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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 子供が泣いている。

 これは、屋敷の外から聞こえる声か、いや、違う。これは、俺だ。子供の頃の俺が泣いている。

 俺と、幼い弟。

 優しかった両親が相次いで死に、兄弟で途方に暮れていた頃の俺たち。

 なぜこんな仕打ちをするのですかと神に問い……答えは返ってこなかった。

 泣き止まぬ弟をどうにかできる力すら俺には無く……

 ……世界は理不尽に溢れている。

 そう思い始めた、切っ掛け……


『狭い世界よ?』


 詐欺への対抗手段10選なんて話を俺の頭の中で始めた奴の……ルル、悪魔、魔女……俺にとっての奴の名は……黒猫か……黒猫の奴の言葉の中に、そんな言葉もあった。


『自分の得る情報というのは、肉体に対するご飯のようなもので、自己の中に生み出した虚構の世界を育てるための食事だからね。いい? 踊ってないで真面目に聞きなさい。虚構の中の世界を育てることとは、つまり、君だけの世界を一個創り上げる行為、それは、人ならば誰でも行うことの出来る、すでに、やっている、この世にありふれた奇跡だからね、大切にしなさい。世界を創ることは誰でもやっているというのは語弊があるかしら? 世界を創り上げてこその人、そう言った方が正しいのかも。人は自分の脳内で勝手に創り上げた虚構の世界を通じてしか、この世界を知ることが出来ない。君の聞くもの、見るもの、触るもの、そのすべてが、君の世界のフィルターを通して得られるものだということを、先ずは理解して』


 たしか、知見を広めよ、の項だったか。

 脳内に直接語りかけてくる黒猫の長話を止めるべく、実はどこかに隠れて見ていないか、あちこちを探し始めた時の事だ。

 言葉は続く。


『森羅万象、これ皆、師なり……川の流れ、雲の行方、大地の香りに火の揺らめき……ありとあらゆるものすべてに真理は隠されているのだから、あとは真摯に学ぶだけ。偏見や思い込み、過去の慣例、常識なんてものは一旦捨ててから周りを見てみなさいな。この世はご馳走に溢れているわよ? 己の世界の為に取り込みなさい。大切なのは自分を信じ過ぎない事、他人もね。いいかしら? 他人から伝え聞く情報というのはね、その他人の世界を一旦通って解釈された情報でしかないという事を忘れないでいるように。ぼけーとした頭で情報を受け取るだけじゃ、そんなのはまるで、大口を開けた”ひな鳥”と同じだわ。親鳥によって与えられる、親鳥によって咀嚼されたエサを食べているようなもの……馬鹿にしているわけじゃないのよ? 自分で獲物を捕れない時期に与えられるエサは重要だものね、誰かが伝え、残す知識も当然ながら大切にするべきだけど、それを鵜呑みにするのも違うと言いたいの。特に自己が成長した後ではそのエサの選別には気をつけるべきでしょうよ。これは誰かを騙してやろう、なんて悪意のあるなしでも無く、ただ間違っている、なんて事態はいくらでも想定できるから? わかる?』


 あまりの眠さと煩わしさで腹が立っていて、話を理解するどころでは無かった。

 これは俺が悪いのか? 俺の頭が悪いから理解できないのか?

 こいつは何が言いたいのか。


『黒騎士さん、はっきりと言わせてもらうのならば、君の世界は狭いのよねぇ、とても狭い。そして偏っている。エサが悪い。ごめん。悪くもない。ここでの普通だった。けどね、この星の中の、極々ほんの一部で育ち、しかも大して長生きもしていない人が、どの程度の真理に到達できるというのよ? たかがしれている。何百年と燃え続ける谷を知っている? 何万年と吹く風で浸食された美しい縞々の大地の絶景を知ってる? 氷に閉ざされた湖を、止まぬ雨を、あまりの高さに途中で水が消えて無くなる滝を……死者の骨を食べることが何よりの弔いになる宗教を知っている? 鳥に食べられることが、風で消えて行くのが、火で焼かれることが、そういうのが弔いになる人たちのことを、自分たちはそうじゃないからと馬鹿にするかしら? 文字を持たない文化の人たちを劣っているとか思っていない? 時間の感覚が存在しない部族だってあるのよ? それで問題なく生きてる。生きて、笑って、悲しんで、死んでいく。人も、文化も、景色も、君が知らないものは、君が歩いていける範囲の中ですら、沢山あるのよ?』


 黒猫と一緒に、それらを見て回るという選択肢も、在ったかも知れない。だが失われた選択肢。


『……自覚してね、君の中にある世界は狭い世界よ? そんな君から生まれる悩みや怒りや嘆きに、どれほどの価値があるというのよ? 勘違いしないでね? これも馬鹿にしているわけじゃない。好き、嫌い、怒り、悲しみ、自分の個性を構成する、とても重要なパーツなわけだし? それが誰かの感情を、ただなぞるだけでないのなら、ああ、誰かの怒りの代弁者というスタンスも別に非難されたものでもないのだけど……』


 長い。あと、くどい。

 こいつはもしや、俺への嫌がらせが目的で、わざと回りくどく長い話をしているのではないのか? と思ったのを覚えている。

 耳を塞いでも聞こえてくる念話があれほど厄介なモノだったなど……もしやあれこそが首を斬られかけたことへの仕返しか? だとしたら穏便な仕返しもあるものだが……纏めろ、短く。


『三歩進んで三歩下がるような歩みを続けて、それでも前ににじり寄っていくのが人というもの……間違ってもいいし、失敗してもいい。ここでやってはいけない事は、失敗を失敗と認めない事。人とは言い訳のうまい種族だからねぇ、失敗への言い訳なんて山ほど用意できる、人って賢いね、ああ、これはちゃんと馬鹿にしているのよ? 自分が傷つかないためだけにする言い訳はみっともないわ。傷ついても間違いを認めることから始めなさい。それに結論を急がないこと。結論が一つじゃない時だって腐るほどあるのだし、間違いに見えて実際に間違いでもなかったなんてこともある。どちらかの道を行くかで迷って、結局どちらの道を行っても目的地に辿り着けて正解でしたー、なんてことは多々あるものよ? 正解と不正解で迷えることすら稀、それほど曖昧で自由で、懐の深い世界で生きているのだから、答えは時には曖昧なものでもいいじゃない? きっちりしている人にはそれが許せないなんて思うかもしれないけど』


 誰かに対する何かの言い訳か? 適当でいい加減な黒猫よ。


『……迷って、廻って、ぐるぐると……それでも知ることを諦めないでいるのなら、君の中の世界はいつしか強く、賢く、大きく成長することでしょう。きっと気がつけば、抱えていた悩みは悩みでなくなり、誰かに騙されるということも少なくなってくるんじゃないかしら、多分? 知らないけど』


 結論は結局、知らない、でいいのか? 黒猫よ。

 いつか聞かされたような話を、延々と繰り返されただけのような気もする。

 頭が理解を拒む。

 言葉の、情報の波に溺れそうになる。

 息継ぎすら、苦労して……


 おぼろげだった意識が、ゆっくりと覚醒していく。

 俺は寝ていたのか?

 ぼんやりと周りを見る。

 暗い。

 暗いのは、外へ通じる窓を塞いでいるからだ。


 頭の中に響く、俺への嫌がらせの念話を止めようと、必死に黒猫を探して暴れる俺の姿は、周りからはさぞ、奇異に見えた事だろう。しかも光っていたし。

 光が止み、厄介な念話も止んだ後、皆から盛大に心配されながら屋敷に入り、逃げ込むようにして部屋に籠ったのだったか。

 黒猫と話をするために案内され、黒猫を斬った部屋。

 壁はいつの間にか復活していた。血痕もない。

 部屋の中に散らばる壊れた調度品たちだけが、俺たちが居た事と、ここで行われた事を証明する。

 トムスに謝らなければ……黒猫には……もう……


 朦朧とする意識の中、誰も入れるな、誰も入るな、さもなくば問答無用で斬る、そう宣言してから部屋に入り、外に通じる窓を閉めて、その後、わざわざ家具で塞いでいる。どれも俺がした事。

 何のため?

 何に対するためだ?

 外界との一切の接触を嫌ってのことだろうが、言ったこともやったことも半ば無意識での行為だ。

 恐れている。何かを。

 黒猫からの最後の贈り物だという兜を抱き、いつでも抜けるようにして剣の柄を握り、壁にもたれ掛けて座り、いつしか寝ていたらしい。

 だが意識はあったような気もする。寝ていたのかどうかもわからないほど、その境界は曖昧で、適当で、いい加減だ。

 寝たとしても、よく寝れてはいないし、夢を見たのだとしても、良い夢ではなかったのだろう。とにかく体が怠い。疲れが取れていない。まだ疲れている。

 多くの事が起こり過ぎた。

 骨の躰になって以降、いくらか良い気分もしていたが、今の俺は不調……

 今の俺の精神は安定している、そんな事も黒猫に言われた気がする。すでに遠い過去のように感じるが、時間的には最近のはず。本当に多くの事が起きた。そして、得られた情報も。

 聖女ジャンヌがイングランドの手に落ち、長い間、俺の精神はすこぶる不調であった。乱れ、荒れ、落ち込み、昂っていた、酷く悩み、迷っていたこと……神の手による聖女の救い、その奇跡を待ち望む内なる声も……その自覚は、ある。

 ……そしてあの日……俺は結局ジャンヌを見殺しにして、しかるのち、神秘の体を得て喜ぶような、そんな幼稚な……

 ……辛い。

 認めることは辛い。酷く傷つく。もう消えてしまいたい。それでも考えなくてはならないのか? 知らなくてはいけないことか? 俺が俺を知るために……


 隙間から見える光が、外はもう明るくなっていることを俺に教えてくる。

 耳を澄まし、外の気配を伺う。

 いくらか物音がする。だが、騒々しくは無い。当初俺が思っていたような混乱は起きていないようだ。パリの町のようにはなっていない。それは何が理由だ? このまま聖女にされてしまいそうなリュミエラの存在か?

 俺と悪魔の姿の黒猫の戦闘……という茶番を受けて、民衆は何を思ったのだろうか。

 何も事情を知らなくば、あれはまさに神話の中の戦いにも思えただろう。終末の世界で行われる戦い、その目撃者……

 お前たち、黒猫に騙されているのだぞ、などと教えてやりたいが、俺の中にあるどんな言葉を用いても、正しく説明できる気がしない。誤解を解く行為は無意味。真実を話そうとしても新たな誤解を生むだけ……これは言い訳か? 結局俺は黒猫の用意した筋書きに沿っていたいだけなのか? 正義と悪の対決、その正義の側、立場、そんな役目……


『不測の事態に陥った時、とっさに動いた行動こそが君の本当だったりするんじゃない?』


 どんな話の流れであった時か? 長々と黒猫が頭の中に話しかけてくる言葉にそういうのもあった。


『最初の最初、このルーアンの町に来て、彼女、リュミエラさんが馬に乗る私たちごと弓で射かけられたことを覚えているかしら? 黒騎士さん、自分の頭に矢が刺さる事よりも彼女に射られた矢を斬り落とす方を優先していたわよね? あの時にねぇ、私は思ったのよ? 口では何だかんだと言うものの、この人って、結構人の事を考えることの出来る人なのかなってさ』


 あの時にはまだ名も知らない少女、それに向かう矢を打ち払ったのは、自分が矢では死なぬ不死の存在であることを知った後であり、またせっかく助けた少女が死んで、自分の労力が無駄になるのを嫌がったためであり……それすら言い訳……長々と考え事をして動いたわけでない……のか。


『いつでも見捨ててやろうと待ち構えていた時だからね、ちゃんと見ていたわよ。誰かのために動くことが出来る人、正義の味方、勇者……そんな資質は、君にはあるよ、黒騎士さん、きっと、多分、ううん、確実に。だから成りたい自分になってね、好きに生きるのよ』


 好きに生きろ、それしか言わないのか?

 思い起こせば、黒猫の言っていた事は、いつも同じ、そんな気がする。ふらふらとその立場を変える俺とは真逆……いや、本当に? ずいぶんと適当な事を言っていたこともあるはずだ。

 あんな正体不明の存在が俺よりしっかりとしているなどと、思いたくない。認めない。

 部屋の外ではいくらか動き回る気配があるものの、俺の部屋の扉を叩く音は無い。

 斬ってのけるとまで言ったからな。

 すべての説明を放棄して部屋に籠ったので、言いたい事も聞きたいこともあるだろうが、邪魔の入らないことをいいことに、部屋で一人、物思いにふける。

 動きたくないのもある。

 だが、考えろ。

 暗い部屋。

 黒猫との出会いから、別れまで。

 ひとつ、ひとつ、丁寧に、思い出していく。

 あの不遜な黒猫の口から放たれた言葉の一つ一つを思い出す。理解できなくとも、いいから。思い込みや常識を捨てて。

 一日を、それに費やすことにした。

 動くのは、明日でいい。


 やがて隙間から零れていた光も無くなり、夜が訪れる。

 飲まず食わずで、どれほどいたか、一応、空腹は、感じる。だが問題はない。逆に頭は冴えていく。

 長らく手にしている黒い兜を見る。

 頭全てを覆い隠すことの出来る、丸みを帯びたフォルムに、前後に動く面。目の部分には二重のスリット。

 試しに被って見ると、しっくりと頭蓋骨の頭に嵌まり、安定する。動きに問題は無さそうだ。

 だが視界は悪い。

 正面の少ししか見れない。戦闘ではむしろ視界の悪さに苦労するのではないのか。この兜が活躍するのは、髑髏を見られないようにするため、人の目から逃れる時だ……

 ……深く眠っている間に人に襲われたら、俺はどうなる?

 すぐに起きて対処できるのか?

 それとも眠ったまま、襲撃者の為すがままか?

 バラバラにされ地中に埋められたら、この身体はどうなる?

 死ぬことは無いと、黒猫は言った。

 死なぬまま、永遠に地中に取り残されるのか?

 それは、恐ろしい、考えだ。

 思いつかなければ良かった。


「いるのか? 見ているのだろう? 黒猫よ、姿を現せ……」


 もしかしてと思い、言葉にする。


「どうせ今の俺の姿を見て笑っているのだろう? 姿を見せろ、今なら許してやるから……」


 何も起きないし、つぶやいた言葉に返事もない。


 黒いローブを頭から被る。

 手には剣、抱える様にして座る。

 闇に溶け込むように、人目に触れないように……

 これから俺が安心して眠れる時は、あるのだろうか?

 黒猫のいない夜は、これほど不安か。

 俺の行動により失った物の大きさに、改めて、愕然とする。

 失敗を認めろ、だと? ああ黒猫、認めよう、俺は取り返しのつかない失敗をした。

 だがな黒猫、失敗をしたら、そいつにはしかるべき罰を与えろ、でないと、安心、出来ないだろうが。何もせずに見捨てるなど、言語道断ではないか、救いが無いぞ。それでは、あまりにも、無責任だ。

 ルーアンからパリの町へ行く途中、聖歌を口にする一団と出くわした時のこと、本当に自分を裁けるのは、神でも他者でもなく、永遠にそれを記憶する自分だけだと言っていたのを思い出す。

 違う。

 あれは呪いだった。

 黒猫から俺へ掛けられた呪いの言葉。

 だからよく考えて動け、と続いた。今はそれを痛いほど思い知っている。

 あの時に奴によって掛けられた呪いこそが、俺への罰だ。

 永遠に裁かれぬという罰で、永遠に裁き続けるという呪い……

 おのれ黒猫、よく効く呪いでは、ないか……


 寝ているのか、寝ていないのか、とりとめのない考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え……


 おずおずと、静かに扉を叩く音で、意識は現実に戻ってくる。

 窓の隙間からは光。

 もう一日経ったのか?


「騎士様……黒騎士様……私たちは屋敷を出ることに決めました。黒騎士様、まだおいでならば、お聞きください……この町の北からイングランドの大群が迫っています、それから逃れるため、私たちはアンドレ様の導きでランスの町へ、シャルル王の元へ向かいます……」


 控えめな少女の声、扉越しに、祈るようにして囁かれるリュミエラの声が、耳に入ってくる。

 どうやらダラダラと寝ぼけていられた時間は終わりを告げられた様だ。

 意識を覚醒させる。

 剣を支えにして、ゆっくりと立ち上がる。

 ちょうどいい。

 ランスの町、シャルル王には、俺も用事があったところだ。王の望んだ聖女とやらを、きっちりと送り届けてやろうではないか。


 王に投げかける質問の内容をまとめておくか、そう思いながら肩を回し、扉に向かう。

 何より、それこそが当初の目的だったのだから。

 それくらいは、一貫せねば。なぁ黒猫よ。






黒猫がいないだけでこんなにもシリアスさんが活躍できる……

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