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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 戦乱の続く世に突如として現れた救世主。

 海の向こうを本拠地とするイングランドの手により、酷く浸食されていた領土。

 フランスの地を北と南に分断する要衝の地、オルレアンを落とされたら最後、ヴァロアの血統、シャルル王に挽回の余地は無く、ただ消えるのみであった。

 閉塞感。

 誰もが下を向き、絶望し、明るい未来を信じることも出来なかった、そんな時に俺たちの目の前に現れた少女。

 聖女、ジャンヌ・ダルク。

 神の啓示を携えて世に出て来るなり、瞬く間に俺たちの、そしてオルレアンの兵士たちの心を掴み、鼓舞し、導いた。

 包囲され、殲滅を待つだけだったオルレアンを救い、次々と大勝利を重ね、王太子シャルルをランスの地へ導いた。

 あまりにも鮮烈な、聖女にして戦乙女の栄光。

 太陽のごとき、目をも焼かんばかりの輝かしい偉業。


 それがもし、万が一、悪魔の導きによるものだったなら……

 神ではなく悪魔の手先だ、魔女だ、などと口汚く誹るイングランドの奴らが言っていたことの方こそが真実だったのなら……


 受け入れがたい。

 いや。

 認めない。

 許せない。

 だから。


 否定してくれ。黒猫よ。

 どうだ? 俺の考えは間違っているか? 俺の心の声が聞こえるか? 俺の悲痛な叫びが聞こえるか? 否定しろ、いつものように、自分は悪魔では無いと言うように。


「黒猫よ、ドンレミ村の少女ジャンヌに、他者には聞こえぬ声を聞かせたか? 彼女を焚きつけ、戦いへと導き、王太子シャルルに王冠を被せよと、そう言って聞かせたか? 貴様の持つ力、念話の力で、だ」


 突きつけた剣の向かう先、黒猫は揺るがない。静かに俺を見ている。その金色の瞳が、まるで物を見るかのように冷徹な輝きを持って、俺を見据えている。


「どうして、とか言わないわよ? 君の考えていることが、少しだけわかってきたもの、私の勘違いかもしれないけれど、おそらく、そう……」

「返答になっていない。肯定か? 否定か?」

「……はぁ、否定したところで、次は証明して見せろとか言うんでしょ? 黒騎士さん、無理難題を出さないで頂戴、無かった事を証明するのって、とても大変なの」

「肯定か否定かと聞いている…………なぁ、黒猫よ、貴様には貴様の考えがあり、目的があって動いているのだろう、俺は知らないが、それは、いい、ただ答えてくれ、何の意味が合って……」


 手に持つ剣の先端は揺るぎなく黒猫を捕らえている。

 迷いはもう無い。曖昧なままでは済まさない。


「……俺を殺した?」


 ついに聞いた。まだ半信半疑ではあるが、おそらく真実。

 黒猫が動揺したのが見て取れる。俺が見据えるその先で、金色の瞳が揺らめく。


「思い出したのだ。あの日、彼女が処刑された日、血で染まったかのような夕暮れの中、俺の前に現れた少女の姿の貴様を、死を引き連れて俺を襲う貴様の姿を、思い出した…………俺を殺したのは、いい……良くは無いが、貴様によって新しく与えられた骨の躰は気に入っている。俺を殺した事に関しては、許してやっても構わない、広い心で、な。だから本当の話を聞かせてくれ、ジャンヌを導き、そして見捨てた理由は何だ?」

「これは、どうしたものかしら、ね……」


 黒猫は答えない。考えている。言葉を選んでいる。


「黒猫よ、本物の力を持つ悪魔よ、貴様なら彼女を火あぶりの運命から救う事など、造作もないことのはすだ! 何故救わなかったのか! すべて話せ、偽りなく、だ!」

「…………」


 闇の中に浮かぶ二つの金色の光が、ゆっくりと細められていく。しばし静寂に支配された部屋に、静かな少女の声が満ちる。


「……記憶というのは人格を形成する上で重要であり、なるべく手を加えたくない領域。簡単に操作出来るものでもないしね……ああ、そう、思い出してしまったのね?」


 黒猫は俺の問いに肯定も否定もせず、逆に俺に問いかけてくる。


「ああ……思い出した、あの時の、石膏のような、死人のような、病的にまで青白い肌をした貴様の面まで……」

「ヒドいわねぇ……自画自賛は好きじゃないけど、これでも一応、白雪のようだ、なんて言われて賞賛されたこともある綺麗な白い肌なのよ? 近隣住民から大好評、その美しさたるや、家族ですら嫉妬に狂うくらいの……」

「そんな事はどうでもいい!」


 貴様の容姿についての話など、どうでもいい。

 俺が、黒猫の奴の少女に変化した時の姿を見て、造形の美しさよりも先に恐怖を感じるのは、あの日、俺が死んだ日に、まざまざと刻み付けられた死への恐怖が、魂の奥底にまで染みついてしまったからだ。それも、思い出した。けれど、そんな容姿については、本当にどうでもいい。それは重要ではない。

 いいから否定しろ。

 でなくば、すべてを包み隠さず話せ。


「……もったいない」

「は?」

「黒騎士さん、君、もったいないわよ? もったいない、知ってる? 言葉の意味、わかる?」

「何が、もったいない、なんだ?」


 意味ならば、何となく理解できる。無駄にしているとか、そういう意味だ。だが、今、その言葉を使う事に何がある?


「どうでもいいのよ」

「あ?」

「どうでもいい事に執着していると、人生は楽しめないわよ? 私の正体? 目的? どうでもいいでしょ? 気にする必要なし! 黒騎士さんを作った時に利用した素材のことについても、どうでもいいこと。君が知らなくてもいいこと。気にする必要のない裏の話。せっかく丈夫な体と自由を手に入れて生まれてきたのだから、くだらない悩みなんてポイって捨てて、ここはのびのびと、この世界を楽しんでいた方が、ずっといいはず……」

「ふざけるなっ!!」


 俺の死の理由が、殺された理由が、俺が知らなくてもいい『どうでもいいこと』のわけが、あるかっ!


「ふざけるのも大概にしろっ! 黒猫、俺は今、真剣に聞いている。あの日、あの時、何が起きた? 俺を作っただと? 話せ、一から十までだ、今すぐ、すべてをっ!」

「えーとー、どうしよっかなー、うーん、やっぱやーめた。ここは焦らしの一手、ふふ」

「おのれ!」


 俺が一歩踏み込むと、黒猫は数歩下がる。

 壁際。ここから飛び込めば、剣が届く、だが遠い。素早い動きの黒猫に当てるには、まだ数歩足りない、何かが足りない。


「美味しいものを食べたり、飲んだり、好きな物に触れたりして楽しんだり、色々な場所に行ってみたり、やりたい事は沢山あるんじゃないの? 君がこの世界を楽しんで、心から満足してくれるのなら、それが私の目的だわ」

「それで貴様に何の得があるっ!?」


 意味が分からない。何一つとして納得できない。


「ああ、それから、ちゃんと否定しておくわね? ジャンヌ・ダルク、彼女について私は知らないわよ? 私がこの世界に干渉を始めたのは、彼女が処刑される日のことだから、それ以前の彼女については知らない、証明は、難しいけどね」


 ようやく黒猫から、否定の言葉が出てきた。

 どこの何を信用することが出来るのか、怪しさの塊みたいな奴ではあるが、それでも、その言葉を信じることにするのならば、話は一つ終わる。そして、新たな疑問も生まれる。

 ジャンヌの聞いた神の声に関しては、黒猫ではない、ならば……


「私の念話で神の声を演じることが出来る、か、ふふ、ちょっと短絡的過ぎだけど、十分に私を疑う理由にはなるわね、もう、黒騎士さんてば、お馬鹿な考え休むに似たり、よ」

「では……」

「ところで話の前に、いい加減に剣を降ろして欲しいものね、疑惑は解けたでしょ? 私はそこそこ怒っているのよ? 前にもあったよね? 何度め? 本気ではないにしても剣を向けられるのは悲しいし、怖い。そもそも人に物を尋ねる態度じゃない、常識を弁えて」


 常識を弁えろという非常識の塊に向けた剣は、降ろさない。疑惑はまだ消えていない。聞くべき事はまだある。


「黒騎士さんの中で私の言葉の重要度はどれくらいなのかしら? まるで荒い網目をした籠で受けたかのように、するすると零れ落ちてしまっているようだわ。知ってたけど、大変なものね、こうまで常識の違う者同士での会話というのは……」


 黒猫が首を振り、溜息を吐く。 


「彼女にしか聞こえない神の声に導かれて、ねぇ。それが神でなく悪魔だったら許せないという黒騎士さんの気持ちも、ちゃんと理解できるのよ? 自分や身内の運命が正体不明の輩の手で捻じ曲げられているかもしれない、自分たちはそいつに踊らされているだけかもしれない、なーんて思うのは、ちょっとした恐怖だし不愉快なものだもの。私とかはそれが本当の神様でも自分の運命を弄られるのは嫌だけど、弄ってくるのが悪魔なら尚更、許せない、ね。けどさ、ちょっとくらいは考えた事ないの? そもそも最初からの話でさ、これって神も悪魔も登場する必要無い話でしょ。大勢の集団をまとめる為に利用される宗教の話を覚えているかしら? つまり、ジャンヌさん? 彼女が嘘をついて――」


 最後まで、聞けなかった。

 頭が真っ白になり。

 体が、勝手に、動いた。

 大きく前に踏み込み、剣を振る。思考は彼方に置き去りにされる。


 瞬きにも満たない時間が無限大に引き伸ばされる。

 黒猫の首に剣の刃が沈んでいくのを、見た。

 信じられないものを見る目をして、俺を見る黒猫の、金色の瞳と、目が合った。


 白刃は黒い毛皮を裂き、首の肉を断ち、半ばまで進んだところで、青白い火花を散らして、止まる、刹那、目には見えない何かの力と、俺の力が均衡する、が、俺の足は、床を踏み込み、破壊し、その力を使い、剣を振り抜く。首を半分斬られた黒猫の体が、鮮血を吹き出しながら、横に吹き飛ぶ。

 爆音を立てて、部屋にあった家具や工芸品を破壊し、残骸の中に埋まる、黒猫の体。


「か、はっ」


 喉の奥、塊となった息を吐き出し、思考を取り戻す。

 何をした? やったか? 黒猫を殺した。本当に? 何故殺した? 考えての事ではない。いや、理由はある。彼女を、嘘つきだと。


「……謝罪をするわ……ええ、謝罪」

「な!?」


 残骸を押しのけて、黒猫の体が宙に浮かび上がる。首からは、血の糸を垂らしながら。


「激怒、憤怒……久しぶり、すごく、懐かしい、ああ、駄目だわ、黒騎士さん、君は今すぐ逃げた方がいいかもしれない……この身体が……猫が……怒っている」


 異様な光景。

 首を半ばまで斬られた猫が喋る事よりも、血を垂らしながら宙に浮く姿よりも、その金色の両目に宿る狂気に当てられて、身が竦む。何という事。


「ふしゅうぅ……肉体の感情に精神が引きずられていく……」


 その猫の顔は、獲物を前にした時の表情。耳を後ろに下げ、口からは牙が覗き、闘志を滾らせた瞳は開き切り、俺を見据える。魂まで凍り付くような寒気が、足を震えさせる。逃げようにも、身体が言うことを聞かない。動けない。蛇に睨まれた蛙のように……屋敷の使用人を笑えたものか。


「これじゃ、まともな会話も出来そうにない……だから、ここは一旦、別にしましょう」


 別にする、その意味は、すぐ目の前に起きた事で理解する。

 宙に浮く黒猫が瞼を閉じた瞬間、その後ろに人の姿が生まれる。黒髪、黒瞳、黒衣の少女の姿、肌が異様に白く、唇だけが、赤い。


「笑えない、まったく笑えないわよ黒騎士さん……」


 声は少女が発している。黒猫と同じ声。だがどうだ? 黒猫が喋る姿を見ていた時よりも、尚、一層に異常と感じるのは。

 血を流し、瞼を閉じて動きを止めた黒猫を胸に抱く、少女の昏く、暗い瞳が俺を見る。


「先ずは、謝罪を。君を、いえ、君らを甘く見ていた事を謝るわ」

「謝罪……だと……?」


 声も出ないと思っていたが、一応ながら出せたおかげで、いくらか体が楽になる。かすれるような声だが。


「色々と話して聞かせたでしょう? 宗教の話とか、悪魔の話……本気で宗教を信じている人たちにはふさわしくない話をしてしまっていたわ。まるで黒と白しかない世界、白黒の中で生きてきた人に、赤とか、他の色もあるよって言うようなものだったわ……ずけずけと……考えてみたら余計なお世話もいい所よね……だから混乱してしまったのでしょう? 御免なさいね」


 黒と白、そして少しばかりの赤で作られたかのような少女は、俺に謝る。

 その話は俺の方から問いかけた話、奴は聞かれたから答えた。話の内容をよく理解できないのも俺の方だ。謝るべきなのは、どちらだ? だが、謝罪の言葉は俺の口からは出ない。


「……貴様は人を惑わす悪魔だろう、ならばそれが貴様の仕事なのだろうが」

「悪魔じゃないわよ……けど、そうねぇ、こんなことなら最初から悪魔ですって自己紹介しておけば良かったかもしれない。そうすれば黒騎士さんも混乱することもなかったでしょう……」


 黒猫を抱く少女は微かに笑う。美しい、顔の造形は至って美しい、見る者が見れば感動すらするだろう、ただ、俺にとっては、おぞましいさが、それを上回る。


「黒騎士殿!? 何がありましたか!? 今、すごい音がしましたが!?」


 ドン、ドンと、部屋の扉を何度も強く叩く音と共に、この屋敷の主、トムスの叫ぶ声が聞こえる。トムスらだけでなく、何人もの人の気配が扉の外にある。


「なぜ開かない!? どうかされましたか!? 何がありました!? 黒騎士殿!?」


 黒衣の少女は扉の方向を一度見て、後ろを振り返り、砕けた家具や工芸品を見て、溜息をつく。


「作り直せるのでなければ、軽々しく壊しちゃ駄目って言ってるでしょうが、本当にもう仕方のない黒騎士さんだこと、私の言葉が伝わらないったら……後でちゃんとトムスさんに謝っておきなさいね、黒騎士さんの仕事よ?」


 扉を開けようとする動きは続いているが、黒猫……いや、目の前の黒衣の少女が何かをしているのだろう、開く気配は無い。


「それとジャンヌさんの事も……口が滑ったわ……黒騎士さんにとって彼女が大切だって、知っていたのにね……」


 ジャンヌを噓つき呼ばわりするのを聞いて、身体が動いた。聖女の神託を否定されて、思考が飛んだ。あの瞬間、怒りも何もなく、ただ黒猫を殺すためだけに体が動いた。その動きに黒猫の奴は対応できなかった。生涯最高の一撃。首を刎ねるまでは行かなかったが。謝罪はしない。俺は間違っていない。


「本心では、どうでもいいと思っているはずだと、高を括っていたのよ」

「ジャンヌが、どうでもいいなどと……」


 俺が思うものか、そう続けようとして、声が出ない。


「実は今も、そう思っているのよ。神も、悪魔も、信仰も宗教も、聖女ですらも……黒騎士さんにとってはどうでもいい事」


 否定する。

 そんな事は無い。

 それなのに、否定の言葉が、口に出来ない。


「さ、て、謝罪は済んだわ……」


 息絶えたかのようにぐったりとして動かない黒猫を抱く少女が、俺を睨む。暗闇よりも、尚、暗い瞳が俺を捕らえる。


「収まらないこの怒り、どうしてくれようか……」


 体が動かない。

 蛇に睨まれた蛙のように、それとも猫に睨まれた鼠だろうか。

 本物の悪魔に睨まれた人間は、ただ慈悲を乞い、許しを願うしかない、それとも神に祈れば、救いはあるのだろうか……





悲報、黒騎士さん、クリティカル失敗が続く。

次回、黒猫ルルの復讐が始まる。震えて待て。

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