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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 魔女の持つ不思議な力によって屋敷の壁が取り払われ、中と外が繋がってしまった。

 屋敷を取り囲んでいた民衆は数を減らしていたが、それなりに多くの市民がまだ残っていた。彼らは松明の明かりを掲げて、自分らの前に突如として現れた黒衣の少女、そして消えた壁と、部屋の中にいる俺たちを交互に見て、困惑している。

 黒衣の少女に巻き付いているのが巨大な黒い蛇であることに気がつき、さらに、その片腕に抱かれる少女の正体が自分たちが聖女と呼ぶ少女であることにも気がつく。市民の中から声を上げる者もすぐに出始め、外は俄かに騒々しくなっていく。

 混乱。混迷。混沌。

 俺の心の中もまた、その揺れ動く感情に呑まれて混沌としている。

 魔女め。

 魔女の告発……

 このまま何も考えず外に出て魔女に斬りかかるか、それとも一度、冷静になって状況を考えるかをしばし迷って、部屋の中に残る。あの魔女に剣は効かない、蛇にも通じなかった、対策を考える必要が……

 違う、言い訳だ、言い訳を探している。

 ただ単純に、俺に外に出て行く勇気が無かっただけだ。


 神秘体験がしたかった。

 ジャンヌを助ける気など無かった。

 望みの神秘体験が叶い、満足しているから、それ以上の望みが無いから、俺にはやりたいことが無い……


 突きつけられた魔女の言葉を否定したい。否定をせねばならない。しかし……

 剣を持つ腕が震える。膝から崩れ落ちそうだ。

 蛇を纏う魔女からの告発をこれ以上聞いていたら、俺はもう立ち直れないかもしれない。そんな気がして、動けない。


「なんとしたことじゃ……」

「魔女が……魔法を……私の屋敷……ああ……」


 ジェルマンやトムスがその場に立ち尽くしたまま、つぶやく。

 屋敷の壁は、たぶん後で戻るだろう。黒猫……魔女ルルの気分次第だろうが。


「骨の御仁、まるで動けんかった……不甲斐無いのぅ」


 ジェルマンが申し訳なさそうに俺に謝罪をしてくる。

 大人たちは全員、最初に魔女が、屋敷の部屋と廊下の間にあった壁を消した後でも、特に何かの動きをすることも出来なかった。

 鎖に繋がれた俺と、知らない血まみれの黒猫を抱く少女。

 あの場でリュミエラを助けるべく即座に動けたのは子供らだけだったからか。だがそれを責める気にはなれない、責めることの出来る立場に俺は居ない。どころか、この混沌とした事態を引き起こした張本人の片割れときている。悄然とする老騎士ジェルマンに碌な返答も出来ず、俺もまた、剣を握ったまま立ち尽くす。すべてはあの魔女が悪いのだ。

 そして。

 俺が、悪い。

 謝罪を口にすべきは、俺なのだ。


「く、黒騎士殿、あの魔女は、い、一体、何者なのです?」


 自分の屋敷の壁を消されたトムスが俺に近づき、問いかけてくる。それにも返答は出来ない。ここに至るまでの状況やあの魔女について、黒猫について、まるで説明できる気がしない。

 外にいる魔女、ルルは俺を見て手招きをしている。

 その表情は楽し気だ。まるで大人にいたずらを仕掛ける前の子供のような無邪気さで俺を呼んでいる。黒檀の髪と、自称、白雪のごとく美しい肌をした整った顔立ちの少女の放つ邪気、凄惨さから、身震いまでしてくる。


「さっさと降りて来なさいな、こちらにおいで、攫われた姫様はこちらよ? 早く助けてあげないとね? 勇者様、ふふ」


 挑発されても、動けない。

 そもそも、ルルの奴め、大勢の人の目に俺たちの姿を晒して何がしたいのだ? 今の奴の目的は何だ。聖女を害しに来た云々は本気ではあるまい。もしそれが本気であれば抵抗なんぞは無意味、誰にも、何も、常人に出来ることは……無い。


「天使様……」


 アンドレが心配気な顔をして俺を見る。


「我々に何か出来ることはあるでしょうか?」


 手に持つ細剣が震えている。

 王の命により、ここに聖女を迎えに来た、俺の生前での知り合い。その流れのまま、わけもわからずに魔女との超常の戦い……茶番に巻き込まれて、おそらく不安なのだろう、それを押し殺している。気の弱い所もある男だった。だがアンドレ、ここで何かを心配しなくても、たぶん悪い事にはならない……と思う。いや、魔女の気持ちなどわからない。

 ここで何かをせねば、ならないのか?

 考えが纏まらない。考えねばならない事がありすぎる。もう考えたくないことも。

 ああ、逃げたい。

 すべてを捨てて逃げ出したい。眠い。眠いのだ。寝たい。一切の思考を放棄して、このままどこかで身体を横たえて寝れたなら、どれほど楽だろうか。


「……そうだ、聖水……食卓に出すつもりだった聖水がありま、あっ、ああっ、ち、違うのです、黒騎士殿っ、黒騎士殿を疑っていたというわけではなく、せ、せ、聖水は、黒騎士殿のご好物なのかなと……」


 聖水が好物なわけあるか。

 食卓で?

 俺が悪魔でないかどうかを疑って、検証のために内緒で聖水を飲まそうとしていたのか。頼りなさげで人畜無害そうな顔をして考えることは考えていたのだな。

 盛大に自爆をかましたトムスを見る。素直さ、迂闊さは娘と同じか。こいつにも言ってやれることは見つからない。娘共々、巻き込んで済まない。


(さっさと降りて来なさいよっ! 間が持たないでしょ!?)


 魔女から怒りの催促の念話が来た。

 その身に纏う黒い蛇が大きな口を開けて周囲を威嚇している。シャー、シャーと音が漏れる度、周囲が騒ぐ。


(何をする気だ? いつまでこんな茶番を続ける?)

(君次第)


 そっけない返答、それで念話を切って、以降の俺からの念話の呼びかけには答えない。

 周囲の民衆の中には黒蛇を纏った不吉な女の出現に逃げ出す者もいるが、恐慌をきたす者はいない。むしろ聖女を助けようとでもしているのか、恐れつつも魔女に近づこうとする者すらいる。


 ここの町の住人は超常に、神秘に、もう”慣れた”のか?

 動く骨に喋る猫と続いて、今度は巨大な蛇を這わせる女。後ろの二つは同一だが。

 人は慣れる。

 実際に自分の目の前にそれがいるのなら、受け入れてさえしまえば、後は、自分にとって敵か味方か、役に立つか否かの問題。喋る黒猫にもすぐに慣れた俺のように……骨の躰を、大した抵抗もなく受け入れた俺のように……


「うざ……」


 聖女を助けようとして近づく民衆を蛇を使って追い払っていた黒衣の魔女の機嫌が、みるみる悪くなっていく。駄目だ、考えている時間も無い。

 行かねば。

 行きたくないが、すごく、行きたくないが。どうにかしてこの場の決着をつけないと。

 壁があったはずの床を越えて、外に出る。屋敷の使用人から槍を受け取ったジェルマン、アンドレが俺に続く。


「お、俺たちも……」

「子供らは部屋におるんじゃ、本物の魔女を相手にして何が出来る」

「誰もついて来なくていい。俺だけで行く」


 俺たちに続こうとするアリセン、ユーザスらを制する老騎士に俺が声を掛ける。魔女の目論見が何であれ、ここに大勢いても一層、場が混沌とするだけ。


「僕の力を使ってください」

「アンドレもだ、お前に出来ることは何もない、お前は巻き込まれただけだ。いいから離れていろ」


 俺たちのやり取りを聞いていた魔女がニヤリと、嫌な笑い方をする。


「あーらあら! その人、アンドレって言うのね? じゃあ魔法を使いましょう……『アンドレ、剣を離してお座り』」

「なっ!?」


 魔女の吐いた言葉の通りの通りの行動をするアンドレ。手に持っていた細剣を落とし、地面に座り込んで、バタバタともがき、それでも立ち上がれないと知ると、目を見開き、口を開けて呆然とする。


「天使様……」


 地面の上から俺を非難するような目で見上げてくる座り込んだアンドレ。

 違う。違うんだ。名前を知られるとか、どうでもいい。あの魔女の使う魔法……魔法にしか見えない何らかの力の行使には本来、名前も呪文も必要ないのだ。そもそもあいつ、最初からお前の名前を知っていたのだし。


「皆! 気をつけよ! あの魔女の前で誰も名を呼んではならんぞ! 操られてしまうのじゃ!」


 ジェルマンが、さも真理に到達したかのように叫ぶが、違うんだ。


「立派なお髭のお爺さん、あなたの名前を聞かせてくださいな」

「教えるわけないじゃろ!」

「ジェルマンさんね?」

「な、なんじゃと!? どうして!?」

「……廊下の話し声が部屋の中にまで聞えてきたからねぇ。このジェルマン、生涯の不覚ー、とか、大声で言っていたのを聞いたわよ?」

「そうじゃった! 言った。確かに言ってしもうた! なんたる、なんたる失態! このジェルマン、生涯の不覚!」

「生涯の不覚が量産されていくようで何よりだわ、長生きして頂戴な……『ジェルマン、槍を地面につき刺して、それから手を離すな』」

「うおお!? 何じゃ!? 体が勝手にっ!?」


 駄目だ、ジェルマンまで魔女の術中に落ちた……じゃなく、おちょくられているのだ。

 そしてやはりと言うべきか、魔女にはこちら、少なくとも彼らを害する意図は無さそうだ。その気になれば、もっと凶悪なことが出来るのだから。俺はどうかしらんが。

 魔女の腕に抱かれて涙目のリュミエラを見る。

 見た所、強く拘束されているようでもないのだし、いくらでも魔女の腕を振りほどいて逃げ出せそうなものだが、まぁ逃げられないのだろうな。


「ど、ど、どうしよう!? アリセン、僕も君の名前を廊下で叫んじゃった……」

「お、お、落ち着けユーザス、何も言い直すこと無いだろ、あっ、しまった……わりぃ……」

「馬鹿ぁ、二人とも馬鹿ぁ……」


 リュミエラが、ついに泣く。

 黒衣の魔女が、あたふたと慌てふためく少年らを微笑ましいものを見る顔をして観察している。冷徹な魔女の印象は薄れているが、別の怖いものが見え隠れする。


 剣先を魔女に突きつける。

 繰り返しだ。

 それはまるで黒猫の姿をした魔女に突きつけた剣を、そのまま相手を少女の姿をした魔女に変えて繰り返しているかのよう。だが今の俺に、突きつけた剣を振るう気は、無い。そうしろと、目の前の魔女が言うのだ。

 ニヤリと笑ってくる魔女。目つきが悪い。


「全部茶番ではないか……貴様は貴様で、さっきから何をしようとしている? 目的は何だ、魔女よ」

「いちいち説明されないとわからない? 見てわかる事を聞くのはどうしてかしら? 目玉が無いから? いいえ、見ようとしないからよ。知ろうとしないし、理解しようとしない。そんな相手に何をやっても、言っても、無意味よねぇ。言葉は時に無力なものなのよ」

「…………」


 反論の言葉が出てこない。

 俺はさんざん黒猫の姿をしていた時のルルに問いかけて、答えを聞いてきたのだ。その多くが理解できない事柄ばかりであったが、それでも最初あたりはすべてを理解しようとしていたのに……理解しようとすることを諦めたのは、いつだ? 俺にも理解できるように説明をしてくれないのが、悪い。


「とんだ無駄骨、そうね、これからは君の事は無駄骨さんと呼ぼうかしら」

「とにかくっ! ……今は、何をしている?」


 名を捨てた俺とて、不愉快な呼ばれ方はしたくない。無駄骨呼びだけは避けたい。

 これからどうなる? 俺はどう動くべきなのだ? どうせ教えてくれはしないだろうが。


「自分の望む答えを答えよって質問なのかしら? だったらあまり期待しないでくださいな、頑張ってはみるけれど、完全な正解なんてものは知らないのだから答えてあげられないわ。けれど、そうね、嘘偽りのない答えを聞いているのだと言うのなら、特別に答えてあげる、特別よ? いい? 私は今……遊んでいるのよ」

「知っていたことであったわ……」


 遊んでいるのは知っている。姿を変えようと貴様は前から何も変わらない。気の向くままに遊んでいた。それは目的をすでに達成した者が持つ心の余裕……俺も、また……


「その姿……その黒い蛇は、何だ?」

「蛇は、蛇でしょ。悪魔の姿として、よく描かれる生物……」


 黒い蛇が鎌首を上げて俺を睨み、口と目を歪ませてシシシと笑う。猫よりも表情が豊かではないのか。


「古い時代には、神聖な存在としても崇められていたりしたのよ、いえ、今も、どこかでは」

「俺が、その名を言ったからか? それとも、本当に、貴様は……」

「はーい、はい、また馬鹿な事を考えていそうだから止めておくわよ? 時間のある時にでも、ゆっくりと考えなさいな……付き合ってられないから。言葉で理解し合える段階はすでに過ぎた、手遅れよ。どれほど話合いをしようと相手が折れず、こちらも折れないのだとしたら……それは戦争、武力でもっての解決しか、ないわよね? 人が戦争をする単純明快な理由。予言してあげる、人が人である以上、いつでも、どこでも戦争はあることでしょう……」

「戦争の話はしていない……」

「……太古の昔」


 ぞわり、空気が変わる。

 冷たく、重く、粘性の湖の中に落とされたかのように。

 それは見る限り、あたり一帯、市民らのいる場所も含めて、変わった。

 人の領域から、魔の領域に変わったのだと、わかる。

 市民が、怯える。

 息をするのも、必死。


「魔法、か?」

「魔法じゃないわ、物理現象よ、具体的には……どうでもいいでしょ。太古の昔、人がまだ大勢で群れる前、様々な動物たちが持つ技能は、人にとっての恐怖であり、未知であり、憧れだった……」


 何が、始まる? 


「……鋭い爪も、丈夫な牙も、固いウロコも、空を舞うための翼も、様々な生き物たちが当然の権利かのようにして持つ強靭な肉体も体力も、何もない、なーんにも持っていない弱者の種族人間は、それでも、憧れることが出来た。種族すら違う他者の持つ力を対象にして、乞い、焦がれ、憧れるという、他の生物が持っていない特殊技能を、持っていた」


 ビリビリと空気が震え始める。


「あとは、わかるでしょ? わからない? あ、そう、馬鹿なのね、自覚したら? ……虚構の中に神を生み出す時の、参考資料にするのよ、各種生物の能力を」


 何も言っていないだろうが。

 俺を馬鹿扱い……するな……

 魔女の艶のある黒髪がうねり、頭の両端から白い角がせり出し、生えてくる。


「な、なんだ、その角は」


 空気が重い。声を出すのすら、力がいる。


「牡牛の角よ……強い力の象徴でもあり、農耕の友、ふふ、神は人を模して造られるものなので、その姿は人の体に角が生えたものになる。爪も、牙も、強靭な、肉体も、すべてを手に入れたいと願い、神を創った」

「…………!?」

「ひえっ、ひえええ」


 魔女の肉体の変化は続く。その細く、白い手からは黒いウロコがびっしりと生え、手の先すべてを覆い、指の先からは鋭い爪が伸びていく。黒い瞳孔は縦の線となり、金色に輝き出す、まるで蛇のように、蛇そのもののように。体そのものが大きくなっていく。腕に抱えられたままの少女の姿が小さくなっていくような錯覚を起こす。

 突きつけた剣の先、俺の二倍ほどの背丈になった魔女、元、少女は、前かがみとなり、上から俺を見下ろす。少女の顔は、少女のまま。白い頬に浮かぶ紅い唇から、牙が覗く。


「憧れ、焦がれ、乞い、恋をして、結ばれる……実際の世界ではどれほど頑張っても種族の壁は越えられないけれども、それが虚構の中の世界での出来事ならば、楽々と越えていける。禁忌も何も無い虚構の世界で、人と獣が結婚して生まれた人獣の神たち。これが古き神の姿よ、どうかしら? ご期待に沿えてるかしら?」

「……悪魔」


 かろうじて呟けた言葉は、何かの抵抗であったのだろうか。突きつけた剣の先が震える。原始の恐怖。嘘偽りのない悪魔の姿。


(人ってさ、戦争している時って、相手を、こき下ろすよわよねえ。角を持つ神の勢力とか、蛇を信仰する勢力とか、そんなのは格好の餌食。あいつらの信仰しているのは邪神だの悪魔だのといった、いわゆる言葉による呪いでさ、貶める。まぁ、それが普通? 人の通常運行。多神教を信仰する人同士での戦争ならば、他の神も認めることもあるのだけれど、神の格を落として部下にしたりね。でも一神教ではそれは出来ない。受け入れられないから他所の神様は悪魔にするしかない。で、負けた方? 追いやられた方は、消えるか、場所を移すかして、なんやかんやで、こんな姿も悪魔として定着していくのよ。これで悪魔についての話は終わりにするわね、講義終了。ああ、やり残したことがやれてよかった。これでもまだまだ序の口で、悪魔というのは奥が深いのだけど……まぁ深くも無いか、人の半分ですって言えば話は終わるもの……というか、黒騎士さん? いつまで睨み合ってる気なの? さっさと斬りかかって来なさいよ)


「な、何を……」


(何を、じゃないのだけど? 私はずっと前から、斬られ待ちよ?)


 圧迫された空気の中、誰もが動けないでいる。


「貴様を斬って……どうなる」


(それで丸く収まる、多分、いいえ、知らないわ、私はどうせ消えるし、しーらない。いいから、斬りかかって来なさいな、最初は強く当たってもらって、あとは流れで良い感じにしてあげるから)


 薄々と気がついていた。この魔女は、俺の為に動いているのだと。聖女を救い、悪魔を倒す役目を俺にやれと言っている。認めたくなかったから見ない振りをしていたのだ。


「嫌だ……」


(うぉい、いい加減にしなさいな、駄々っ子ねぇ……ここで悪魔殺しを為した後は、黒騎士さんの自由よ? ここにいる人たち、君の言う事は信じると思う。聖女の問題だって、どうとでもなるでしょ、口先ひとつ。そのくらいは働きなさいなポンコツさん)


 嫌だ。

 そう思った。

 終わる。何もわからないままで終わる。愚かな自分のしでかした事で。

 黒猫が、魔女が、ルルが、居なくなる。それが、何より嫌だ。

 しかし、そんな気持ちは、駄目だ、あまりにも……なさけない。みじめ。フラフラで、いい加減すぎる。どれほど探そうが言い訳すら何一つ思い浮かばない。この期に及んでの俺自身の心の動きに、その、悍ましいほどの身勝手で、あまりにも理不尽な俺の我が儘に、我が事ながら眩暈がしてくる。


(可愛い姿をしているから斬りかかってこないだろう、か弱い姿をしているから斬りかかってこないだろう、私と君との仲だから、これはじゃれ合いの延長であり、本気で斬りかかってくるわけないだろう……そう思い込んでいたのは、何も対策をしなかったのは、私の虚構の中にある常識を照らし合わせての話であり、君の、君たちの世界の常識では無かった、勘違いをしていたし、思い違いをしていた、うかつだった……ごめんなさいね)


「あや……まるな……」


(……はぁあ、これは、こっちから行く必要がありそうねぇ、行くわよ? ちゃんと戦いなさいよ? よっこらせと)


 前かがみの状態から、身体を起こして左手を、高く、上げる。振りかぶってくる。巨大な爪の生えた爬虫類の前足、それを、俺に向かって降ろしてくるのが見える。ゆっくりと、流れる時間の中で、それを確認する。


 ここで俺が斬りかかれば、終わるのだろう。

 後は適当に、流れで、終わってしまう。

 黒猫は世界から消えてしまう。

 嫌だ。何かいい手は……謝罪、そうだ、あやまるのは俺だ、あやまって、……どうする。

 首を斬られて、斬られかけて、謝罪など、許してくれるわけなど、無いだろうが。いや、先ずは謝罪だ。とにかく声に出せ。


「あ、あ」


 左手を振り下ろす態勢になっていた悪魔が、突如動きを止めて、今度は自分の顔の横に右手を持ってくる。

 突如、辺り一帯に響き渡る、轟音。


「ああああああああああくぅまぁああああああっ!!!」


 悪魔の姿をしたルルが上げた右手の甲、そこあるのは金属の棒の先。

 ちょうど真後ろから横薙ぎに振られた金棒が、悪魔ルルの手の甲で受け止められている。

 悪魔の右手に捕まっていた少女が、へなへなと地面に崩れ落ちる。

 ルルの真後ろから頭を狙うようにして金棒を振った男、ゴウベルが、すかさず金棒から手を離し、地面にへたりこんだ少女を抱え込んで、逃げていく。


「がはは! 骨の道化師ぃ! 聖女は取り戻したぞう! これで戦えるだろう! 行け! その悪魔をぶっ飛ばせぇい!」


(ぷ……あはは、姫を助け出す勇者の役目、横から取られてやんの! 遅いから! 黒騎士さん、遅いから、あははははははははははは、はははははは、お腹痛い、あはあはははは)


 目の前にいる悪魔は、俺を見下ろしながら、凶悪な人相で笑っていた。


 何が起きたんだ? おい。

 俺にもわかるように、誰か、説明を。









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