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死霊の黒騎士と黒猫のルル  作者: 鮭雑炊


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ダーク展開注意



 グラグラと揺れている。

 世界が揺れている。

 俺は今、信仰も、常識も、信じていた何もかもをズタズタに破壊されようとしている……

 もう見るな、話を聞くんじゃないと、俺の中の何かが言う。

 当たり前のようにあったものがわからなくなる。

 まるで、裸で真冬の外に放り出された赤子のように感じる。

 わからない。わからないことだらけだった。

 生まれて初めて、ようやく真実の外の世界の姿を見た、そんな気がした、寒さすら感じるほどに凍えながら、震えながら……

 黒猫の言うことを信じるな、納得するな、これ以上は考えるなと、心の中で震えながら叫ぶ声を聞く。

 誰だ、お前は……


 俺を混乱に叩きこんだ黒猫の姿をした悪魔……自分は悪魔では無いと言う。言い張る。悪魔ですら虚構の中での創作物だと言う。ならば、俺の肩に乗る実際に存在する貴様は何だ? たまたま喋る猫だとでも言うつもりか? 人を惑わす悪魔ですと紹介された方が、ずっと納得して安心するだろうが。ああ悪魔でしたかと納得するだろうが。そうであってくれとすら、思う。悪魔……人の信仰を試し、修行の邪魔をする邪悪なる存在……神の敵……


 眼下では聖職者たちが羊皮紙を囲んで話し合っている。悪魔についての議論をしている。悪魔の姿を書き表そうと真剣に話し合っている、悪魔の姿など見たこともない人々らが……


「そしてね、それすら悪魔という概念を説明するには足りない話なの、さきほどのは悪魔が生まれた背景でしかないのよねー、人は生まれたら後は成長をするよね? 虚構の中に生まれたものも同じで、ちゃんと成長をする。人の心の中にある善と悪の……」

「……まだ続くのか?」


 喋り続ける黒猫に待ったをかける。邪魔をしないと言ったが、もう、無理だ。精神的な限界がきた。肉体的にもだ、何も考えずに眠りたい。


「もう休ませてくれ……」

「え、そう? これから実際にどういう物語で悪魔が語られるようになっていくのか、とか、時代によって悪魔が権力者によって都合よく使われていく話とか、悪魔のレッテルを貼る民衆の心理とか、人の脳の……」

「いや、眠いのだ。すまんな」

「ああ、そう……そうね。切り上げましょうか。睡眠はだいじだもの。……はー、やっぱり人に説明をするのは苦手だわ。うまくまとまらないものね、わかりにくかったでしょう、黒騎士さん?」


 十分すぎるほどの破壊力で伝わったぞ……


「それでもって最後にこれだけは言っておこうかな。これは私の中で築き上げた私の虚構の世界での神であり悪魔の像なのよ、と。信じるも信じないも黒騎士さんの自由、ふふ」


 最期の言葉を残して黒猫が俺の肩から地面に飛び降りる。

 世界が一瞬暗転して、視界が切り替わる。

 消えかけ、熾火になった焚火の跡と、暗い森。あの世界に連れていかれる前にいた場所。

 あの世界では宙に浮いていたはずの俺の身体は、いつの間にか地面に横たわっている状態になっていた。俺は横たわったまま、あれを見ていたのか? あの世界は、何だ? あの世界は実在しない世界なのか? 夢のようなもの、なのか? いや、なんでもいい、考えたくない。

 そのまま地面の上で身体を丸める様にして縮こまって、眠る。


「寝る子は育つ、ね。ゆっくりと成長していけば、いいのよ」


 俺の意識は地獄に落ちるかのように、深い眠りに落ちて行った。





「いただきまーす」

「…………」


 朝、目が覚め、挨拶をし、温泉に浸かり、食事を摂る。

 何気ない日常の一幕、だが違う、まるで異質、まったくの異常に満ちている。俺の身体は骨だしな。この身体でも熱い温泉に浸かると身体が火照るのはどういう原理だ? 理解しがたいことが飽和している。


 そして俺の目の前にいる少女。少女の姿をしたナニか。黒猫のもう一つの姿だ。

 温泉上がりで濡れた黒髪を後ろで束ね、黒い服を着た少女が、精巧な金属の筒で作られた入れ物を片手に持っている。もう片方の手で上部を触ると、金属の筒から、ぷしゅう、という音が出る。


「ぷはー、朝からビールは効くわぁ。ふふ、朝温泉からの朝飲酒、ダメ人間のよくばり基本セットだねぇ」


 自分を人間だと言い張る少女の姿をしたナニかは、焚火を弄りながら、機嫌よく串に刺された肉を焼いている。染みも出来物もひとつない白く美しい肌は温泉の火照りと焚火の熱でほんのりと赤くなっている。肉が良い具合に焦げ、油が滴り落ちて一面に香ばしい匂いを振りまく。


「はい、どーぞ」


 串に刺さった熱々の肉を渡されたので受け取る。

 こいつの黒く昏い瞳で見つめられると、どうしようもなく萎縮してしまうが、それでも慣れた。


「……ルルよ、貴様は人の少女以外の、別の姿に変わることは出来るのか?」

「んー? まぁ、いろいろ出来るよ。ふふ、エビとかタコとかイカとか貝とか」

「何故魚介限定なのだ」


 こいつがタコにも変われるというのは納得するしかない。悪魔の魚などとも呼ばれるくらいのものだしな。エビとイカは知らんが。


「どうしてまた急に? あ、ビール温くならないうちにどーぞ。開けてあげようか?」

「いや、いい」


 渡されていた冷たい金属の筒の上部にある引っかかりに指……骨の先を当て、見様見真似で弄り、開ける。ぷしゅうという音が生まれる。なんという精巧さだ。


「狼に変化する人の話をな、ふと思い出したのだ。悪魔と契約し、悪魔自身となった者の話だ」

「人狼! カッコいいよね、ワーウルフ、強そう、けど私の知ってる人狼はお嫁さん問題で悩む悲しき集団……」

「……いるのか?」

「この世界じゃないけどね」

「……この、世界」


 焼けた肉を頬張り、次の肉を焼き始める少女。俺は手に持つビールを飲む。……うまい。こいつの出すものはすべてうまい。俺の知らない物、知らない世界……


「世界は一個じゃないのよー。……この世に溢れる物語よりも、なお多い。数えることをあきらめるほどには」

「理解できん」

「いいのよ、それで」

「黒猫のルルよ、貴様はどれほど本当の事を言っているのだ……何が真実なのだ……」

「全部嘘かもよー、けど本当の事もあるかもよー、ふふふふふ、悩みなさい、苦しみなさい」


 馬鹿にされているのか、それとも違う意図があるのか、飲み物を片手に笑いながら答える少女の姿は、やはり異質としか表現のしようのないものであった。


 それは誰から聞いた噂話であったか……人に変じる獣、あるいは獣から人への変化、人の振りをして人に紛れ、人を騙しながら人を食らう悪魔へとなった人の話、それを思い出していた。

 聖職者によっては、肉体を変化させることができるのは神の御業のみだと言って、変化する人狼の存在を否定する者もいる。本当にいるのだと心から信じている者もいた。実際に見たとか、処刑される所までを見たとか。誰が嘘をついているのか。誰もが好き勝手に物語を作っているだけなのか……わからない。

 焼けた肉にかぶりつく、これもまた、うまい。うまい肉、それは、確かにここにあるものだ。





「さて、じゃあ、すごくめんどくさいけど行こうかねー、ああ、この心地よい森でずっとだらだらキャンプしてたい。あれ? めんどくさい? めんどくさいぞぉ」

「めんどうならついてこないでも……いや、それは俺が困るな。いいからさっさと門とやらを出せ」


 食事を終えて黒猫に戻った少女は「転移門を作ってみたよー」と、そう言った。転移門とは何だと聞くと転移ができる門だとかいう答えが返ってきた。黒猫、それは説明になっていない。

 馬と合流し、説明になっていない説明を受けながら馬の世話をする。軽く空を流した所でそろそろランスの町に行こうという話になった。……軽く空を流すとは何だ、馬が空を飛ぶことの異常性に、いつの間にか慣れている。どうやら俺も異質に染まってきているらしい。自戒せよ。


「行く先はパリのノートルダム大聖堂の前なのだろう」

「うん、最後に取っていた座標はそこだね」

「ランスには直接行けんのか?」

「私が先に行って座標を取ってこれば行けるけど、それは拒否したいね、便利屋として使われる気は無いよ」


 そこらあたりが黒猫の妥協点だということなのだろう。ならば強くは出れない。

 黒猫の言うことを信じるのなら、こいつはこいつのために俺に手を貸しているのだ。黒猫のやりたいことの範疇、その範囲を見誤れば即座に俺を見捨ててフラリとどこかに行ってしまうのだろう、出会った時、俺を見捨ててどこかに行こうとした時のように。


「じゃあお披露目ね、いい? ……出でよ転移門!」


 地面を揺らすほどの衝撃に、乗っている馬が嘶き、多いに驚く。俺も驚いた。見ると、先ほどまでには無かった巨大な立派な門が存在している。石で出来た麗美、荘厳な白い門が草原に屹立している。


「今まで演出にまでは拘ってこなかったけどね、黒騎士さんと話をしていて、演出も重要かなって思い始めたのよ、どう? こけおどしくらいにはなるかしら? 凱旋門をモチーフにしてみたの……この時代には無いものだけど」


 最後にボソリとつぶやいた言葉を俺は聞き逃さない。この時代、か。ふん、考えることが多すぎて手に負えない。今はいい。


「……毎度ながら、貴様のやることは唐突すぎる気がするな、演出云々を言うのなら、もっと予備動作なり事前に予兆なりを入れるのがよいだろう、音や光などだな」

「おお、なんか的確なアドバイスっぽい。いいね、黒騎士さん、君ってそういうの得意そう。ついでに呪文も考えてくれないかしら、転移門を出す時の呪文、カッコいいやつ」

「得意でもないが……そんな適当な感じで呪文を作っていいのか?」

「え? いいけど?」

「いいのか」


 グズグズに崩されていく俺の常識に新たな常識が入り込んでくる。呪文というものは適当に作っていいらしい。格好良い呪文などと言われてもすぐには思いつかないが。


 馬を操作して門へと近づき、よく見てみる。

 最初の印象はとにかく巨大、4本の柱で出来た巨大な門だ。材質は白い石の様だが継ぎ目が無い。目に引く所には何やら天使、あるいは戦争の物語が由来なのであろう、やはり巨大なレリーフが作られ、門を飾っている。


「凄まじいな……この細工も貴様が作ったものなのか?」

「細部は変わっているけど、基本は流用なのよねー、誰かが頑張って作った物の、ほぼほぼ再現、無断拝借ってやつね、ふふ、これは内緒ね」


 誰に内緒なのだ。


「あのレリーフに描かれる話の由来はなんだ? あの像の人物は誰だ?」

「さあ?」

「適当すぎるだろ……」

「そういう由来とかはあんまり興味ないのよ、けどすごいよね、綺麗に作るものだと感心する、うん、こういうのを生み出せる芸術家さんや職人さんを心から尊敬するわ」

「それを無断拝借か……」


 こいつの頭の中はどうなっているのか。わからないし、付き合っていけばわかるということも無いだろうと確信めいた予感もする。そもそも、どうやって再現をしているのかもさっぱりわからないのだ。


「それで、どうやって、パリの町へ? こいつをくぐればいいのか?」

「あ、それはまだ実装出来て無いのよ、だから前と同じように私が飛ばすね」

「石造りの門を作っただけか……これに一体何の意味が……」

「駄目だわ、黒騎士さん、それを言い出したら演出の意味を問うことになるでしょ。本当は、門をくぐるのと同時に、徐々にこちらの身体が消えていって、向こうに出現って演出をやりたいのだけど、ちょと手間が多すぎてね、全部丸ごとパッと消してパッと出す方がはるかに簡単だという……」


 そういうものか。知らないが。

 行くよ、との黒猫の言葉で顔を隠すローブを深く被り込む。視界が一瞬だけ暗転し、俺たちは市街に佇んでいた。

 そして視界に映り込む。

 死体、死体、死体……


 完全に焼け落ちたノートルダムの聖堂を背景に、積み重なる死体、焼けている者も、そうでない者も。

 夥しい数の死体に鴉が群がり、啄み、鼠が徘徊する。


「う、あ、何が……何があった?」


 異常な事態。

 頭が働かない。

 俺は今、どこにいる? ここはパリの町ではないのか?


「あーあ、酷いことになっちゃってるねぇ」


 馬の背に乗った黒猫が、のんびりとした口調で喋る。俺の前にいる黒猫の顔は見えない。


「何が、何が……」


 呆けたように同じ言葉が口から出る。右を見ても、左を見ても、目に映り込むのは死体、死体……

 戦争であっても、これほどの死体を見ることはない。鼻につく焦げた人の死体の匂い、腐り始めた肉の匂い……男も、女も、老いた者も、子供も、聖職者の服を着ている者すらも死んで殺されて放置されて……

 物語に描かれるような地獄の風景が、そこにあった。


「かわいそうに。大聖堂も燃えちゃってるし。あーあ。……ええと、ランスの町はここから東だっけ? ん? どうしたの? 黒騎士さん? またフリーズしているよ? 大丈夫?」


 俺の前に座る黒猫が、振り返って俺を見あげる。

 金色の瞳が、心配そうに俺を見ている。

 夥しい数の……埋葬すらされる様子もない死体に囲まれた、この異常な世界で。

 普段通りの黒猫の姿は、ただただ異質で恐ろしいものに見えた。




これから死、戦争、疫病といった話になっていきます(たぶん)

苦手な方は読むのをやめて……いや、待って、やっぱり読んで(必死)

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