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「黒猫よ! 神は実在するか?」
「知らんて! 見たことも会ったことも無いって言っているでしょ!」
「しかし古来より多くの知者が神は実在すると言っている! 神が居ないならどうやって人が生まれたのだ!?」
「人ぉ? 人はね! 猿から進化したんだよ! 知ってる? おさるさん、うっきーってやつ。それがもうちょっと賢くなれば人になるんだよ! 親の親の親のって辿っていくとそれがわかるのさ」
「! それは……あまりに……くく……くくく……馬鹿げた話だ! 教会の坊主どもが聞けば、今すぐ貴様を殺しに来るだろうな!」
「逃げ回るのも面倒そうだなあ! そいつらの前ではちゃんと宗教に理解のある猫のふりをしなきゃあね! にゃあん!」
「くははは!」
「助けて……あは……神様、ぐすっ」
泣き疲れた様子の女を挟んで、黒猫の姿をした変わり者の悪魔との会話をしながら馬を進ませるとすぐにルーアンの町に辿り着く。
ルーアンの町を守る城壁の門からは火の手があがり、多くの人が右往左往している。一目でわかる町の異常事態。何が起きた? 馬の進む速度を落としてゆっくりと歩ませながら攫われていた女に問いかける。
「女! ルーアンの町で何が起きている?」
「ひ、ぐすっ、わかりません」
「お前が誘拐された時の騒動か?」
「ちがうと、思いますぅ。門番の、人たちに、ぐすっ、助けを求めても、ぐすっ、聞いて、もらえず、そのまま町の外に連れていかれましたぁ。その時は、燃えていませんでしたぁ……助けて」
「ふん、大方、賄賂でも受け取っていたのだろう。よくあることだ」
「おやまあ、ずいぶんと騒々しいことになっているね。騒動は町の中まで広がっているよ」
さらに馬を進めると、右往左往する人々は近づく俺たちにようやく気がつく。こちらを指さして絶叫する男たち。
「あ、あ、あ、本当にきたぁ!?」
「悪魔が! 死霊の騎士が本当にやってきたぞ!」
「この町はもう終わりだああ!」
「あいつらの話は本当だったんだ! 地獄の亡者の軍勢がこの町を襲うぞ! 逃げろ! 家族を連れて逃げるんだ!」
蜘蛛の子を散らすようにして逃げ出す男たち。またもや俺は取り残される。誰もまともに俺と戦おうとしない。態勢を整える時間稼ぎのために立ちふさがる兵士も出てこないのはどういうことだ。この姿はそれほど恐ろしいか?
夜、門が燃える明かりに照らされて、馬に乗り近づき来る黒衣の髑髏の騎士……。確かに、それは恐ろしい。俺も生前に出会っていれば一も二も無く逃げ出したかもしれない。町への侵入が難しいようなら引き返そうと思っていたが、このまま町の中へ行けそうだ。
「この混乱、先ほど逃げ出したやつらが知らせて騒ぎ立てたか」
「これは集団ヒステリーってやつだろうね。まさしく今日この日、この町は魔女殺し、聖女殺しでピリついてただろうからね。君という刺激物が登場したら、こんな反応になってしまうのかも知れない。たまげたなあ」
「くくく、俺は、刺激物か……」
本心かどうかは知らないが黒猫の悪魔もこの事態に驚いているようだ。
壊れた門から町へと侵入する。邪魔をする者はいない。まだ残っている兵士も俺の姿を見て逃げ出すか、震えながら遠目で見ているだけ。なんにしろ、俺の邪魔をしないというならありがたい。
「ヴィエ・マルシェ広場。あの神の乙女が焼かれたという場所へ」
「…………」
「神様、心を入れ替えます、サボらずに毎日お祈りを捧げます。だから助けて、今すぐ、早く」
ぶつぶつとつぶやく女を乗せて大通りを進む。どうやら町のいたるところで火の手が上がっているようだ。町のあちこちで怒号が飛び交う。
俺を乗せた馬が進むたび人が引いていく。混乱は増すばかりだが、結局最後まで邪魔も入らずにヴィエ・マルシェ広場に到着する。そして見つける痕跡。
彼女が火刑にあった跡が黒く煤けて残っている……
俺たちを遠巻きに見ている者は増えに増えて、兵士だけでなく町の住人、老人、女、子供までいる。皆一様に目を見開き口を開けてガタガタと震えている。
どうだ? わが戦友よ、聖なる戦乙女よ。お前を陥れた者どもが恐怖するこの光景は……愉快ではないか?
「……聞け! ルーアンの民よ! この地で行われた悪徳によって、俺はこの地へ導かれ、やってきたぞ! 聞け! そして答えよ! 何故、彼女を、神の恩恵を受けた聖女を殺した? 答えよっ!」
「……誰に導かれたのやら、君が勝手に押しかけて来たのだろうに」
黒猫の悪魔。謎の存在。俺はお前に導かれたのではないのか。
そして今の自分の躰、想像よりもずっと大きな声が出た。遠くまで響いたのがわかる。わが身の事ながら、どうなっているのか?
俺の声を受けて目を逸らし、震え、隠れる者、人を押しのけて逃げる者、十字を切り祈る者、泣く者、うなだれる者。それでも俺の問いに答える者はいない。聖職者の姿も見えない。どこにいった? いつもいつも、やつらはどんな所にも現れるというのに。
「死せる騎士様、あたしは無実です、あたしは聖女様をお慕いしております、あの方を信じておりました」
誰も答えない代わりとばかりに、馬上の女が答える。もう泣き叫ぶのはやめたのか?
「お前に聞いたわけではないが。お前も彼女を見殺しにした者だろうが?」
「ひ、違います! お救いしたいと願っておりました!」
「お前の家はどこに与する者だ?」
「あ、あ、あたしの家は、聖女様を捕まえたブルゴーニュ派……ひぃ、で、で、でしたが、アルマニャック派に転向するように説得します! 命をかけて! だからお救いください……どうか……」
「……都合のいいことを言う」
「ひぃぃ」
この地を攻めてきたイングランドと手を組んだブルゴーニュ派の裏切り者どもめ。ほぼ一年前、彼女はブルゴーニュの手に落ちて捕虜となったのだ。イングランドという明確な北の侵略者どもではなく、このフランスの地に住まう者の手によって捕らえられた。その後、イングランドに売られた彼女の心中はどれほどだっただろうか?
今、俺の心に渦巻く感情はこの町の住人すべてに対しての怒りだ。へし折ってやろうと女の首に手を伸ばすが、何か見えない力で阻まれる。何だ?
「黒猫のルル、貴様か?」
「まぁね」
馬上にて女の前に座る黒猫が金色の瞳をこちらに向けて答える。
「この女を助ける理由はなんだ? この女に何がある?」
「またそれー? 理由なんて、なんとなくだよ」
「なんとなく、だと?」
「そうだよ、なんとなくだよ。助けたいとか、そういう感情に理由はいらないんだ。覚えておくといいさ。この子、何気にしたたかで気丈な子じゃないか、私は気に入ったよ? 可愛いし」
「黒猫の悪魔様……」
「この世界の住人から悪魔呼ばわりされるのはもうどうしようも無さそうだねえ!」
馬上にてやりとりをする俺たちを囲む人の壁の一角が崩れていく。怒声を響かせながら武装した一団がルーアンの住人たちを散らしながらやってくる。鎧など、統一されたものではないが、それでもいくらか見覚えがある。
「イングランド兵か」
「いかにもっ!」
ひと際体格の大きな男が俺の前に進み出る。
「地獄の亡者が復活した魔女を連れて町にやって来たと聞いて来てみれば! 今日焼かれた魔女とは別人ではないか! それになんだ、そのこけおどしの黒い鎧は! 我が国の伝説の英雄、黒太子の真似でもしているのか? 貧相な骨の道化師め。その鎧を剥いで、中身をあばいてくれる!」
「黒い鎧は、結構気合を入れて作ったんだけどな? 格好いいでしょ?」
「黒猫……貴様がこの鎧を作ったと言ったか?」
「剣もね。ちょっとした鍛冶の経験もあるからさ、ノリと勢いで作り上げました!」
「猫がどうやって槌を振るう……?」
イングランド兵を無視して会話を続ける中、復活した魔女、いや聖女と間違われた女が白目をむく。
「魔女ではありません……聖女でもありません……復活もしてません……」
くすんだ金色の髪の色はたしかに似ているな。短髪で凛々しかった彼女の面影などカケラも無いのだが。




