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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 金色に光る蛇の目のを持つ、牡牛の角を生やした女の巨人。

 魔女が変化した姿。

 人が獣の力に憧れた結果として生まれた太古の神の姿だと、奴は言う。

 だが、今、この世界では。

 悪魔の姿。

 古代より復活したのを見せつけるように、突如として人々の前に姿を現した悪魔は、今、黒いウロコに覆われた腕を片方だけ顔面に当て、肩を震わせている。鋭い爪の生える手から覗く大きな目を、凶悪に吊り上げて。

 その姿はまるで、己が掴んでいた少女、囚えていた聖女を奪われたことに怒り、嘆き、震えているかのよう。

 静かだ。

 この場は不気味な静寂に満ちている。

 なぜ悪魔は動かない? 聖女を取り返しに行かない? 巨人は女の姿をしていて、その体に黒い蛇を纏わせている。その蛇も今は動きを止めている。悪魔は奪われた聖女の方を見ようともしない。今は静かに震えるのみ。

 怒れる魔の神は、噴火前の火山のように、力を蓄えているとでもいうのか?

 動かないのは、聖女など、どうとでもなる存在だとでも言いたいのか?

 ひとたびその怒りが発現すれば、人類に抵抗する術など無いのだと、知っているかのように……

 とか。

 そう見える。

 知らない者からみれば。

 だが。実際は。


(駄目……っ、黒騎士さんっ! 笑いそうっ! 油断すると、笑ってしまいそうっ!)


 奴がプルプルと体を震わせているのは、必死に笑いを堪えているためだ。

 そして、その原因を作った男は、今、娘の父親らと合流して、ゼハゼハと荒い呼吸をしながら必死の形相でこちらを睨んでいる。

 だがその表情には、多分に、悪魔相手に「してやった感」があり、聖女を取り戻した手柄を「誇り高く」感じている様相すら、ある。

 そんな誇りに満ちた男の顔を指の隙間からチラリと覗き見て、また大きく肩を震わせる悪魔。


「……ぐふ」


(漏れた! 今ちょっと漏れた! 笑い声が漏れた! ここで笑ったら悪魔の威厳が無くなっちゃう! ぷ……あはは)


 イングランド兵のゴウベル……貴様、何してくれているんだ。

 いや。

 いい。

 悪魔の手から聖女を救い、取り戻す。今この場で誰もが願い、それでも誰でもは動けなかった。だが奴だけは動き、実際に事を為した。

 悪魔の異様な姿と、魔境にでも入ったかと思うほど重く苦しい空気の中、それを為した。

 たいした奴だ。

 ルルのやつの計画では、聖女を俺が救って俺の立場を上げる、そういう計画、茶番だったのだろうが、それは崩された。奴の勇気ある行動によって。


(聖女を取り戻す勇者の役、取られちゃったねぇ、ぶふっ……どうする? どうする黒騎士さん。もう一度リュミエラさんを捕まえて、最初からやり直す? あ、ちょっと、やめて、そんな空虚な髑髏の顔で、こっち見ないで、笑うのを我慢できなくなるから、ぶふっ……)


「…………」


 俺を空虚な髑髏にして復活させたのは貴様だろうが。

 何に対してなのか、言い知れぬ怒りがフツフツと沸き立つのを感じる。駄目だ、こんなことで怒るな。もっと、心に余裕を持って……


(黒騎士さんて、抜けてる、本当に抜けてる、いつも大事な所で……ポンコツ……無駄骨……ねぇねぇ見せ場を取られて今どんな気分? どんな気分?)


「死ねっ!」

「おっと危ない」


 俺を嘲る為に近づいて来ていた悪魔の首を落とすべく横薙ぎに放った剣は、悪魔が後ろにのけ反ったことにより空を切る。


(本当にやり直さなくて大丈夫かしら? 今度は手を出さないでねってゴウベルさんに言い聞かせてさ)

「出来るかっ!」


 ふざけた表情で、ふざけた事を言いだしたルルを斬るべく腕を動かす。

 二撃、三撃、四撃、五撃……俺の繰り出す攻撃の全てを躱し、ウロコの生えた手で打ち払ってくる悪魔。


「ええい、何故躱す、貴様、さっさと斬られろ! 斬られて消えろっ!」


 斬られ待ちではなかったのか?

 終わる。それで何かが終わる。終わってしまう。だが。

 もう全てがどうでもいい。どうとでもなれ。


(いやぁ、そんな緩い攻撃じゃ、斬られてあげられないわねぇ。へっぽこだもの)

「シャー、シャー、シャッシャッシャー!」


 蛇が表情豊かに俺を嘲笑ってくる。おのれ。

 上から、下から、斜めから、横から、俺のすべての攻撃が無効にされる。奴の腕、手、時には蛇の体を使って打ち払われていく。刃とウロコが交差する時の音が辺りに響く。


(へっぽこー、へっぽこー、はい、これも駄目、駄目、駄目駄目)

「念話を送って来るなっ! 集中できないだろうがっ!」

(言い訳ー、はい、言い訳ー、言い訳を探すのがお上手ね)

「死に晒せっ!!」


 これで最後とばかりに放った上段からの渾身の振り下ろしは、しかし十字に交差させた悪魔の両手によって防がれる。剣と黒いウロコの間に火花が散り、押し負けて、弾かれる。そのまま後方へ飛び、体勢を立て直す。

 集中できていないというのも確かだが、それでも手を抜いているわけではない。相手がただの人であれば何十回でも命を奪えた攻撃のはず。まるで勝負になっていないのは、相手が尋常でないのだ。それも当然か。俺の知らない存在。悪魔。真に力ある者。リュミエラを手放したのもわざとだろう。思い起こせば、あの時、後ろから来るゴウベルにも気がついていて、わざわざ頭を狙いやすいように体を起こしたのではなかったか。

 遊ばれている。

 もはや言葉にもならない。ただただ腹が立つ。おのれ。


「すげえ…………すげえ……」

「あ、悪魔が手も足も出せませんよ」

「ふわわ」


 子供らのつぶやきを聞く。悪魔が手も足も出ない? まるで違う、俺が悪魔に遊ばれているだけだ。だが、それもしかたあるまい、それは武術に関わった者でもなければわからない事なのだろう。


「……まるで嵐のような攻撃じゃ」

「雷鳴が鳴り響くようでした……」

「いける……いけるんじゃないのか、これは」

「行け! 骨の道化師ぃ! あと少しだ!」

「…………」

「…………」


 俺と悪魔の間に微妙な空気が流れる。素人どもが。


(……黒猫の私の首を刎ねそうになった時の一振りは、そこそこだったわよ? あんな感じのを、くださいな)


 あの時は意識して体を動かしたわけではない。気がついたら斬撃を放っていた。あれは我ながら生涯最高の一撃だったかも知れないと思う。その結果の、今だが。


「そもそも、なんだ、その姿……身体は?」


 単純に、強い。身長は俺の倍ほどある。巨大で、素早く、しかも剣がまるで通らないほど固い。蛇も同じく。

 集中できていないのは言い訳だとしても、これほどの巨体を相手に振るう剣は覚えていない……それもまた言い訳なのか。


「姿が何だと言われても、さっきの話、聞いてた? これは君の望んだであろう悪魔像でもあり……あ、全裸に蛇を巻きつけろとか、そういう指摘? 何故服を着ているのかと?」

「違うわっ!」

「リリスとか、えっちぃよね。基本裸、裸に蛇。ふふ、私は構わないのだけれど、ほら、子供も見ていることだし」

「違うと言っているっ!」


 再び始まる悪魔への攻撃。だが今回は悪魔からも手を出してくる。俺が放つ攻撃の隙間を縫うようにして放たれる長い腕での爪の斬撃。躱し、攻撃し、躱される。蛇も攻撃に加わり始め、次第に押されていく。


(どうも集中できないようね? このままじゃ埒が明かないので、ちょっと筋書きを変えましょう)

「な!?」


 悪魔の姿をしたルルから放たれた強烈な斬撃を受け止め損ね、体勢を崩した瞬間を狙って蛇が体に巻き付く。


「ああっ!」

「黒騎士殿っ!」


 周りから絶望の声が上がる。

 強い力で巻き付かれ、棒立ち状態のままでいる俺に悪魔は近づいてきて囁く。


「どうしてその姿になったのかを考えるのは、いいことよ。物事には大抵理由がある。蛇に手足が無いのは、単純にその方が生存に都合がよかったから。イヴを唆した罰で手足を取られたとか、鼻で笑っちゃいそうになる理由ではなく、ね。……事実、真実、真理への探求を邪魔するのはいつも理想、希望……そして願望……そうであれと願う傲慢な思い込み……」


 俺と目が合った蛇がシシシと笑う。

 蛇が天罰として手足を取られた……そのような話はあったか? あったような気もする。そもそも、俺は敬虔な信者というわけでもなかった。皆が信じるから、俺も信じた。おそらくそれが正解だ。この期に及んでは認めざるを得ない。俺は昔からいい加減であり、フラフラとその立場を変えていた。その場その場の空気に流されて生きていた。いい子であれと願われた子供時代にはいい子であるように生き、粗暴な祖父に引き取られてからは、同じように粗暴に生き……俺には芯が無いと言う悪魔の指摘はどうやら否定できない事実らしい。

 そんな俺が流されるままにジャンヌを信じた……神の啓示を受けたという、その言葉を信じて……


「……俺の信仰を試すのではなく、もっと敬虔な者の元に行け、悪魔、唆す者……神の敵対者」

「あら? 神とは敵対したことないわよ? 敵も味方もない、何せ、会ったこともないのだから」


 言葉にならない感情すべてを苛立ちに押し込めて投げつけてやった言葉は、いつか聞いたような言葉でもって返される。


「そもそもから気に入らないのだ、貴様の計画の話だ、信仰を、聖女を、神を利用して……」

「少なからず、誰もがしている事よ? 多かれ、少なかれ、名目は何であれ、どのような形であれ、神を利用している、それに、悪魔もね? 便利な言葉でしょ? 悪魔。あ、それ誤解です、とか言い出してこないものね、安心して濡れ衣を着せ放題だわ、言われ放題のやられ放題。悪魔にクチナシ、ジンケンも無し」

「骨の御仁っ!」

「天使様っ!」


 槍を持ったジェルマン、細剣を持ったアンドレ、それから遅れて、金棒を拾ったゴウベルが走ってやってくる。その勢いのまま、蛇に巻つかれている俺と対峙していた悪魔に向かって攻撃を放つ三者。


「あらら、大人気ね?」


 しかしその三者の攻撃も意味を為さない。三者から放たれる不規則な攻撃も、左右のウロコの手を振り、打ち払い、時には足も使い、軽くいなしている。まるで相手になっていない。


「骨の人っ!」

「お前たちまで何をしているっ!?」


 アリセン、ユーザスまでがやってきた。


「黒騎士様っ……この蛇を、この蛇をっ!」


 二人は手に持つナイフで俺の体に巻き付いてる蛇を攻撃し始めた。時々ズレて俺の鎧に当たるのだが、いや、そんなことはどうでもいい。何をしている?

 よく見ると少年らの体が少し発光している。仄かな白い光が全身を覆っている。そしてそれは悪魔ルルを攻撃する大人たちも同じく。

 何が、起きている?


 視界の中、遠く。

 リュミエラが、地面に膝をつき、祈っていた。


 両手を前に組み、目からは涙を流し、一心に祈っている。

 その祈りに応えるかのように、彼女の全身からも白い光が溢れている。

 それは、まるで、彼女の祈りが、戦士たちに、力を与えているかのようで……これは、神の、奇跡、なのか?

 祈りを捧げる彼女から溢れる光が、夜の深い闇を照らしている。まさにこの時、世界は、黒と白のみで構成されて……


(現象にも理由がある。光っているのにも理由があるのよ……光るには、それを光らせているモノがある……それは物質であったり、機材であったり、あるいは誰かの意思とかでもいい……さて黒騎士さんに問題です、彼女を光らせているモノは何でしょう……ヒント、演出)

「貴様か……」

(ぴんぽーん、正解、黒騎士さん、強制ウイングモード)


 文句を言ってやる暇もなく、事態は変化する。ウィングモードという聞いたことのない言葉と共に俺の体までもが強烈に発光し、背にはローブが発現し、そのまま形を変え翼となる。大きく広げた黒色に光る猛禽類の翼によって、近くにいた少年らまで吹き飛ぶ。だが、俺の身体を縛っていた蛇もまた千切れ飛び、煙のようになって虚空へと消えていく。


(子供らは保護しているから大丈夫よ。じゃ、空に行きましょう、それで、終わりにしましょう)


 巨人の悪魔の背にも羽が生える。猛禽類の翼ではなく、あれはコウモリか、あまりにも巨大だがコウモリと同じような姿の羽を広げて悪魔は飛び、それに引きずられるようにして俺も地面から離れていく。


「やりすぎだ……」


 大口を開けて俺たちを見上げる市民らを空の上から見て、言葉が漏れる。

 演出だと? それにしてもやりすぎだ。

 この様子ではまた、ありもしない噂が立ち、混乱して、酷いことになる。これは予想ではなく確信だ。


「どうも体に精神が引きずられているわねぇ、大雑把で考え無し、暴力的で人の事など知らんぷり、これは黒騎士さんの責任よ? 君が私を悪魔悪魔言うから……」

「元よりの性格だろうが」

「そうだったわねぇ、おほほ」


 俺に責任転嫁をしようとして失敗し、誤魔化し笑いをする悪魔を見る。悪魔、魔女、黒猫、ルル……


「……これで終わりなのか?」

「ええ、終わり」


 これから俺が口にしようとしてる言葉は、あまりにも俺にとって都合の良い言葉、深く考えると自分に拒否反応を起こし、自然と反吐が出そうになるくらいの都合のいい言葉だ。だが、言わねば。


「……ルルよ、黒猫の姿で、いままで通りというわけには……」

「駄目、黒猫が許さない、人に斬り殺されて、また斬り殺されかけて……ちょっと黒騎士さんの事を擁護できないわ。これ以上一緒にいた所で、どうせ、あの子の感情に引きずられて酷いことになる。私自身だって、まだ怒っているのだし、だから、駄目よ」

「……そうか」


 当たり前の話だ。道を横切っただけで殺された黒猫が、何もしていないのに再び殺されかけた。俺自身を擁護する言葉も見つからない。すべては俺の愚かさのせいだ。


「そもそも黒猫の奴は生きているのか? これからどうするのだ?」

「生きているわね、まぁ適当な所に預けるわ、野良でもいいわけだし、それこそ人の居ないあの島とかね」

「あの島か」


 あそこに居たのは、ほんのわずかだが、楽しかった、と思う。俺のあまりにも考え足らずの行動のせいで失われてしまったものは、何だ。


「失敗だ、手ひどい失敗をしてしまった……過去に戻って、もう一度やり直せるのなら……」

「私だって今回、いろいろと失敗をしたけれども、それもでも良かったりするのよ? 失敗をしたという経験を得たのだから。ふふ、黒騎士さんもグダグダしてないで前に進みなさい、失敗なんて、誰にでもあるある、落ち込みそうな時は笑うのよ、笑って生きるのが人生を豊かにする重要な秘訣」

「生きて……俺は生きているわけでは……」

「ま、あ、ね、骨だし、あはは」

「貴様……」


 無責任すぎる。掴みかかってやりたいが空では自由が利かない。ここでは全てがルルの手の中だ。


「空を飛んではしゃいだり、人を追いかけまわしてはしゃいだり、笑っている時の黒騎士さんは嫌いじゃなかったわよ……もうちょっと自分の好きを認めてあげるべきね」

「好きなものがどうした……本気で好きなものなど俺には何もない、この髑髏の空洞のように空っぽ、中はスカスカだ……」

「あら素敵、これから自分の好きなものを厳選して入れられるじゃない? 今が空っぽだと言うのなら好きな物だけで満たすことも出来るわけよね? 焦る必要も無し、ゆっくりと時間をかけて見つけてくださいな」

「……そうやってイヴを誑かすのか」


 こんな手練手管で迫られれば、楽園にいた頃の純真なイヴなど、落ちるのも速かったことだろう。

 あまりにも優しく自然で、こんな俺ですら前向きなれそうな言葉を掛けられて、一瞬言葉を失った、それで、返す言葉がこれか、俺は、照れ隠しでもしているのか。もはや自分こそが信じられないものの筆頭になった。何者なんだ、俺は。


「まーだ言ってる……はぁあ……君はねぇ、もっと私を恐れるべきだったのよ? 私の言葉こそ慎重に聞き、信じるべきだったの、私を恐れ、敬い、顔色を伺って行動すべきだったの、それは少し考えるだけで気がついたはずよ? だってね……」


 少女の顔が楽し気に歪む。

 やぱい、こういう時のこいつの顔は……


「私はいつだって黒騎士さんを、どうとでも出来るのだから! 黒騎士さん、強制パレードモード起動! 光マシマシで!」

「まっ……」


 パッパラッパラッパパーパッパラパパー


 闇夜に響き渡る、楽器の音。


「ギャー、ヤラレター」


 続いて響き渡る、棒読みの演技の悪魔の声。


 ちゃんちゃららんちゃん、ちゃんちゃらちゃらちゃら……


 体全体から炎が噴き出し、燃えて、消えて行く巨体の悪魔と、身体全体から光と、それから、キラキラした色とりどりの図形が次々に飛び出す羽を持つ俺の姿、それと、どこかから響き渡る、どこか軽薄な音楽。

 悪夢の再来。

 地上を見ると、その一部でもキラキラとした図形が飛び出している。あれは馬のいる場所か。


「貴様……最後まで……」

(最後まで笑わせてもらったわよ、じゃあね、バイバイ)

「待て、こんなんで済まそうとするな! 聖女はどうなる!? 貴様によって聖女にされそうな彼女を途中で放り投げるな! いや、他にも自称聖女はいるだろうが、そいつらはどうする?!」

(知らない、聖女も沢山いてもいいんじゃない? 人気投票とかしたりして、んじゃ、後は知らない、逃げるー)

「待て! 逃げるな!」

(あ、そうそう、忘れる所だった、プレゼント、最後の贈り物……)


 悪魔の姿はもういない。その身体は燃え尽き、消滅した。

 軽薄な音楽を響かせ、色とりどりの図形を振りまきながら、ゆっくりと下がっていく俺の前に、黒い兜が現れる。

 それを、掴む。


(鎧と一緒に作った兜ね、これで、おしまい、本当の、黒騎士さんの最後のパーツ)

「ルル……」


 顔の全てを覆い隠せる黒色の兜、美麗な装飾の為されたその兜の目に当たる部分には二重のスリットが横に入っている。

 求めていた物。催促し、なんだかんだと言って拒否されていた物。


(せっかくの格好いい髑髏を隠しちゃ、黒騎士さんの魅力が半減……どころか、9割減になっちゃうけど、考えて見れば元々大して存在してなかった魅力が9割減っても大したこと無かったわね。ま、それで顔を隠して生きるのが必要になることもあるかもね、好きになさい)


 ルルの最後の別れの言葉を聞きながら、ゆっくりと、地上に、降り立つ。

 場を支配していた重苦しい空気は完全に消えている。代わりに軽薄な音楽が響いているが。

 黒い蹄鉄から俺の羽と同じようにして光る図形が飛び出している馬が、おかしな動きで近づいてくる。嫌がって足踏みをしているが、当然それで止まることもない。


(馬さんの世話も、ちゃんとするのよ? じゃあね、これで本当のさようなら、馬さんに名前をつけなくて良かった、君に名前を付けなくて、良かった……)


 名前を付けると、愛着が湧いて別れが辛くなる……そんな話もしていた。

 ああ、そうか、俺も、また、馬と同じであったか……


(ご飯はしっかりと食べるのよ? よく考えたら今日一日、何も食べてないじゃない、食べなくても平気でも食べる行為には意味があるのよ、精神的な健康っていうのは目に見えやすいものじゃないけど、軽く扱っていいものでもない)


 市民らすべてが、俺に向かい、祈っている。涙を流して。混乱は、していない。


(それと、精神の健康には、朝は朝日を浴びるのもいいわね、なんかやる気出る、そういうのも重要よ? 人が何万年とかけて培ってきた性質というものだわ。夜は寝る、朝は起きる、規則正しい生活が精神の健康を保つの)


 ……市民ども、貴様らの崇める俺は今、何かの存在から精神的健康についての話を聞かされているぞ? どうだ? 貴様らに想像できるか? 出来ないだろう?

 リュミエラたちが俺の元に走ってくるのを確認する。彼女はもう光ってはいない。ピカピカと光っているのは俺だ、あと馬……


(黒騎士さん、詐欺には気を付けてね? 美少年が一緒に悪魔召喚しましょうよーとか言って誘ってきても相手しちゃ駄目よ? しょぼい魔法陣や無意味な儀式とか、ごっこ遊びならまだしも、それで人を傷つけるのは本気で笑えないわよ? そもそも悪魔を実在の世界に召喚することとか、人間には無理なの、だって悪魔って人間の虚構にしか存在しないものだもの。せめて理論的に理知的に理想どおりの美少年を生み出すことが出来るくらいになってから挑戦しなさいな)


 右を見て、左を見て、上を見る。この念話はどこからやってくる?


(それから……)


「いいがげんにしろおおおおおおっ!!!」

「うおっ!?」


 俺に近づこうとしていた男たちが驚き、固まる。

 手に持つ兜を投げつけてやりたいが、投げつけるべき相手は見えない。存在もしていないのか? いつまでこのくだらない念話を聞かされる? 何が理想の美少年だ、何が悪魔召喚だ。するか、そんなもん。今一番欲しいのは頭の中に直接話しかけてくる質の悪い悪魔を追放する魔法だ。


(ええ……心配だなぁ……いい? 詐欺って言うのはね、心の隙間を狙って)


「さっさと消えろぉ!」


 軽薄な音楽と、飛び出す図形、それと念話による意味不明の小言は、小30分、続いた……






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