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前話、誤字修正した時にほんのちょっとだけ書き換えました。
振り抜かれる長剣の刃から白い帯の軌跡が生まれる。
光は男の首を通り抜け、静かに男の人生を終わらせた。
結局、男からはさほどの情報は出てこなかった。
最後の方は泣きじゃくり意味の分からない言葉を喚き散らすだけになっていたからな。わかったのは俺たちが去った後のルーアンの町中で、いくつかの勢力による戦いが起こっていたことと、その戦いで捕まった復活した魔女とやらは、どうやら俺たちがルーアンの町の近くで助けた、誘拐されかけていた女というので間違いないらしいということ、なにやら再び火刑になるらしい。その女は彼女……火刑で死したジャンヌとはまったく関係ないだろうに。
「ああ、最後の希望が……」
「なんの希望だ、悪人がしかるべくして死んだ、それだけだ、人が殺される所を見たくないのならば目を閉じていればよかっただろうが」
「悪人、ね……私なら大丈夫よ。襲ってくるのが美少女ならどれほどの悪人でも許し仲間に入れてハーレム要因にして、襲ってくるのが男ならどれほど悲しい事情があろうと容赦なく殺されていくという古き良き世界の価値観を知っている人だったりもするのだから」
「なんだその価値観……男が生きづらそうな世界だ……何が良き世界だ……わからん……貴様というものがとことんわからん……」
恐ろしい世界で生きてきたのだけはわかる。いや生きてきたのかどうかも怪しいが。
「ジャンヌ・ダルクと間違われちゃったねぇ」
そういえば黒猫、今は少女の姿をしたルルと名乗る謎の存在が、その地獄より復活した魔女……聖女ジャンヌ・ダルクと勘違いされていた。
男が勘違いをした理由は簡単に思い浮かぶ。俺の存在だ。髑髏の騎士、そう呼んでいた。動く骨の騎士などそうはいまい。その俺が傍にいたという、それだけの理由だろう。ルーアンにて勘違いされている女も同じ、俺と共に町に入ったからというわけだ。つくづく災難に遭う女だ。
「似ても似つかん」
短く答えて、剣を見る。切れ味、美しさ、どちらも凄まじいという賞賛の言葉以外に出てこない。人の首を切り落としても汚れていないから、布で拭うのも躊躇われる。その辺の汚れた布で吹けば、逆に刀身に汚れが移りそうだ。鏡面のような刀身に表情のない虚ろな髑髏が写り込む。
「共通点は女ってだけだものね」
男の死体を見ながら、黒衣の少女は首をひねっている。時折指を上げ下げしながら何やら考え込んでいる様子。何事かを考えつつも、俺に向かって質問をしてくる。
「ジャンヌ・ダルクってどういう人?」
「……ルル、貴様は知らんのか?」
「有名人ではあるよね、ただ、よくは知らないわ。彼女の最期に居合わせて、ちょっと見たってだけだからね」
「彼女の最期……」
火刑で殺された彼女の最期を俺は知らない。見ていない。見ていないのに、その姿がありありと目に浮かぶようだ。真っ直ぐな目をして炎に焼かれていく少女の姿を。
「とにかく真っ直ぐで、行け、出陣しろ、攻撃しろ、突撃しろと、そんな感じの言葉をいつも叫んでいたな」
「どこの猛将の話かな?」
実際にそんな感じだったしな。彼女自身が剣を振るうことはなかったが、己の体を最前線の敵に晒し、旗を持って味方を鼓舞し続けて、そして俺たちはその彼女の後を付いて行った、そして彼女の行く後には勝利もまた付いてきたのだ。
「猛将か、どうにせよ強い意思を持つ女であったことは間違いない。常に前を見据えて、いかなる時も胸を張るあの乙女には、確かに猛将の称号を贈ってもいいのだろう……凛とした彼女は、気高く美しかった……」
「そんな大した人物と間違われて厚顔の至りだよね」
「そこの男の目が腐っていたのだろう」
「黒騎士さんがナチュラルに貶してくるよ……」
ジャンヌとルルでは光と闇、太陽と日陰の暗がりくらいの違いがある。どうすれば間違うというのか。
「……ルーアンの町へ行くぞ」
「彼女を助けに?」
「そうだ」
災難続きの哀れな女を助けに行く。
考えもなく至った結論がそうであり、いくらか考えた結論もまたそうだ。俺には彼女を救ってやる義務ができた。俺たちに出会ってしまったせいで生まれた不幸を見過ごすのは、いくぶん気分が悪い。ジャンヌの名誉の為でもあり、俺の為でもある行動なのだ、これは。
「ランスの町はもういいのね?」
「それはルーアンの後だ」
「ランスの町がめちゃくちゃになるのは決定事項のようです」
次は考えて慎重に動く。俺たちが原因の騒動はもう無い方がいい。このパリの町の惨状と、痛ましい、そう、見るも痛ましい僧侶プリュエルの死者を弔う献身を行う姿は俺に慎重に動くことの大切さを教えてくれた。手遅れになってからでは、それは手遅れ……なんだ、うまく言葉にならん、つまり、懲りた。そうだな、胃の痛い思いをするのはもう結構ということだ。
「ふふ、了解了解、けど少しだけ待ってくれないかしら? プリュエルさんの仕事を増やしてしまっては可哀そうだもの、黒騎士さんがここで殺しちゃった可哀そうな彼らの死体の分だけは片付けておきたい」
「ルルよ、貴様がそいつらを弔うのか? もしや僧侶の真似事も出来ると?」
悪魔なのに、とはもう思っていない。こいつは悪魔よりも理解の出来ない何かだからだ。僧侶が行うような弔いが出来ても驚きはしない。
「弔い? いいえ、これから私がするのはただの処理」
「処理、だと……?」
少女の口から出てきた不穏な言葉に眉をひそめる。
「一を聞いて十を知る……聞いたことがあるかしら? 教えたい事10の内、最初の1を聞いただけで、残りの9もわかっちゃうような察しの良い人、賢い人を表現する言葉なんだけどね」
何の話だ? 聞いたことはなかったが、意味は理解できる。少女は地面に横たわる三つの死体を前にして、上に下にと手を動かして何やらしている。死に満ちた静寂の町に、少女の声だけが響く。何をする気だ?
「けどね、実際に1を聞いてわかるのは1だけなのよ、それが本当。じゃあ残りの9はどこから持ってくるのかというと、自分の作り上げたもう一つの世界、虚構の世界から引っ張ってくるしかない。過去の記憶、経験、常識、教育やら世間話やら含めて、コツコツと作り上げた自分だけの世界と照らし合わせて足りない9を補う……賢い人だけじゃなく誰もがやっていることよ? 普段、日ごろから、何に対してでも」
何を納得したのか、うんうんと頷き、手の動きをやめる。
「そうして補った部分がたまたま実際の世界にも近くって、教えたい人にとっても正解に近いのなら、その人は察しの良い人、賢い人呼ばわりをされる。まったく頓珍漢な、おかしなものであるなら、勘違い野郎、間抜けな奴呼ばわりとなる……」
黒衣の少女は喋るのを止め、天を仰ぎ、動きを止める。
いつの間にか空には月が出ていた。
少女の赤い唇から言葉が零れる。
「闇よ……」
ゆっくりと両手を上げていき、月から落ちる雫を受け取るようにして、胸の前で手のひらを上にして盃のような形をつくる。
「……溢れ、出でよ」
呪文……
少女の放つ呪文の言葉の通りに、彼女の盃の形をした手の上から、とめどなく闇が溢れて地に落ちる。
闇、暗闇、漆黒の何か。音もなく地に落ちた黒色の闇は消えることなく少女の足元に留まり続け、やがて四方に広がり、俺の足元、そして3つの死体にまで到達する。
「!? !?」
感触は無い。何もない、ただただ悍ましい。恐ろしい。黒色の闇が膝にまで達し、心の底から恐怖する。
一秒、二秒、何秒かわからない……だがそれほど長くは無い時間、わずかな時間のはずだ。体すべてを飲み込むかと思った闇は、膝まで上がって、それから下がり始め、足元からも消えていく。去っていく。
闇は出てきたのとは逆に、吸い込まれるようにして黒衣の少女の手の中に収まり、消える。
闇が消え去った後、死体もまた消えていた。
骨ごとすべて、何一つ残らずに……
事を為した黒衣の少女は、反応すら忘れ呆然と佇む俺の方へと向きなおり、その端正な顔を歪ませる。
白い肌に浮かぶ小さな蕾のような、赤い、唇が、歪み、笑う。
「ちょっと演出に凝ってみましたー、どう? 感想は?」
「何を……した……?」
「何をって、死体を処理しただけよ? 後で素材として利用するの」
「そ、ざい、だと……奴らの魂は……どうなった……?」
「魂? 知らないわ、何それ」
笑う。笑っている。少女の笑顔は無垢な子供のようにも見える。見ようによっては。
気がつけば、手に持つ剣の切っ先を少女に突きつけていた。
「……聞いていい? 何故、私に剣を突き付けてくるのかしら?」
「な、何故、だと?」
とっさに言葉が出てこない。
「奴らの死体、は」
「消したわ。正確にはこことは違う空間に格納した。パッと消すんじゃ味気ない、でしょ?」
「や、闇……」
「そういう演出」
「死を……死体を……冒涜するな」
「只の死体は只の物体よ? 冒涜も何もないのだけど……」
俺に剣を突き付けられても動じない少女は、ここにきて眉をひそめ、首をかしげる。
「死体そのものにそれほどの感情が? いや、けど……」
「演出だと? 処理しただと? 利用するだと? 貴様のやっていることはっ! 遊びで死を冒涜する行為だっ!」
「遊びでって……これは、あれね? またやってしまったという奴ね。今度こそ黒騎士さんがこういう感じのが好きそうだと思ったのに……ああ、これほどまでに」
「奴らの魂は……地獄に行ったのか?」
「人と人はわかりあえない」
「何が人だっ!? 貴様はっ! 貴様はっ……」
人の振りをする、人に紛れて生きる……何かだ。
「ここは年長者として私の方が引くべきね。ごめんなさい、君が死体を消す、利用するという行為に対して、これほどの反応するとは思っていなかったのよ、言い訳をさせてもらえるのなら、君ってポンポンと気楽に人を殺すでしょ? 私から言わせてもらえば、そっちの方がよっぽど異常で死を冒涜している。命を軽んじている」
「あ?」
「君っていうか、君たち? ここら辺にいる人たちという意味でね。ポンポンポンポンとまぁ殺して死んで殺して死んで……そんなに簡単に殺し合うのに死体や死後の名誉なんかは大事にするって意味が私には理解が出来ないわ」
「理解できないのは、貴様が……人ではないからだ……」
「人よ? 考えて私は人を定義している。その私が私を人であるとした。誰に何を言われようともね。黒騎士さんは人を定義できてるの?」
「人は……人は……人だ。死んでいない人だ……」
「私は生きているわよ? 死んでいないわ? 死の定義は何?」
「それは……この世からの解放で……神の……人は罪を背負った……」
「宗教談義は止めて、興味ないから。自分の言葉で語って欲しいわ」
「自分の言葉でだと……?」
子供の頃から教え込まれていた宗教から離れてしまえば、自分で語れるべきものを、俺は何も持っていない。言葉に詰まる。
突きつけた剣の切っ先、その先で、黒衣の少女は笑う、自嘲するように笑う。
「これはあまりにも意地悪な返しだったわね、流石に言い過ぎたわ。死生観を聞いておいて宗教禁止とか、ちょっと無いわね。……ねぇ、黒騎士さん? こう見えて私の精神は繊細に出来ているのよ? 臆病で、傷つきやすく、直接向けられる悪意や敵意には、とても弱い。怖くて悲しくて辛くなって震えちゃう。だから、つい、言葉が過ぎたわ。ごめんなさい。だから、もう、いい加減剣を下ろして頂戴、君も、もう、そんなに、怯えなくていいから」
俺が、怯えている?
剣を突き付けられている黒衣の少女からは怯えた様子が伺えない。自分で語るように傷ついたようにも見えないし震えてもいない。ただゆっくりと、一言一言、言葉を大切にするようにして、優しく語りかけてくる少女の昏い瞳は、じいっと俺を見ている。その黒い瞳は夜の空に広がる果ての無い闇のように、俺には見えた。
「俺が剣を下ろしたら、いきなり襲ってきたりは……せんよな?」
「なんで!? どういう話の流れでそうなったの!? 襲わないけど!? 私が君を襲う理由が無いでしょう!?」
「ならば、いい」
剣を下ろし、息をつく。
もともと剣を突き付けたのは体が勝手に動いたからだ、怯え、恐怖したからだ。考えての事ではない。ただただ体が勝手に動いた。何もわからないままに、闇に飲み込まれそうな気がして恐怖して、黒衣の少女のしたことが、死体を弄び、死者の魂を冒涜する邪悪な行為に思えて、拒絶した。
攻撃するためではなく、自分の身を守るために剣を向けた……
「君には驚かされることばかりだわ……予想外の行動をしてくれるのは結構なことだけど、約束して? もう二度と剣を私に向けないで。毎回毎回剣を向けられて、それなりには怒っているのよ?」
「ああ、そうだな、貴様を剣ごときで倒せるとは思えんしな」
「倒す前提なのは何故よっ!?」
先ほどの俺は本当にどうにかしていた。首を刎ねてもこいつなら首だけ浮かんでへらへら笑っていそうだ。恐い。
汚れていないが、剣身をマントで拭い、鞘に納める。
緊張していた筋肉が弛緩していく……筋肉……なんだこの身体……骨だけだろうが……わからん、わからんが過ぎて笑えて来る。
「黒騎士さんのせいで何の話をしようとしていたのか忘れてしまったじゃないの……確か、一を聞いて十を知る、ええと、人は勘違いをする生き物だから、1だけ見たり聞いたりして残りの全部を知った気になるな、そういうことを言いたかったのだけど……」
俺のせいにするな。俺は悪くない。
黒衣の少女は俺を見て、町を見る。人が消えてしまった静寂の町。
「一だけ聞いて残りを知ろうとすることを止めた時、人が考えることを止めた時、知らない残りを補う虚構の世界に宗教というものしかないのなら、その宗教で作られた世界観に従い行動することしか出来ないわけで、こうして町から人が消える結果にもなる。自分が作り上げた虚構に縛られ、動かされる、神の炎で滅びますなんて言われただけで、それを実際に見た事も無い人たちがね」
そして黒衣の少女は僧侶が寝ている建物に目を向ける。
「そこに神性を見出せば、自分の知らない理解のしがたい存在を神にも天使にも見えるようになる」
盲目の僧侶プリュエル。彼女は匂いを頼りにして、俺たちを天使と信じた。
黒衣の少女は地面に目を向ける。
「そこに悪魔を見て、必要以上に恐れれば、勝手に身動きが取れなくなり、彼らのようになる」
地面をよく見ると、そこには血の跡。俺たちを襲った奴らの死体があった場所。俺が首を切った証拠であり、そこで死んだことを物語る。死体は消えた。黒衣の少女がどこかにやった。奴らの魂は?
「私には君たちの死生観を本当の意味では理解できない、知識としてなんとなくわかる程度の話。だって私の虚構の世界には宗教が幅を利かせていないのだもの。そうね、世界が違う……私と君だけの話じゃないよ? 人は誰でも自分だけの世界を持つのだもの。行動を決定するために参考にする世界がまるごと、ごっそりと違うのだもの、人と人がわかりあえないのは、当然でしょう?」
俺がこいつを死を冒涜する者だと思ったのは……そう思った理由は、俺が今まで培い、作り上げた俺だけの虚構の世界における常識なるものに照らし合わせて、そしてそれに縛られて動かされていただけ? 奴の手から溢れ出た闇にただ恐怖して、思考すら放棄して、突き動かされただけ。
少し考えればわかっただろうに、今更すぎるだろう、俺がこの骨の身体になっているのは、死して尚、動いているのは、この存在のせいであるというのに……いや、それすら違うのか? 一の次の、二に相当するものは、何だ?
「虚構の世界は実在の世界と違って、何でもアリよ? 人が考えることのできるすべてが存在できる。天使や悪魔がのびのびと自由に羽を羽ばたかせて遊んでいる空間。彼らの好きにさせたくなければ、縛られたくなければ、考え続けて」
黒衣の少女は俺を見る。
「考えることが訓練、知ることが訓練。一から十まで知ろうと足掻くことが君が虚構の世界においても自由になるための方法なのよ。楽をしないで。何でもかんでも省略しないで。都合のいい結論に飛びつかないで」
少女は俺に笑いかけてくる。
不思議と恐怖も無くなった。整った美しさを持つ黒衣の少女は、ただ単に笑っているだけだ。それだけが目に映る事実。
「君には期待しているわ、ゆっくりでいいので、成長していきなさいな」
『相棒とつむぐ物語』コンテスト2023に応募しようと思ったけど残虐な描写なしの12000文字以下で参加資格なかったよ……
せっかく固い絆で結ばれた相棒との心温まる旅の話なのに……固い……絆? あ、うん、そもそも無理だコレ。
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