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「どうしてくれよう……本当に……どうしよう……どうすればいいと思う?」
目を閉じて動かなくなった黒猫を抱いた黒衣の少女が、恨めし気に俺を睨む。
俺を睨む少女の表情に、猫の姿をしていた時の俺への剥き出しの敵意は無い。
静かな怒りを、その闇の瞳にたたえて、そこに立っているだけ。だが、闇を恐れる本能が、俺に警鐘を鳴らしている。俺は恐れている。目の前に現れた捕食者を恐れている。大型の肉食獣を前にした無力な獲物の気持ちとは、このようなものか。
焼けつくような空気が肺を焼き、骨の身体と鎧が、軋んだ音を出す。
動かない。
足の一歩、腕の一本すら動かない。
俺はどれほど目の前にいる黒衣の少女……この魔女を、恐れているというのか。
俺たちのいる部屋の扉の前の人の気配は増えていき、会話の切れ端が耳に入って来る。助けは呼べない。呼んでも無意味だろう。
認識が甘かった。
失敗した。
目の前にいる魔女は人の手でどうこう出来る存在ではない。
少しばかり脅してから話を聞こうとしていた、本当に斬りかかる気は無かった、などと言い訳をしても仕方ない。行動したのは俺だ。俺の意思。ジャンヌを侮辱された俺が選んだ行動。正体不明の黒猫の首を飛ばそうと、した……猫? 猫が怒っているだと? 猫が貴様ではないのか?
「猫と、別れた……? その黒猫は生きているのか? 貴様の正体は……何だ?」
正体不明の存在が、二つに分かれた事で、さらにわからなくなる。
手も足も動かないが、口は、動く。かろうじて。
「そうね……怒っている時ほど冷静な話し合いが重要だわ……会話、会話をしましょう、黒騎士さん。とりあえず、可愛そうな黒猫の話をしましょうか?」
自分の腕に抱く黒猫を見つつ、少女は話を始める。
「……と言っても、大した話じゃないわ。ジャンヌ・ダルク、彼女が処刑される日に起きた事……」
猫の首から流れていた血は止まっている。
「死の恐怖、強い後悔とか、そういう感情の揺れ、振動というのは、私が世界へ干渉を始める切っ掛けにするのには、手っ取り早くて楽な方法なのよ、指を掛け易い……道しるべって表現しようかしら? 標識ね、だから利用させてもらったのよ、この、ただ兵士の歩いていた道の前を横切って歩いただけで、不吉だからというわけのわからない理由で切り殺された黒猫の、負の感情と死骸を……」
兵士に切り殺された黒猫。
不吉だから。目の前を横切ったから。
「イングランドの、兵か……?」
「そうみたいね、だけど今、この町や他の町で起きている混乱が、この猫にとっての人への復讐、世界への復讐だ、とか言い出さないでよね? この子にとっては人の世界とか認識できないものだから」
道を横切っただけで殺された猫の復讐が、この世界を滅ぼす理由、ではない。それはあまりにも、桁が外れすぎている。釣り合わない。
「ただ、理不尽に訪れた死を、ただ恐怖して、最期には受け入れた。この子に残っていた感情は、お腹が空いたなぁ、とか、ちょくちょく構ってくる人間の子供に、もっと体を撫でさせてあげればよかった、とか、そういう子、優しい子。この子が世界へ復讐する理由は、無いの」
喋る黒猫として、ふらりと町に現れた。動く骨を引き連れて。それだけで、世界はこうまで混乱している。黒猫に復讐の気持ちはなくとも、復讐が叶っている。それを為したのは、貴様か? ルル。それとも本当に、誰も世界への復讐は望んでいないのか? 理由が無い。それなのに俺だけが……
「最初に肉体を持たない私というものがいて、この世界で活動するための身体をひと時の間、借りていたというのが、黒騎士さんにはわかりやすい説明かな? 依り代? ええと受肉、とは違うわねぇ。世界に干渉を始めた最初の頃は私が振るう力も不安定だったけど、今はそれなりに安定したので、この子の体も必要無くなったのだけど」
こいつは前に、猫の死骸を利用したと、そう言っていた。
少し前のことなのに、あまりにも事が起きすぎて忘れていた。死んで意識を取り戻してからの時間の感覚が狂っている。濃密すぎる。頭がついていけない。
扉の外から聞こえてくる会話が耳を通り抜ける。騒々しいぞ。どこかに行け。いや、逃げろ、この屋敷から。
黒猫のルル、肉体を持たない存在。神霊。悪霊。魂だけで存在できる者……最初から、ただ首を斬って終わりで済むような存在ではなかった。こいつは相手を知り、入念に準備に準備を重ねて、ようやくどうこうできる代物……いや、それでもまだ認識が甘いのかもしれない。せめて真実の名を知らねば……
「ル……ル……本当の名ではあるまい……貴様の、本当の名を明かせ……悪魔よ……」
俺が生前、家族にも知られぬように集めていた悪魔について書かれた本を思い出す。頭の固い聖職者あたりに知られれば、貴族として力を持っていた俺でも異端として罰を受けることになるだろう、そんな本に書かれた知識だけが、今の頼りだ……
「はいはい、悪魔悪魔。……ルルって君に名乗ったのだから、ここではルルが本当の名前でいいでしょうに……それじゃあ納得しないのよね?」
名を知らねば対処の仕様が無い、それとも本に書かれることすら無いような大物なのか?
「……繋ぐ者……解き放つ者……掘り起こす者……観測者……人に付けられた名前を出すなら……明けぬ夜……闇の支配者……目つきの悪い子……うーん、どれも黒騎士さんを納得させるものじゃないわね…………ねぇ黒騎士さん、時間っていうのはね、人が想像力でもって考え出した概念であり、生み出したその言葉によって強力に呪われ、縛られてしまうことになった概念でもある、つまりね、時間って実際には実在しないものなのよ? ああ、何も言わなくていいわよ、理解できないでしょうから」
また、俺には理解できない話をしだした。時間が存在しない? そんなわけあるか。今日があって、昨日があって、明日がある。疑問を差しはさむ余地もない。
これだから、こいつの口から出る言葉は何も信用できなくなるのだ。いつも、そうやってはぐらかされる。
もし悪魔の真の名を言い当てることが出来たなら、強大な悪魔とすら交渉が叶う、そう書かれている書物もあった。強く意識を保て。
「……時間という、虚構の中だけに存在する概念の川に、ただ身を任せ、流れ、留まる者、流留……うん、人に付けられた名前の中では一番に気に入っている名前よ。それが私の名前だわ」
俺の知らぬ名……打つ手なし、だ。
「他には、鎖の魔女……腐れ神……這いよる混沌……邪神……これはタコだのイカだの、やってた時ね、生物繋がりなら、尾を咥えた蛇とか、翼ある蛇とかも言われたこともあるわね、さんざん好き勝手に言ってくれちゃって、やーね」
「蛇……蛇なのか? 貴様の本当の正体は……」
「蛇として世界に干渉していた時もあるってだけの話よ? そしてこの世界での事でもない、別の世界での話。そもそも自在に姿や形を変えられる者にとって、生物としてのどうこうなんて、特に意味を為さないものだわ、ちょっと依り代にした肉体に精神が引きずられる時があるだけで。さっき上げた名前なんて、ほんの一部でしかないし、そうね……創造神……なんて呼ばれ方をした時も、あるのよ?」
「本物の神ではないか……」
「はいはい、神、神……名前なんて、都合よくお互いを呼び合うだけの物だからね、あんまり囚われないでおくことよ? どれもこれも私の事を良く知りもしない人が勝手に呼んでいるだけだから、全知全能には程遠いわけだし、実態とはかけ離れているわ……ね、そろそろ、この、どーでもいい話は終わりにしましょう。さて……黒騎士さんに与える罰を考えないと……」
俺に与える罰、神に手を上げた俺への天罰……駄目だ、認めない。
決して認めてはいけない。こいつは神ではない。
こいつは悪魔だ、適当な事を言って俺を混乱させているだけの悪魔、そして、蛇の姿をした悪魔ならば、俺は知っている。心当たりがある。それを言え、……この名は口にしてもいいものか? 口にしたら、もう二度と引けなくなるのではないか? 馬鹿か、俺は、すでに引けない段階にあるだろ、どうなっても知らん、どうとでもなれ。
「リリス……それが貴様の名だ。イヴを誘惑し、知恵の実を食べるよう唆し、騙し、善と悪の概念を植え付け、アダム共々楽園より追放させた、夜の魔女……神によって創られた最初の女にして悪女、神に呪われし蛇よ」
「うわぉ、これはまた大御所が来たねぇ……色々な呼ばれ方をしてきたけれど、リリスは初めてかな。創世記の楽園追放の一節だよね? 私だって良くは知らないのだけど。ん? おかしいわね、確か、最初の女性はイヴだからリリスなんて女性はそれ以前には存在しない、はず、この時代の常識……私が間違ってる?」
少女は鮮血よりも、尚、赤い唇を歪ませて、俺を見る。
「……黒騎士さんのそういう知識って、どこで手に入れてるの? 教会?」
教会が人の目に触れさせないようにしている書物からだ。
神が最初に創った人間はアダムで、イヴはアダムの肋骨より創られたとされる。最初の男はアダムであり、次に女のイヴ、そういうことにしておきたい教会だが、そう描かれない書物もある。神が最初に創った人間はアダムとリリスであると書かれた書物も中には存在した。
人の持つ好奇心からなのだろう。どうしたって知識は蓄えられ、本となって世に残り、人の目に触れるものなのだ。目にするのすら、相当に金はかかるものだが。
血まみれの黒猫を抱き、首をかしげる少女の姿を見る。恐ろしい。だが引くな。俺を呼ぶ声がする、ええい、扉の外が騒々しい。
「正解……したか? 答えよ、黒猫、ルル……リリスよ」
もし、これが不正解ならば、人にどうこうできる存在では無いことが確定する。それこそ言葉による交渉と契約を迫るしかない。そして、その名が正解ならば……神がいる楽園すらも自由に行き来することのできる悪魔、原始の魔女、なるほど聖なる大教会の中でも平気でいられるわけだ。生と死すら超越した悪魔の中の悪魔ではないか。こんなものを相手にするには、もう本物の神の降臨を待つくらいしか……大聖堂、思い出した……聖水は、本気で避けていた。俺にとっては水と変わらなかったが、もしや聖水は効果があるのか?
「正解か、ですって? それを正解にしたい、でしょ? 黒騎士さんがその立場を変えない限り、君の中ではそれが正解でいいんじゃない? 正解も不正解も、すべては君が決めることだから」
「そんなわけあるか……正しさが先にある」
「正解不正解は、それを決める者がいて初めて生まれる概念だわ。正解や不正解を決めた者がいるのが先、答えが正解だったか不正解だったかを確かめるのは後。よくよく考えてみると逆だったーなんてことは、よくあることよ?」
一歩、俺に近づく。
「……どうも二度目のパリの訪問あたりから、黒騎士さんの調子がおかしいと思ってたのよね。あの惨状を見て、罪悪感を感じてしまったのね?」
二歩、近づく。
「乱れて不安定になってしまった心を安定させるため、どうしても犯人が必要になった。断罪できる悪を必要とした」
三歩、少女の姿をした悪魔が俺に近づく。俺のすぐ傍、息のかかるほど……俺は動けない。
「黒騎士さんが居もしない犯人捜しの末に見つけた犯人、許しがたい悪で、敵、それが私。君がそう決めた。……ジャンヌ・ダルク、彼女を信じることを決めたのならば、彼女に声を聞かせた本当の神の実在を信じることは確定であり、必須……故に悪魔も当然のように実在し、猛威を振るう。私に当てがわれた役目が、そう、君の中で決まった物語。その筋書きのために都合の悪い話は都合よく全部消去……それが黒騎士さんの無意識下で行われた処理。犯人を決めたのが先、後は理由探し、理屈の構築……自分の判断を正当化するためならば、どんな些細な事でも拾い上げて、私を犯人に仕立て上げていく……傷つくわ……」
ささやくように、静かな声。
足先から全身、身体が震えだして、止まらない。心は逃げ出したくても、体が動かない。酷い後悔。剣でどうこうできる相手ではない。交渉も出来ない。神話の、創世の時代より来た悪魔。
愚かだ。
俺は本物の愚か者だった。
確かに俺は一度、神を呪い、信仰を捨てた、だが、祈る、神よ、俺を助けてくれ。この愚かな俺を助けてくれ。生前にも行ったことのないような全身全霊の祈りを捧げる。俺を救ってくれるのなら、神にすべてを差し出していい。
「さっきから黒騎士さん、身じろぎ一つしてないんじゃない? ちょっと怖がりすぎでしょ、……それも、逆だったりしないかしら?」
「……ぎゃ、く?」
「気づいてないの? 私は今、黒騎士さんの体が動かないように止めているのよ? それも物理的なもので……そうね、視覚でもわかりやすいようにするなら……」
少女は黒猫を抱いたまま手の指を振る。
じゃらり。
俺の体に巻き付く幾つもの鎖が、現れる。鉄の鎖だ。俺の全身をしばっている。重量を感じた。
鎖の魔女……
俺の全身を縛る鎖の先は床であったり、虚空の先に消えていくものであったり……
「恐怖してるから体が動かない、じゃなくて、身体が動かないから自分は今、恐怖しているのだろう、とか、思ってなかった? 人は正体不明なものを恐れるもの、だから絵に描いて目に見えるようにしたり名前を付けたりすることで安心する……これでいくらか楽にはなった? どう? 正解、したかしら?」
微笑む少女が怖い。変わらない。ひたすらに、怖い。まだ怒っているはずだ。体をよじって鎖から逃れようとするが、動かない。身をよじることも、出来ない。
「おかしいわね。もう斬りかかられたくないから拘束したけど、そこまでガチガチに固めてはいないはずなのだけど……」
少女が再び首をかしげた時、扉を叩く、ひと際大きな音が部屋に響く。
「黒騎士どのっ! 黒猫どのっ! おられるのですかっ!? ゴウベルと名乗ったイングランドの兵が、縄をほどいて、逃げだしたようです!」
「外がうるさいわねぇ、ま、いいわ、最後に黒騎士さんと会話ができて、嬉しかった」
「……最、後」
「ええ、最後、私は逃げるわよ。黒騎士さんへの、ちょうど良い罰とかも思い浮かばなかったし」
圧倒的な強者が、逃げる。何から、逃げる?
「貴様の目的は……」
「もう用事は済んでいるって、最初に言ったわよ。世界を発掘し、世界と世界を繋げる、この世界に干渉して楔を打ち込むこと、それが目的だし、すでに果たされた。より多くの世界を観測し、収集し、宇宙の可能性を広げる、それが私のしていた仕事。それなのに黒騎士さんが引き止めるから……それも、もう無し、黒騎士さんを私の助手にする話も、破談。その機会は失われた、残念」
少女の表情には怒りは無い、代わりに残念という風でもない。淡々と語る。事実を語る。最初から本当の事だけを話していた、のか?
「俺は……どうなる」
「どうもしない、ただ君の前から消えるだけ」
助かった? 本当に?
こいつの言葉を理解できずに、ただ不様に揺れていたのは、俺の方、なのか?
「どこかには、私と黒騎士さんが仲良く仕事をしているような世界も、あるかもね、何せ世界っていうのは、無限にも等しい数だけ存在するのだから……」
「……何故、俺を、殺した? そして、生き返らせた?」
「んー、それは内緒、どうせなら自分で見つけてごらんなさいな、そうねぇ、質問に答えない、それを君への罰にしましょう。せいぜいモヤモヤした気分を味わい続けるといいわ」
質問に答えないのが罰、前にもあったような気がする。いつだ、それは。
「無責任、すぎるだろうが……」
「自覚ある。ふふ、しっかりと反省なさい。軽々しく人……猫も、傷つけちゃ駄目って、学習しなさい。多くの場合、それは可能性を自ら減らしてしまう悲しい選択なのよ。最後にお節介ついでの、余計なお世話をひとつ……」
「きゃあ!?」
「お嬢様っ!?」
「リュミエラっ!?」
「貴様っ! どこから出てきたっ! 娘を離せっ!」
「……ジャンヌ・ダルク、彼女についてよ、彼女の神性について言う事はないわ、気になるのなら自分で調べて頂戴ね、ただ、彼女の最期については言えることもある。死への恐怖も、それから強い後悔も彼女はしていなかったとだけは言っておくわよ」
「それは、」
「がははっ! この娘の首をへし折られたくなければっ! 骨の道化師を連れてこい、それと、俺の得物、棘メイスもだっ!」
「ああリュミエラ、リュミエラ……」
「……宗教の持つ、集団をまとめる以外の力、より原始的な信仰の力よね。時として強い思い込みは死への恐怖すら凌いでのける力を持つの。彼女の最期は綺麗なものだったわ……」
「畜生っ! お嬢様を離せっ、離してくれっ、俺なら、俺ならどうなってもいいからっ!」
「アリセンっ、近づいちゃ駄目だっ!」
「なんたる、なんたる不覚じゃ! このジェルマン、生涯の不覚っ!」
俺の記憶に残る彼女の最期は、目の前に掲げられた聖印を一心に見つめながら焼かれていく姿だ。その強い瞳が、俺に向けられることも無く……
「うぐぅ……もう、いやぁ……」
「泣くな小娘っ! がははっ!」
「か弱い少女を盾にするなど……悪辣ぞろいのイングランドの兵の中でも貴様は特別に悪辣だな」
「……だから、彼女の事を気にする必要は無い、いえ、ここは強い言葉を使いましょう、ねぇ黒騎士さん? 君程度が、彼女の事を気に掛けるのは、彼女に失礼というものだわ」
「なん、だと、もう一度、言って見ろ」
「うるさいわっ、悪魔なんぞと契約し悪徳を積んでいるのは貴様らではないかっ!」
「なんだとっ! 取り消せっ!」
「……取り消さないわよ? ジャンヌ、ジャンヌ言ってる君が、実は彼女の事を本気では思ってもいないという事実を、いつかの段階で君は認めるべきだわ、世界の命運とかも、そう。君の中でどうでもいいに分類されるもの、ただ自分が暴れる言い訳に使っているだけ、復讐ごっこ、勇者ごっこがしたいだけ……立派な体格の癇癪持ちの精神幼児……どう? 正解したかしら? こういうのは本来、他人から言われると意固地になって、むしろ一層こじれるというのが相場だけど、黒騎士さんは自己分析の力が足りないから…………………扉の外、大変なことになってるわね……」
「…………」
俺は酷い暴言を吐かれているはずなのに、扉の外のことも気になって話が入ってこない。怒るべき場面なはずだ。俺は怒っていい。それともルルの言葉を受け入れてしまっているのか? ルルの奴の言う事こそ真実なのか? おのれ、暴れたい、だが暴れることが出来ない、鎖に縛られているこの身が恨めしい。
「こっちはこっちで、私にしてはすごく珍しく真面目に話をしてて、あっちはあっちで真剣なはずなんだけど……何故かしら? かち合うと、こうまで滑稽になってしまうのは? どう思う? 黒騎士さん?」
「……知らん」
俺に聞かないでくれ。俺は何も知らない愚か者だ。あと縛られているから何も出来ない……縛られていることを言い訳にしているだけか? 今は、何もしたくないのかもしれない、そのための言い訳……
「彼らを部屋の中に入れてもいいかしら? そうね、縛られて、何も言い返せずに泣きべそかいている黒騎士さんの雄姿を皆にも見てもらいましょう……」
よせ、という声をあげる暇もなく、部屋から壁が消えた。




