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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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 少女の手から生まれた闇は炎のように猛猛と揺らめき天へと立ち昇る。その闇の炎からは絶え間なく黒煙が生まれ空へと溶けて消えていく。

 闇で作られた炎はやがて黒衣の少女の腕から体へと燃え広がるかのように纏わりつき、やがて全身を包み隠すようにして、覆う。

 闇で作られた少女の形は、ドロリと溶けて崩れ落ちる。

 その場の地面に溜まる闇が徐々に小さくなり、一つの小さな塊となっていく。

 闇の炎が少しばかりの黒煙を残して音もなく消えていく。

 闇が完全に消えてなくなったそこには金色の瞳を持った一匹の黒猫が存在し、こちらを見上げていた。


「さっきのは軽い準備運動で、本命はこっちで、黒騎士さんに披露したかったのもこれだったんだけどね、黒騎士さんが死がどうこう言いだすから……で、どう? 少女の姿と黒猫の姿を切り替える時の、いわゆる変身シーンというのを作ってみたんだけど? 評価は?」

「…………」


 俺を見上げて先ほどの少女と同じ声で問いかけてくる黒猫を見つつ、俺は言葉が出せなかった。

 評価というなら言葉も出ないというのが評価だ。


「……悍ましい、なんというか不徳で……穢れ……なんと言うか……ルル……貴様は二度と変身するな。貴様はずっと猫の姿でいろ」

「せっかく作ったのに!?」


 黒猫の言う変身シーンとやら、死への冒涜どころか世界そのものを冒涜しているような、身の毛のよだつような邪悪さが頭に焼き付いて離れない。それを為した黒衣の少女……今は黒猫の姿をしている者に、何かしらの言葉を返そうとするが、上手くまとまらずに失敗をする。世界への冒涜というなら今の俺の姿も似たようなものだ。


「これからも変身するしー。ご飯を食べたりお風呂に入ったりするのには人の身体の方が都合がいいからねえ。変身シーンだってもうちょっと色々と変えていきたいし」

「遊びで……」


 こいつにとってはすべてが遊びなのだ、闇を使って死体を消し去るのも、炎のように動く闇を身に纏い体を変えるのも……


「闇の炎に焼かれ崩れ落ちる少女……黒猫、もしや……火刑にされた彼女を……愚弄しているのか?」

「酷い誤解だよ!?」


 火刑……最後の審判の時に備えての肉体すら残すことが許されない、罪人が受ける最大の処刑、恐ろしい刑罰を受けた、あのジャンヌ・ダルクを、彼女の死を、それすらも遊びに使っているのか?

 ちっ、最後の審判……また宗教か……

 黒猫の言う宗教は虚構という言葉と、長年に渡って俺の中で培われた感覚がせめぎ合って答えが出せない。


「常識が違うからねぇ……これは真面目に答える必要がありそうだよ、ええとね? 私は彼女を愚弄するつもりなんて欠片も無いのよ? 闇を炎の形にして身に纏うことが君にとっての禁忌だったかもとか、そもそも想像すらしなかった。悪意は無い、死体を消した時もね、それは信じて。けどじゃあ何で? って聞かれたら、なんとなく格好いいからとか、そんな感じの答えになるんだけど……」


 最期に言葉を濁す黒猫。

 火刑も宗教も禁忌も黒猫にとっては大した意味は無い、そういうことなのだろう。

 すぐ目の前にいる黒猫の中で培われたであろう常識とやらを知るすべが俺には無い。こいつと俺とでは世界が違う。


「死体はむしろきっちり焼いて処分した方が良いよねー、なんて考え方もあるのよ? 浄化の炎とかね、そういう価値観の世界もある。殺すだけでは飽き足らず、殺した後の身体……死体を全部燃やして、復活しないように残った灰すら川に捨てるのが最高の罰とか言えちゃう感覚がね、ちょっとわからない。知識としては知っているんだけどねえ……あっ、処分という言葉も悪いよね……はー、ああ、もう面倒くさくなってきちゃった」


 何やら言葉を尽くして俺に言い訳をしようとしていたらしいが、最後の方で諦めたかのように深いため息をつく黒猫。


「色々とうるさく言わないで、以上よ? ふんっ!」

「最後、何で怒っているのだ……?」

「それが私の性分だもの。いい? 覚悟しておいてね? なんか色々と面倒くさくなったら、ありとあらゆるものを放り投げて消えて行くこともあるのだと、心に留めておいてね? 黒騎士さんがちゃんとしてくれないと、私は知らないわよ?」

「何故俺が脅されている? いや、黒猫、なんて性分だ、無責任で適当すぎるだろう」

「適当がいいの、だって適当は適当だから」

「気まぐれさは猫故か……」


 どうしたってこいつとわかり合えるようになる気がしない。

 人と人はわかりあえない、か、ふん、反論出来そうにない。こいつに限っては人かどうかすら怪しいが、いや確実に人ではないが。


「意識、言動が依り代にした体に引っ張られて変化するというのは、結構ある事だしね。猫は好奇心が強く、遊ぶのが好きで、気まぐれ、ね。ふふ、そうかもしれない。この黒猫の身体もたまたま見つけた猫の死体を使っているのよ? あ、こういう事言うとまた長くなりそう……」


 冒涜的な言葉がまた出てきた。こいつは悪魔以上の何かだと思ったが、普通に悪魔でいいのではないか? でなくば悪魔以上の悪魔的存在を表現する言葉を作る必要がある。言葉を作るというのも、今までの俺には無かった感覚だ。それにしても、猫の死体だと? 猫の身体が本体ではないのか?


「死体を使った? それは何故だ。貴様の本体は……」

「この世界へ干渉を始めるにはこの世界にある物質を使うのが簡単で、動物の死体を使うのは動かすのが楽だからで、私の本体といえば私を構成する情報こそ本体であり……ああ、もう忘れて頂戴、どれもどうでもいいことだから」

「……気になること、知りたいことが多すぎて手に負えない」

「さっさと諦めて成仏しなさいな」

「成仏とはなんだ」

「ばーか」

「何故いきなり罵倒したのか!?」


 黒猫は俺に答えずに馬に近づき、ひょいと乗り込む。馬の背から金色の冷ややかな目で俺を見て喋りかけてくる。


「出発しないの? ルーアンに行ってあの時の女の人を救い出すのでしょう? さっきから黒騎士さん待ちなんだけど?」


 俺がまごついているようではないか。

 それは黒猫、貴様がいきなり闇を使って盗賊どもの死体を……俺が悪いな……何ごとかと驚いてあれこれ言い出したのは俺の方だ。

 言い返せないので無言で馬に乗り込む。

 ルーアンへ行くなら進路は北だ。


 出立する寸前、僧侶プリュエルが眠る建物を見る。

 弱い女の身でありながら強い意思を持つ者。使命に目覚めた者。彼女が目を覚ましたら、再び一人で弔いを始めるのだろう。

 生きていて欲しいと願った。

 その程度の人を思う心はこの骨の身にも残っていたようだ。

 他人などどうでもいいとばかりに生きて、そして何も為せず死に、ここで無残を晒すだけの今の俺と比べてしまうのか。あるいは強い使命に目覚め、そして進み続ける姿に彼女、ジャンヌを重ねているのか。


 今から攫ってでもこの町から遠ざけるか?


 そんな思いが生まれるが、振り切るようにして馬を進ませる。住人に見捨てられたこの町で弔いを続けるのが彼女の意思だ。


「黒猫、この町が良からぬことになる、などと貴様は言っていたな?」

「……人が本能的に闇を恐れ、死体を忌避するのには意味があるんだよ。これは宗教が生まれる以前の話。人が人になる前の話」

「人は生まれながらにして……何でもない」


 人は猿から進化したとか言っていた、あれは冗談などではなかったのだろうか。

 俺を無視して黒猫は話を続ける。


「……それはそれは大昔から脈々と受け継がれてきた習性なんだよ。いつ、自分を襲う獰猛な捕食者が闇から現れるかもしれないと恐怖し警戒をしてきた者、十分に恐怖出来た者だけが子孫を残せて、続く私たちに命を繋げることが可能だったんだ、闇は恐れるのが当然。死体を遠ざけようとするのもね、それを習性とした者が生き残ることが出来た、そんなお話」

「…………」


 馬上にて揺れながら黒猫の語りを聞く。邪魔はしない。


「黒騎士さんだって死体は見るのも嫌だし、怖いものでしょ? 死には様々な原因がある、事故だったり外敵だったり病気だったり環境そのものだったり。倒れている仲間の死体は目に見える危険なサインってわけだ。教えてくれてる、我が同胞よ、警戒せよって」


 大通りを進んでいくと人の気配がした。

 この町からすべての住人が居なくなったわけではないのだ。数人でこそこそと暗がりに隠れて息を潜めて俺たちが通り過ぎるのを待っている。それを追い立てる必要もないので、完全に無視をして進む。


「どれでも怖いけど、病気というのは特に怖いよね。なにせ病気というのは自分の目で確認できないものが原因だったりするからね、闇と同じで、見えないから怖い、そして、うつる」

「目に見えないのなら病気の原因とやらも虚構の中の存在なのか? 貴様がよく言う人によって虚構の世界に生み出された奴ら」

「いやいや、実際にいるよ。天使や悪魔とかの虚構の存在じゃない。そいつらは隣人として私たちと共にある、実在の存在なんだ。ものすっごく小さいだけで、私たちがいるこの実在の世界に確かに仲良く存在しているものだよ。その種類は……ものすごくあるからいちいちは言わないけども、生きている人を病気にする原因、病原体はね、死体からでも人にうつる、宿主は死んでも、彼らはしばらくは生きているから。野ざらしの死体を放置しておくと、そこから疫病が発生する可能性がある」

「疫病……」

「実際には、そうだね、鼠なんかが病原菌持ちの死体を齧って、それで鼠が発症して生きたまま走り回り、仲間の鼠にも大量感染を引き起こしながら人にも移していくって感じになるのかな、ただの一例だけど」


 疫病が発生するならば、それは大事ではないか。どのような仕組みによってなのかは、話を聞いてもよくわからん。理解するための前提……知識の土台がない、かつて黒猫に言われた言葉が蘇る。


「とにかく危険が一杯、死体には近寄りたくない、触りたくない、それは生者が持っていて当然の感情でしょ。恐怖に忌避感……本来なら死の近くから逃げ出す行動をとるべきところを、彼女は選ばない、逃げ出さない。だから彼女に聞きたくなったのさ”怖くはないの”って」


 確かに聞いていたな。そのすぐ後、俺たちを天使と勘違いをしていたプリュエルが興奮と疲れで倒れたわけだが。


「結局怖いとか言いながらも引く様子はなかったし……信仰とは、宗教とは、根深いものだね。彼女の信じる虚構が彼女の生命体としての普通の逃避行動を封じているわけで、私には完全には理解が出来ないものなの……」


 この町に留まり死者を弔い続けるというプリュエルの覚悟と決意は貴い行為であると、俺は単純に思っていたし、それを疑問に思うことはなかった。そうかと理解できていた。黒猫の言葉を聞いた今でもそれは変わらない。彼女の献身は素晴らしいものであるから、何も持たない俺ごときが邪魔をしてはいけないのだ。


「プリュエルさんが黒騎士さんくらい頭の中が軽くてすっからかんだったならさ、色々と言葉を伝えてあの場所から遠ざけたのだけど」

「おい、待て、何故いちいち俺を馬鹿にするんだ」

「ただの理解しあえないもどかしさからくる、えっと、ツン? だよ。おっとデレは期待しないでね」

「貴様はいつも意味の分からん事を言って俺を混乱させる……」

「ともあれ一応、病気に対して強くなるような成分をこっそりと彼女の体に入れておいたから、体力的にはすぐには病んだりしないだろうけど、きっと長くはないね。治安的な問題も精神的な問題もあるんだ」


 長くはない、それはわかっていたことだ。俺たちを襲った盗人のような輩に見つかれば酷い事にもなるだろう。

 後ろを振り返る。月の浮かぶ夜の町は静かだ。彼女はまだ寝ているのだろう。多くの死体に囲まれて……


「気になるなら、今からでも戻る?」

「…………いや、進もう。俺には彼女をどうこうすることは出来ない。弔われればあの町の死者の魂も安らかであろう。死者の魂……俺たちを襲った盗賊どもの魂はどうなった?」

「知らないよ。彼らの信じる神様の所に行ったんじゃない? 魂ってよくわかんないし」


 北門に辿り着く、誰も守る者がいない門は解放された状態のまま放置されている。パリの町に到着して砲撃を受けた場所。俺たちを受け入れず、空を飛び越えた門。

 今は咎めるものも無く、町の外に出る。


「人は死んでも魂が残るだろう」

「はい? 死んだらどうなるかなんて、私は知らないわよ? 死んだこと無いし、死んでる人に知り合いなんていないし」

「……貴様……とぼけているのか?」

「とぼけるもなにもないのだけど?」


 馬上、俺の前に陣取る黒猫は馬が進む方を向いて俺を見ないまま首をかしげる。俺も首をかしげたくなるほど混乱する。


「俺は死んで、そしてここにいるわけだが?」

「黒騎士さんは死んでないよ?」


 混乱は増していく。


「死んだのだろう、死んだ時の事を覚えていないが。何度か貴様も俺を死んだと言っていた」

「あれ? そうだっけ? そういえばそんなことを言ったかもねー、まぁ軽口の類」

「軽口? 適当な奴、いや、まて、覚えていないのか? 俺は、死んでいるのだろうが……死んで、復活したのだと……」

「あ、それ? あの辺は適当に受け答えしてたかも。だってこんなに長い付き合いになるとは思ってなかったしー。黒騎士さんはあの時、新しく生まれた、が正解に近いよね」

「お、俺には人として生きた記憶が……」

「そういう記憶を持ったまま生まれた」

「は?」

「だから黒騎士さんは生後、えっと四日め? 濃ゆい人生送ってるよね、もうちょっとゆっくり生きればいいのに」

「は? は? ……は?」


 理解の出来ないことが続く中で、これは無い。わからない。言っていることが一切合切理解できない。人として生まれ、20数年育っていった記憶があるのだぞ、こっちには。子供の頃の記憶や、大人になってからも。それが生まれたばかり? 俺は生きている? 骨で? 死んでいない? は?


「死とは何だ……」

「ぶふっ、黒騎士さんが、大人になりかけた子供が考えて悩みそうなこと言ってるー」

「笑いごとではない、笑いごとではないぞ……」


 気楽そうに受け答えする黒猫にかける言葉がない。

 もしや俺をからかって遊んでいるのか? そうか、そうに違いない。いつものことだ。俺は死んでいる、それは間違いない。

 黒猫は続ける、いくぶん真面目ぶった口調で。


「死とは、連続して更新されていく世界から取り残された者であり、生ある者には認識できない領域に行った者、生とは、更新する世界と共にある者……海を行く船に乗っているか、船から降りてしまって取り残され、先を進む船を眺めるだけの者かの違い。死者は進むことが無く、生者は死者を見ることもない」

「……おれは」

「生きてる。記憶して、更新しているのだから、そういう存在は生きていると言えるのよ、黒騎士さん。死者は記憶しないし更新しない、変化をしないからね、つまり会話も出来ない。こうして言葉を交わせるのだから、骨の身体であろうと死んだ記憶があろうと、君は生きている、のよ」


 俺を見る黒猫は楽しそうに笑っている。いたずら好きな猫そのままの表情で。


「私の世界での死、そして生の話よ? いいやそんなの違う、自分は死んでいるんだーと言い張るのも、自分は一度死んで復活しましたよーなんて言い張るのも、そうしたいなら君の好きにすればいい。生や死を好きに定義すればいい。君の世界は、君の物なのだから」


 俺の世界にまたひとつ、よくわからない何かが加わった。それは言葉を通じて黒猫と共有することの出来る、何かであったのだろうと思う。よくわからないが。


 ひたすら混乱の続く俺の目に、いくつもの焚き火と、それを囲む集団が写り込む。

 彼らは、逃げ出したパリの住人たちだろうか?


 生きて動く人々を久しぶりに見て、どうしてか無性に安堵する。

 ちょうどいい。彼らと話をしたい。もう難しいことは考えたくなかったしな。普通の人と普通の会話がしたいのだ。おのれ黒猫、ここまで俺を混乱させおって、酷い悪魔だ、人類の敵対者め。


 心の中で何通りかの罵倒を黒猫に向けて念じながら、ふと考える……この姿で普通の会話になるわけがあるまいに、と。

 焚き火を囲むあの連中、プリュエルのように全員盲目であれば良いのに、などと酷い理不尽な考えが浮かぶ。

 このまま近づいても良いものか、さて。




更新されていく小説は生きているのです。

作者がふらりとどこかに行ってしまわないようにするには読者さんがしっかりしないと。

だから評価ください(評価乞食)

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