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「黒猫ルルよ、鎧は貴様が作ったと言ったが、兜は無いのか?」

「え? あるよ。ちゃんと作ったし」

「……何故出さん? この哀れな髑髏の頭蓋が隠れれば少しは見栄えも生まれるだろうに」

「なんとなくだよ、隠れてない方がいいかなってさ。髑髏の方がカッコいいし、ばえる」

「また、なんとなく、か」

「まっとうな返しを期待したって何も出てこないよ? 適当に生きている自信あるし」

「何の自信だ? まぁいい、兜があるなら出せ、どこに置いてある、」

「貴様らああ! 俺を無視するなッ! …………今、猫がしゃべってなかったか?」


 大柄なイングランド兵が俺たちの会話に割って入って来る。そうだな、そろそろ相手してやるか。槍や弓で武装した兵たちを見渡す。どうやら前に出てきたこの大柄な男以外は尻込みをしているようだ。


「猫がしゃべった……悪魔だ……本当なんだ……」

「……神よ、守り給え……神よ」

「地獄が、地獄がやってきちまった……」

「俺たちが地獄の蓋を開けちまったんだ……神よ」

「ええい、うろたえるでないわ! どうせ、それもまやかしだっ!」


 震えが槍や矢の先に伝わり、ガタガタと動き目標が定まらない兵士たち。そんな男たちを叱責し奮い起こそうとする大柄な男。

 大柄な男はこちらを指さして怒鳴る。


「わかった! その女の腹話術だな!?」

「あばば、ふぐぅ、腹話術ではございません……魔女でも聖女でもございません……もう許してぇ……」

「笑える。災難続きだねぇ」


 大柄な男に指をさされた女は、俺と黒猫に挟まれた状態で再び泣き出す。笑いごとではなかろうが、くく、たしかに滑稽。ふむ。


 腰の剣を一息に抜き放ち、右、左と、女の足のロープを切って落とす。そのまま両手を拘束するロープも切り上げる。女の身体にも服にも切り傷ひとつなし。


 その一瞬の出来事に女も兵士も動けない。口を開いて呆然とするばかり。

 女の足や服など切れても構わんとばかりに思い切って剣を振るってみたが、自分でもほれぼれするほどの剣の軌跡だった……

 剣を正面に据えてじっと魅入る。鏡のように磨き上げられた剣に映り込むのは月明かりに照らされた髑髏。当然表情などもない。その美しさすら感じる剣身には刃こぼれひとつも無い。


「これは……凄まじい切れ味……黒猫のルルよ、この素晴らしき贈り物、ありがたく受け取ろう」

「喜んでくれて何よりだよー」

「兜もよこせ」

「兜かー。まあ、おいおい? おっと」


 へにゃりと前に倒れ込む女、それを避けて馬の首の方に移る黒猫の悪魔。


「女! 自由にしてやったぞ。どこにでも行け」

「はひ、はひ」


 はひはひ言うだけで一向に動き出さない女にしびれを切らして、地面に放り投げやろうと首根っこを掴む、その直前、


「射よ! 射よぉ!」


 呆然から立ち直った大柄な男が弓を構えた部下に悲鳴じみた指示を出す。即座に放たれる弓矢。狙いなどまるで考えていないような10数もの矢が迫る。馬ごと、女ごと射殺すつもりか? 間に合わん! それでも剣を振るう、女に迫る矢の一本だけは叩き切れた。しかし、これでは、


 見ると、俺の方に来た一本を除いた残りの矢は空中で浮いていた。


「何だ、これは、黒猫、貴様の力か?」

「まあね、ぶふっ。君、矢が頭に刺さってるよ」

「……知っている」


 遅れて馬が嘶き、前足を上げる。振り落とされそうになる女が必死にしがみ付き、空中に止まっていた矢が摂理に従い地面に落ちていく。


「どーどー、賢い馬だねぇ。馬もいいよね。可愛い」


 黒猫が語りかけるとすぐに馬は落ち着きを取り戻す。よく訓練された良い馬なのは認める、が。


「貴様、その力があるなら何故俺へ向かってきた矢は防がないのだ?」


 左の眼窩にはまり込んだ矢を掴み放り投げる。生身であれば目がえぐれていたぞ。悪魔の力がどういうものなのかは知らないが、まるで方向違いに飛んできた矢も止めていたのだ、余裕はあっただろうに。俺の扱いが雑ではないか? 女や馬との間に明確な差異がある。


「自分でなんとかできるでしょ? 実際なんともないし」


 しれっとした口調で続ける黒猫。


「戦いならそっちでやってねー」


 矢を止めたのと同じ力だろう、見えない力が俺を持ち上げて放り投げる。馬上から雑に投げられた俺は大柄な男の眼前へと落下……着地する。


「なっ!?」

「浮いたっ!?」

「悪魔! 本物の悪魔!」

「こっちに飛んできたぞ!?」

「矢が刺さったはず……矢が刺さったはず……」

「もういやだ、故郷に帰りたい……」


 お前ら、何を見ていたんだ? 飛んできたのではなく放り投げられたのだろうが。悪魔は黒猫の方であって、俺は……いや、俺も今や悪魔の仲間か……


 立ち上がり、隊長格であろう大柄な男を見る。最初の方の余裕はどこにいったのか、引きつった顔面からは大粒の汗が噴き出している。それでも持っていた棘付きの鉄の棒を振り上げて俺に向かって振り下ろしてくる。体を横にずらして躱す。空振りをした鉄の棒がずんと地面を揺らす。


「ぬおおおお!」


 初撃を躱されても気迫の籠った声を吐き出し、続けざまに鉄の棒を振るう大柄な男。上半身をひねって躱す。斜めに動いて躱す。躱す。躱す。

 これは、何だ、どういう感覚だ? 自分の躰がどうなっているのかがわかる、どう動かせばいいのかがわかる、ははは、この全能感は何だ? かつて厳しい武術の鍛錬をしていた時にもこれほどのものは無かったぞ。精神と肉体との一致、肉? 肉か、今までは肉が動きの邪魔をしていたのか? 軽い。とても身軽だ。


「ぜはー……っ!?」


 生身の人間が相手であれば何十もの肉塊を生み出していたであろう重く早い連撃も、ついに止まる。


「うわー、ドン引き、何あの動き?」


 馬の方から少女の声が聞こえる。黒猫の悪魔の声。何もこうもないだろう、この骨の身体を作ったのは貴様なのだろうが? たしかそう言っていたはずだ。


「ふぐうおおおっ!」


 一息ついて再び鉄の棒を振り上げた男を見る。こいつには聞きたいことがある。ふたたび振り下ろされる鉄の棒をかいくぐり、男の懐に入り込み片手で腰を掴んで引き寄せる、自分の腰を使い男の身体を浮き上がらせ、そのまま捻って地面へと叩きつける。げふ、とだけ言い残してぐったりと横たわる大柄な男。


「片手で!? 腰投げ! レスリング!? カッコいい!」


 くくく、それほどでもない。生前であってもこれくらいは出来たぞ。


「聖職者どもは何処に行った? お前たち以外のイングランドの兵もいない。お前たちの指導者はどこだ?」


 横たわる男の首に剣を突き付けて問いただす。


「あの腰抜けども……いや、聖職者の方々と、我らの指導者どのは、一目散に逃げて行ったわ」


 ごほごほと咳き込みながら倒れた男は続ける。


「悪魔の軍勢が来ると聞いて暴徒になった民衆に何人かは殺された、それ以外だな、それ以外の残った連中はお前ら悪魔が来た西側をのぞいた門から逃げ去って……いや、悪魔との戦いの準備をするために撤退なされた。もともとこの町を守護する兵までを大勢引きつれてな」


 倒れながらも憎々し気に俺を睨む男。


「追いかけるなら今すぐに行けばいい。イングランドの指導者は北へ、聖職者の多くは東に逃れた」


 町の中の喧騒はまだ続いている。あちこちで火つけや略奪なども行われているのだろう。収まる気配も無い。


「すぐにも神がお前ら悪魔を打ち滅ぼすだろう。さっさと地獄に帰れ、骨の道化師」


 豪胆な男だ。

 この期にも俺に手を出してこない周りの兵たちを見る。腰を抜かしてへたり込んだ者までいる。そして即座に逃げたという指導者、兵士、そして聖職者ども。

 男の首に突きつけていた剣を引き、腰の鞘に戻す。


「……神か、それはどうだろうな。人を蘇らせてしまうほどの力を持つ悪魔でも、神には出会ったことがないそうだぞ?」


 それとも会えるのだろうか? 声を聞かせ、彼女を導いたという神に。


 その時、俺は。




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