26
クリティカル連発注意。
近づいてくる男たちを目深にかぶったローブの下から観察する。
夕日の逆光で俺の髑髏の顔が見えていないのか、さしたる警戒も緊張もせずに俺たちのいるところに歩いてくる3人組。
右、一番背の高い男、血の付いた剣を持っている、足運びが素人のそれ。着ている金属板の鎧も体に合っていない、どこぞの死骸から剥いだものだろうか。問題なし。秒で殺せる。
真ん中、がっしりとした体形の男、この中では一番戦えそうだ、いくらか慎重に動いているのがわかる。だが問題なしだろう。今の俺の体なら秒で殺せる。
左、この三人の中では背が低い、背中に大きな袋をしょっている。剣だけでなく腰にボウガンを括りつけているが、構えるどころか矢も見当たらない、鎧もまるで合っていない。論外。秒で殺せる。
建物の周りの気配も探る。どうやら隠れて見ている者もいなさそうだ。
馬を欲しがる素振りを見せていたな、ならば馬に危害を加えることもない。
そして黒猫……今は黒髪、黒衣の少女の姿になっているが……こやつの身の安全など考えるだけ無駄だろう。
ここまで考えてから問題なしと判断し、馬へと向き直り、柱に括りつけていた紐を外してやる。一応だが、馬の奴もこれですぐに動ける。どうせ黒猫の奴が馬を守るだろうがな、俺は守らないくせに。
「ああ? 逃げられねーよ?」
「ふひひ、本当にいい女だなぁ、なんて綺麗で白い肌してんだぁ、ゾクゾクしてきたぁ」
「……動くな、馬に乗るなよ、何もするな、殺すぞ?」
高、低、中の順の発言。背の高さだ。
低は少女姿の黒猫を見て情欲を掻き立てているようだ。ゾクゾクするだと? お前、それ、体が命の危険を知らせているのではないのか?
「なんというか……彼らの絶望的な運の無さに同情してしまうわ……もう少し早ければ、あるいは遅ければ……」
「ふん、同情を引く要素がどこにある」
「もう過度な干渉はしないと心に決めたばかりからねえ、だから私に出来ることはないので彼らには何もしてあげられないなーと。ちょっと前に出過ぎたもの、これからは何をするにも全部黒騎士さんに任せて後ろに下がるわ、自分の身を守るくらいは自分でするけれど」
「干渉だの何だのもまた意味不明だ。今更すぎないか? すでに手遅れなほどに干渉しているではないか」
「そういう感じじゃなくてね、ええと、ほら、深く関わり過ぎると愛着が湧いちゃうでしょ、動物に名前を付けると別れ難くなるとかそんな感じ。だから馬さんは馬さんなんだよ」
やはりわからん。
そういえば馬にも名前は付けていなかったな。俺にしても特に不便もないから馬は馬のままだが。
「おい! てめえら! 恐怖で頭ん中がおかしくなっちまったのか? 何普通に会話しちゃってんですか? こっち見ろよ!」
高の発言だ。
肩越しに見るその男はかなり興奮している。剣に血がついているから先ほどまで戦闘、ないし誰かを殺してきたばかりということだろう。心に余裕がない。こちらには、剣に血が付いたままだとすぐに刀身を悪くするから拭った方がいいぞ、などと、くだらないことを思うほどの余裕がある。踏み込んで一歩、二歩、三歩、剣を抜きながら懐に飛び込み、真っ先に中の男を制圧して、あとはどうとでも。
「馬を見つけたのは幸運だったな、これで稼ぎを運びやすくなった、もう少し欲を出してもいいかもしれん」
中の発言。低が背に持つ袋を見ながら言っている。稼ぎとやらがずいぶんと詰まっているらしい、膨れた袋だ。
俺たちの乗ってきた……ほとんど乗ってきていないが……この馬をすでに自分たちの物だと思っている。俺たちを襲って奪う、それが男たちの確定事項らしい。
つまり、こいつらはこの町の現状を利用して金目の物を集めていた盗賊なのだろう。神の滅びの炎の話を信じていないのか知らないのか、最初から信仰心など無いのか。そしてなにやら他にも人はいたらしい、すでに殺されてしまっているようだが。
三人対二人、いや、女の事など戦力とも見ていないだろう、あるいは人質にとれるとでも思っているかも知れない。つまり相手の側に足手まといが付いた三対一だ。ずいぶんと余裕を見せているのはそれが理由なのだろう。
「ええと……こりゃ面倒だーとばかりに馬に乗ってとっとこ立ち去る……あるいは圧倒的武力でもってやさしく制圧してから颯爽と立ち去る……黒騎士さんが素顔をさらしてビビらせまくってから逃げる彼らを高笑いしながら見送る……」
「なんだそれは?」
「彼らの生存ルートを探してみているのよ……彼らの選択として今からでも逃げる、必死に謝る、ないわね……実は俺たち良い奴ですアピール……駄目だわ、どうしても黒騎士さんの心ひとつで決まるもの……」
「悪いが見逃すつもりはないぞ? ……殺すからな?」
「悪くもないから、お好きに、どーぞ。……けれどちょっとくらいは考えてみて、思考のショートカットを多用せずに、楽をしないように。君が君として自由に在るための訓練の一つだとでも思ってちょうだい」
「殺すから殺す、問題あるまい」
「どうしようもない答えね、脊髄反射の言動は卒業しなさいな、もうちょっと考えて、ほら」
楽をするな? 自由に? 訓練だと? また難しいことを言い出した。
殺すのが決まっているのにそれ以上考える事とは何だ? 考えが必要なのは、殺せるかどうか、どう殺すか、だけだろうが。奴らは俺が待ち望んだわかりやすい敵だ。敵だから殺す……敵……俺は奴らを何故殺す?
殺す以外の選択肢など一切考えていなかったのに気がつく。
俺が奴らを殺す理由は何だ? 普通に敵だ、敵だから殺す、それ以外には……
「うひひひ、かわいこちゃんや、こんな町に置いていかれて怖かったろうねぇ、これからは俺たちと一緒に暮らしましょうねぇ」
「うるさいわ! 低! 気が散るだろうが! その女は持って行っていいので静かにしろ!」
「て、低!?」
「お、女を見捨てて自分は助かろうってかぁ! 無理だね! 無理無理ぃ!」
「男の風上にも置けんな」
「喋りかけるな雑魚ども! ルルっ、そっちに行って男どもと遊んでいろ、何もするなよ」
「ふふ、黒騎士さんの私への態度が段々と酷くなっていくねぇ」
ずっと前からだろうが。
ギャアギャアと騒がしくなる男たちと、それに適当な受け答えをしている黒衣の少女の横で再び考える。
見た目からして貴族でもないこいつらは、平時であれば窃盗と殺人の罪でつるし上げられて死罪になるだろうな、だが今のこの町でこいつらに裁きを下す者はいない。代わりに俺が殺すのか? 馬鹿馬鹿しい。兵士であれ住人であれ、この町の連中の仕事だ、それは。俺たちを襲おうとしている、故に敵、殺す、以上だ。
「こうして改めて気にしてみると、あなたたち、とっても臭いのねえ。……汗、汚れ……生者の匂い、確かに私たちからはしないものだわ。ふふ、こういうことを気付かせてくれるので、理解し合えない他者というものが必要になる……人がつるむ理由の一つ、私に足りないもの」
「臭いだとぉ? この女、くそムカつくぅ、今からどんな目に会うのか理解できてねーらしいな。頭わりぃ、ばぁか」
「……余裕があるな、女。女が口うるさいのは好かない。そこの後ろを向いてビクビクと震えている臆病男を信頼しているのか? こっちは剣を持った3人だぞ? まぁその男を殺せばすぐに従順になるだろうが」
「うひひ、次に見つけた女は俺が一番でヤっていい約束だったよね? ね?」
「自ら生存ルートを狭めていくスタイル、手遅れそうね、もう」
生存ルート……こいつらを生かす意味はあるか? 身代金……阿保か。どこに請求する。
仮に俺が髑髏の顔をさらして二、三発小突いてやれば、恐れ入って逃げ出すかもしれない、それで、どうなる?
再び戻って来て、今度は俺たちのいない所でプリュエルを襲うかもしれない。
今まさに盲目の僧侶が寝ているであろう建物に視線を向ける。
ここで逃がすのは良くない、この男たちは確実に殺しておかねばならない。それが俺がこいつらを殺す理由として、もっともな理由という気がする。
プリュエルの為か? いや、俺の為だ。俺がそうしたい。ではプリュエルの命と、この男たちの命の、その差は何だ? プリュエル……死者を弔い続けるために町に残った僧侶……ルルの口ぶりではこの町に長くいたら遠くないうちに死んでしまう可能性が高い、その程度の命だ。翻ってこいつらは……まぁムカつくな、ムカつくから殺すでもいいのではないか?
「……言葉、行動、すべて冷静に考えて、そして選んでくださいな、ここでの選択はあなたたちの命に直接係わる話だわ」
「うるせっ、冷静ぶりやがって、ムカつく」
「それ以外に言葉が無いの? 吐き出す言葉も、もうちょっと考えて、ほら」
「ぶっ殺す!」
「殺す? 私を殺す理由は何かしら? 考えて?」
「ムカつくから殺すんだ、ばぁか!」
「大した理由じゃないわねー、とっても貧相な考えだわ。もうちょっと考えて、ほらほら」
「こいつムカつくぅっ!」
…………男ども、殴っていいぞ、その女。
俺のすぐ横で、手をひらひらと動かして、へらへらと笑いながら男たちを挑発する黒髪の少女。貴様、前面に出ないのではなかったのか? ものすごい前に出ているではないか。
男たちが動こうとしているのが気配でわかる。
そもそもルルに言われたからといって、素直に考える必要がどこにある?
無駄な時間を過ごした。
結論、考える必要なし!
激しい……激しくもない口論の末、激高した高が黒衣の少女に踊りかかる。
少女の顔面に向けて放たれた拳を、後ろを向いたまま左腕を動かして受け止め、握る。手首を強く掴まれた男は、それ以上は動けない。
「なっ!?」
「殺したいから殺す、それが答えだ」
顔の寸前まで突きつけられた拳にも眉一つ動かさずに、俺を見て黒衣の少女は、笑う。
「殺したいから殺す、ふふ、立派な答えだわ」
力を込めると、高の手首が砕ける音が響く。
「ひぃあああああ!?」
「自分で言っておいて何だが! 最初と何が違う!?」
「すごく違う」
剣を振りかざし俺に迫っていた中に高を投げつける。のけ反り大きく態勢を崩す。そのまま叩きつけられるようにして地面に落ちる高。低は出遅れている。
「まったく何の時間だったのだ!? 本気で意味がわからん! マントモード!」
ローブをマントに変化させて、腰の剣を抜き放つ。
黄昏を越えて宵闇となる刹那の時間、髑髏があらわになる。
「私たちの持つ脳という機関はすごい奴だけど、基本的には怠惰で、いつもどうにかして楽をしようと考えている。一の次は二、二の次は三……それを繰り返していると、一? じゃあ答えは三だねって思考をショートカットする。楽をする。その省略された領域に悪魔が好んで棲むのよ」
「悪魔だと? いつから悪魔の話になっていた?」
「まぁ、続き? この前のね」
心の中で舌打ちをする。
天からの視点で見た世界。人によって創作されていく神、そして悪魔の話。
あの時の体験は忘れようもない記憶として残っているが、受け入れがたい衝撃の内容に、俺の心が拒否をしてしまい、自分でも意識もしないまま、なるべく考えないようにしていた。その話の続きか。
俺の姿をはっきりと見た男たちは、今、震えて、言葉にならない言葉だけが口から洩れている。
「当然ながら、その思考のショートカットは人が生きていく上で良い事ではあるのよ? いちいちの行動の意味を考えていたらまともな生活は送れないものね。思考の短縮は何をするにも迅速で十分な行動が出来るようなるために必要な機能。けれどそんな便利な機能も、時には悪さをする場合があるのよ、例えば、決めつけ、ちょっとした情報だけで、相手の全体までをも決めつける、いわゆるレッテル張り」
「あ、あ、あ、悪魔……」
「こんな感じでね」
黒衣の少女の男たちを見る、黒い、昏い目はどこまでも冷たく、小さな赤い口は今、嘲笑を浮かべている。ゾッとするのは、美しさに見惚れたわけでなく、それが怖いからだ。この少女は、怖い。恐い存在。
「一を見てすべてを決めるのは怖い事よ? 間違った答えを間違いだと気がつないまま行動することになる。だから考えなければいけない。毎回はつらいから時々でもいい、ちゃんと筋道を立てて考える、そういう訓練をするの。考えなしの答えと、考えてからの答えが同じでも構わない、考えることが重要だから……ねぇ、あなたたち、そこで震えて何をしているの? 私たちを襲うべき獲物に決めたのでしょう? あなたたちが決めて選んだ道よ? 相手が悪魔だろうが何者だろうが、今はとにかく行動するのが正解では? それとも黙って震えているのが正解だと思ってる? よく見て、よく考えて、そもそも私たちは悪魔なのかな? 前から持っている常識という虚構に縛られてはいないかしら? 言葉は通じているよ? ちゃんと自分の頭でよく考えて、言葉を選んで、ほら」
「~~~~!」
少女の挑発を受けて、中の男が言葉にならない声を上げ、剣を振りかぶる。男の向かう先は少女の方。剣を持っていて戦える俺ではなく、武器も何も持たない少女の方に斬りかかる。恐いし、ムカつくからな、わかる。
そのまま放っておいたらどうなるか知りたかったが、一歩前に出た俺の剣が男の首を刎ねる。人の首を切った手ごたえは、無い。
しかし確実に男の首から上は胴体から離れ、地面に落ちる。
胴体の方も、少し遅れて倒れ込む。
「あびゃ、たすけ、あふ、あああ!」
低が手から剣を放り投げて、この場から逃げようとしている。ただ足取りがおぼつかず、進めないでいる。
「たたた宝ぁ、お宝ぁ全部置いていきまぁす! だから、見逃し……」
一歩、二歩、三歩、跳躍するように大きく踏み込んで、剣を振るい低の首を刎ねる。どさりと倒れてから、男の首と胴がゆっくりと離れる。
落ちて破れた袋から装飾品などが零れて散らばり、静かに音を立てた。
二人の首を刎ねた剣を見る。明かりの灯らない夜の町ですら寥々と光っている。その刀身に血糊の一つ、汚れの一つも付いていないのを確認して、二つの死体を見る。確かに切ったし、切れている。
まるで小枝を切るように首を刎ねる……この剣はこれほどの代物だったか。相当な物だとは思っていたが、実際に振るってみないとわからないものだ。こうなると同じような拵えの先ほどのナイフも欲しくなってくる。いや、今はいい。
最後に残った、一番最初に飛び掛かってきた高の元に歩いていく。
「……とっても残念な結果ね。彼らが生き残る可能性を、ちょっと期待したのだけれども」
「さんざん挑発しておいて何を言う」
貴様の存在が戦闘になった一番の切っ掛け、要因だろうが。
高の首を刎ねるべく、剣を構える。
「ううう嘘だ……嘘だ……魔女……髑髏の騎士を連れて蘇った地獄の魔女は今、ルーアンで捕まっているはず……すぐに火あぶりになるはず……どうしてここに? どうして……」
「あ?」
「今なんて?」
砕かれた片腕を押さえてガタガタと震える男からもたらされたのは、どこかで聞いたような覚えのある魔女の話だった。




