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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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25



 突如泣き出したプリュエルの姿を見ながらゆっくりと匙を置く。


「……ルルよ、これに何を入れた?」

「待ちなさい、変な容疑をかけないで。本当の本当にちょっと健康になるだけの、体に良い美味しいスープだから。彼女はあまりにもスープが美味しすぎたから泣いているのだわ、ね? でしょ?」


 プリュエルを見ながら黒衣の少女が慌てながら問い質す。

 女僧侶の瞳から零れ落ちる涙はとめどなく落ちて、木でできたテーブルに黒い染みを作っていく。


「……はい……はい……美味しくて……とても美味しくて……ううっ……」

「ほら、ほらね、そうだと思ったー、ふー、ビックリした」

「何を焦っているのやら」


 信用していないぞ。


「豆入り人参のポタージュスープ、上手に出来たー。ふふ、黒騎士さんも覚えておくといいわね、これが信じられないくらい美味しい物を食べたときの正常な反応だわ。黒騎士さんは反応が薄すぎるのよ」

「嘘を吐け、これが正常な反応なわけあるか」


 美味しい物を食べて目が光ったり空を飛んだりするのはどこの世界の話か。

 信用はしていないが、今更こいつが毒を盛るとも思えない、恐らく何かは入っているだろうが、体に良いスープというのは本当の事なのだろう。口に運ぶ。美味い、美味いは美味いが泣くほどかと。


「この……レンズ豆も……最後、皆が逃げる時に、この町に残ることを決めた私に分け与えてくださった物なのです……皆の食料も乏しいのに……他にも……あの人たちは目の悪い私に、とても良くしてくれて……巻き込まれて怪我をした私を心配してくださって……ああ、沢山の物を頂きました……神よ……感謝いたします……」

「…………」

「うっ、なんだろう、胃の辺りが……」


 プリュエルは泣きながら人参のスープを口に運ぶ。人参のポタージュスープだったか、当然レンズ豆も入っている。


「美味しい……美味しい……こんなに美味しいスープを食べたことがありません……ああ、申し訳ないことです……あの優しく善良な人たちは、ちゃんと、この滅びの町から遠く離れられたでしょうか……美味しい……私は、私は……こんなに美味しいものを食べさせてもらえる資格があるのでしょうか……何も出来なかった私に……うう、ううう」

「 や め な い か !?」

「ああ、そうだな、プリュエル、笑って食べろ、楽しく食べろ」

「黒騎士さんや、この流れで楽しく食べられる奴は少し怖い奴だとか言ってたわよね……」

「ぐすっ、そう、そうですね。ルル様、黒様、お二方が正しいのです。笑わないと、いけません」

 

 プリュエルは包帯に巻かれた手で目を拭い、不器用に笑う。無理やり。悲し気に。


「ルル様、これほど美味しいスープを作って頂いて、ありがとうございます。善良にして優しい方々……神は試練だけをお与えになるものではないのですね……あなた方との素晴らしい出会いを私にもたらしてくれた神に感謝を……」

「美味しいスープには! パンが合うのよね!」


 ついに、いたたまれなくなったのか、無理やりに話題を変えるルル。

 そうだな、いいぞ。

 胃など無いはずの俺の胃のあたりも少しおかしくなってきた。


「実はパンも分けてもらったのです、ここで皆で頂きましょう。ルル様、どうか私にも、この素晴らしい食事に役目をお与えくださいませ。貴女の献身に私も加えてくださいませ」


 そう言って腰元の鞄から黒パンを取り出す僧侶。

 それを受けてテーブルの下から白パンを取り出そうとしていたルルは、引きつった表情で、それをそっとテーブルの下に戻す、すぐに白パンは消えて無くなっていた。

 僧侶によって木のテーブルの上にそっと置かれたパンの一塊は、庶民がよく食べる固い黒パンというやつだ。戦場でもよく見かけていたな。

 ルルよ、白パン、フカフカで甘い奴、何故消したのだ? 俺はそっちが食べたいのだが、いや、無理か、流れ的にというやつだ。


「ああ……ナイフ……ナイフがありません……どうしましょう……申し訳……申し訳……」

「……やあやあ黒さんや、ようやく君の出番がきたのでは? ほら、君に渡した剣で黒パンを切ってさしあげて……」

「貴様……騎士の剣をなんだと思っている……ナイフぐらい出せる……持っているだろう」

「せっかくわざわざ君の見せ場を用意してあげたというのに。こうやって無理にでも出番を作らないと活躍できないよ?」

「いらんわ、そんな出番。ナイフを出せ」

「やれやれ、この人ったらー、いつになったら働くのやらー」

「待て、なんだ、おかしな不名誉を被せるな」


 首を振る少女の手にはすでにナイフが出現していた。鏡面のように磨き上げられたナイフは柄が黒く、腰の剣と同じような意匠で作られているのがわかる。黒衣の少女はテーブルの上の固いパンを難なく切り取っていく。そのナイフも素晴らしい業物だ。


「このナイフ、プリュエルさんにあげるわ。使ってちょうだい」

「そんな……頂けません……私は、貰ってばかりです」

「いいのいいの、貰ってちょうだいな、役に立つはずよ、そこのパンひとつ切ってくれない黒い人、こら、物欲しそうな目で見るんじゃない」

「見とらん」


 俺がまるで役立たずの男のようではないか。ちゃんと活躍は……していないな。しかし、パンを切るのに騎士が剣を振るうのはどう考えてもおかしいだろう。俺は何一つとして間違っていない。剣は敵を屠るためにある。それとそのナイフ、もう一本持っていないのだろうか、欲しいは欲しい、言わんが。


「……固いね、顎の鍛錬にはなる」

「スープに浸して食え、そういうものだ」

「もうちょっと汁気の多いスープにしておけばよかったかなあ……」

「お二方は……その……とても……へ……お……不思議です……」


 黒パンと人参のポタージュの食事を摂りながら他愛もない話を続けていると、言いにくそうに言葉を探しながらプリュエルがつぶやく。

 人に変化できる喋る黒猫に動く骨だ、まぁ変であり、不思議だろうな。目の見えない者にとってもさぞおかしな組み合わせだと思うことだろう。まるで他人事のように思う。他人事では無いはずなのだがな……


「ふふ、ただのお姫様と下僕だわ」

「待て、俺が下僕だと? いつから貴様の下僕になった?」

「ふふふ」

「笑ってないで答えよ……いや、あれか? 森での契約か? あの時から俺は……」

「え!? 待って、下僕うんぬんは軽い冗談よ? 真に受けないで欲しいわね、逆に怖いでしょ」

「……どこからどこまでが冗談なのか……冗談は貴様の存在だけにしろ……もとより全部が冗談であったか。納得したわ。ふん、存在ごと笑えん冗談だ」

「酷くない?」

「……仲が良くて……とても……不思議で……私にはわかりません……わかりません……わからないのです……」

「わからない事こそ正解、なんて問題もあるのよ」

「なんだそれは、哲学か?」

「ただの口から出任せだけど? それっぽいことをそれっぽく言ってみただけ。意味は、ええと、特に無いわね」

「…………」

「無視ね、いいわ、それもまた一つの正解……」

「…………」


 先に食べ終えた俺たちは静かにプリュエルが食べ終わるのを待つ。やがて、すべて食べ終えたプリュエルが聖句を唱えて、俺たちに感謝の言葉を重ねる。


「心の底からの感謝と祈りをお二人に捧げます……どうか御身に神のご加護がありますよう……」


 俺たちへ向けての真摯な祈り……

 俺たちがこの町に来たことによって混乱は引き起こされた、この僧侶はそれに巻き込まれて酷い目にあったはずだ。この町の惨状、それから町を捨て逃げる人々、すべては神にも背いたような俺たちという冗談のような存在から始まった。それをこの僧侶は知らず、神に俺たちのことを祈る……この状況を何に例えよう……やはり言葉が出ない。胸に渦巻くこの感情は何だ?


「……ときにプリュエルさんや、この後どうするのかしら? 予定が無いならちょっと私たちと一緒にすごしてみないかしら? 温泉もあるよ?」

「温泉……いえ、私には使命があるのです……どうか、これ以上は私に関わらず、お二人も町から離れてくださいまし。貴女様からは、とても多くの物を頂きました。お逃げくださいまし……これ以上は……どうか……」

「神の炎がこの町を焼くとかの話なら、それ、何の根拠もないデマ、嘘とか、そういうのだからね」

「どうしてそれが言えましょう。神のご意思は神のみぞが知るものです。私の事は良いので、お二方は、この町から離れてくださいまし」

「プリュエルさんこそ、この町から離れるべきだわ。この町にいてはいけない。治安が悪くなるし、何より埋葬されていない死体に長く触れていてはいけない。きっと良くないことになるわ」

「触れずして弔えません。私は……私に課せられた使命は、最後の時まで死者を弔い続けることなのです。右往左往するだけで何も出来なかった私の……それが贖罪なのです……」

「誰に何を課せられたって? 無いでしょう? そんなもの」

「すべては神のご意思です」

「どこにもっ…………いえ……そうね……そうだわ……それが貴女の意思ならば、そうするといいわ」


 一瞬、激高しかけた黒衣の少女だが、すぐに肩を落とし、力なくつぶやく。

 少女がテーブルの上のナイフを手に取ると、空中に鞘が生まれ、それに収まる。僧侶の濁った瞳にはその奇跡、いや、奇跡にも見えるこの景色は映らない。

 黒衣の少女は僧侶に鞘に収まったナイフを渡すと、ひとつ溜息をついて女から離れる。


「いいのか?」

「はい? 良いも悪いも無い話だわ。彼女がそうしたいと言っているのだから、そうすればいいのよ」

「しかし……」


 ルルよ、貴様ならこの女を好きなように助けられるだろう、それも簡単に……そういった言葉が口から零れかけて、呑み込む。

 この死に満ちた町から連れ出すだけなら、俺にも出来る。盲目の女一人を無理やり連れ去るのにどれほどの労力がいるだろうか。その後は適当な村や町に放っておけばよい。……それで、何だ。何が生まれる? 僧侶はそれを感謝するか? むしろ怒るのではないか? いや、強い意志を持つ者ならば、どうにかしてまたこの町に戻ってくるだろう。

 女の為ではない、ならば俺自身の為か? 嫌がる女を連れ出して、放り投げてから知らぬ存ぜぬを通して、俺は一瞬でも人助けが出来たと気分がよくなるか? 無理だ。ならない。どうにもならない。

 黒衣の少女は僧侶に問いかける。


「一個だけ、最後に一個だけ……貴女がここに残るのは自由よ、貴女の未来の選択肢は誰の物でもなく貴女だけの物、それが貴女の選んだ未来よ。けど、ひとつだけ聞かせて、……ねぇ貴女、怖くはないの?」

「……貴女様は良き方です……わたしにも、わかりました……今、わかりました。……私は……私は……怖かった……本当は怖かったのです……ですが、何もかも救われました……ありがとうございます……感謝を」

「何もしていないわ?」

「いえ、いいえ、多くの物を頂きました」

「スープとナイフをあげただけで……」

「神のご意思を頂きました。私の行いは正しいのだと、それをこの身体の全身、隅々までで感じ取ることができました。私はそれを受け入れました」

「んー?」


 訝し気にして首をかしげる黒衣の少女に、女僧侶は跪いて頭を垂れる。銀の髪が揺れて光る。


「私は目が悪い代わりに、鼻や耳は良いのです……お二方からは……生きとし生けるものすべてが放つ……生者の匂いがいたしません……死者の放つ匂いでもない……お二方からは、とても……清浄な匂いがします、それしかしないのです……ああ……天使様……」

「お、おう、おう?」


 なん、だと……

 この女、プリュエル、俺たちが尋常でない者だと、気がついていたのか? いつから? もしや最初からか? 思えばずっと震えていた。出会った時から訝しんでいたのだろう、生者でも死者でもない匂い……匂い? 清浄な?


 黒色のナイフを胸に抱き、黒衣の少女を見上げる僧侶の濁った瞳は潤み、震え、揺れる。瞳に宿っているのは陶酔する者の眼差し。祈りの眼差し。向けられる当の少女は目を白黒させているが。


「そして、その清浄なる匂いは今、私の全身からも……すべての祝福を、神の愛を授けてもらいました」

「それ、消毒液の匂いでは……」

「あの祝福を受けた時より、私の体はどこも痛く無いのです、あの苦しみが消えて無くなったのです、ああ天使様、私は今、生きているのでしょうか? それとも私はもう……し、し、しし、死んで……」

「死んでないからね! そこははっきりと言うけど、死んでない、生きてる、すごく元気、たぶん!」

「よかった……まだ……使命が果た……せる……」


 女僧侶はルルの治療によって綺麗になった頬を赤らめて酷く興奮している、感情があふれ出している。最初の人形のように見えた印象は、どこに行ったのか。しかし、あまりに興奮しすぎたのか、まるで人形に戻ったかのように、一瞬で顔から表情が消え、操り糸が切れたように、ふらりと体を揺らして、前のめりに倒れる。

 床にぶつかる、すんでの所で、黒衣の少女がすばやく動き、抱きかかえてことなきを得る。

 俺はそれをただ見ているだけだった……


「寝てる……こっそり混ぜていた薬が効いたのかな……ええと、どうしよう、黒騎士さん……」

「知らん、好きにすればいいのだろう」

「だよね……はあ、深く干渉しすぎた……良くないね、良くないよ、これは。反省ね。よし反省終わり」

「短くないか? 貴様の反省……」


 眠っているらしい僧侶プリュエルをやさしく床に寝かせてルルは立ち上がる。


「じゃあ、放置で」

「……繰り返しになるが、いいのか、それで。この町に居れば良くないことになるのだろう?」

「埋葬されていない大量の死体とくれば、次に来るのは病気よね。一応の対策はかけておいたし。けれど知らないさ、悲劇も私の目の届かない所で起きてくれるなら気にならない。次に彼女を見るのが、あそこに積み重なる死体のひとつになっていたとしても……」

「貴様のそういう所がわからんのだ」

「わからなくて結構よ、私から見ても黒騎士さんの事がわからないのだし、そして彼女の事も……」


 僧侶を寝かせた建物を出て、振り返って見る黒衣の少女。その横顔からは表情は伺えない。もう夕暮れだ。ずいぶんと時間が早く進んだと感じる。町が夕日の赤で染まっていく。


 馬の繋いである場所へと向かい、合流する。静かに待っていたな、よし賢いぞ。

 馬の背を撫でてやると、軽く嘶き、首を曲げて警戒をする。馬の視線の先には。


「馬じゃーん。やったね。お、女もいるぞ」

「結構人が残っているな、今度は二人か?」

「へへ、すんげえ良い女、まだガキだけど、へへ」


 武装をした3人の男たち。

 男たちはすでに抜き身の剣を持っている。その刀身からは夕日によるものではない赤色がついている。


「人は人の事がわからない……わからないのが正解なのでしょうね、それが故に人は群れ、力を持つのだから」


 剣を持つ武装した男たちから好色な視線を向けられたにもかかわらず、怯えた色ひとつも見せずに黒衣の少女はつぶやく。少女の男たちを見る目は、黒猫が死体を見る時と同じ色をしていた。




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