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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 人の海が割れる。

 人の壁で出来た細い道を馬で駆ける。

 俺を乗せた馬が、放たれた一本の矢のようになって走り、騎兵で隊列を組むイングランドの横腹へと突き刺さる。


「ハアッ!」


 剣の描く銀の軌跡が、俺に最初に狙われた不運な兵士の首を跳ね上げる。

 首が落ちてくる前に次の兵士へ迫り、返す刀で首を刎ねる。

 首を失った体が滑り落ち、主人を失った馬が嘶き、仲間に異常を知らせる。

 たちまち騎兵たちの隊列は乱れ、そこに怒号や悲鳴が響き渡る。

 統率を失った騎兵の群れは混乱をまき散らしながら周囲に散ろうとするが、仲間の騎兵や市民で出来た人の壁に阻まれ、移動するのもままならない。お前ら集まり過ぎだ。

 そんな状況でも俺に向かってくる者もいる、逃げようとする者もいる、そいつらを剣の届く者から手当たり次第に首を落としていく。この世の理不尽に対する怒りに身を任せるまま剣を振るう。民衆のジャンヌを呼ぶ声は途絶え、今は静か。だが、聞こえる、俺の心の中では。


「来るなっ! 来るなぁあ!」

「ひっ!? ひぃ! ひぃいいいい!」

「骨の悪魔っ! 骨の悪魔が出たぞぉ!」

「こっちだあ! こっちに骨の悪魔が出たぞ!」

「滅びろ悪魔あああっ!!」


 鬼の形相で叫び声を上げて迫る騎兵の首を冷静に落とす。ゆっくりと、味わいながら倒れた獲物の腸を喰らう獣のように、敵の身を削っていく。

 どうやら今の俺にとって、この程度の人間の兵の集まりなど、のたうちまわるしか出来ない獲物でしかないらしいな。


「骨の御仁っ!」

「来たのかジェルマン」


 後ろを確認すると馬に乗り、槍を携えた老騎士ジェルマンが幾人かの騎兵を率いて来ていた。俺が通した人の道を辿って来たらしい。


「御仁だけを働かすわけにはいくまいからの!」


 律儀なのか手柄の問題でもあるのか。

 俺がいるのだから後ろで見ていればいいものを。


「は! 守ってはやらんぞ!」

「もとより承知しておる!」

「邪魔だけはするなよ?」


 自分一人ならどうとでもなるが、仲間を庇いながら戦うことは出来なさそうだし、する気もない。好きに来たのだから勝手にしろ。

 老騎士の率いる屋敷側の騎兵たちは勝手に動き回る俺の動きに合わせるようにしてイングランドの騎兵たちの動きを封じていく。


「に、逃げ……」

「逃げるなあ! 引くな! 後が無い! 俺たちには後が無いんだぞ!?」

「聖職者たちは何をしているっ!? 聖水だ! 聖水を持ってこい!」

「あの悪魔がパリに出た悪魔と同じなら聖水も聖なる言葉も効果が無いっ! 駄目だ」

「あいつにはロングボウの矢も効果が無いんだっ! 潰すしかない!」

「悪魔めっ! 潰せ潰せ!」

「槍だ! 槍を投げろ!」

「馬を狙え!」


 ふん、確かに馬を狙われるのが一番痛い、が。

 馬に向かって投げられた槍を、俺の指示に従った馬は飛び上がって躱す。躱したついでに槍を投げた敵の近くに着地。首を狩る。

 黒猫の力か、それとも黒猫の奴が着けた黒い蹄鉄の力か、空を飛ぶまでは行かなくともかなり高く飛び上がり、衝撃も少ない。理屈はわからないから考えない。そういうものだ。今は剣を振るい、敵を倒す、ただそれだけの事を考える。


「骨の御仁は戦の神であらせられるのかの?」

「は、なんだそれは」


 馬の呼吸が乱れてきたので一旦激しく動くのを止めて休ませる。その隙を狙って近づいてくるイングランドの騎兵たちを制するようにしてジェルマンたちが割って入る。万が一、馬が潰れたら敵の馬を奪えばいいと思っていた、つい先ほど主を無くしてしまった馬も、そこらにいるしな、が、その必要は無さそうだ。都合がいいが、いくらか気勢がそがれた。老騎士は馬を並ばせて俺に問いかけてくる。

 この男は戦いの中で俺を見極めようとでもしているのだろうか。俺が戦の神だと?


「ギリシャ神話などには、いるな。だが知らん。無関係だ。それよりジェルマンよ? 我が神の他に神は無し、ではないのか?」

「こりゃいかん。我が神よ、許したまえ……」


 聖印を切り簡単に神への祈りを捧げる老騎士を見る。真剣な表情ではあるが、本気で悪いなどとは思ってもいないだろう。

 悪魔、天使と来て、次は戦の神か、好きなように言われているな。

 好きに言えば良いとは思うが、戦の神となれば、毛色が違う。それは神は唯一という教義においては異端な考えになる。戦うのは天使であって他の神では無いからな。迂闊なところで口にすれば異教徒などと言われて大事になってしまう。


「ギリシャ神話に限らずの話じゃが、神の話はいくらでもあるしの、名のある戦神は意外と多いもんじゃ、これはただの昔話の類じゃて」

「本当に関係ないぞ? 俺のことを知りたくて探っているだろうが、俺の正体は俺が一番知らん」

「そりゃあ……難儀な事だの」

「……俺は俺だ。ふん、それよりジェルマン、他の神について詳しいのか? 口が軽くないか?」


 そんなに気軽に異教徒の神の話などして大丈夫か? という意味で聞いた。異端審問などに目を付けられると面倒だろうに。


「何、儂は普段から農民たちに交じって土いじりしとるからの、農民の中には唯一の神を心から信じない輩も、まだまだ大勢いるでな、そういうもんは口伝えでも残っとるんじゃ、ただの雑談じゃから教義に抵触はしないじゃろ、たぶん」

「…………」


 唐突に思い出す。黒猫によって見させられた映像。人類の歩んできた歴史と全知全能の神、悪魔について。今の俺が判断できる代物ではないとして、なるべく考えないようにしてきた話。

 人が集まり、一つの強大な力を持つ全知全能の神を求め、創り出す過程において、切り捨てられていった過去の神たち、その信仰。土地により、様々。


 天使であることも、悪魔であることも否定する、神のごとき力を持った黒猫。

 実在する神秘。

 もしあんなものが昔から存在していたのなら、それは神として人々に崇められ恐れられ祭られて、何かしらの信仰の対象にされるのには十分だ。その性質が善や悪、どうであろうと。

 もしや奴の正体は、迫害され消えていった神のいずれかなのか?

 神でなくば悪魔というのは極端な考えであると黒猫の奴に言われたこともある。それが俺のよく知る神でなくとも、別の神であるとの意味で言われたのなら……ちっ、俺は何かおかしな結論に至ろうとしているか? わからん。黒猫の奴に問い質すべき事柄が増えた。とにかく今は戦いだ。すべてはこいつらを蹴散らしてから。


「骨の道化師ぃいいいい!!!」


 戦闘中であるのに思考の迷路に踏み込みかけた俺を呼び起こす声。


「どけっ! どけどけーいっ! 俺様が通るぞっ! 悪魔ごときを恐れる軟弱者どもっ! 道を開けろぉ!」


 ふ、笑いが込み上げてくるのは何故だ。

 骨として蘇った俺が最初にこのルーアンの町に来て、唯一と言っていいだろう、俺を恐れずに戦いを挑んできた男が、俺の知ったる大声を出して近づいてくる。味方すら罵倒してのける声は、もはや耳になじんでいるかのようだ。

 すぐに味方を割って、馬に乗った大柄な男が姿を現す。手に担ぐ、先端に棘の付いた金属の棍棒は、前に見た物よりも大きく長い。振り回せるのか? それ。


「見つけたぞ! 骨の道化師! もう逃がさんぞ? 一騎打ちだ、一騎打ちを所望するっ!」

「は、俺がいつ逃げたと?」

「空を飛んで逃げたではないかっ!」

「おお、そんなこともあったか、だがまぁ、相手にしなかっただけだがな」


 子供らを抱えていたしな。逃がすのが最優先だったから忘れていた。それでも俺が逃げたわけではない。

 思い出したがこいつ、あの時、俺と同じように吹っ飛んでいなかったか。今も平気で動いているが、骨の体でもないのに丈夫なことだ。


「この世に混沌をもたらす悪魔め、貴様のせいで、今どれだけの町で争いが起きているのか! どれほどの血が流れ、善良なる人々が涙を流しているかっ! ここで貴様を叩き潰して悪を正してくれるっ!」

「は? 待て、何だそれは、知らんぞ」

「何だそれはとは何だっ! 知らんなどと言っても騙されないぞ! 今、あちこちの町で反乱が起きているではないか! いや、反乱ではないな! 意味の無い、無秩序な殺し合いだ! 善良な市民を騙し、扇動して、殺し合いをさせる、外道な悪魔め、すべて貴様の策略だろうがっ!」

「無関係だ、俺は、関係ないぞ……」


 俺がこの身体になってから行った場所など、このルーアンの町とパリの町だけだ、後は温泉の湧く無人島。どちらでも混乱は起きているが、他の町の事は完全に俺のせいではない。ないはずだ……

 気がつけば、俺とイングランドの大男の周りにいくらかの空間が出来ている。


「嘘つき悪魔の言葉などに耳を貸すものか」


 大男は馬上にて金棒を構えて俺を睨みつける。その瞳の色に迷いは無く、純粋に俺を憎んでいることが見て取れる。俺が敵であると、打ち倒すべき悪であると、物言わぬ瞳が雄弁にそう語っていた。


「骨の道化師っ! もしも貴様に名乗れる名があるなら名乗れ! 俺はゴウベル、ゴウベル・スタンリー! いずれ悪魔殺しの英雄として永久に語り継がれる男、だぁっっ!!!」


 気合と共に馬を走らせてくる。考える時間は無い。


「ぬぅん!!!!」


 左の真横から、俺の腰の少し上あたりを狙って、馬の頭ごと吹き飛ばす勢いで放たれた渾身の一撃。避けることは不可能。受け止めることも不可能。馬を守ることだけを考える。

 左足を失うことになるかもしれないが、信じる。バランスを取りながら体をずらして左足を出す。

 唸りを上げて迫る金棒を足の甲で受け、力を斜め上に流す。ギャリギャリと金属の擦れる不快な音を出して足のすねを伝っていき、膝まで来たときに跳ね上げて真上に弾き飛ばす。金棒は火花を散らしながら頭の上をかすめて通り抜けていく。馬の頭も無事。

 棘付きの金棒なんぞを足で受けていたら、生身の体であれば再起不能の大怪我をしていたはずだ。このでたらめな身体と頑丈な黒い鎧のおかげで救われたな、馬よ。


「うおおおおお!?」


 全力で放ったであったろう一撃の勢いを流されたことで、そのまま手から離れて遠くに行こうとする金棒を無理やりに抑えつけていく男。そのまま態勢を崩しつつも追撃の為に自身の頭の上で金棒を振り回し始める、が。


「次は無い」


 こちらも馬を相手に寄せて、剣の間合いに入れる。右腕に持つ剣を相手の喉笛を狙い、突きの形で、放つ。


「ぐがあっ」


 男の喉元、その横、ぎりぎりの所をかすめる。

 俺の奴の喉元への一撃は薄皮一枚を切っただけに終わる。どうも男が振っていた金棒に奴の体が引っ張られていたせいで一瞬だけズレたらしい、それは偶然か? それとも技術か?

 お互いの致命の一撃を躱したことで身体が触れるところまで接近している。奴は必死に金棒を振り、俺の体に向かって一撃を放とうとするが、そこには勢いもなければ、なにかしらの技術もない。ただ向けられただけの金棒の根元、奴が手に持つすぐ傍の部分を掴み、金棒本体を脇に挟んで巻き込みながら体を捻る。


「うぐお!?」


 金棒を離さない男の体がふわりと浮き、馬の上から強制的に降ろされる。そのまま男の体を地面へ叩きつけるようにして放り投げてやる。

 一度地面に叩きつけられ、跳ね、即座に起き上がろうとし、倒れ込む男。奴の手からは武器が離れて、今は俺の腕の中。


「ふううっ」

「ああああ……」

「おおおおお!」


 見ていた観客、いやイングランド兵たちから悲痛な叫びが漏れる。味方や市民からは、驚嘆の声も。


「他の町が、なんだと? 殺し合い? 何が起きている?」


 ゼイゼイと息をつき、横たわる男の傍へと赴き、馬上から見下ろす。

 市民たちと騎兵たちの戦いは、いつの間にか終わっていた。お互いが距離を置き、離れている。


「そういえば貴様ら、後が無いなどと言っていたな? 関係があるのか?」


 男の瞳に宿る闘志は衰えず、俺を睨みつけている。

 奪い取った巨大な金棒を肩に乗せて考える。以前の体であれば振り回すことも出来なさそうな得物だが、この男はそれなりに扱っていた。そういえばこの男の名はなんと言ったか? ゴードン? ゴーゴン?


「答えよ、勇敢なる戦士にして敗者、ゴー……ドンよ」

「ゴウベルだっ!」


 二択だと思ったがどちらも違ったか。

 やがて呼吸を整えた男は俺の問に答える。


「はあん? 後が無いだと? 誰がそんな事を言った?」

「貴様らだが?」

「根も葉もないことだ」


 イングランド兵たちの焦り様は演技には見えなかったがな。

 リュミエラを魔女として処刑しようとした動きも何やら早すぎるし、騎兵を集めて攻めてきたこの場においても、ただ集まって、ただ突っ込んできた、だ。何かイングランドの中で起きているのかもしれない。


「どちらにせよ俺には全く関係のない事であったか」

「関係あるだろっ! 貴様が各地で終末を叫ぶ者どもを扇動しておるのだろうが!」

「はぁ?」


 何だそれ、としか出てこない。何だそれ。


「終末が来ると叫び、それまでに俺たちイングランドを裁かれるべき罪人たち、それに協力する者も同罪だなどと言って、あちこちで殺し合いをさせているっ! 兵士や、貴族などではなく、無知で無垢な民を騙して戦わせているっ! そうやって世界を滅ぼすのが貴様の望みなんだろう! 悪魔め!」

「世界の滅びだと? そんなものは望んでいない」

「実際に世界は滅びかけているぞ! すでに滅びたパリの町の話だって聞いたぞ! 骨の道化師! 貴様だ、貴様が現れたせいだ! この町でも……」

「それは……」

「……罪人である俺たちを殺しつくさねば終末にて魂の救いは無いなどと、町が神の炎にて焼かれるなどと、そう言って、そう言って、くそっ、くそうっ!」


 憎しみの籠った目で俺を見る男の目から、涙が溢れていく。

 それは、この町で起きている事、パリの町で起きた事。二つの町で起きた、同じような事が、今、この世界の各地で起きている。

 誰によって? 俺じゃない、俺は何一つ扇動なんてしていない。


「ジャンヌだ、魔女ジャンヌ・ダルク。あの魔女めが殺された時から、世界は変わってしまったんだ、畜生っ、この世界が滅びるのは、魔女ジャンヌがかけた呪いのせいだ、俺たちイングランドのせいじゃない……」


 呪い。

 呪いは存在する。

 言葉で呪う。黒猫の言葉を思い出す。

 黒猫、黒猫は、どこだ? 今どこにいる?


 屋敷の屋根に、目をやる。

 いた。

 あの場から動かずに、そこにいる。

 遠く、遠くにいる奴の金色の瞳と、目が合う。

 俺を見ている。笑っている。


『……契約だ……悪魔よ。取引に応じよ。彼女を殺したこの世界の住人すべてに復讐を望む……』


 あ。

 思い、出した。

 あの日の暗い森での事。

 目覚めた夜。喋る黒猫の悪魔と交わした契約。その場の勢いで、大した考えもなく、放った言葉。


 世界の滅びを望んだのは、俺だ。




Q:物理攻撃抵抗・遠距離攻撃無効・神聖攻撃無効のデスナイトが奇襲から狂ったようにクリティカル連発してきます、これって仕様ですか?

A:仕様です。


なんかそいつ、頑張って倒しても復活するらしいよ?

コントローラー放り投げ案件。



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