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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 短く切りそろえられた、くすんだ金色の髪をした女が、自身の目の前に掲げられた聖印を見ている。

 俺はそれを見ている。

 柱に括りつけられた女は……聖職者の掲げる聖印だけを見る彼女の瞳は、他の何も見ようとしない。女を見つめる俺を見ない。

 焼かれていく。

 女が焼かれていく。

 俺の聖女が焼かれていく。

 オルレアンの乙女、奇跡の聖女、神託の聖女。神に選ばれた乙女。

 炎が身体を包み、苦痛がその身を苛んでも、彼女は俺を見なかった。


 その時、俺は。


 場面が変わる。


 赤い夕陽。紅い、紅い、血をぶちまけたような赤に染まっている世界。

 紅い世界で、俺の視界に映り込むポツリと黒い染み、それは、黒い女だ。黒衣、黒髪、黒い瞳、年の頃は14か5か、それより若い。黒衣の少女の肌の白色がやけに美しく、紅い唇が禍々しく、その瞳は暗く、昏い。

 誰何する俺に黒い少女は答える。


『用事があるのは私じゃないのよ。君に用事があるのは彼だからね、紹介するよ、ああ、紹介は必要ないかな』


 死の形が、そこにあった。


 死、そのもの。骸の果ての姿。


 俺は逃げて、いや、戦って……どうした? どうなった?

 砕け散った剣、砕け散った俺の腕、鮮血、紅い世界、黒い少女、迫る死、混乱、祈り、呪い、恐怖、恐怖、恐怖……


『死ネ。ただ死ネ。ソれが、お前ノ、為ダ、お前は、ここで、死ね』


 あの時、死、そのものから、殺意を向けられて、そこで……俺は……


「……様っ! 骸骨の騎士様っ! 後ろっ!!」


 女の必死に叫ぶ声を聞いて、意識が現実に戻ってくる。


「!?」


 轟、と。

 空気を歪ませて迫りくる攻撃を咄嗟に左の手甲で受ける。

 衝撃。

 首ごと持っていかれるような衝撃を頭に受けて、俺の身体はその場から吹き飛ばされた。

 半分以上無意識で身体が動き、かろうじて手甲で受けたが、俺の頭は無事か?


「骨の道化師ぃいい!!」


 態勢を崩し、不様に床にしゃがみこむ俺に向けて、イングランド兵の大男の追撃が迫る。


「骨野郎っ!?」

「騎士様っ!」


 焦る少年や少女の声を聞きながら、思う。今のは、何だ、いや、それは後だ、今は。

 真上から叩きつけられた金属の棍棒、メイスの打撃を、身体をひねって躱す。床の石が砕ける。


「うらああああっ!」


 追撃は止まない。大男は一歩踏み込み、地面に突き刺さるメイスを下から掬い上げるように横薙ぎで放ってくる。

 右手に持つ剣で受け、衝撃を流し、逸らす。その力を借りて身体も後ろに流し、飛び、一旦その場から離れる。

 剣はある。頭はついている。身体に問題なし。状況は?


 大男は態勢を崩されて、よろめいている。

 周りは隙間なくイングランド兵によって囲まれている。彼らの顔には驚愕の表情が張り付いている。今は手を出してこないが、どう動くかはわからない。

 床に座り込んだ少年とそれを支える少年が二人、俺を見ている。こちらも驚愕の表情のまま。

 それと柱に括られた火刑を受ける女と、その柱の上にいる黒猫。


「骸骨の騎士様っ!」


 まさに今、火刑にかけられている最中の女は、俺を心配そうに見ているが、いいのか? お前、燃えているぞ。


「舐めプってやつ? どうにせよ後ろから奇襲を受けて吹っ飛ばされる図ってのは、ちょっとカッコ悪すぎるよねえ、ぼうっとしてるからだよ、黒騎士さん、ねぇ笑っていい? 笑っていいよね? あはは」

「うるさいわっ! 黙れ!」


 黙れ黒猫。笑うな、喋るな。


「熱くない……燃えているのに熱くない……服も燃えてない……あはは、あははは」


 あと女、貴様も笑っているんじゃない。何が可笑しいのか。


「手を貸してあげようか? 特別だよ? 助けてにゃーん、って言ってごらん?」

「黙れと言っているっ!」


 優先順位は何だ? ふざけたことを抜かす黒猫を叩き切ってやるのが最優先だとは思うが、そんな余裕はなさそうだ、俺を恐れずに向かってくるイングランドの大男が態勢を立て直してこちらに向かっている。ロングボウを構えた兵士がこちらに矢を向けている。そして、


「お嬢様ぁ!」


 無謀な少年が立ち上がり、大声を出して柱に括られている少女の元に向かう。声に驚いたロングボウの男から矢が放たれて、それが少年の背中に迫るのを見る。

 精神が研ぎ澄まされていく。

 体が動く。

 右手に持つ剣を薙ぎ、飛んでくる矢を半分に叩き切り、無理な態勢で剣を振るったせいで流れる身体の動きに、逆らわず、回転し、向かってくる男の顎を回し蹴りで打ち抜く。


「おおっ!」


 声が生まれたのは、兵士たちからか、それとも市民か。


「曲芸師の才能あるよね、それで食べていけるよ」

「武術を曲芸扱いするでないわっ!」


 倒れ込む男には目もくれずに、その場から助走をつけ、火に包まれる柱に向かって全力で跳ぶ。

 剣を天に振りかざして、黒猫めがけて、ではなく、女の身を縛る鎖に向けて斬撃を放つ。

 上から下へ、寸分違わずに剣先は鎖を断ち切り、そのまま下の台の薪をも叩き切りながら吹き飛ばす。

 鎖程度ならば金属であろうとこの剣で切れる。出来ると思ったが、出来た。くく、素晴らしい。


「こわっ!? 危ない! 危ないなぁ!?」

「あば、ば、ば、死、死、しし」


 頭から真っ二つにされるとでも思ったのか、黒猫の奴と女の慌てる声が聞こえる。

 倒れ込む少女に近づき、支える少年たち。

 リュミエラ、アリセン、そしてユーザス。


「奇跡……」

「奇跡……奇跡だ……奇跡が起きたぞ……」


 辺り一帯にまき散らされ燃えていた木切れからも、すでに火は消えている。剣の一振りであれほど燃えていた火が消えるわけがない、どうせ黒猫の奴が消したのだろう。それを奇跡という人ら。ふん、黒猫の奴に怒られるぞ、そんなのは奇跡でも何でもないのだと。


「天使、本物の天使様!」

「おお神よ……」

「違う……違うのです……」

「悪魔だっ、まやかしに誤魔化されるなァ!」

「奇跡は起きた!」

「悪魔の魔術だ! 騙されるな!」

「天使様ぁ! 神に逆らう愚かなイングランドに神の罰を下したまえ!」

「嘘を吐くな! 奴等は悪魔だあああ! 悪魔を使役する奴等だ! 魔女! 本物の魔女! 神の名において討伐されるべしぃ!」


 祈る者、呆然とする者、あわてて逃げ出そうとする者、こちを睨みつける者、攻撃しようとする者。様子を見る者。

 人々が混乱に陥るのを見るのは何度目だろう。

 彼らはいつも俺を悪魔と罵り、天使と勘違いをする。

 俺は、何だ?

 ……考えるな。今考えるべきなのは。


「さて、どうするか」


 逃げ出す時の事まで考えていなかった。

 向かって来る者を剣で叩き斬っていけば、おのずと最後には俺たちの行動を邪魔する者もいなくなるだろう、程度の事は考えていたが。

 ここはもう黒猫の奴を頼るか? 癪だが。


「馬、呼ぶ?」


 いつの間にか俺の横に来ていた黒猫がこちらを見上げて問いかけてくる。

 もしやこやつ、俺の心を読んではいまいな?

 しかも黒猫の奴、いたずらを仕掛ける前の悪ガキのような表情をしている。いつもながら猫の癖に器用なことだと思うのは置いておいて、流石に俺も学習する、こいつがこういう表情を浮かべる時は用心すべき時だと。


「黒猫よ、今度は何をしでかす?」

「え? 何? 何を疑われているの? 意味不明! ただ単に空を飛ぶ馬の出番じゃないかなぁって思って聞いただけだよ。君の為に、君の為に!」

「余計怪しいわっ!」


 俺たちの何の実にもならないくだらない会話に少年が割り込む。ユーザスとか言われていた方。


「あの……あなた方は……何者なのです?」


 息をのみ、俺からの答えを待つ少年。

 彼らは3人一塊のようになって俺たちを見ているが、その表情は……ああ、そうだな、助けられたのは確かだが、それでも信じるわけにもいかない、といった心情がよく表れている。つまり、大いに訝しんでいる。それでいい、動く骨と喋る猫など、まっとうに生きる人間が信用してはならないものだ。

 さて、俺たちは何者か、か……


「ふむ、俺たちか? 俺たちは……そうだな、おい……お、お、俺たちは……いったい……何者なんだ……?」

「黒騎士さんがバグった!?」


 謎の力を持つ喋る黒猫に、謎の力で動く骨の身体の俺、考えるのを止めようとしているのに、あらためて聞かれて考えると、わからないが過ぎて体が震えるほどだ。


「私たちの事はー、あー、まー、何て言うの? そうね、ただの傍観者でいたいと願いつつも、それでも何事かと首をつっこんじゃうような好奇心旺盛なー、えーと、何? そんな感じの? 何か? だわ」

「さっぱりわかりません……」

「だよね!」


 ユーザス少年よ、よくもまあ、そんな怪しい喋る猫と会話が出来るものだ。


「たまたま近くを通りがかっただけの、ただの野次馬とでも思っておけばいいわ。君たちを助けるのもただの成り行き、気にしないで、ただのおせっかいで無関係な通行人と思って頂戴。ええ、道をすれ違っただけでも縁が出来ちゃうような世界に私たちは生きているのだもの、そういうことがあっても、別におかしくないよね?」

「ごめんなさい。僕の理解力が……」

「やめとけ少年。黒猫の言うことは気にするな。真に受けるな。理解力どうこうではない。考えるな。身が持たないぞ」

「え、あ、はい」

「こうして私の言葉はないがしろにされていく……と、ゆっくりと説明している時間は無さそうよ?」


 見ると、混乱に混乱を重ねた状態の兵士たち、また民衆たちは、あちこちで争い、血を流し始めていた。それぞれが、それぞれの言い分を口にしながら。

 俺たちに迫ろうとしている者たちもいるが、どうにもこうにも手が出せないと言った様子だ。しかしそれも時間の問題。こいつらは何人か斬る必要がありそうだ。


「呪文よ、呪文を唱えて、黒騎士さん。空駆ける馬を召喚する呪文を!」

「黒猫、いきなり何を言う? そんな呪文なぞ知らん」

「馬さんの登場シーンを考えておくって言ってたでしょ? なんかいい感じのが出来たのでお披露目するのよ。呪文くらい今作ってよ、カッコいい文言で」

「無茶を言う……」


 黒猫の奴め、また遊んでいるな。

 それに付き合わされる俺の身体にどっと疲れが押し寄せてくる。肉体的にはそうそうに疲れない身体なので、これは精神的なものだ。

 馬の登場シーンだ何だのと、それで何がどうなるのか知らんが、これでは話が進まん。ここは付き合うしかなさそうだ。


「では…………馬よ、来い」

「駄目、普通すぎる」

「いい加減にしろっ!」


 勢いよく踏みつけるが、さっと逃れる黒猫。何がしたいんだ? 遊んでいるだけか? そうだったな! おのれ!


「う……ううっ……」


 地面に大の字になって倒れていたイングランドの大男が、右へ左へと頭を振りながら起き上がろうとしている。相当にいいものを顎に喰らわせてやったのに、丈夫な奴だ。

 男はフラフラとしながらも、手元に転がっていた巨大なメイスを頼りにして立ち上がり、俺たちを見すえる。


「早くっ! 早く呪文を唱えて! 黒騎士さん!」

「ほ、骨野郎、いっ、いや、骨の人! 呪文を唱えてくれ!」

「骸骨の騎士様っ! 呪文を!」

「理解力が……理解……あう」

「貴様ら……」


 黒猫の奴に遊ばれているだけだぞ? 何を緊迫感を出しているのか……疲れる。


「はあーーーーーぁあ。…………馬よ、馬よ、蒼ざめたる我が愛馬よ、聞け、そして応えよ、汝の主が命ず! 天を舞う馬よ! 早々に来たりて我が翼となれ!」


 ガッ。

 ガガッ。

 ガガガッ、ガガガッ、ガガガッ。


 どこからともなく、馬の蹄の音が聞こえてくる。

 それはすぐに大きくなり、やがて一面に響きわたるほどの大音量となって地面を揺らす。


「ぶふぅっ、ノリノリっ、ノリノリだよ黒騎士さん、ぶふぅ」


 笑っているのはこの場で貴様だけだぞ、黒猫。

 どこともなく聞こえてくる大音量の蹄の音に、争っていた者たちすら動きを止めて、周りをうかがっている。

 やがて地面に暗闇の色をした炎がボッっと生まれ、一瞬で消え、黒い染みを残し、広がる。


「骨の道化師があああ、貴様を討ち取って悪魔殺しと名乗ってやる! 俺の子孫への未来永劫の誉となるだろうおおお!」

「ちっ、そのまま伸びていれば死なずに済んだものを!」


 向かってくるイングランドの大男の首を落とすため、剣を持ち上げ、隙を伺う。


「下から来るよ! タイミングを合わせて乗って! 黒騎士さん!」

「!?」

「!?」


 黒い染みとなった地面から勢いよくニュっと現れた馬に、俺と大男は同時に下から突き飛ばされ、宙を舞う。

 宙を舞いながら、同じく宙を舞う馬と目が合った。そうか、貴様も犠牲者よ……


「げへらぁあ!?」

「ぐは」

「ヒヒーンッ!?」


 そして地面に叩きつけられて伸びる俺と大男と馬。

 すぐさま起き上がり、黒猫の奴を踏んずけに行く。


「普通に出せ! 普通にっ!」

「あはははは、ごめん、ごめん、ちょっとミスっちゃったわ。怒っちゃ駄目だよ黒騎士さん、これは挑戦なんだもの、新しい試みなんてやる時には、予期しない失敗はつきものなんだよ?」

「そういう問題ではないわっ!」


 じゃあどういう問題かというと、何から何までもが問題だ。


「よーし、じゃあ格好悪い黒騎士さんが格好良く乗り損ねた馬に乗ろー」

「いきなりであんなものに乗れるかっ!」


 唐突に地面から生えてくる馬に乗るのは難易度が高すぎる。

 馬の奴はすでに立ち上がって、大人しく俺たちを待っている。

 いいのか、馬よ。貴様にも怒る権利があるだろう。

 剣を鞘に納めて、馬に近づき、飛び乗る。


「わっ!? わわっ!? 何だよ、これっ!?」

「はううっ、体がっ、何かに捕まれて!?」

「うわあ、うわあ、うわあ、うわあ」


 黒猫の力によって次々に馬に乗せられていく少年ら。俺の前に女、後ろに二人の少年。


「重量はいいとして、ちょっと狭いよね? まぁ我慢してね、ほら、もっと密着して、密着、うふふ」


 後ろから聞こえてくる邪悪な黒猫の言葉を聞き流しながら、馬の手綱を取り、空へと駆け上がる。


「ぐっ、空に逃げるかっ、おいっ、降りてこい、貴様、地面で戦えっ! 卑怯者!」


 イングランドの大男に返答を返す間もなくその場から離れていく空駆ける馬、すまんな、こいつは速いのだ。

 上を見上げ、呆けて見送るだけの兵士や民衆から遠ざかる。


「助かった……のか……」

「夢? これは夢なのでしょうか? それとも死後の世界? 神様、神様はどこ? 今から会いに行くのでしょうか? 神様には言ってやりたいことが沢山あるんです」

「飛んでる……ユーザス、俺たち空を飛んでる……」

「リュミエラお嬢様、それからアリセン、現実を……あれ? ここは現実? 本当に? あれ? あれぇ?」


 こいつらが混乱から立ち直るのは時間がかかりそうだ。


「あっ! あそこっ! リュミエラお嬢様! ユーザス! 見てくれ! お屋敷があるっ!」

「ああ、私の家……空から見た私の家……うふふ……空から見るとあんな感じなんだ、あはは」

「イングランド兵に取り囲まれているよっ!」

「ふん、目的地は決まったな」


 馬の上から指を差すアリセン少年。そちらに目を向けると確かに大きな屋敷と、それを取り囲む兵たちの姿。

 どうせ道端に放り出して終わりとするわけにもいかなかったしな。

 こいつらの事情は知らんが、きっちりと屋敷には送り届けてやるとしよう。その後は、知らん。


「美少年って、なんかいい匂いするよね? ね?」


 誰に何を聞いているのだ、黒猫。

 最後尾にいるらしい黒猫の戯言は当然、無視だ、無視。頭がおかしくなるからな。

 もう一切何も考えたくない。

 けれど考えてしまう。

 思い出した記憶の欠片。

 途切れ途切れの記憶、その映像。


 俺を殺したのは、黒猫、貴様なのか?




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