫が言いかけ、その言葉の続きを、首を刎ねてまで遮ろうとした、その話。黒猫との関係が破局を迎えることになった切っ掛けの、言葉。

 本来ならば、何を置いても王に会いに行けるだけの自由が俺にはあるはずなのに、それを先延ばしにしている。

 俺の存在……根幹すらも揺るがす、恐ろしい考え。

 そんな考えもあるのだと、知ってしまった。知らされてしまった。

 考えないようにしたって、頭をもたげてくる。邪悪な蛇が頭をもたげてくるかのように。厭らしい嘲笑を口に浮かべて……


 ジャンヌの神性を証明する逸話もある。

 ジャンヌと王、当時は王太子であったシャルル七世との最初の邂逅の時の話。

 二人の最初の邂逅の時、王太子が稚気を起こし、戯れとして、まったくの別人を玉座に座らせて、本人は大勢の人の中に紛れて、王太子に会いに来たジャンヌを出迎えたという。だが王太子シャルルの顔を知らぬはずのジャンヌは、一目で玉座に座る者が王太子でないと見抜いて、大衆に紛れ込んでいた本物のシャルル王太子を探し当てたのだという。

 神の声に導かれた乙女が持つ力の一端。ほんの切れ端。大勢の人に見せつけた奇跡……

 ……だがそれも、二人が事前に話を合わせていれば、神の奇跡に頼らずとも可能なのだ。

 もともと互いを知っていて、そういう奇跡を演出するために計画して為した、そういう茶番。

 何せ神の声を聞けるのはジャンヌ一人なのだ。どうとでも言える。何とでも言える。


 ジャンヌが聞いたという「神の声」その内容。神託。

 確か「イングランド軍を駆逐せよ。そして王太子シャルルをランスの地へと導き、彼をフランスの王位に就かせよ」というものだったか。

 今から思えば、なんとも特定の個人や集団だけが得をする話ではないか。広く人を愛す神がそんなことを言うか? 敵はどれどれであり、場所はそこであり、名は誰であり……あまりに具体的な神の声、いや指示ではないか。

 争いを止めたい、なんとなく、嫌だから、などと言うリュミエラの漠然とした願いの方こそが、真の神の願いに近いと思ってしまう。

 ……は、ジャンヌではなくリュミエラの方が聖女らしい願いを持っていると感じてしまうとは、どういうことだ。この俺もつくづく落ちたものだ。おのれリュミエラ、俺を惑わしおって。黒猫の茶番で、なんとなく、流れで、そうなってしまったような、偽りの聖女の癖に。


 特定の個人、か……神は名前に頓着するか?

 どこそこの誰々、そんな名指しを、神はするだろうか?

 黒猫の奴は、名前をつけると別れ難くなるからつけない、などと言っていた……名前なんぞ大した意味は無い、それはただの記号でしかない、と言っていた、その同じ口で。

 大した意味が無いなら、適当に名付けしても別に構わないだろうに。


「馬よ……貴様は名前が欲しいか? 俺に名前をつけて欲しいか?」


 この馬とは随分長く一緒に居ると感じてしまうが、別にそこまで長い付き合いでもない。共に苦難を乗り越えたという関係でもない。賢くもあるが、たまたま手に入れただけの馬。それでも、一応の愛着は生まれている。

 話しかけても馬の奴は俺を無視して草を食んでいるだけ。興味なしを全身で示している。黒猫によって付けられた黒い馬蹄が鈍く輝く。


「ふん、名前なんぞ要らんか……俺も……要らん」


 俺に名前をつけなくて良かった、そう言われた時のことを思い出す。寂しさであったり、悲しさであったり、悔しさであったり、一言では言い表せない感情が胸に渦巻く。

 失敗したのだ、俺は。

 黒猫から話を聞きたかっただけ。やりようは、いくらでもあっただろうに。

 時を巻き戻せたのなら……


「ちっ、くだらん。頭を悩ませる必要は無い。……ふん、休憩は終わりだ、もう行くぞ、馬よ」


 どうにも独り言が多くなってしまった。以前は、そうでもなかったはずなのに。

 馬には乗らず、歩いて共に横を行く。何かの物足りなさを、感じながら。





 村があった。

 かつて村であった場所。 

 焼けた家々と、散らばる人骨。


「獣にやられたか」


 家が焼かれてから数日といったところか、炭になって焼け残った木材や煤けた石材から熱は感じない。弔う者もなく散らばる人骨は、獣に喰い散らかされた後かのよう。

 ここで何があったのかはわからない。過去を見ることの出来ない俺にわかるのは、ここで人が死に、惨劇の後に放っておかれ、残った死体は獣の蹂躙に身を任せた、ただ、それだけだ。

 俺の登場によって、焼かれたのか?

 ルーアンの町のように。パリの町のように。

 いや、だとしても、関係などあるものか。

 黒猫の言葉を都合よく借りるとするのなら、この惨劇が生まれた責任は、この惨劇を為した者たちのものだ。俺は何もしていない。黒猫もまた同じく。

 ちっ。

 不快だ。実に不愉快。

 今の俺に表情があるのなら、黒い兜の中に収まる骨の眉間には、深いシワが刻まれていたことだろう。


 村から出た所で、いくつかの人の気配を感じ取る。

 誰かに見られている。

 これは村人のものか? それとも盗賊か?

 俺を見る視線の主たちに動きは無い。今はまだ様子を窺っているだけらしい。

 さて、どうするか。

 今の俺は馬に乗る鎧を着こんだ騎士。体のいくらかはローブで隠しているため、俺が骨で出来た人外の存在であるとは気づかれてないだろうが、ある程度の武力を持っていることは一見して判るはず。手を出していい獲物かどうかを見極めているのだろうか。

 手を出してこないのならば、問題も無い。このまま無視するか。

 唐突に、獣の遠吠えを聞く。

 獣の遠吠えを受けて慌てたのは俺ではなく、俺を見る視線の主たちだった。

 すぐに物陰から幾人かの子供らが飛び出してくる。


「ひぃあ、狼だっ!」

「狼が来たぁ!」

「逃げろ! 逃げろぉ!」

「建物の中にいっ! 早くっ!」


 声を上げて村へと走る子供たちの後ろに狼たちが迫る。

 考えるまでもなく、身体が動く。意思が先で、思考は後。馬もまた主である俺の意思をくみ取り、駆ける。

 先頭にいた、ひと際、大きな体躯をした狼が子供に襲い掛かる為に飛び上がる。

 ローブを跳ね上げて腰の剣を抜き払い、狼が空に居る間に、その首を刎ねる。狙われ、逃げ遅れた子供が転び、狼たちはその子供を囲むようにして動き、だが俺によって阻まれる。二頭目の狼の首を刎ね、三頭目までを斬り払ったところで残りの狼たちは木々の間に消えて行く。

 時間にすれば、ほんの数十秒での出来事。

 狼たちは襲撃も早ければ撤退の判断も早い。軍であれば優秀な指揮官になれるのではないか。群れの頭らしき狼を失ったし、あの様子ならば、しばらくここに戻ってくることも無いだろう。

 白刃をローブの端で拭い、鞘に納める。


「た、た、助かった……の……?」


 村の方へと逃げた子供らも戻って来て、恐る恐るといった様子で下から俺を見上げる。逃げるか近づくかで迷い、好奇心の方が勝ったのだろう。俺を見上げる目には恐れ以外の何かがあった。


「黒い……騎士……」

「つよい……」

「あっという間に、あの恐ろしい狼を……」

「すげえ、かっけぇ、すげえ、すげえ」


 一人、アリセン並みの語彙力をした奴がいるな。

 5人、転んだままでいる子も入れて全部で6人か、年齢も性別も色々だが、どの子供も服は破れ、薄汚れている。


「大人たちはどうした? この村の惨状は? 何があった?」


 再びローブで身体を隠してから子供らに問いかける。

 俺の問いかけに、この中では一番の年長者、とはいえ十台の半ばにも行っていないような少女が答える。


「村の大人たちは……ほとんどが、イングランドの騎行で……」


 少女は言い淀みながらも話を続ける。

 騎行、すべてを奪い、殺し、焼き払い、拠点を拠点として使えないように潰していく軍の作戦。通った後は畑すら使い物にならなくなる。イングランドの悪鬼どもが用いる、敵地への容赦のない攻撃。本物の悪魔を知った今では、人の為す事の方が悪魔らしいとは。いや、奴は悪魔ではないのだったな、本人が言うには。


「残った大人たちも……助けを求めに行って、戻ってきてくれません……どうしてしまったのでしょうか……何も、何もわかりません……」


 周りも同じような状況になっているのかもしれない。この子供らは突如襲われ、何も知らされずに、戸惑っている。この世界に何が起きているのか、よくわかっていないのは俺も同じ。

 年端も行かない少女は、やがてその瞳からポロポロと涙を零す。釣られるようにして、他の子供らも。


「狼たちが、何度も繰り返し襲ってきて、悪夢のような……助けて……助けてください……騎士様、何でも、私が払える物なら何でも払います……体だって」

「ふん、愚か者が、何でも払うなどと、気安く口にすべきことではない」


 泣きじゃくる少女の言葉を否定する。

 黒猫の、悪魔の力を自在に振るえるのなら、どんな対価を支払っていいと思ったことはあるし、俺自身、気安く口にした気がするが、知らん。俺は、いい加減なのだ。黒猫程ではないがな。俺にもしも神のごとき力があったのなら、簡単に助けることが出来たのなら、俺は対価も求めずにこの子らを助けることだろう。そもそも相手の求めるものが支払えるかどうかもわからない。この見すぼらしい少女に俺の求める物が支払えるとも思えない。

 今、俺が求めて止まないものは、知識、力。

 何かの存在に奇跡を祈って叶えてもらうのではなく、俺自身の力で空を自由に飛べるような、虚空から物を取り出せるような、己の姿なども思うまま自在に変えることのできるような、そんな魔法のごとき知識であり、力……


 ああ、そうか、今、気がついた。ようやく気がついた。俺が本当に求めていたものは、それだった。最初から、最初からだ。


 ははは、笑える。何がジャンヌを殺した世界への復讐、だ。

 馬鹿め、愚か者め、俺は以前からずっと、自分の事しか考えていない。いつも大切なのは自分だけだ。口先だけでは神がどうこう、聖女がどうこう、世界が、世界が、などと言っておいて、心の奥底ではどうでもいいと思っていたのだ。

 最初から、俺は俺の欲望を満たす為の力を欲していた。

 俺こそ馬鹿で、愚か者だったぞ……


 ……これは、落ちる所まで落ちたな。

 泣けてくる。

 涙の一粒とて流すことも出来ない骨の身であるが、泣けてくる。

 惨めであり、情けないが、認めよう。俺は力が欲しい。俺の為の力が欲しい。それが俺の今の願いであり、前々から持っていて、心の奥底で眠らせていた、真の願いだ。


 黒猫の奴は自分のいる場所と、俺たちがいる場所は、隔絶しているように見えて実は地続きであり、進めば必ず辿り着ける範囲にいるのだと言っていた。学び、知り、積み重ね、それを続けた、その果てであると。

 黒猫の導きも無く、その場所に到達するまで、一体どれほどの時間と研鑽を積み重ねなければならないのか、今は見当すらつかない。道筋ひとつ、思い浮かばない。

 だが行こう。

 黒猫のいる場所へ。

 いつか、そこへ。


 ここにきて俺の中に、一つの”芯”らしきものが、生まれた、そんな気がする。

 だが俺の事だ、安心はできない。どうせまたフラフラとするのは目に見えている。自戒と自律を心掛けねばならない。

 俺が黒猫に助けを求めた時に、黒猫の奴が俺に求めた対価は、何だった? 仕事の手伝い、助手、そう言っていた。それこそ俺の愚かさによって失われた、俺の未来。助手として奴の傍にいれば、知識も力も、ずっと早く手に入れられただろうに。ああ、返す返すも時間を戻してやり直せたのなら……

 そういえば、俺の脳を実験体として提供すれば、俺にも手っ取り早く魔法が使えるようになるかも、などと言っていたこともあったな。それを聞いた時は何て悍ましい事を言う奴だと即座に否定したが、あの時、その提案を受け入れていたら今頃どうなっていたのだろう? 実験には失敗がつきものだという黒猫の言葉どおりに、何も考えることが出来ない失敗作として、床をのたうち回るだけの存在になっていたのだろうか。

 ああ、やはり恐ろしい。俺には無理だ。提供するのは俺の脳ではなく他の誰かの脳では駄目だろうか?


「あの……」

「ん? すまん、くだらぬことを考えていた」


 子供らは何かを待っている。俺の返答か? 何の話をしていたか……ああ、助けをどうこうだった。大人たちが戻ってくるまで面倒を見るにせよ、子供らがどこかの町に避難するにせよ、そこまで付き合ってやることは出来そうにない。書状を届けに行かねば。


「俺には用事があるからな、お前たちの傍にいて助けてやることは出来ない」

「騎士様……狼の、肉は……」

「ん? 肉? ああ、好きにしろ」


 違ったか。

 自分の考えに没頭すると会話を聞き逃すのも悪い癖だ。直さねば。

 転がっている狼の死骸を見て喜ぶ子供たち。食べる物にも困っているのだな。


「ついでだ。これをくれてやる。パンが入っている、好きに食え」


 馬に括られた荷物から一つの鞄を取り出して少女に向かって放り投げる。

 薄汚れた少女はしっかりと受け取り、目を丸くする。

 出発前にトムスらによって用意された食事だ。要らないとは思ったが、一応、受け取って置いた。睡眠や食事は大切だよ、などと言われたことも記憶に新しいが、今の俺には必要だとも思えない。食っても食わなくても良い躰。ありがたい話だ。それに美味しいとも思えないパンだしな。ふん、何が精神の健康だ。必要ない。


「あ……ありがとう」

「ここは戦場になるかもしれん。狼も厄介だろう。ルーアンの町に行け。城壁があるが、そこも戦場になるかもしれないな……ふむ、では、そこからさらにランスの町へ逃れてトムス・サントという貴族を頼れ。リュミエラ・サントでもいいしアンドレ・ド・ラヴァルでもいい。その鞄を見せて”黒騎士がよろしくしろ”と、そう言っていたと伝えれば、何かしてくれるかも知れん」


 何もしてくれないかも知れないがな、奴らは奴らで精いっぱいだ。

 再び泣き出し、俺に向かって何度も礼を言う子供らをその場に置いて、立ち去る。

 はは、黒猫が居れば「らしくないねぇ黒騎士さん」だの「正義の味方っぽい行動」とか「勇者ムーブ、笑える」とか言って俺を笑ってきそうだが、これは施しだ、ただの施し。黒猫の奴がパリの町の痛ましい姿のプリュエルを治療したようなもの、それと同じ。すべては俺が悦に入る、その為にした施しだ。実際、大したこともしていないしな。


 馬の背に乗って、今は居もしない存在に言い訳らしきことを心の中でつぶやく無意味さを知りつつ、前へと進む俺の心は、それでも、いくらか晴れていた。




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